若き法王
6月15日投稿1回目。
部屋の扉の前に一人の男がいた。
修道士といった格好をした二十歳くらいのその男は端整な顔立ちを俺の方に向けている。
「……ああ、驚かなくていい。私は君の邪魔をしに来たわけではない」
男は俺に向けてそう言い、部屋の中に入ってきた。
それを見て俺は警戒心を高め、いつでも逃げられるよう腰を落とす。
鎧は身に付けていないが、一応首輪とブーツは装備している。
なのでダメージヒールをけん制として放つ事も可能だ。
けれどここはなるべく穏便に済ませたい。
普通に逃げるのがベストだろう。
「だから邪魔をしに来たわけではないと言っているだろう。私の事は気にするな」
俺が頭の中でそう思考を巡らせていると男は敵意がないということを再び口にした。
だがそんな事を言われてはいそうですかと警戒を解くわけにもいかない。
「……とは言ってもな」
「私の目的は君ではなくこれだ」
「?」
男は部屋の4隅に置かれた石の箱の一つに近づいて蓋を外した。
「神器『アリア』。それがこの書の名だ」
そして箱の中から白い本を取り出し、俺の方にそれをちらつかせた。
神器『アリア』か。
確かそれはここにある神器の内の一つだ。
俺はクロスからそのことを聞いていたから知っていたが、なんでこの男は知っているんだ。
しかも1000年間閉ざされたままであるはずのこの部屋にタイミングよく現れた。
なんでそんなことができたんだ。
「私の事が気になるか?」
「……一応誰なのかは聞いておきたいな」
どうもこの男はただの一般人ではない。
俺は警戒を緩めず、男の言葉を聞くために耳を澄ませた。
「私の名はミハイル・ディ・カーライル。聞いた事はないか?」
「……………………」
その名は俺も聞いた事があった。
聞いた事があったものの、それは冗談にしても笑えない。
ミハイル・ディ・カーライル。
それは俺の記憶が正しければ……『若き法王』と呼ばれている男の名だ。
法王といえば八大王者の一人として数えられ、人族の国であるミッドガルドでは現国王と同等かそれ以上の権力を持つ、剣王と肩を並べる人族の切り札であるはず。
しかもその法王はクロス教団の現トップ、教皇という立場でもある。
そんな男がたまたまこんな部屋に来た?
ありえないだろう。
「私のような者がここにいるのは不思議か? 私も敬虔なクロス教徒の一員なのだが」
「……だからといってこの部屋に偶然来るはずがないだろう」
「そうだな。しかしそれは君も同じ事が言えるのではないか?」
「…………」
俺は男の切り返しを受けて若干たじろぐ。
実際の所、聖職者らしきこの男よりもただの一般人という格好である俺の方がここにいるのは不自然といえる。
「逆に問う。君は何故ここにいる? どうやってこの部屋の封印を解いた?」
「…………」
俺は法王の問いに答えない。
ここで素直に神のお告げといっても冗談と思われかねないし、部屋を開けたということで万が一にも信じられたら色々メンドウそうだからな。
あまり気にしていなかったが、ここはクロス信徒の本拠地だ。
そんなところで神のお告げだ何だのと言える胆力など俺にはない。
「答えず、か。それもいいだろう」
俺の沈黙を答えと受け取ったのか、男はそう言った。
そして男は部屋の奥にある箱に手をかけ、その中から一本の剣を取り出した。
「これは君に預ける。君がふさわしいと感じた者に渡すといい」
「…………」
男は俺に近づき、鞘に収まったその剣を手渡してきた。
なぜこんな事をするんだろうか。
わけがわからない。
「ただし残り二つの神器は我々が貰い受ける。構わないか?」
「……ああ、いいだろう」
というよりも俺は『クロス』以外の武器はもののついでとしか思っていなかった。
回収できるのなら回収しておきたいと思っていたが、無理そうであれば素直に諦める。
ここで男を倒して無理やりにでも全部持っていくとか、そんな野蛮な行為には及ばない。
今この場において俺は盗人であり、ここにきた目的である『クロス』の回収さえできれば後は無理せず帰る事を優先すべきなのだ。
なので俺は男に背を向け、部屋の出口の方へと歩いていく。
「しかし君は幸運だったな。確かにこの時間、信徒は皆神に祈りを捧げているのだが、今日はたまたま寝坊をして遅れる者がいた。私がここに訪れなければ今頃君はその者と鉢合わせしていたぞ」
その途中で背後から男の声が聞こえた。
俺はその話を聞いて立ち止まる。
「剣王によろしくと伝えておいてくれ」
男はそう言うと未だ開けていない石の箱を開ける作業へと戻る。
それを横目で確認した俺は男に何も告げず、静かに部屋から出ていったのだった。
「へー、そんなことがあったのか」
「そうなんだよ」
俺はそんな朝の出来事をケンゴに話した。
ケンゴは俺の話を真面目に聞いてくれるからな。
今回もまた、クロスの話も法王と名乗る男の話も冗談だと茶化すことなくきちんと聞いてくれた。
「それで、その部屋から持ってきたって剣は?」
「ああ、それか」
ケンゴの問いを受けて俺はアイテムボックスから一本の剣を取り出した。
剣の名は神器『ラグナロク』
これもまた『クロス』同様に破格の能力が備わっている。
法王と名乗る男からはふさわしいと感じた者に渡せとか言われたが……
「ケンゴ、これ使うか?」
「お、いいのかよ」
「どうせこの剣が欲しくて今話題を振ったんだろ?」
「ばれたか」
俺の知る中で剣の扱いに長けた者というとケンゴをおいて他にいない。
ケンゴなら剣の能力に振り回されることなく使いこなせるだろう。
なので俺は神器『ラグナロク』をケンゴに渡した。
「サンキュー。……へへっどうよ、カッコいいか?」
「なんていうかチグハグだな」
俺はケンゴへ正直に言った。
西洋風の白い剣を腰に差した着物姿のケンゴは微妙に似合っていない。
「あらら、そうかい……」
するとケンゴは若干しょぼくれたような様子になった。
こんな些細な一言で一喜一憂するなよ。
「つかぶっちゃけ本当にこれ使っちまっていいもんかね? 盗品扱いとかされたりしねえ?」
「問題ないんじゃないか? 十字架にしろ剣にしろ、明確な所有者なんてこの1000年間はいなかったんだから」
強いて挙げるならこれらの武器はクロス教団の所有物という事にあるのだろうが。
しかし法王はクロス教団のトップも兼ねていると聞くし、そんな男から了承を貰えたのだから特に問題はないだろう。
あの男が本当に法王なら、という但し書きがつくけど。
「ならいいか、ある武器は使わないと損だしな」
どうやらケンゴは俺の説明で問題ないと判断したらしい。
まあ確かにあの部屋にずっと置きっぱなしにされているよりかはマシか。
「シンも使えるモンはなんでも使えよ。この世界じゃいつ足元すくわれてもおかしくねえんだからな」
「あ、ああ、わかった」
そしてケンゴは俺に忠告を飛ばしてきた。
俺はそれに対してワンテンポずれる形で首肯した。
「……本当にわかってんのかね」
そんな俺の様子を見てケンゴが呟き声を上げる。
もしかして俺は心配されてるのだろうか。
「わかってるさ。まあプレイヤースキルを磨くために普段は使わないと思うけどさ」
「そういうことならいいんだけどよ、でも危ないと思ったら出し惜しみするんじゃねえぞ、装備にしろ異能にしろ、な」
……異能もか。
まあ一応俺もここまでの道中で危ないと感じたら、多少の躊躇はあっても惜しみなく異能を使うように心がけてはいた。
だからケンゴの注意は言われるまでもないって思うところだ。
けれど俺はまだ心の中で吹っ切れてはいない。
異能を使うことに微妙な抵抗が残っている。
多分ケンゴはそれを見抜いているんだろう。
「……おっ、マーニャンから通信だぜ」
「なに?」
そこへ通信が入ったらしく、ケンゴが耳に手を当てて喋り始めた。
相手はマーニャンらしい。
「おう、わかった、それじゃあ街の入り口で落ち合おうぜ、そんじゃ…………マーニャンがあと少しで街に来るみたいだぜ」
「へえ。あと二、三日はかかるって聞いてたけど案外早かったな」
「だな、まあとりあえずあいつを迎えにいこうぜ」
「わかった」
そうして俺とケンゴはセレスとフィルを連れ、マーニャンを迎えにいくことにしたのだった。




