ウルズ到着
「やるじゃねえか、シン」
「アースに来ても研鑽を積んでいたようですわね」
「お疲れ様……です」
グリムが去ったのを見送った俺は背後で見守っていたケンゴ、セレス、フィルの下へと歩いていった。
するとケンゴ達は微笑を浮かべながら俺を迎えてくれた。
「相手は魔軍中将だったってのに、結局一人で倒しちまうとはな」
「そんな事を言って……あなたには見えてたんじゃないですの? ケンゴさん?」
「まあ否定はしねえよ」
ケンゴはセレスのツッコミに軽く答えながら無精ひげの生えた顎を撫でている。
見えていた、とは俺達の戦いの結果が予めケンゴにはわかっていた、という事なのだろう。
それはつまり異能【未来予知】をケンゴは使っていたというわけか。
「つか、てめえさっき異能使わなかったな、シン?」
「え? ああ、確かに使わなかったが」
「そうか……まあそれでも普通に勝てたんだから別にいいか」
「?」
ケンゴは今何を言いたかったのだろうか。
よくわからないな。
「とりあえずそろそろ街の方に移動しようぜ」
「そうですわね。積もる話もありますが、ここで立ち話をするより街での方がゆっくりできますし」
俺が首をかしげているとケンゴとセレスはそう言って、傍に待機させていた馬に飛び乗った。
「シンさん……行こ?」
「あ、ああ、わかった」
そしてガルディアにちょこんと乗っているフィルに促されたので俺も乗り、ウルズ大陸にある街『クロス』に向けて移動を開始したのだった。
ウルズ大陸には3つの大国が存在する。
龍人族が暮らすという山脈地帯の『アースガルズ』、炭鉱族が多く住んでいて希少な鉱物が多く採れるという『ヘルヘイム』、そして人族が中心で総人口はアース最大とされている『ミッドガルド』。
始まりの町『ミレイユ』も、ヴァルハラに最も近い位置にある聖堂都市『クロス』も所属としては『ミッドガルド』となっている。
俺達はそんなミッドガルドのクロスへ3週間かけてたどり着いたのだった。
「これで一安心だな、フィル」
「そう……ですね」
ここはもうウルズ大陸だ。
ということはつまりウルズの泉もこの街の中心にあるはずであり、俺達はそこを通じて始まりの町へと帰れるということである。
ここまでの道のりはそれなりに長かった。
といってもミーミル大陸に飛ばされてからまだ3ヶ月程度しか経っていないわけだが。
本来ならもう少しかかるだろうと予想していたけど、思いのほかガルディアが足として優秀で進むペースがかなり速かったようだ。
特にヴァルハラは殆ど走らせっぱなしだったし。
こいつには無理をさせてしまったな。
「お疲れ様、ガルディア。ここまでよく俺達を運んでくれたな」
「ありがとう」
「がるがるっ」
俺とフィルが労いの言葉をかけるとガルディアはいつもの締まらない鳴き声を返してきた。
「そんでてめえらはこれからどうすんだ? このまま始まりの町に戻るのか?」
「いや、このまま2、3日くらいここで観光でもしてから帰ろうかと思ってる。こいつとも別れる前に毛づくろい位はしてやりたいし」
ガルディアはそのまま放せば勝手に帰れるそうだが、だからといってここで普通に返したのでは恩知らずというものだろう。
今日明日くらいはこいつに上手い肉でも食べさせたり寛がせたりさせてやりたい。
それに俺達も大分疲れている。
始まりの町に戻ってからでも休めるが、まあ数日程度ブラブラしても問題はないだろう。
「そうか。それじゃあ俺がこの街の中でも特に良い宿を紹介してやるぜ」
「ああ、前に2人で泊まった街の風景が見渡せるあの宿ですわね? あそこなら私ももう一度泊まりたいと思ってましたのよ」
俺の答えを聞いたケンゴとセレスがそんな会話をしている。
2人で、というところに俺はちょっとした興味を抱いたが、まあ向こうから何も言ってこないんならこちらから何かを聞く事もあるまい。
でもここまでの道中で聞いた話だが、どうやらケンゴとセレスはかなり前から2人でアースを旅していたらしいし、もしかしたらその間にそういう仲になっているのかもしれないな。
「それじゃあ行こうぜ」
俺が2人の仲を邪推しているとケンゴはそう言って俺達の前を歩き始めた。
「なあなあ、それで結局フィルとはどこまでいったんだ?」
「…………」
男は男同士、女は女同士で宿をとった俺達は部屋の中でまったりしていた。
そしてそんな部屋の中で俺はフィルとの事についてケンゴから訊ねられた。
ここまでの道中ではそんな話を振ってこなかったんだが、あの時はフィルやセレスが近くにいたから自重してたのか。
どこまで、とは俺とフィルの関係についてを聞いているんだろう。
「ミーミル大陸までいきました」とかそういうボケはしない。
「どこまでも何も、俺とフィルは今までどおりの関係だぞ?」
「しらばっくれるなよ色男。ここ最近のてめえらを見てたけどよ、どう見てもありゃあ付き合ってる奴同士の距離感だったぜ?」
「…………」
距離感、か。
まあ確かに、ガルディアの背に2人で乗る際は俺がフィルを包み込むようにして乗っていたし、寝る時もフィルは俺の隣で寝ていた。
これはガルディアがより速く移動できるよう模索した結果そうなったり、隣で寝るというのも周囲に危険があったらすぐ動けるようにするためだ。
なので俺とフィルの距離感が近いのは旅の都合上仕方がないという部分があったりする。
というようなことをケンゴに説明すると、「ふーん」と言いながら口角を吊り上げて俺の目を見てきた。
「旅の都合上ねえ。それにしちゃあフィルがてめえに向ける目はやけに熱っぽかったんだが?」
……なかなか良い目をしていらっしゃるようだ。
「てめえはクール気取ってんのかあんまそういうこと話さねえけどよ、俺達にくらい本当の事を話してくれてもいいんだぜ? 別に高校生なら中学生とズッコンバッコンしてても俺は気にしねえよ?」
「いやそこまではしてねえよ」
「そこまでは、ねえ。んじゃどこまでやったんだ? Aか? Bか?」
「…………」
また答えずらい質問をしてくれるな。
AはないけどB(触りあい)はちょっと引っかかるから無いと断言しきれない。
「ケンゴ。何度も言うが俺とフィルはそういう関係じゃない。勘違いするなよ」
「本当かねえ。まあ100歩譲ってそうだったのだとしてもよ、フィルがてめえに気があるのは確実だよな?」
「…………」
「その様子だとコクられてはいそうだな」
「う……」
やっぱり俺って思ってることが顔に出やすいのだろうか。
今度鏡を見て自分の表情とか研究してみよう。
「で? てめえの方も満更でもないって感じなんだろ?」
「……もしそうだとしたらどうなんだよ?」
「だとしたらもう付き合っちまってもいいと思うんだけどな」
「へえ……」
どうやらケンゴは俺とフィルをくっつけたいらしい。
でもそんな事をこいつに言われたからといってしたくはないな。
「というかだ、なんで俺達の関係をそんなに押してくるんだよ。俺とフィルが付き合ってなくったってケンゴに不利益があるわけじゃないだろ」
「ん? まあ俺にメリットはねえよ。でも俺はお似合いだと思うんだよな、てめえら2人はさ」
「お似合い?」
俺が聞き返すとケンゴは「そうさ」と言って軽く笑った。
「だっててめえもフィルも滅茶苦茶奥手そうなんだもんよ。てめえら2人は恋愛経験とか皆無と見たぜ」
「……もし違ったら?」
「違わねえな。てめえはもうちょっと得意分野以外でのブラフとかポーカーフェイスってのを学んだほうがいいぜ」
くそっ、また顔に出ていたのか。
どうも俺は苦手なところを突かれると脆い面がある。
今までゲームばっかりしてて恋愛とかそういうのはからっきしだったせいか、俺はこういう話をしている時どんな顔をしていればいいのかわからなくなるんだよな。
「奥手同士なら一度くっつけばそうそう別れる事もねえだろ。それに相手はそれなりに気心の知れた可愛い子だ……おっと、俺みたいないい年した大人が可愛いなんて言うと問題視されかねないからこれ以上は言わねえけどよ」
ケンゴはそう言って苦笑いを浮かべた。
まあ確かにケンゴはもう成人した大人だ。
中学生に可愛いとか言っちゃうと事案になりかねない。
大人になるとこの程度の発言でさえも慎重さが求められるとは、メンドウな社会だな。
「……とりあえずケンゴにとやかく言われずとも、フィルの事はちゃんと考えてるから」
「そうなのか?」
「そうなんだよ。だからこれ以上は俺達の関係に何も口出しするな」
「へいへい」
俺がやや厳しい口調でこの話を終わりにすると、ケンゴはベッドの上にゴロンと寝転がった。
「じゃあ俺はしばらく昼寝してっからよ、てめえはフィルでも連れて街ン中でも散歩してきな」
「なんでだよ」
「羽伸ばして遊んでこいって言ってんだよ。そのためにこの街に残ってんだろ?」
「…………」
羽を伸ばしてこい、か。
それは言われずともそうするつもりだった。
だから俺はケンゴにそう以上は何も言い返さず、フィル達がいる部屋へと足を向けた。
「なんだったら別の宿に泊まったっていいぞ。セレスには俺の方から言っとくから」
「うるせえ。夕方には帰ってくるから夕食は待ってろ」
俺は背後から聞こえてくる茶化すような言葉に反応しつつ、男2人というむさい部屋を出たのだった。
「でもフィルと2人でか……」
フィルとセレスが泊まっている部屋へと向かって歩く俺は、ケンゴとの話を振り返りつつもそんな事を呟いていた。
「2人で街の中をブラブラするとか……デートじゃね?」
そしてこれからフィルを街へどう連れて行こうかと考えていると、これはいわゆるデートというものになるのではないかと思い、俺の頬は僅かに熱くなり始めた。
フィルと2人で行動するということはこれまでにも多くあった。
というよりも、ここ数ヶ月はフィルと2人っきりでいる事など日常茶飯事だった。
だからここでフィルと一緒に街の中を歩くということは別に何もおかしい事ではない。
……けれど何の目的もなく2人で散歩するというような事は今までしていなかった。
外を歩く際は毎回何かしらの理由があっての事だった。
なので捉え方によっては、これは俺にとって初デートのようなものなのではないだろうか。
それに多分フィルの方も俺と同じ事を考えるかもしれない。
「……なんか緊張してきたな」
そう考えるとフィルを誘うのを迷ってしまう。
このままノープランでフィルを誘っていいものなのか。
何か下調べをしてから誘ったほうがいいのではないだろうか。
……待て待て。
俺達の今の関係はあくまでも友達だ。
これからどうなるかはわからないが、今はまだ友達なのだ。
友達を遊びに誘うのにこんな緊張してどうする。
冷静になれ俺。
俺は心の中の動揺を抑えつつもフィル達のいる部屋の扉を開いた。
あ、ノックし忘れた。
「はー、やっぱり焼いてあるお肉も美味しいなー、うまうま」
「…………」
変な事を考えていたせいでノックをし忘れ、何故か鍵もかかっていなかった扉を開いた俺は目の前の光景を見てフリーズした。
「あ」
部屋の中には軽く焼かれたどでかい肉を両手で掴んでガツガツと食べている――全裸の少女がいた。
その少女は健康的な小麦色の肌と茶色いロングの髪を持ち、獣族特有の獣っぽい耳と尻尾が生えていた。
俺はこんな子知らない。
もしかして訪ねる部屋を間違えたとかか?
だとしたら非常にまずい。
「……は、はろー?」
なぜか俺は挨拶をしていた。
全裸姿であぐらを掻きながら肉をほおばる少女にカタコトな挨拶をしていた。
「ぎゃー! ばれたー!」
「!!!」
すると少女は突然叫びだして立ち上がる。
「ぎゃうっ――ごえっ!?」
そして少女は自分の尻尾を踏みつけてバランスを崩し……その場に倒れて後頭部を床に強く打ちつけた。
「きゅぅ……」
「…………」
結果、少女は可愛らしい声を出して気絶してしまった。
俺はこちらに向けてカエルがひっくり返ったような姿を晒している素っ裸の少女の痴態をただ呆然と眺めていた。




