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森を抜けて

6月8日投稿2回目

 俺達が精霊の国、アルフヘイムに着いてから二週間ほどが経過した。

 その間俺達はアルフヘイムを拠点として森のモンスターを狩る事でレべリングを行い、遂にレベル60にまで到達した。


 まだこの辺りにいる地球人プレイヤー達の平均には届いていないが、装備の方が充実しているのでその差は十分に埋められていると思う。

 なのでこれ以上のレベリングをする事は自重し、本格的に長旅をする準備を整えた。


 アクラムの街で準備万端とはいかなかったからな。

 一応食料品はそれなりに揃えていたが、殆どそれだけで金の方も無くなっちゃってたし。

 だからアルフヘイムで食料品以外の雑貨や回復アイテムを揃えられたのはとてもありがたい。

 しかもそんな旅の準備をしている間は客人用に作られたという普通サイズの家を使わしてくれたうえに食事もタダときたものだ。

 正直な話、ここでの生活はかなり楽チンであった。


 まあそんな楽ができたのは精霊王の配慮があってこそなんだろうから、あまり甘えすぎるのも気が引ける。

 というわけで俺は今日、フィルと一緒にこの国を出発してウルズ大陸への旅を再開しようとしていた。


「なんだったらもっといてくれていいのよ? 私はクレールの話を聞きたいし、遠慮することも無いのよ?」

「いえ、俺達は急ぎの旅の最中ですから」

「そう……」


 国を出る前に俺とフィルは精霊王に別れの挨拶をしにきていた。


「森を抜けるまではエレナと何人かの護衛を付けましょう。あなた達の協力もあって森の魔物達も大分大人しくなったみたいだけど、まだ大移動中の魔物の群れがいるかもしれないから」


 一応この二週間、俺達や精霊族が怒涛の狩りを行ったため森の中のモンスターも大分元の数に戻ったらしい。

 しかしまだ完全に元通りとはいっていないらしく、精霊王は俺達に護衛を付けてくれた。


「何から何まで本当にありがとうございました」

「うふふ、いいのよ。クレールには私が会いたがってたってちゃんと言っておいてね?」

「はい、わかりました」


 そうして精霊王と別れ、俺達はアルフヘイムを後にするのだった。






「あうう……どうか私も連れて行ってくださいませ……シンさまぁ……」

「いや……そう言われてもだな……」


 10日ほど移動し続けた俺達は、そこでやっとスルスの森を抜ける事に成功した。

 その道中では幾度と無くモンスターとの戦闘を余儀なくされたが、俺達は護衛としてついてきた精霊族と共に危なげ無くそいつらを屠っていけたため、森の出口に着くまでは全てが順調であった。


 しかし森を抜けたところで一つの問題が生じた。

 問題とはつまり、エレナが俺達と一緒に旅をしたいと言いだした事である。


「お前は護衛の精霊族と一緒に帰れ。ここから先は俺達だけで進む」

「そんな事をおっしゃらず……」

「でもなぁ……」


 エレナが足代わりにしている馬は疲労が溜まっているのか、昨日あたりから歩みが遅くなり始めている。


 ガルディアと比べると体力が無いのだろう。

 だからこのまま馬に乗ったエレナがここから先も一緒に来るとなると休みを取る機会が多くなってウルズ大陸に戻るのが大分遅れると考えられる。

 それならエレナもガルディアに乗って移動すればいいんじゃないか?と思うところだが、残念ながらガルディアの背は三人乗れるほど広くはない。

 ごめんなエレナ。このガルディアは二人乗り用なんだ。の○た君じゃないけど。


 そしてこっちの方がむしろ重要なんだが、エレナはあんまり強くないのでここから先へは連れて行けない。

 一応この森周辺に住んでいる事もあって、アースの平均で見たら強い部類に入るっぽいけれど、それでもエレナはオークに拉致られてしまうくらいの弱さだ。

 ハッキリ言ってここからの戦いにはついてこれそうもない。チャ○ズじゃないけど。


 ……まあそういうわけでエレナを連れて行くわけにはいかないのだ。

 なので俺はそういった理由を述べてエレナになんとか諦めさせようとした。


「うぐぅ……では勇者さま方はまたいつか私達の村に来ていただけますか?」

「ああ、機会があればな」

「……わかりました……でしたら私はここで引き返します」


 どうやらわかってくれたようだ。

 エレナは若干悔しそうに口元をキュッとかみ締めているものの、俺の説明を聞いてようやく折れてくれた。


「ですが一つだけ……シンさま、失礼いたします」

「? 何――――!」

「!?」


 俺が頭に疑問符を浮かべながらエレナを見ていると、彼女は俺の頬にチュっと口づけをしてきた。

 それを俺は硬直したまま受け取り、傍にいたフィルは驚いたというような表情をしながら見守っていた。


「……私、シンさまがまた村に来てくれるのをずっと待っていますから」


 頬を赤く染めつつも上目遣いでそんなことを言うエレナを見て、俺の頬も赤くなり始めたのか熱くなるのを感じる。


「あ、ああ……またな……」


 緊張した俺はエレナにそんな言葉を返すことしかできなかった。


 




「……シンさん、ちょっと勿体無いことをしたとか思って……ません?」


 エレナと別れを告げた俺達がガルディアに乗りながら荒野を移動していると、フィルが呟くようにして俺にそう訊ねてきた。


「も、勿体無いことって……一体何についての事だよ?」

「エレナさんの事……です。エレナさんは美人だったから……オレがいなければシンさんは……」

「…………」


 フィルがいなければ、か。

 まあ確かに俺が一人で旅をしていたとかだったら、村でエレナの誘惑に堪えきれずにそのまま親密な関係を築いていたかもしれない。

 そうなっていれば俺は男として一皮剥けたというか大人の階段を一歩進むことができていただろう。


 でもそれは俺が本当に求める形ではないな。


「フィル、俺はエロい事が大好きだ」

「そ、そう……ですね」

「そうだ。それに俺はエレナに攻め寄られた時、『これは童貞卒業のチャンスかもしれない』と思わなかったわけでもない。俺だってやりたい盛りの男の子なんだよ」

「う、うん……」


 もはやフィルに包み隠す気のない俺は、自分の思った事をダイレクトに彼女へと伝えていく。

 彼女は若干顔を赤くしながらも静かに聞いて相槌を打ってくる。


「だけど俺はそういう事をするなら、できれば本当にお互いを好き合っていると確信できた相手としたい」

「そ、そうなんですか?」

「まあ村での出来事のようにチャンスがあれば飛びつきたくもなるんだけどな」


 美女から誘われて後腐れも無いというのなら俺だってよろしくお願いしますと頭を下げたくなるというものだ。

 オスの本能としてしょうがないことだろう。


 しかし人はそれを理性で抑えることができる。

 そしてできることなら、それが上手くできないような男に俺はなりたくない。


「だからフィルが俺とエレナの間に割って入ったのは何も気に病む事なんかじゃないぞ。むしろ俺の貞操を守ってくれてありがとうと言いたいくらいだ」

「そ、そんなお礼を言われるようなことは」

「いや。これは結構重要だぞ。もし俺が誘惑に負けてたらその影響がフィルにまで及んでいたかもしれないんだから」

「え?」


 一度タガが外れたら最後、今一番近くにいるフィルも俺はそういう目で見るようになっていただろう。


 フィルはどうやら俺の事が好きらしい。

 だからタガが外れた俺はこいつの事を”やれる女”と見てしまっていたかもしれない。

 そんなことになっていたら俺の求める純愛からは遠ざかっていた。


「俺がもし愛だの恋だのを軽視して体だけの関係を求めるようになってたら、多分フィルもそんな俺の毒牙にかかっていたと思うぞ」

「お、オレがシンさんの……?」

「フィルも可愛いからな。俺もお前をそういう目で見ないってわけじゃないんだよ。だから俺が下半身で物を考えるようになって、旅の途中でお前が隙を見せるようなことがあったら迷わず襲っていたかもしれない」

「へ、へえ……」


 俺が可能性としてあったかもしれない出来事を告白すると、フィルは体をモジモジさせつつ視線をさ迷わせた。


 ちょっと言い方が直接的過ぎたか。

 まだ旅の途中だし、もしもの話であっても襲うかもしれないとかは言わないほうが良かったかもしれない。


「……でも今の俺はそういうことを絶対しないと断言できる。何故なら俺は今もなお童貞だからだ!」


 なので俺は自分が童貞である事を強調した。


 正直なところ年下の女の子に自分が童貞だなんて告げるのはかなり恥ずかしいんだが、俺はその羞恥心を押さえ込んでフィルに説明した。


「童貞ってのは恋愛とかセックスに幻想抱いてる恥ずかしい生き物なんだ。俺もまたその一人で、女の子と一夜を共にするならイチャイチャラブラブな状況で自然にそうなったみたいなシチュエーションを夢見てるんだ。だから衝動的に襲いかかるような事を俺はしないし、健常な童貞は大抵そうだろう。いわゆる奥手ってやつだな。ヘタレって呼んでくれてもいい」


 俺はフィルに童貞とはどんな存在であるのかをつらつらと説明した。


 そんな俺の羞恥心はもはや限界近い。

 顔も熱いし体からは汗が吹き出ている。

 しかし俺はそれでもフィルに対して自分の思っている事を言い切ったのだった。


「そう……ですか」


 するとフィルは俺同様に顔を赤くしながらも、俺の言葉を聞いた感想を口にし始めた。


「オレもしょ、処女だからシンさんの言いたい事はよくわかる……と思う……」

「そ、そうか」

「それに……オレの好きな人も……オレと同じくらいオレのことが好きになってくれると……凄く嬉しい」


 赤裸々発言をして心を乱していると、彼女は俺の方へと視線を向けつつもそんな事を言った。


 つまりフィルも俺と同じで純愛が望ましいということなのだろう。


「だからオレの好きな人には……これからオレの事をいっぱい好きになってもらいたい……です」


 フィルはそう言うと俺に背中を預けてきた。

 ガルディアに乗っている俺達は既にかなりの密着具合であり、村を出てからもなんとなくフィルが近づいてきたような気がしたが、今回はハッキリと距離が無くなったように思える。

 また、お互いに恥ずかしい話をした事によって心の距離も縮まったようにもフィルの行動で感じた。


「あと……シンさん」

「ん? なんだ?」

「多分オレもシンさんに負けないくらい……えっちだと思うから…………我慢できなかったら言ってくださいね?」

「…………」


 フィルの言葉を聞いた俺は彼女から視線を外して空を見上げた。



 果たして俺は純愛思想を貫けるだろうか。

 そんな不安を抱きながら、俺はフィルとの接触が鎧越しで助かったとしみじみ思うのであった。

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