再戦
もうすぐウルズ大陸かというところまで来た俺とフィルは、グリムに追われつつもヴァルハラでケンゴに出会った。
しかも少し離れた所にいるあの女性は俺の記憶に間違いがなければセレスだ。
ケンゴは俺にとって師匠であり最強の近距離アタッカー。
セレスはどんなに遠く離れた敵でも打ち漏らさない最強の遠距離アタッカー。
どちらも俺と同じく『FO』内で最強と謳われたプレイヤーだ。
そしてそんな2人が俺達を助けに来た。
俺はケンゴに向けて大声を上げる。
「久しぶりだな! ケンゴ! 俺達は元気にしてたぞ!」
「そうかよ。そいつぁよかったぜ」
俺の言葉を受けてケンゴは薄く笑う。
アースでは初日以来の再会になるが、無精ひげを生やしたケンゴが直垂のような装束を着て大太刀を握る姿は『FO』内で《ウェポンデストラクション》と称されたケンゴを思い起こさせる。
「でも助けに来るならもう少し早く来て欲しかったな」
「あまり贅沢を言っちゃだめですわよ。こちらにはこちらの都合ってものがあるのですから」
俺がケンゴに問いかけていると背後からセレスの声が聞こえてきた。
多分2人とも俺達の状況を知ってここまで来てくれたんだろうから、それ以上を求めるのは我侭になるか。
今はとにかく再会を喜んで助けに来てくれた礼を言おう。
「ここまで来てくれてありがとうな、ケンゴ、セレス」
「ま、つっても援軍なんて必要なかったかもしれねえけどな」
「ふふっ、そうですわね」
「お前らなぁ……」
俺が素直に感謝の言葉を告げているのにケンゴとセレスはちゃちゃを入れてくる。
確かにここまで来たら俺とフィルだけでもウルズ大陸に戻る事もできただろうが、ケンゴとセレスがいてくれるなら100人力というものだ。
これにあとマーニャンが加われば……
「ちなみにマーニャンも今始まりの町から『クロス』まで移動中らしいぜ」
「あの人もなんだかんだであなた達を心配しているのですわ」
「……へえ」
今俺が何を考えてたのかを読まれたのか、2人はマーニャンの情報を俺に伝えてきた。
別に俺はマーニャンなんていなくても寂しくねえよ。
ただ俺はあいつがいれば最強の布陣が完成すると思っただけなんだから。
「貴様らは何を呑気に談笑しているのだ!」
「っと、そういえばまだあいつらがいたな」
背後から怒鳴り声がしたので振り向くと、突然できた崖を迂回してきたらしきグリムとその仲間達がいた。
未だに数は劣勢だが、ケンゴとセレスが加わった今では全く脅威として映らない。
まあ元々追いつかれても、それなりにレベルが上がって装備もグレードアップした俺とフィルならそれなりの勝算があっただろうと思っていたんだが。
「てめえは確か《鉄拳中将》とか呼ばれて魔軍を率いてるグリムだったよな?」
「! ……うむ。私は魔軍第3部隊を指揮するグリム・ハザードだ」
「そっかそっか。いやあどっかで見た顔だと思ったんだよなあ」
ケンゴはグリムと軽い調子で会話をしている。
アースへの滞在時間が長いであろうケンゴなら皮膚が緑で角を生やした大男や、その背後に控えている魔族の容姿に驚く事もないのか。
しかもどうやらグリムの事を知っているらしい。
「なあシン。てめえこんな奴をどうやってここまで引っ張ってきたんだ?」
「話せば色々長くなるんだよ」
「ふーん。それじゃあこいつは俺が追い払ってやろうか?」
「いや、いい。一対一をさせてくれるなら特に問題はない」
「ほほぅ」
俺がグリムと一対一で戦うと言うと、ケンゴは若干驚いたような表情をしながら息をもらした。
「あいつ結構強いと思うぜ? それでもやるのか?」
「危険だと思ったらバトンタッチするさ。でも多分大丈夫だと思うぞ」
「そうかよ。じゃあとっとと行ってきな」
ケンゴは俺の言葉を聞くと安心した様子でグリムの方を向いた。
「とりあえずこいつは一人で戦うって言ってんだが、てめえらは多勢に無勢なんて事しねえよな?」
「ぬ……ならば私も一人で相手をしよう……貴様達は手を出すなよ」
「は……ハハッ!」
どうやらグリムの方も俺に一人で戦いを挑んでくるらしい。
この一週間ずっと一緒に行動していた部下らしき連中にも手を出さないよう言ってるし。
俺としては別にどっちでもよかったんだが。
「シンさん……一人で平気?」
と、そこでフィルが心配そうな声で俺に問いかけてきた。
そういえば魔族と獣族が争ってた時のフィルはアイテムボックスに押し込んでたからグリムを見てなかったんだよな。
初めてこの大男を近くから見たら、その威圧感に気圧されても仕方がないか。
「大丈夫だ。フィルは見てなかったからわからないだろうが、相手は前に一度倒した事がある。楽勝だぜ」
なので俺はフィルに対して余裕に満ちた表情を作ってそう言い放った。
するとフィルは気を緩めるかのようにホッと息をつく。
「ん……それじゃあ、いってらっしゃい」
「ああ、いってくる」
そして俺はフィルに背を向け、仁王立ちをしているグリムと対峙した。
「ふっ……仲間が来てやっと私と戦う勇気が持てたか、《ビルドエラー》よ」
グリムは俺が怖がって逃げていたと勘違いしているようだな。
ならその勘違いを正す必要がある。
「今回は前回のように無様な負けはせん! ハァッ!」
俺はグリムに向かって走り出す。
するとグリムは俺の方に爪を目一杯伸ばしてきた。
けん制か。
なるほど、これじゃ俺の間合いに収めるのには一苦労しそうだな。
グリムは俺が謎の攻撃をしてくるのを未然に防ごうとしているのだろう。
しかも前より隙が無い。
つまりこいつもそれだけ俺のことを危険視しているって事か。
原理はよくわかっていないだろうけど、俺がいきなり早くなるのも想定しているはずだ。
まあスピードについては向こうに限らずこちらも十分に考慮しているわけだが。
今の俺相手にもう不意をつくことはできないぞ。
「……へぇ」
5メートル以上は伸ばしているというのにその爪は俺の大盾による突撃を食い止めている。
凄まじい硬度だ。
が、それもいつまでも持つわけがない。
それに相手の攻撃が限定されている以上、俺にダメージを与えることも不可能。
更に言うなら、グリムはここまでの道のりで俺が魔法を無効化する力を持っていることも重々承知しているだろう。
奴は魔法が得意な魔族でありながらも肉弾戦を挑むしかなく、しかも俺が間合いに入る事を妨害しつつ戦わなくてはならないのだ。
この戦いは最初から決着など目に見えていた。
俺はひたすら堅実な守りを行ってグリムの爪をはじき続ける。
「グゥ……!」
グリムは戦いが始まってから10分以上俺に攻撃をさせていないにもかかわらず、焦りのようなものが表情に出始めていた。
おそらく俺の防御能力がここまで高かったのは想定外だったのだろう。
前回の俺は盾による防御ではなく異能を使ったスピード重視のヒット・アンド・アウェイ戦法で間合いを計っていたからな。
今の戦術が俺本来のスタイルなんだが、グリムにとっては初見であるはず。
なので俺はグリムが心を乱して隙を見せるのをじっと耐え――そして遂にその時が訪れた。
「詰みだ、グリム」
「!?」
何十、何百、何千という手合わせを行いながらも相手に気づかれないよう徐々に体の位置をずらしていき、グリムが爪を大きく振りぬいたところを狙って最後の一歩を踏み出す。
ヒールが当たる間合いへグリムが僅かに入った。
それを感覚で認識した俺は、ここまでの鬱憤を晴らすかのようにグリムへ向けて全力の『エクスヒール』を無詠唱で放つ。
すると俺が見ているグリムのHPはいきなり3割ほど減り、苦悶に満ちた表情を浮かべ始めた。
だが俺は攻撃の手を休めず、『ハイヒール』、『ヒール』、『ヒーリング』、そして最近新しく取得した『ハイヒーリング』を立て続けに浴びせていく。
この連続攻撃によってグリムのHPは合計8割ほどが削れ、その場に膝をついた。
「ガッ……はっ……」
「勝負ありだな」
俺はグリムを見下ろしながら勝負は決したと告げた。
ダメージヒールを連続で食らったグリムは全身が激痛に苛まれていることだろう。
もはやまともな戦いはできないはずだ。
「……殺さんのか」
「殺す理由が無いからな」
グリムが忌々しいものを見るかのように睨みつけてくるが、俺はそれを軽く受け流す。
別に俺は殺し合いがしたいわけじゃない。
ただ戦えればそれでいいんだ。
それに今回は久しぶりに悪くない戦いができたように思う。
だから俺はもう満足だ。
しばらくこんな戦いはしていなかったけど、案外俺のプレイヤースキルもそこまで錆びてはいなかったな。
また、この戦いでその僅かな錆び付きも払拭できたように感じる。
「いい戦いだった。一対一でなら俺はいつでも戦ってやるから出直してきな」
俺が清清しい顔をしながらそう言うと、グリムは多少足元がおぼつかない様子であるものの黙って立ち上がり、俺達に背を向けた。
「……今回は貴様の勝ちということにしておいてやる。だが次は私が勝つ。覚えておけ」
「ああ、覚えておく。まあ次も俺が勝つけどな」
「……フン」
そしてグリムは魔族の仲間達がいる方へと歩いていった。
「ちゅ、中将……」
「貴様達も見ていただろう。此度は私の負けだ。素直に認めるしかあるまい」
「で、ですが……」
「私が負けた以上、貴様達が束になったところであの男には勝てんよ。しかもあの男の背後にはもう一人、私に匹敵しうる者がおるしな」
「は、はぁ……」
「だから私達ももう帰るぞ。何の手柄も上げられず引き返してきたのだから、魔王様からお小言を頂くかもしれんが、まあ仕方あるまい」
どうやらグリム達は自分達の国に帰るようだ。
もしここで徹底抗戦とか望まれたら困った事になったが、素直に引き返してくれるならこちらとしてはありがたい。
「……そういえば、なんでお前は《ビルドエラー》って名前を知っていたんだ?」
「……とある情報筋から伝えられたとだけ言っておこう。さらばだ」
最後に俺が一つの疑問を投げかけたが、グリムはそれをはぐらかし、大きなトカゲに乗って仲間達とその場を去っていった。
その後姿はどこか哀愁めいたものを帯びていた。




