分岐点
6月15日投稿2回目。
神器『クロス』を手に入れたその日、俺達の下にマーニャンがやってきた。
彼女は俺とフィルを迎えにいくという名目で、始まりの町からここまで急いで駆けつけてくれたのだとか。
「……結局あたしは無駄足だったみたいだなー」
マーニャンは自力でウルズ大陸に帰還した俺達を見て大きくため息をついていた。
途中でレベリングを挟んだにもかかわらず、俺達は3ヶ月そこそこといった日数でここまで戻ってこれたわけだが、同じだけの期間をかけてここまでやってきたマーニャンには申し訳なかったな。
まあケンゴ達から話を聞くまではマーニャンが来てくれているだなんて知らなかったわけだから俺達に非は無いだろうけど。
「それじゃーシンもフィルも無事ってことでいいわけだな?」
「いいと思うぞ」
「ん」
「ういういー」
しかしマーニャンは俺達に愚痴を零すこともなかった。
「……お前にしてはやけに大人しいな。文句の一つくらい俺達に吐くかと思ってたんだが」
なので俺は彼女に問いかける。
俺の知るマーニャンは常に毒を吐く嫌な女というダメなイメージであるゆえに。
「お前らが無事に早く帰ってきたこと自体は悪い話じゃないんだ。まああたしが来たのは無駄足になっちったけど、教職をサボれたと思えば腹もたたねーし?」
「……そんなもんか?」
「そんなもんだよ。あたしはいつも毒を吐く嫌な女ってわけじゃねーのさ」
「…………」
心を読まれたか。
マーニャンの異能も知っているから別に驚きはしないし気にもしないけど。
「んで、あんたらはこれからどうする? 今頃はそろそろ地球の方も朝って頃合だけど、ログアウトするなら早いとこログアウトしたほうがいいぞー」
「ああ、そうだな」
地球側の俺達の体は今LSS(生命維持装置)の中にある。
まだ精々3日程度の稼動であるので、それほど体に悪影響が出ているとも思えないが、念のためにできるだけ早くログアウトをした方が良いとマーニャンは言いたいのだろう。
「それじゃあもう俺達は始まりの町に帰ってログアウトするか」
「ん……ですね」
俺はフィルの方へと視線を向けながら帰ることを告げると、彼女の方もコクリと頷いてそれに同意してきた。
……しかし。
「お前達はこれからどうするつもりだ?」
俺はケンゴ達の方を振り向いて訊ねた。
ケンゴとセレスは国に雇われた調査員として今までアース世界を飛び回っていたらしい。
だから俺達と別れたらまたすぐにどこかへ旅立つのだとかいう話をこの街までの道中で聞いた。
「そうだな。てめえらがこの街を去るってんなら、俺達がここにい続ける理由も無いわな」
「私達も結構自由にさせてもらっていますが、いつまでも街に滞在していられるほど暇でもないのですわよ」
「そっか」
だとしたらここでケンゴ達とはまたしばらくお別れという事になる。
地球でもここ数ヶ月ほど付き合いが悪くなっていたので、今度はいつ会えるかというのもわからない。
そう思うと少し寂しいな。
「……それで、てめえらの方こそこれからどうするんだ」
「? 俺?」
俺が感傷に浸っていると今度は逆にケンゴから問いかけられた。
「てめえらはこのまま始まりの町に戻ってもレベルの関係で同年代とパーティー組みづらいんじゃねえか?」
「……そのことか」
嫌なところを聞いてきたな。
確かに俺達は少しレベルを上げすぎた。
俺とフィルのレベルは63にもなっているが、高等部でもトップクラスのレベルであるはずのミナやサクヤでさえ今はまだ精々30といったところだろう。
30レベル以上も差があったのではパーティーを組むのも厳しい。
組もうと思えば組めるが、それが果たして良い結果を生むかと問われると微妙だ。
今の俺では装備の質を下げたとしても30レベル以下の奴らが狩りをしている所で現れるモンスターの攻撃を全く脅威と感じないだろうし、フィルだってその程度の狩場なら一人でサクサク狩れてしまうだろう。
「まだハッキリとした答えは出ないな。ただ始まりの町についたらしばらくレベリングは休む事になると思う」
なので俺は今出せる答えをケンゴに伝えた。
俺達だけ強くなったのでは意味が無い。
地下迷宮の攻略を進めてみるという手もあるが、俺とフィルだけで迷宮の美味いところを独占するというのも気が引ける。
俺達は同年代同士で競争をしているところがあるが、独走をしてしまえば孤立するのだ。
そして俺は孤立する事を善しとしないし、フィルも若干その辺りを気にしているように見える。
だからしばらくはレベリングを行わず、今までもたまに行っていた組み手なんかをフィルとしてプレイヤースキルの向上に勤しもうかと考えていた。
「……なあ、もし息苦しいって思いそうだったらよ、俺達と一緒にこねえか?」
「え?」
しかしそこでケンゴは俺達に別の道を示してきた。
「俺達とてめえらじゃまだ20レベルくらい差があるけどよ、その差も10レベルくらいなら割とすぐに縮められると思うぜ?」
「! ケンゴ、それは……」
「パワーレベリングって言いたいんだろ? でもこの場合は別にそこまで問題ねえよな。だってよ、てめえもフィルもこの世界を生き抜くだけのプレイヤースキルを十分に備えてるんだからな。後は周りの目を気にするかどうかだけなんだよ」
「…………」
上級者のパワーレベリングは大体のオンラインゲームで認められている行為だ。
たとえパワーレベリングでキャラを育てているプレイヤーを初心者が見てテンションを下げようとも、一つのアカウントで複数のキャラを使用できる場合や一からキャラを作り直すといった場合に効率最優先で動く上級者は楽しみを損なわないからだ。
むしろカンストまでキャラを育て上げたプレイヤーにとって、一からキャラを作り直すといった時にレベル上げで時間がかかるのは既に一度通った道で面白くなかったりする。
新鮮味の問題だな。
また、中の人が上級者であるならパワーレベリングをしても、無知が原因で周りに迷惑をかけたりいったことが少ないという面もあり、上級者のレベリングに対する批判は少ない。
だからケンゴは俺達の力を認めた上でパワーレベリングを促し、自分達とパーティーを組もうと言ってくれているのだろう。
「シンさん……」
そんなケンゴの言葉を理解したらしきフィルは迷っているように俺の方へ視線を向けてきた。
俺も正直迷っている。
ここでケンゴの提案を聞き入れてパーティーとして行動し、同年代のプレイヤー達と決別するか。
それとも同年代プレイヤーの成長を待ち、ある程度力の差が縮まったらその時パーティーを組むか。
この選択は俺達の今後を大きく変える事になるだろう。
ゆえに俺達は悩んでいた。
「それによ……シン、てめえは今も自分の異能を使うことに躊躇いがあるんだろ?」
「え?」
と、俺が悩んでいる所へ唐突にケンゴが異能についての話を持ち抱いてきた。
「てめえはまだ異能を使わないでもこの世界を生きていけるって甘い考えを持ってんだろ? 持ち前のプレイヤースキルだけで敵と渡り合えると思ってんだろ?」
「…………」
「アースへ先に来た先輩だからこそ言う。てめえは自分の異能を使いこなす訓練が行える環境に身を置いたほうがいい。そしてその環境は始まりの町付近じゃまず得られねえ」
「…………」
ケンゴの言いたい事はなんとなくわかった。
俺はアースでも未だ異能を使うことに躊躇いがある。
しかし、ゲームでは異能を使わないと誓っていたケンゴはアースで今まで『未来予知』を普通に使っていた節がある。
それはつまり、ケンゴにとってこの世界はゲームなどではなくリアルであると完全に割り切っているということなのだろう。
また、そうしなければアースで生き残れなかったと言いたいのだろう。
「てめえは強い。だがこの世界にはてめえも異能無しじゃ勝てない奴がわんさかいるだろうよ。あのグリムって魔族と戦っただけでこの世界の限界を知った気になるんじゃねえぞ」
「俺は別にそんな事を考えてなんていない」
「本当にそうか?」
「ああ」
俺はこの世界を侮ってなんていない。
ただ、異能を使いすぎると俺本来の強さが錆びていくかもしれないと懸念しているだけだ。
「異能を使いすぎると、ねえ。でもその異能も普段から使っとかないと、いざって時使い物にならないかもしんないぜー?」
……俺の心を読んだらしきマーニャンが口を挟んできた。
「シンは自分の異能が暴走状態になる事を危惧して普段使わないようにしてんだろうけど、あたしから見りゃ碌に使いこなせもしない力を土壇場で使うほうがおっかないと思うんだが、その辺お前はどう思う?」
「……一理あるな」
しかもマーニャンは俺の抱えるジレンマを的確についてきた。
俺の異能『時間暴走』は暴走などという名が付けられている通り、勝手に暴走を始める事があるのが特徴だ。
それは俺が異能を使いすぎた時、俺の危機意識が極限にまで高まった時、また特になんでもない時でも稀に発動したりする。
かつてこの力を俺も制御しようと試みた時期があったのだが、使い続けていると異能がだんだん強力になっていくという事を知って中断した。
もしも訓練の結果、俺の力は制御できる類のものではないと判明し、それでいて強大な異能と化して手に負えなくなったらマズイと感じたためだ。
「でもここはアースだ。モンスター相手に力を試すっていう程度なら誰にも咎められる事もないし、いざとなれば最後の手段だってある。そうっしょ?」
「……そうだな」
最後の手段、とはつまり異能を強制的に消し去る事を言っているのだろう。
万が一俺が異能のコントロールに失敗しても、俺はアースで自殺的な行動を取れば、最悪の事態だけは免れられる。
けれどそれを行った場合、俺からどれだけの記憶が消え落ちる事になるのかわからない。
少なくともアースにいた頃の記憶は全て消える事は確定している。
それは……やっぱり嫌だな。
「なぁに、別にてめえが異能を鍛えたら間違いなく暴走するって決まってるわけじゃねえんだ。そんな肩肘張んなよ」
「だけど……」
「それにもしてめえがヤバそうなら俺が止められる。俺じゃなくてもセレスやフィルもてめえを見守ってる。だからてめえ一人で悩む必要なんかねえぞ?」
「…………」
俺は悩み続ける。
俺は自分の異能をリスク込みで磨くべきなのか。
俺は自分の異能を磨くためにケンゴ達と行動を共にするべきなのか。
ケンゴから優しい言葉をかけ続けられて尚、俺は悩み続けていた。
「……だったら俺と賭けをしねえか、シン」
こうして俺が悩んでいるとケンゴはそう言って歩き出した。
「賭け?」
「ああ、そうだ。ついて来い」
「?」
俺は何をするかわからず首を傾げつつもケンゴの後を追う。
すると俺達4人は街の外にまで連れ出され、そこでケンゴは腰に下げた剣を抜いた。
「今から俺と決闘しようぜ。決闘方式は一発勝負。スキル無し異能制限無しの特殊ルールだ」
「決闘……だって……?」
「おう。これで俺が勝ったらてめえらは俺達と来い。で、てめえが勝ったらてめえらの好きなようにしろ」
そして俺はケンゴに決闘を挑まれ、その結果に今後の進む道を託すという賭けを提示されたのだった。




