ガルディア
目の前に裸の女の子がいた。
裸の女の子が気絶していた。
裸の女の子が色々な意味でやっちゃいけないポーズをした状態で気絶していた。
……とてつもなくヤバイです。
こんなところを誰かに見られたらあらぬ誤解が生まれてしまいかねない。
少女の裸体にドギマギしつつもそれ以上に冷静であった俺の脳は警鐘を鳴らしていた。
早くこの状況を何とかしないと。
「お、おい……大丈夫か……?」
俺は獣族の少女に声をかけた。
しかし少女は何も答えない。
どうやら本当に気絶しているようだ。
「というかなんで裸なんだ……」
周囲に目を向けるも、そこに少女の服らしきものは発見できない。
だとしたらこの子はさっきまでずっと何も着ていなかったという事なのか?
いや、そんなことはないだろう。
「……起こすか」
何はともあれ、ひとまずこの子の安否を確かめるべきだろう。
俺はそろりそろりと少女に近づいた。
だけど本当にヤバイ。
背格好的にはもしかしたらフィルより年下なのかもしれない。
でもそのわりには大きいな。
もしかしたらフィルよりあるんじゃないだろうか。
……いや何が大きいってわけじゃないけど。
俺全然見てないし。
やむを得ず見ちゃったかもしれないけど俺全然見てないし。
「おーい……おきろー……」
「…………」
少女の傍にやってきた俺はとりあえず彼女の頬を軽く叩いてみた。
けれど少女が目を覚ます気配は無い。
「……仕方ない」
それを確認した俺は自分が身に付けていた死霊の首輪を外して少女に付けようとした。
ただの気絶だと思うから『キュア』と『エクスヒール』を使えば多分治る。
今の俺は死霊のブーツと少しMNDが下がる腕輪しか装備していないから『エクスヒール』も大した効果は出ないだろうが、一回試してみて駄目そうだったら盾の力も借りてみよう。
そう思って俺はアンデッド属性を付与するべく、裸の少女に禍々しい首輪を装着した。
……すごく犯罪くさいです。
ヤバイヤバイヤバイ。
裸の女の子に首輪をつけるとか絵面的に最悪だ。
今の俺は冷静なようでいて全然冷静じゃなかった。
しかしここまできたら早く回復魔法をかけて起こそう。
だれかがこんな場面を目撃しないうちに――
「な……何をやってますの……シン……」
「し、シンさん……」
「…………」
……セレスとフィルが扉を開け、俺を見ながら硬直していた。
「違うんだ」
「……何が違うんですの?」
「俺は何もやってない」
「その首輪、シンのですわよね?」
「それでも俺はやってない」
俺は厳しい状況証拠が残っている中で必死に無罪を主張した。
しかし俺へ向けられる視線は微妙なものだった。
「だ、大丈夫……お、オレはシンさんがそ、そんなことする人じゃないって、し、信じてるから……」
特にフィルは明らかに狼狽している。
彼女も俺同様、この状況をよく呑み込めていないようだ。
「……で、こんな子をシンはどこで拾ってきましたの? この街では奴隷廃止運動が活発なはずですが」
「いやいやいやセレスさん。この子は拾ってきたわけでも奴隷だったわけでも無いですよ? いや奴隷かどうかは知らないけど俺が拾ってきたわけじゃないですよ?」
勘違いをしているらしきセレスの問い詰めるような口調で放たれる疑問の声に俺は敬語で答えた。
ここは選択肢を間違えてはならない。
もし選択肢を間違えたらゲームオーバーだ。地球における社会的に考えて。
「……というかこの子は最初からここにいたんですよ。この子を知っているとするならお前達じゃないんですか?」
「? どういうことですの? この部屋にはガルディアだけいるはずですのに」
「何? ガルディアが?」
そういえばガルディアもメスということで女性部屋の方に行ってたんだった。
でもあいつは見たところ部屋の中にはいないな。
どこいったんだ?
「うぐぅ……」
と、そこで全裸の少女が謎の言葉を発しながら薄く目を覚ました。
どうやら回復魔法を使うまでも無かったようだな。
「はれ? ……あ、がるがるっ!」
「「「…………」」」
俺達の視線に気づいたらしき少女は寝ぼけ眼をシャキッとさせてどうにもしまらない鳴き声を発してきた。
その鳴き声はガルディアのと同じものだった。
「あー……自己紹介が遅れました。私はガルディア・スフィンシス。ガルガンド・スフィンシスの娘なのです」
少女にフィルの着替えを着せた後、俺達4人は自分の事をガルディアと名乗る獣族の少女とお話をしていた。
「ガルガンド? ていうと嬢ちゃんは獣王の娘って事になるのか?」
「あ、はい、そです。パパンは今獣王とかやってます」
「へえ……」
ケンゴの問いかけにガルディア(?)はもの凄く軽い調子で答えた。
パパンて。
いやまあ別にいいけどさ。
「……で? なんでお前は今まで喋れたり人の姿になれる事を隠して俺達の旅に同行してたんだ?」
俺は訝しむような目つきをしながらガルディアに問いかけた。
「それは……実の所、パパンからご主人様達の情報を集めてくるよう言われまして……」
「ご主人様?」
「シンさんの事です! がるがるっ!」
「…………」
俺の事を元気にご主人様と言い放つガルディアの表情はとても陽気だ。
なんというか温度差が激しい。
一応これは尋問なんだが。
「俺の事はシンと呼べ。ご主人様とか呼ぶな」
「そうはいきませんよ! 私は今ご主人様の所有物扱いなんですから!」
「……あっそ。それで俺達の事を調べていたというのはどうしてだ?」
なんだか頭が痛くなってきた俺はツッコミを抑え、今聞くべき内容についてガルディアに訊ねた。
「ええっと……ご主人様の力がどれほどの物であるか、それは獣族の脅威になりうるかをパパンは気にしておりまして」
「……なるほどな」
あの獣王もただのいい人というわけではなかったようだ。
戦場で暴れた身元不明な俺達の事をちゃんと調べ上げておく慎重性も持っていたということか。
「するとお前は既に十分な情報を得ている事になるな」
ガルディアはこれまで俺達のすぐ傍にいた。
だから俺達の会話を盗み聞きし、俺の力についても把握できたことだろう。
「いやーそれがご主人様達の言ってる事はなんか小難しくて、よくわかりませんでした!」
「…………」
この子はもしかしてアホの子なんじゃないだろうか。
動物としてみれば賢い方だけど、人として見たら微妙に残念としか言いようがない。
それなりに慎重である事はわかったが、こんな子を諜報役として任命したのはどうなんだ、獣王よ。
もしかしたらこの子が嘘を言っている可能性もあるけど、さっきまでの珍行動を見た感じでは嘘をついているような気もしないし。
「でもこうしてご主人様達に極秘任務がバレてしまった以上は仕方がありません!」
俺がそんなことを考えているとガルディアは元気よく声を張り上げた。
「ご主人様! 私をこのまましばらくお供させてください!」
「は? どうしてだよ」
「パパンからはご主人様達に任務がバレたらご主人様を婿養子にでもして連れてこいと言われました!」
「ぶっ!?」
そしてガルディアは俺を婿にすると言い出し、俺は噴き出した。
「……待て待て、どういう理屈だそれは。というかお前は獣王の娘なんだろう? そんな適当に結婚相手を決めていいのかよ」
「婿の件については特に問題ないと思いますよ。パパンも強い男なら別種族だろうが気にしないですし」
「おいおい……」
獣族は基本弱肉強食というルールが他の種族より根強く存在しているらしいから、強さに重きを置く傾向がある。
しかしそれで他種族から婿をとることも受け入れる事に全く抵抗が無いとはな。
「それで俺を身内に引き込めば今回の件も有耶無耶にできるっていう理屈か?」
「そのとおりです! なかなか察しがよく助かりますね!」
「さいですか……」
とりあえずこれでガルディアの目的は大体わかった。
ガルディアは極秘で俺達の力を調べ、それがバレてしまったらどうにか身内に引き込むよう獣王から命令されていたというわけか。
「それにしてもガルディアちゃんは『獣化』ができるんですのね。私としてはそこが一番驚きでしたわ」
「あ、はい! だからこそ私がこの任務を行っていたのです!」
と、そこでセレスは『獣化』という言葉を口にした。
「『獣化』?」
「『獣化』というのはその名の通り獣と化す技能のことですわ。現在その使い手は数えるほどしかいないとも聞きますが」
「へえ」
俺が首を傾げているとセレスが補足説明をしてくれた。
つまりガルディアはその希少なスキルの使い手ということか。
にしても獣のガルディアと今目の前にいる少女のガルディアでは体重とかかなり違いそうなんだが。
まあこの辺りのツッコミはするだけ無駄になりそうだから言わないけど。
「何にせよだ。これからこの子をどう扱う? てめえが決めろ、シン」
もう話は大体終わったと言わんばかりにケンゴがそう言い出した。
「俺が?」
「そうだよ。一応この子は今てめえの所有物ってことになってんだろ? だったらてめえが決めるのが筋ってモンだろご主人様」
「…………」
なんかこいつこの状況をちょっと面白がってないか?
別に俺がどうしようがケンゴには全く不利益になんてならないんだからそんな余裕面なんだろうけど。
しかしどうする?
ここでガルディアを野放しにして本当にいいものか。
彼女は俺の力がまだよくわからないと言っていたが、それも本当だという保証はない。
もしかしたら俺の抱える弱点についてまでちゃんと把握しているという可能性もありうる。
その場合、ガルディアを素直に獣族へ帰すと俺は獣王らに弱点を知られる事になるな。
別にあいつらと敵対しているわけではないのだから構わないと思ってもいい。
が、できることならあまり俺の弱点に関する情報が広まる事は避けたい。
というかそもそもガルディアはどうもここで別れる気はないようだ。
だから彼女が獣族達の国に戻るまでに友好関係を築いて、あまり俺の情報を口外しないよう吹き込めれば最良か?
無論婿養子なんてのはもってのほかだけど。
しかし……
「……ガルディア。俺とフィルはしばらくしたらミレイユの町に戻る。だからここでお別れするのは確定だ」
俺達は泉を経由して始まりの町『ミレイユ』に飛ぶが、アース人であるガルディアはできない。
なので俺がどう考えようとガルディアとはここでお別れという事になる。
「いや、案外そういうわけでもねえぜ。俺達の使える『アイテムボックス』に嬢ちゃんをぶちこんじまえばそういった制約も突破できるんだぜ」
と思っていたらケンゴが裏技を口にし始めた。
アイテムボックス凄いな。
そんな応用もできてしまうとは知らなかった。
ちょっと考えればその発想にもいきつけるが、俺にはアース人をアイテムボックスで運ぶという発想自体がなかった。
「……なら一緒に来るか?」
そんなケンゴの話を聞いた俺はガルディアの方を向いてそう訊ねた。
俺達についてこれるというのであればつれていった方がいい気がする。
獣であった時のガルディアは頼りがいがある強者の風格があったのだが、人である今のガルディアを見ると子供過ぎて、一人でちゃんと帰れるのかどうも心配だ。
フィルより幼いように見えるし、知らない人に話しかけられても「おかしをあげるよ」とか言われたら尻尾を振ってついていきそうなんだよな。
まあこの子の場合はおかしじゃなくて肉で釣れそうだが。
「わーい! ありがとうございますご主人様!」
「だからご主人様はやめてくれ」
俺の答えを聞いたガルディアは喜んだ様子で俺をご主人様と言いながら抱きついてきた。
できればそういうことをフィルの前でしないでほしいし言わないでほしいな。
悪影響を与えかねないから。
こうして俺達の足役兼癒し役だったガルディアはまだしばらく行動を共にする事となった。
……でも思って見ればガルディアはスルスの森近くの村にいた時に俺が納屋でナニをしてたか見てたんだよな。
「なんでいきなり顔を赤くしてるんですかご主人様!」
「なんでもねえよチクショウ」
俺はその時の事を思い出して赤面するしかなかった。




