吹っ切れる
俺はケンゴから決闘を挑まれた。
それも俺とフィルの今後を賭けて。
賭けの内容は別に悪いものではない。
俺が勝ったらそのまま普通に始まりの町へ戻るだけだし、ケンゴが勝ったら俺達はアースで活動している地球人のトップグループと一緒に行動する事になる。
どちらに転んだとしても決して不利益なものにはならないだろう。
「さあ、どうする? ここで逃げてもいいんだぜ?」
ケンゴが俺を挑発してきた。
俺が負けず嫌いなのを知っていての言動なのだろう。
しかし俺はこの決闘をどう解釈していいか悩んでいた。
「なあケンゴ。どうしていきなりそんな決闘をしようだなんて言い出したんだ?」
俺はケンゴに訊ねた。
決闘を怖がっているからそんな事を言ったのではなく、ただ単純にケンゴの真意が掴めなかったがゆえの問いかけだ。
「まあぶっちゃけた話、こっちとしては人手が欲しいんだよ。それも即戦力になる人手がな」
「人手?」
「そうさ。てめえらなら俺達に十分ついてこれるだろうからな」
人手、か。
確かにその理由はわかりやすい。
単純に自分達の仕事を手伝ってくれって話なんだからな。
そのためにケンゴは決闘で勝とうとするっていうのなら不思議なことではない。
「でもそれ以上に……てめえが生き辛そうにしてるから誘ってんだよ、シン」
「何?」
が、ケンゴは更に言葉を続けて「ふぅ」とため息を零した。
「てめえの異能はてめえのもんなんだ。だからてめえがどう思おうとも、異能込みのてめえこそがてめえの全力なんだよ……認めたくねえだろうけどよ」
「…………」
俺はかつてケンゴ達に話した事がある。
時間を操る異能を手に入れたばかりの俺は、その力を使ってあらゆる面で得をした。
運動をすれば誰も俺に追いつけないし、勉強をすれば他の皆より多い時間を費やせてテストで満点近い数字を取れた。
あの頃の俺は少し調子に乗りすぎていた。
しかしそれも長くは続かなかった。
中学一年になりたてのある日、俺は異能を使ってでは相手にならないと思って、わざと使わずに友達と野球をした。
そして元々運動神経も良かった俺はピッチャーが投げた球をバットでジャストミートした。
こうして俺は意気揚々と三塁に到着して立ち止まったのだが、ふと近くにいた敵チームの守備陣同士の会話が耳に入ってきた。
『まああいつじゃ仕方ないよな』
この時の俺は敵チームが言ったその言葉の意味をよくわかっていなかった。
また、その後も何度か似たような事を聞き、俺は「なんなのだろうか」と首をかしげていた。
けれど俺は元々自分が得意で異能を使うまでもなく良い成績を取れていた算数――もとい数学のテストで95点を取った時、担任の先生からこう言われたのだ。
『まあ一之瀬は時間を操るっていう凄い力を持っているそうだからな、これくらいできて当然か』
当時はまだ国による異能者への対応が決まりきっていなかったものの、異能者はそこまで迫害の目を向けられてはいなかった。
とはいっても、その力が周りの人々に妬まれないということもなかったのだ。
俺は先生のその言葉を聞いた瞬間理解した。
皆は異常な俺を見て徐々に心の溝を深くし、俺を異能ありきで評価し始めているのだ、と。
つまり俺自身の力は異能のオプション程度にしか見られなくなってしまったということだ。
それを理解したときには全てが遅かった。
俺がやる事は全て異能のおかげであるとされ、俺自身の努力が認められる事は無くなった。
どれだけ俺が反省し、異能無しで毎日勉強やスポーツに励んでも、それは「全て異能のおかげ」の一言で片付けられるようになってしまったのだ。
そして俺の事を知る同級生から仲間はずれにされる事が多くなった。
『一之瀬と遊ぶとゲームにならない』という理由で。
結果、俺は引きこもった。
俺は引きこもり、小学生の頃もたまにやっていたゲームにのめり込み、俺の異能を知らない連中と遊べるオンラインゲームにはまっていった。
ただ、そういった経緯からケンゴやセレス、マーニャン、そしてフィルに出会ったり、他のゲームでも色々な仲間と遊ぶ事ができたので、それ自体はそこまで悲観するものでもない。
しかしこういった過去があったために、俺は異能ありきで自分を評価される事に対してナイーブなのだ。
高校も俺のそんな心理を考慮してくれたようで、学校では異能ランクDの『瞬間認識』という、異能者ではなくともできる人はできるというありきたりな異能で通すことを許された。
まあ本当に俺が異能を使わないようになったのは別の理由もあってのことなのだが。
「……そっか。そう……なんだよな」
だがそれを今ケンゴは切って捨てた。
ケンゴは俺の抱える悩みを割り切るよう言っている。
それは俺がいずれ通らなくちゃいけない道なのだろう。
いくら使わずにいようとしても、異能を持ち続ける限りは避けて通れない道だったのだろう。
「でも……ケンゴはそれでいいのかよ。お前だって自分の持つ力はそんなポンポン使ったら駄目なんだってそう思ってたんだろ?」
「確かにそうだぜ。だけどな、シン。それはあくまで人生をよりよく生きるにはって場合なんだぜ。自分より強いこの世界の上位連中と戦うとかって場合には四の五の言ってられねえんだよ」
僅かに思った俺の疑問にケンゴは答えた。
ケンゴはこの世界を命がけで生き抜いてきたと言いたいのだろうか。
それも未来予知というとんでもない力をフル活用しないと生きていられないような修羅場の中を。
「……どうしてそこまでしてこの世界に留まるんだ? そこまで危険だと思うのならアースにこなければいいじゃないか」
俺達はアースに来る事を強制されているわけではない。
アメがあるから危険を承知でログインしていたりするところもあるが、それでも異能、そしてなにより記憶を失いかねない危険と天秤にかけた時、アースへのログインを止めるというのも一つの手なのだ。
しかもケンゴは既にこの世界がゲームでない事を俺以上に自覚しているようだ。
だから俺はケンゴが何を思ってそんな危険な戦いに身を置いているのかわからなくなった。
「それは言えねえな」
「……なんでだよ?」
「まあ……大人の都合ってヤツだ」
けれどケンゴはそんな俺の問いに答えなかった。
それはつまり、ケンゴの目的は俺の知らないこの世界の何かにかかわってくることではないのだろうか。
「ともかくだ、ここでてめえが異能を使うことへの躊躇いを無くせねえってんなら俺に負けるぜ。もっとも、俺はてめえが全力を出しても勝てる自信があるんだけどよ」
「それは未来を見ての自信か?」
「……さあな。そんなことは教えてやらねえよ」
「そっか……」
ケンゴは未来が見える。
なのでケンゴは俺達が決闘をしたらどちらが勝つのかを知っている事になる。
そんな戦いをする意味ってあるのかよと思うが、同時にとある可能性が俺の頭に閃いた。
「……もしかして、いや、そうか」
「どうかしたか、シン」
「なんでもない。それじゃあ決闘を始めようか」
「……ほぅ」
俺はケンゴの誘いを受けてアイテムボックスから神器『クロス』を取り出して構えた。
ステータス補正は何もついちゃいないが、一発勝負なのだからあまり関係はないだろう。
「いきなりやる気になったな、シン。いったいどういう心境の変化だ?」
「別に。ただ俺は負けず嫌いなだけさ」
ケンゴの問いに俺は答える。
その答えは今までの俺と何も変わらない、自然体のものだった。
「つまり俺に勝つってか。でもそりゃあ無理だな。なんてったって俺のレベルは84。地球人中で最高レベルの男なんだからよ」
「俺とたかだか20レベル程度しか違わないだろ。それにお前はここでもSTRに全振りしてるんじゃないのか?」
「ばれたか、流石は俺の弟子だぜ」
ケンゴは俺達が遊んでいるゲームの中では「ロマンがあるから」という理由でSTRを全振りにしている。
俺もまたVIT全振りで、クロクロでもそういうビルドでいこうと話した事がかつてあった。
だからケンゴがSTR寄りの極端なステ振りをしているかもしれないと思ってカマをかけたのだが、まさかその通りだったとは。
ならケンゴの攻撃は全てが一撃必殺の威力を誇っているのだろう。
それに一発勝負は俺への相当なハンデってわけだ。
一発勝負では攻撃力なんて意味無いからな。
「しかも実は俺、今は『剣王』とか呼ばれて恐れられてるんだぜ」
「ああ、それはなんとなくわかってた」
「ありゃ、そうだったか」
前に早川先生から含みのある言い方をされていたせいで、もしかしたら剣王は俺の知り合いなんじゃないかとは思っていた。
また、俺の知り合いで剣を扱う強者というと真っ先にケンゴが挙がる。
予測できて当然だったし、あえてそれを聞くまでもなかった。
「そしてそんな俺の異能は『未来予知』だ。どうあがいてもてめえに勝ちの目はねえよ?」
「だけどそんな予知も俺の速度に追いつけなければ意味がない、だろ?」
「……どうだかな」
図星のようだ。
ケンゴは自分に都合の悪い事を聞かれると途端に口ごもる。
今回もそんな様子が見て取れた。
ブラフって事も考えられるが、まず間違いないんだろう。
俺は異能を使えばケンゴに勝てる可能性があるんだ。
可能性、である。
絶対ではなく、どちらに転ぶかわからないという不確定な言葉だ。
しかしその言葉はなによりも俺をワクワクさせた。
異能を使ってなお倒せるかどうかわからない対等な相手。
それは今、俺の目の前に存在していると確信を持って思えたのだから。
「御託は終わりだ。とっととやりあおうぜ、シン」
「ああ、そうだな」
ケンゴも剣を構え始めた。
すると俺の網膜に決闘開始という今まで何度も見たその文字列が表示される。
そうして俺とケンゴの決闘が始まった。
「…………ありがとうございました!」
「……おぅ」
俺は倒れているケンゴに頭を下げた。
その後、俺は後ろに控えていたフィルの肩を叩いて宿で留守番をしているガルディアの下へと向かうべく歩き出す。
「なぁ……シン……やっぱ俺達と一緒にこねえか……?」
背後からケンゴの声が聞こえてくる。
俺はそれを聞き、首だけ振り向かせて静かに答えた。
「悪いけどまた今度誘ってくれ。俺は俺のペースで強くなるから」
「そうかよ……ならいいさ……どこにでもいっちまえ……」
俺の言葉に迷いがないのを理解したのだろう。
ケンゴは俺の答えを聞いてフッと笑って空を見上げていた。
結局のところ、俺は異能を使ってケンゴとの決闘に勝った。
決闘の時間としてはたった3秒といったところだったし、俺の攻撃がケンゴの顎にクリーンヒットしただけなので、傍から見たら俺の圧勝のようにも見えただろう。
しかしその戦いで俺はケンゴの挙動が変わる予兆を何度も見た。
常人離れしたスピードなど持ち合わせていないはずなのに、俺の動きなどもはや直感で動かなければ捉えられないはずなのに、それでもケンゴは短い時間の中で俺の隙をうかがっていたのだ。
おそらくケンゴは3秒という短い時間内で『未来予知』を何度も使ったのだと思う。
そして俺に倒される未来を見てケンゴは手を変え……その予備動作を見た俺は更に手を変えるというそんなやりとりだったのだだろう。
でもそんな戦いは今回、俺の方に軍配が上がった。
俺の速度はケンゴの予知を僅かに上回ったのだ。
けれど次も同じ結果になるとは思えない。
次に戦うことがあればもしかしたらケンゴが勝つかもしれない。
そう思える戦いができたということが、異能を使ったら誰も敵わないという驕りを抱いていた俺にとってなによりも嬉しかった。
だから俺はケンゴに感謝した。
ケンゴに感謝し、俺はケンゴと別れる事にしたのだ。
そのほうが次に会った時、何十倍にも強くなったケンゴと戦えそうだからな。
こうして俺は吹っ切れた。
俺はただケンゴと決闘しただけだが、それが意味するものは大きい。
なんといっても、俺は異能込みの全力でさえも対等に戦える相手を見つけたのだ。
今回は勝ったが次は負けるかもしれないという、そんな相手を俺は見つけたのだ。
そんな相手が見つかった以上、俺のやる事は自分の限界を知り、力を高める事だろう。
次もケンゴに勝つために、ケンゴでさえ苦戦する上位の敵に勝つために。
なんといっても俺は負けず嫌いだからな。
「シンさん、嬉しそう……ですね」
フィルは俺の顔を見ながらそう言った。
「まあな」
俺はフィルにニッと笑いかけ、その後ガルディアを引き連れて始まりの町へと戻ったのだった。




