過去話
「俺の異能は【未来予知】。まあこれから起こる出来事がわかるようになるっつー力だ」
クロスクロニクルオンラインの配信が開始されるより3ヶ月ほど前、5人は大手MMORPG『FO』内のギルドハウスに集まっていた。
たった5人しかいないギルド『無銘』を指揮するギルドマスターのケンゴは信頼する4人の仲間に向けて自分の身の上話を行った。
「この力を手に入れてからしばらくの間は俺も有頂天になってたさ。だって未来が見えるんだぜ? そんなのアリかよってくらいのチートだろ?」
「まあ……確かにそうだな」
侍めいた服装を着込んだ渋い中年風のアバターを使用するケンゴに、重そうな甲冑を着込んだ青年風のアバターを使用しているシンは相槌を打つ。
2人は年が10ほど離れているが、VRMMOにおける師弟関係を築きつつ、同時に親友のような間柄でもあった。
「つっても俺の見る事のできる未来ってのは精々一日先が限界だったりするんだけどよ……でも俺の異能はやっぱチートすぎたんだよな。この力を使えば俺は自分の望む身近な未来を選べちまうんだから」
ケンゴは自身の持つ異能【未来予知】をチートであると称した。
それを聞く4人の空気は重い。
「俺はこの異能を使ってまず株と為替を始めた……ああ、あの時はまだ俺も金儲けに使えるんじゃね?って程度にしか思ってなくてやっちまったんだけどよ」
異能者が現れた初期の頃はケンゴだけでなく、異能を発現した人間の大多数が歓喜していた。
それも仕方ないことであると言える。
他者とは違った自分だけの力を突然得られたのだから、喜ぶのも当然であった。
「たとえ一日しか先の未来が見えないって言ってもその効果は絶大だった。俺が投資を始めた結果は言うまでも無いよな? 俺は億万長者になった」
「へー、そりゃ羨ましい限りだなー」
少女風アバターを使う修道服を着たマーニャンはケンゴの話を聞き、大して羨ましそうでは無いというような棒読みの台詞を口にした。
ケンゴが得た結果が幸福であったと呼べるかどうかわからない事を彼女もまた理解していたからである。
「でもそれだけだった。確かに俺は金を手に入れて、金が無い事に頭を悩ませることもなくなったよ。でもそれだけだったんだ」
「……というと?」
小柄な少年アバターを使用していたフィルがケンゴの話を促すように小さく声を発した。
その声はゲームの初期設定で調整する事ができ、元とした有名男性声優に近い爽やかな声音である。
「俺が金を持ってることを知った会社の同僚やダチは俺に金をたかってくるようになっちまったし、親戚連中、終いには俺の親や兄弟までもが俺の金をアテにするようになっちまった。しょうがねえよな。俺だって逆の立場だったら『腐るほど金持ってんだからちょっとくらいいいだろ』って言ってただろうよ。俺はあいつらをクズだなんて思っちゃいねえ……けどそれで俺の人間関係は壊れちまった」
金をアテにするようになった、と言うケンゴの表情は暗い。
そんな様子を見た4人のギルドメンバーは、彼が絆を失った悲しみを十二分に理解した。
「こうして俺は知ったんだ。人間ってのは自分の身の丈に合った力でやりくりするのが、身の丈に合った生き方をするのが一番だったんだってな。俺みたいな一般人がいきなり国家予算に匹敵するような金を持つべきじゃなかったんだ。俺はやりすぎたんだよ」
身の上話を交えつつ語ったケンゴは最終的にそう結論を出した。
金があること、力があること、それそのものが必ずしも幸福へとたどり着くものではないのだと、ケンゴは24という若さでありながらも悟ったのだ。
金が無ければ苦しい思いをし、力が無ければ虐げられる。
けれどケンゴはその逆もまた違った苦しみを負うことを仲間達に伝えた。
「まあそんなことを悟った頃になってようやく国が動き出して俺は監視対象扱いになっちまったから、それまでのように自由な行動はとれなくなったんだけどな」
監視対象とは国が特に危険であると判断して隔離した異能者達の事である。
ケンゴは一人で国を揺るがしかねない資産を短期間で得た事から問題視され、資産を凍結、行動の制限を強いられた。
「それではさぞかし窮屈な毎日でしょうね……」
「まあな。でもネトゲはこうしてやらせてもらえるから俺は毎日ログインしてるってわけだ……課金はできねえんだけどよ」
魔法使いといった様相の女性型アバターを使うセレスがケンゴのリアルを思って寂しそうに呟く。
するとケンゴは若干冗談めいた口調で喋り、場の空気を僅かに軽くする。
「俺のぶっちゃけトークはこれでお終いだ。次、マーニャン」
「あ? あたし?」
「こういう時空気読まずに話せるのがてめえの強みだろうが。ここで卓を囲んだ以上は話せよ」
「あーはいはい……わかりましたよーっと。まああたしもここに来た以上は話すもんだと思ってたからねえ」
ケンゴに話すよう命令されたマーニャンはいつも通り悪態をつきつつも自分について喋り始めた。
「あたしも異能者さ。それもケンゴと同じ監視対象のいわくつきだ」
「やっぱりか。それでどんな異能なんだ?」
「……お前自分が言いたい事言ってすっきりしたからってそんながっついて聞くなよ」
「いいじゃねえか。俺達に隠し事は無しだぜ? なあ、シンもそう思うだろ?」
「お、おう」
突然話を振られたシンはうろたえつつもケンゴに相槌を打った。
今回ギルドによる話し合いの場が設けられた理由が自分の態度によるものであると知っているシンはケンゴに何も言い返さない。
「……あたしの異能は【読心】。人の考えていることを読む力さ……あーでも読めるのはあたしから周囲3メートル弱以内にいる人間だけだから、お前達が何考えてんのかは知らないよ」
マーニャンの異能を知ったギルドメンバーが「ほほぅ」という頷くような声を出したのを聞き、彼女は更に補足説明を行って誤解を解いた。
「そうなのか? 俺はてっきりマーニャンの察しの早さはそれに起因するものかと思ったぞ」
「察しがいいのはあたし本来の気性さ。とりあえず褒め言葉として受け取っとくよ」
シンの発言を受けたマーニャンは彼に向かって「どうもありがとう」と皮肉交じりの言葉を返した。
なんでもかんでも異能と結びつけて考えまいとしていたシンにとって今のやりとりは痛恨の一撃となり、顔を俯かせてしまった。
「……とりあえずマーニャンの話はこれで終わりにしとくか。次、セレス」
「ええ、いいでしょう」
落ち込んだ様子のシンを見つつ苦笑いを浮かべるケンゴはマーニャンの次にセレスへと話を振った。
「私も皆お察しのとおり異能者で【必中】という異能を授かってますのよ。私の場合は常時発動でゲームにさえ適用されてしまうのですけれど」
「こっちは大方の予想通りだったな」
セレスの説明を聞いたケンゴが頷く。
ゲーム内における彼女はどんなに標的が遠くに離れていても攻撃をミスしたことがなく、魔法を使っているにもかかわらず『スナイパー』という呼ばれ方までされている遠距離攻撃のスペシャリストであった。
しかしそのありえない精度で攻撃を命中させるセレスのプレイヤースキルは周囲から疑念の目を向けられ、何かしらのチートが絡んでいるのではないかという噂話が絶えず、似たような経験をしているケンゴ達と行動し始めるようになったという経緯がある。
そして彼女自身、この力はチートの一種と言っても差し支えないと開き直っているため、ギルドメンバーから納得の声が上がっても特にショックを受けたりなどしない。
彼女の力はもはやプレイヤースキルであると言い切れるような領域ではなかったのである。
「この力を得てから弓道とクレー射撃を始めてみたのですが、傍で見ていた方達の視線があまりに厳しすぎたので辞めてしまいました。この力は有能に見えて使いどころがあまりありませんわ。人目を忍ぶ暗殺者稼業でも始めれば別かもしれませんけれど」
「そりゃそうだろな……」
競技を始めて間も無い人間が自分達より上手く的やターゲットを射抜けるのだとしたら、それはもう萎えるしかない。
シン達はセレスという規格外の存在を目にした競技者達を哀れむことしかできなかった。
「私の話はこれくらいかしら。シンは最後に回すとして……次はフィル、あなたがいきなさい」
「ん……わかった」
少年風のアバターを使う少女、フィルは男声で小さく頷いた。
「オレも異能者で異能は【精密動作】。ゲームが上手くなったのもこれのおかげだと思うから、セレスさんと一緒」
フィルは自分が異能者である事を明かし、その力によってゲームが上手くなったと主張した。
「だからよくシンさんがオレを褒めてくれたけど……それは勿論嬉しかったけど……ちょっと申し訳なく思ってた」
また、飲み込みが早いとしてシンはフィルの頭を撫でながら褒めていた事に対し、素直に喜びきれないものを彼女は感じていたことを告げた。
「そうだったのか……ごめんな、フィル。お前がそんな風に悩んでたことに気づけなくて……本当にごめん」
「! い、いや……シンさんは悪くない! ……悪いのは今まで言い出せなかったオレの方だ」
シンが頭を下げるとフィルは若干慌てた様子となって自分を責めた。
フィルが異能者であるという可能性は彼(彼女)の様子から他の4人もなんとなく想像していた。
しかしフィルが一体何の異能を持っているのかまでは、ついこの時まで誰も予想が立てられていなかった。
「まあいいじゃねえか。そんな事はお互い水に流そうぜ……それじゃあ最後にシン、お前の番だ」
「…………」
頭を上げたシンはケンゴの促しうけて若干顔を強張らせる。
VR技術はプレイヤーの感情を正確に読みとってそれを表情に出すということに定評がある。
シンの表情からは明確な躊躇いが見えた。
けれどシンは、この場をセッティングしたケンゴとそれに付き合って秘密を暴露した仲間達なら自分の抱える悩みを打ち明けてもいいんじゃないかと思い直して重い口を開いた。
「俺は――」




