廃人仕様のログイン
そんなことがあったゲーム開始初日を、俺は入学式で校長が長ったらしく話している中、うつらうつらと思い出していた。
僧侶になったあの後、キャラメイクについてとジョブ変更について調べるために俺は一度ログアウトしてクロクロのホームページに飛んだ。
ジョブについては特に重要で、すぐに変更は可能なのかどうか知らなければならない。
そう思った俺は一先ずキャラメイクのバグを報告し、サイト内でジョブチェンジについて何か書かれていないか探し始めた。
が、結局そういった項目は発見できなかったので、俺は仕方なくキャラクターデリートの後新しくキャラを作り直そうとした。
……しかしそれは不可能だった。
再ログインした先でキャラデリを行おうとしたものの、そういった項目もメニュー画面には無いときたもんだ。
いくらなんでも酷すぎやしないか。
俺はその時、運営に対し怒りのようなものを抱き始めていた。
まあそんな気持ちもしばらくしたら無くなったが。
強制ログアウトされ、その後運営会社に捜査が入ったという話を知ったらそんな怒りなんて吹っ飛ぶ。
怒りというよりも呆れと言った方が正しい。
一体何をやらかしたんだと思いながら別のネトゲにログインし、仲間とその話をしながら狩りをして……そしてその日は終わった。
その後はしばらく静かな日々が続いた。
ネトゲして眠ってたまに学校へ行って、とにかくそんな毎日が続いた。
だがそれも長くは続かなかった。
なんといっても異世界が発見されたっていうんだからな。
しかもそれはゲームにログインした先に、だ。
驚かない訳が無い。
そんな話がテレビやネットで出されても信じられるはずが無い……と、3年前なら言えただろう。
けれど3年前、異能を手に入れた人々が現れだしたという異常事態があった事から、異世界が発見されたというそんなオカルト話もわりとあっさり世間に受け入れられた。
異世界が生まれたのか、あるいは元からあったのかについては不明。
数ある説の中には何者かが異能によって作り上げたのだとか、そもそも異世界があるなどというのは全くの出鱈目であって国が異能者を隔離するために作り上げた想像上の産物だ、など色々言われているが、まあ俺にとってはどうでもいい話だ。
「……では今から2時間後、実際にアースへとログインしてもらいます。君達の活躍に期待しますよ」
と、そんな事を考えていたら校長の話が終了したようだ。
最後しか聞いていなかったが多分問題ないだろう。
これから何をするのかは既に知っているからな。
俺達はここから教室に戻った後、昼休みを挟んでから高等部と中等部の生徒は全員クロクロにログインする。
それさえわかっていれば俺のテンションもうなぎ登りというものだ。
「よし、全員集まったな」
そして俺達は教室に戻り、早川先生の説明を静かに聞いていた。
だが皆これから行う事に少しそわそわしているように見える。
まあ俺もワクワクしているクチだから人の事は言えないが。
「龍宮寺校長のお話の通り、私達は昼休みを挟んだ後クロスクロニクルオンラインにログインする。しかしその前に……君達にはコースを選んでもらう」
コース。
早川先生の口からその言葉が出た時、教室内の空気が変わった。
それは俺達にはもう既に知らされている内容だからだ。
「地球時間でおよそ3時間ログインを行うAコース。これを選んだ生徒は通常の下校時間に解放される」
昼休みを挟んでからの3時間後なら丁度下校時間と言ってもいい時刻だ。
入学初日から午後まで学校にいなければならないというのは普通なら不満が噴出するだろうが、俺に限ってはそうならない。
なんてったってこれから始まるのはゲームだ。
まあそのゲームの中での通貨を学校側が日本円に換金してくれたり、何かしらの成果を上げれば学費の一部免除や学校の単位をくれる制度があったりするので、遊びという面より実益で動く人間の方が多そうだが。
ちなみに成果とは異世界についての事であれば何でもいい。
学校……というか国は向こうの世界の知識や歴史等々を収集すべく俺達を起用し始めたんだからな。
なぜかクロクロのアカウント所持者は全員異能持ちに限られ、比較的若い世代が多かったからこそこんな制度が作られたのだ。
しかし俺はそんな裏事情を知りつつも、ただ単純にゲームのような世界で戦えるのだという事だけに胸を高鳴らせていた。
ジョブを間違えるという致命的なミスをしてしまったものの、その程度の事で俺のやる気は落ちたりしない。
一種の縛りプレイと思えば楽しいものだ。
……パーティープレイは望めないだろうけどな。
「次に8時間ログインし続けるBコース。この場合は夜も更けているだろうが、まあ食事と睡眠はまともに取れるだろう」
早川先生が続けてBコースの説明を行っていた。
時間帯的に見ても8時間後ならまだ常識の範囲内だ。
3時間コースより3倍近く長いが、それでも大した負担にはならないだろう。
俺達は全員寮生活だしな。
「そして最後に24時間ログインをし続けるCコース。これを選んだ生徒はLSS(生命維持装置)に入った状態でログインしてもらう。しかし過酷なコースである事には違いないため、私はお勧めしない。覚悟のある者だけ選ぶといい」
だがこの24時間コースは凄まじい。
これを選べば学校内に備え付けられた最新の生命維持装置の中で思う存分ゲームを楽しめるのだから。
「では初めにCコースから決める、機材の関係上先着10人までだからな。希望するものは挙手を――」
「はい」
俺は当然手を挙げた。
何の迷いも無く、誰よりも早く手を挙げた。
「……いいのか、一之瀬? 地球時間ではたった24時間だが、向こうの時間は――」
「関係ありません」
「一応途中でログアウトすることもできるが、高価なLSSを使う以上、生半可な事では止められ――」
「わかっています」
「……そうか。それなら一之瀬はCコースで決まりだ」
早川先生の忠告を完全に無視して俺はCコースを選んだ。
その様子を見ていた他のクラスメイト達からどよめき声が聞こえてくる。
「本当に選ぶ奴いたのか……」
「24時間ぶっ通しとか……ありえないだろ……」
「いくら向こうが異世界だって言われても……ねえ?」
どうやらここにいる生徒の大半はCコースを選ぶ奴がいるとは思わなかったようだな。
でもそれってどうなんだ。
向こうが異世界だなどと勘違いも甚だしいことを言っている女子が混じっていたが、その認識は甘いと言わざるを得ない。
俺達が今から行く世界、アースは異世界である前にクロクロ――MMOなんだぞ。
他者との競争が激しいMMOにおいて始めのスタートダッシュがいかに重要なものか本当にわからないのか。
今日から高等部、中等部のクロクロプレイヤーは一斉にログインする。
ならば狩り場争いやアイテム類の獲得に支障が出るはずだ。
また、BコースとCコースでは3倍の差が生じる。
Aコースとの差は8倍だ。
そんな時間の差はプレイヤー間に大きな差を生み出すことだろう。
すでに俺達は調査員プレイヤー、大学生プレイヤーに大きくリードを開けられている。
ならそこまでスタートダッシュを厳しく考えなくてもいいんじゃないか?と思う奴もいるかもしれない。
しかしだからといって俺がゲームをする時間を減らす理由にはならない。
やるなら本気を出す。仕様の中で。
異世界が存在しているという荒唐無稽な事実の中で、誕生は異世界が先かクロクロ(ゲーム)が先かと人は言う。
けれどこういった議論の中、俺はあえてそう思うのだ。
その方が俺はゲーム(リアル)に対して真摯でいられるのだから。
……でもなんだかガッカリだな。
俺以上に気合の入った奴がクラスの中いないんじゃ――
「他にはいるか?」
「はい」
「俺もCコースで」
「僕もお願いします」
「それじゃあ私もっ!」
と思っていたらなかなか骨のある生徒が2組にもいたようだ。
いいぞいいぞ、そうでなくっちゃ面白くない。
名前は覚えていないが、男子生徒6人と女子生徒2人が俺に続いて手を挙げている。
そして最後にもう1人、女子生徒が手を挙げた。
「朝比奈もか」
「……はい」
朝から縁のあった俺が唯一覚えているクラスメイト、朝比奈も俺達と同じく24時間ぶっ通しコースを選んだ。
「これで10人か……わりと早く決まったな。ではCコースの参加者は一之瀬、日影、氷室、橘姉弟、雨水、結城、和泉、羽生、朝比奈で決定とする。続いてBコース――」
朝比奈が手を挙げたという事は何気に彼女もゲーマーだったということだろうか。
アイドルとか忙しいイメージがあるからそんなのできないと思っていたけど、案外暇だったのかな。
そんな事を思いながら俺は早川先生の話を聞き流して窓の外を眺めつつ、早くログインできないかなぁと心の中で一人ごちた。
「君達10人にはこの個室にあるカプセルの中に入ってもらう」
昼休みも終わり、クロクロへとログインすることになったクラスメイトの中からCコースを選んだ俺達だけはとある学園施設に連れてこられた。
目の前には白衣を着た数人のスタッフが待機しており、俺達を受け入れる準備は万全と言った様子だ。
「事前に君達宛てで送った手引書にも記載されていたと思うが、今回行うCコースの結果は今後のカリキュラムに大きく影響する。心して受けるように」
本来LSS(生命維持装置)はたった24時間程度では使われることなんてない。
つまりこのCコースはただのテスト運用だということだ。
このコースでそれなりによい結果が出た場合は24時間という制限を更に引き伸ばすことも検討されている。
俺としては延長してくれるのなら大歓迎だ。
「では今から10分後にまた会おう」
そして早川先生は俺達の下を去った。
多分教師専用のログイン施設があるのだろう。
ちなみにこの学園にはクロクロのアカウントを持つ元調査員の教師が複数人いる。
彼ら彼女らも俺達と同じ異能者で、クロクロアカウントを持っていたからここに来たんだとか。
俺は早川先生を横目で見送りながら、スタッフに指示された小部屋の中に入っていく。
「1年2組、出席番号2番の一之瀬君だね? それじゃあ服を全部脱いでコクーンに入ってもらえるかな?」
「…………」
そこには1人の男性スタッフが待ち構えており、突然服を脱げと言われて少し冷や汗をかいた。
しかしLSSの中に入るには全裸にならなければいけないということを思い出し、俺は素直に服を脱いでいく。
多分男子生徒なら男性スタッフ、女子生徒なら女性スタッフが1人ついているのだろう。
ちなみにコクーンとはこのLSSの名称なのだとか。
繭っぽい形してるからそんな名前なのかな。
「……はい、オッケー。ログイン中、君の体調は私達がモニター上で24時間看視しているから安心して異世界探索をするといいよ」
俺が全裸になってカプセルの中に入ると、近くにいた男性スタッフが俺の体にいくつかの機材を貼り付けていった。
なんだか気恥ずかしいというか気持ち悪いというか微妙な気分だが、これも慣れるしかないだろう。
「じゃあアース世界へいってらっしゃい、一之瀬君」
男性スタッフが最後にそう言うとカプセルの蓋が閉じた。
その後俺の意識が唐突に薄れていくのを感じ始める。
これはVR世界に飛び立つ時の感覚だ。
なので俺にとっては馴染み深い。
そう思いつつ、俺の意識はアースの世界へと飛んでいった。
「……久しぶりじゃの」
「…………」
と思ったら以前会った白髪の少女、クロスが俺の目の前に現れた。
場所はいつぞやの初期設定を行った時の白い部屋。
ここにはもうこないだろうと思っていたんだが。
「……久しぶりだな。元気にしてたか?」
「あんまり元気というわけではないのう……ずっと封印されておるし……」
「そっか」
まあ本体はずっとユグドラシルの最深部に1000年も閉じ込められているって話だったしな。
健康にもよくないだろう。
うん。
「というかお前って本当に神様なんだよな?」
「? うむ、一応そうじゃが……」
「ふーん……」
前回会った時は子供の戯言として全く信じなかった内容だが、今では少しだけなら信じてもいいのかもしれないくらいにはなっている。
神という話は未だ受け入れがたいものではあるが、とりあえずこの子はアース世界の住民なんだろう。
ちなみに、一応学校にはクロスがこんな事を言っていたという報告をしてあるが、信憑性が0なので痛い子を見るような反応をされてしまった。
もしかしたら俺が2組になったのはそれも関係しているのかもしれないな。
「で、今回は一体どうしたんだ? てっきりお前とこうして話すことはもうないだろうって思っていたんだが」
「どうしたもこうしたもない……あの後お主は全然アースに来てくれなかったではないか……」
「……こっちにはこっちの事情があるんだ」
ここ4ヶ月、クロクロはネットから隔離されていたからな。
国のお偉いさんが特殊な学校の学生および生徒を使ってアース調査を始めようとしなかったら俺達一般人がログインする手段は無かった。
また、地球で1時間が経過するとアースでは1日経過する。
これはクロクロの仕様でもそうなっていた事なのだが、アース世界は今もその時間の流れで進んでいるらしい。
そして地球で4ヶ月過ぎたということはアースでは8年の歳月が流れたという事になる。
この子がやきもきしていたとしても当然と言えるな。
1000年という時間と比べたらそれも大した事じゃないんだろうけど。
「わしはお主以外の者と意思疎通ができんというのに……お主以外にアースへよく来る異世界人はユグドラシルにさっぱり近づかんし……いったいどうなっておるんじゃ……」
「あー……ホント悪かった」
俺達より先に来ているプレイヤーは地下迷宮攻略を後回しにしていたのか。
それは初耳だ。
ならクロスのやきもき度は倍率ドンって感じだな。
だがそれらは俺ではなくクロクロをネットから切り離して調査を行っていた警察組織や政府に向けられるべき非だ。
俺がこれ以上謝るのは微妙に納得いかない。
というかこの子は俺としか話せないのか。
前に魂がどうのこうので1人としか繋がれないとか言ってた気がするけど、それは電話で一度に一箇所にしかかけられないとかじゃなく、俺との回線しか無いという状態なんだろう。
だったらその敷く回線の先も慎重に選べって話だ。
「そういえば……お前に一つ訊ねたい事がある」
「む? なんじゃ?」
「ジョブチェンジってできたりしないか?」
なので俺は別の話題に切り替えるべく、ジョブについてを訊ねることにした。
神というのならもしかしたら知っているかもしれないと思っての質問だが、はたしてどうか。
「じょぶ……ちぇんじとな……?」
「あー……つまり今の俺は僧侶だけど戦士にする事はできないのかって話だ」
「おおっ、天職についてのことじゃったか。それなら諦めるがよい。天から与えられし才能はそんな簡単に変えられるものでもないのじゃよ」
……変えられないのか。
というか天から与えられたって、神であるお前からではないのか。
「神様ならそれくらい変えてくれよ」
「無理じゃな。個人の才能を変えるなどという行為はわしにはできんし、そもそも今のわしはこうして人の意識に割り込むくらいの力しか出せん」
「……そうか」
なんというか、融通の利かない神様だな。
だからこそ幽閉なんてされるんだろうけど。
でもこれでスタートダッシュは確実に失敗だとはっきりしたな。
ジョブに合っていないステ振りをした状態では効率的な行動も何も無い。
Cコースを選んだ人間の中で俺はどこまで喰らいついていけるだろうか。
「まあジョブについてはわかった……あと俺達プレイヤー……異世界人の大半は今日から本格的に動き始める。ユグドラシル攻略も近いうちに始めると思う」
「そ、そうなのか!」
「ああ、だからお前もそう心配するな。さっきから眉に皺がよってるぞ」
「え……あ……すまぬ……」
表情の指摘をするとクロスはおでこ周りを両手で隠しつつ謝罪の言葉を漏らしてきた。
別に気にしているわけじゃないから隠さなくてもいいんだが……まあいいか。
「それじゃあまたな。次会う時は笑顔で出迎えてくれると嬉しい」
「わ、わかったのじゃ」
そしてクロスは俺に向かって遠慮がちな微笑みを向けて手を振ってくる。
俺もそれに合わせて手を振ると周りから強い光が溢れだした。
こうして俺の意識はアースへと飛んでいったのだった。