神器
ガルディアが人の姿になったその日の夜、俺は寝ている時に夢を見た。
夢の中にいる俺は白い空間で一人の少女と対面していた。
クロスだ。
アース世界における神の一柱として数えられているあのロリ神が俺の目の前にいた。
「久しぶりだな、クロス。元気にしてたか?」
「うむ、久しぶりじゃの。わしの方は今までと変わらず、良くもなく悪くもなくといった具合じゃ」
「そっか」
夢の中だというのに俺の思考はクリアだ。
つまりここは夢であって夢ではない、今までも何度かあったようにクロスが俺の意識に割り込みをかけた結果生じた世界なのだろう。
「というか最後に会ったのって大分前だよな。あんまり頻繁に出てこられても困るんだけど、もう少し頻度が上がっても邪険にはしないぞ?」
クロスと会ったのは確かクレールと出会った日あたりが最後だったはずなので、かなり久しぶりだ。
なので俺はクロスが遠慮しているのかと思い、それは不要だと告げた。
「別にお主に悪いかと思って今まで出てこなかったわけではないぞい」
「あれ、そうなのか」
「そうじゃ。今のわしはお主がウルズ大陸にいなくては魂を繋げられないのじゃよ」
「へえ」
初めて知った。
まあミーミル大陸に行く予定なんて今まで無かったし、クロスもいきなり俺がミーミル大陸に行くだなんて考えていなかったんだろうから知らなくても当然な知識ではあったが。
「お主が突然ウルズ大陸から姿を消した時はわしも驚いたぞ」
「あー……心配かけたなら謝る。ごめん」
「よいよい。こうしてお主は生きて我がウルズ大陸へと帰還したのだ。それにわしはお主が姿を消した経緯についても大まかにではあるが把握しておる。お主が頭を下げる必要など何も無い」
俺が頭を下げながら謝罪すると、クロスは気にしていないとばかりに手を振り、この件を軽く流してくれた。
「それより今はお主の事じゃ。お主は今までミーミル大陸にいたようじゃが、ここまでよく戻ってこれたのう。道中にはミレイユの町で見かけるものとは比べ物にならんほどの魔物が蠢いていたはずなんじゃが」
「俺達が生き残れたのはお前のおかげでもあるさ。クロスが俺に死霊の大盾のありかを伝えてダメージヒールを強化できたからこそミーミル大陸の敵に対抗できたんだ」
一応俺が異能をフル活用すれば、大盾や『死霊王の加護』無しでもそれなりに生き残る事はできただろう。
しかし俺も常に異能を使えるというわけではないので、ダメージヒールの威力が貧弱であった場合はレベリングに数倍の時間を要し、より用心深い旅を余儀なくされていたはずだ。
だからクロスの助言は結果的に俺とフィルを大きく助けた事になる。
「うむうむ、そうじゃろうそうじゃろう。わしはいつでも正しい行いをする神であるからな」
「…………」
しかしこうして「フンフン」と鼻息を荒くして喜んだ様子のクロスを見ているとちょっとヘコましてやりたくなるな。
調子に乗ってドヤ顔をする子はついつい苛めたくなるのだ。
意地が悪いのかね、俺は。
「なので今回もお主に有益な助言をしてやるぞい」
「何、助言?」
「そうじゃ」
が、クロスから助言という言葉が出てきたため、俺はこの子をどう困らせようかという思考を中断させた。
助言か。
それはつまり前回のように何かしらのパワーアップができる装備なりスキルなりが手に入れる手段を教えてくれるということだろう。
……でもそれは今貰う必要があるのか?
既に俺達はミーミル大陸からウルズ大陸に戻ってこれたのだ。
まだ俺達のいる街周辺はかなり強いモンスターがうようよしているが、ウルズの泉に行けば地球人なら一瞬で始まりの町に戻る事ができる。
つまり俺とフィルはもうこれ以上無理にパワーレベリング紛いの事をしたり強装備を集めたりする必要は無い。
勿論これからレベリングを全くしないというわけではないし、装備を更新しないというわけでもないのだが……
「……お主。もしやまたいつぞやのようにわしからの施しを”ずる”と称して渋る気か?」
「お前それ知ってたのか……」
俺が頭の中で悩んでいるとクロスはジト目でこちらを見てきた。
どうやらこいつは俺とクレールが初めて会った時の会話を盗み聞きしていたようだな。
「……念のために聞くが、お前は俺の行動を逐次観察しているわけじゃないよな? 例えば俺が一人で部屋にいる時とか」
「安心するがよい。わしには人のぷらいべーとなところまで見る趣味など無いのじゃからな。見るとしたらそれは今後のアースを左右するやもしれん場面のみじゃ」
「そうか」
俺はクロスの説明を聞き、少しだけホッとした。
相手は可愛らしい女の子だが、視姦されて喜ぶ趣味はあいにく持ち合わせていないからな。
見ているがあえて見ていないと嘘を言った可能性もあるが、まあそこまで深読みしてドツボにハマることもあるまい。
「話を戻すぞい。それでお主は今回もわしの助言を要らぬものとして切り捨てるか?」
クロスは若干不安そうな目をしながら俺にそう訊ねてきた。
もしかするとこいつは前回俺に余計な助言をしてしまったのではないかとか思っているのかもしれないな。
あの件は俺の確認不足+心の問題だから彼女が気に病む必要なんて無いのに。
「……物によるな。それは装備か? それともスキルか?」
なので俺は前回の反省を踏まえ、今回は神の言う通りに動くとどんなメリットがあるのかを詳しく知る事にした。
「装備じゃな。それもお主のためにあるような武器じゃ」
「俺のために?」
「そうじゃよ」
クロスは意味深な言葉を紡ぎ、そのまま俺へ今回手に入る武器の性能を説明し始めた。
そして俺はそれを聞くうちに顔の表情を次第に引きつらせていく。
「……その話が本当なら、まさしく俺のためにあるような武器だな」
「じゃろう? ここで取っておいても損は無いと思うのじゃが」
「ふむ……」
武器であるなら、使いたくなければ使わないという方針も取れる。
ならここはとりあえず手に入れておくべきか。
もうないと信じたいが、ミーミル大陸にいきなり飛ばされた時のような、あるいは一人でレイドボスを倒さなくてはいけないような事態になった時のような、そんな非常事態がこの先あるかもしれない。
死霊の大盾を手に入れた時は加護も合わせてのもので渋々だったが、今回は武器だけという確認も取れたので、とりあえず回収しておくのも悪くは無い気がする。
しかしこれは神の助言という「そんなのアリかよ」というような”ずる”なので、それを周りの連中がもし知ったら俺をどんな目で見てくるかなど想像するまでも無く最悪だろうけど。
が、それも最終的には俺が隠し通せればいいのであって、それでも俺の謎めいた強さにチートだなんだと文句をつける奴らはこれまで通りなるべく無視すればいい話だ。
「……わかった。それじゃあ起きたら早速お前の言う『神器』を回収させてもらう」
「おお、そうか!」
俺が首を縦に振るとクロスは不安そうな表情を笑顔に変えた。
まあこいつが喜ぶのも不思議ではない。
クロスが囚われているという地下迷宮の攻略に俺はかなり貢献している。
その俺が強くなればそれだけ迷宮攻略も捗るという思惑があるんだろうからな。
「それじゃあ『神器』回収の手順をお主に伝えるぞい」
「ああ」
こうして俺はクロスからとある武器の入手方法を教えてもらったのだった。
「……本当に侵入できるとはな」
夢の中でクロスと会話をした後に目を覚ました俺は、まだ街が活気づく時間帯ではないのを確認してすぐさま行動を起こした。
同室でグッスリ寝ているケンゴを起こさないようこっそり退室し、宿から出た俺はその足で大聖堂に向かう。
この街には転生神クロスを崇拝する【クロス教団】の本拠地が存在する。
だからなのか街の名前も『クロス』であるし、住民の9割以上がクロス信徒であったりする。
なのでロリ神のクロスにとってここはホームグラウンドと言っていい場所であるため、ここでの出来事はわりとよく見えるのだそうだ。
そういった事情から、クロスはこの大聖堂の警備が早朝の祈りを捧げる時間だけ手薄になるといった事も知っていた。
俺はそういったクロスの情報を基にし、更には異能も活用して、若干数が少ないながらも建物の中を巡回している警備員の目をかいくぐって大聖堂の奥へと進んでいく。
そして俺は他とは違って大分古びた石扉の前までたどり着いた。
なんでも、そこはとある言葉に反応して開く仕組みになっているのだとか。
つまりキーワードを口にしながら扉を押しさえすればいい。
なので俺はそのそのキーワードを口にした。
「『悪しき魔女に鉄槌を。我らが敗れし世に救済を』」
この言葉が何を意味しているのか俺にはよくわからない。
まあクロス本人が1000年前に設定したらしいから、なんとなくその意味も推測することができる。
だがこれについて話すのはクロスも乗り気では無い様子だったので俺は何も聞かなかった。
とりあえず今は装備品の回収だけできればいいだろう。
俺は無駄な思考を止めて周囲を警戒しながら扉の先へと足を進めていく。
そこは1000年単位で人が立ち入らなかったらしいのだが、魔法の力によるおかげか、部屋の中にはホコリ一つ落ちていなかった。
部屋の中央には純白の十字架が立てられており、部屋の隅に4つの大きな箱があるものの、それ以外は何も無い殺風景な空間だ。
箱の中には多分クロスの言っていた他の『神器』が入っているのだろう。
「よっ……と」
というわけで俺は本命の物品――十字架を引っこ抜いた。
神器『クロス』 スキル『聖なる力』 耐久値-(自動修復) 重量5
ステータスは上昇しない。
けれどスキル『聖なる力』はクロスの説明が正しいのなら俺のバトルスタイルにかなりマッチしたものである。
『聖なる力』は所持者の聖魔法、回復魔法の威力を3倍に跳ね上げ、しかも敵からの聖魔法攻撃を吸収する力を持ち、更にこの武器で攻撃をする度に敵の全能力は低下していくという力らしい。
もしそれが本当なら、この装備を持てば俺の弱点であった聖魔法を克服する上にダメージヒールの威力も増加する。
しかも俺は後衛ではなく前衛であるため、敵への直接攻撃が容易に行えて能力低下のデバフもフル活用できるはずだ。
おそらくこれは本来、聖騎士と呼ばれる前衛のジョブが使う装備なのだろう。
「……最大の敵はやっぱ僧侶か」
十字架をアイテムボックスに入れ、そそくさとその場を後にしつつ呟き声を上げた。
もはや今の俺にとって脅威となりうる存在は高性能の回復魔法を使える僧侶のみ。
それ以外の弱点は全て克服したと考え、もう何があっても俺は負けないと確信に近い思いを抱いていた。
「さて……それじゃあ他の武器も………………ッ!!!」
部屋の入り口に一人の男が立っていた。




