童貞の意地
フィルは俺に好きと言った。
フィルは俺に抱けと言った。
俺はその言葉を受け、この状況がどういうものであるかを把握する。
「ふぃ、フィル……つまりそれは……あれか?」
つまりフィルは俺に告白をしているのだろう。
女の子からの告白。
それは以前サクヤやクレールからもされたことがあるが、その時はドキドキよりもハラハラといった感じだったし、他の人間が傍にいたおかげで有耶無耶になったりした。
けれど今回は違う。
俺は顔を真っ赤にしながら好意を寄せてくるフィルを見てドキドキしていた。
そして今この部屋にいるのは俺とフィルだけで、ここから誰かに邪魔をされるような事も多分ない。
「オレは……いつもオレの事を気にかけてくれる優しいシンさんが……ずっと前から好き……でした」
「だ、だけどそれはもしかして友達としての好きだったりじゃ――」
「友達相手にドキドキなんてしない……です」
「そ、そうか、そうだよな」
フィルの胸から伝わってくる鼓動は破裂でもするんじゃないかというほど速い。
それに加えて彼女の足は震え、僅かに呼吸も荒い。
しかも顔は火照ったように赤いとなれば、彼女がどれだけ今の状況に翻弄されているか察しもつく。
「だから……だから……シンさんが知らない女の人と……え、えっちなことをするのは嫌……です……」
「…………」
まあ、よく考えてみればフィルがそう思うのもわからなくはない。
さっきまで俺はエレナというエルフの女性を前にして碌な抵抗もできずにいた。
そしてフィルが突然部屋の中に入ってこなければ、もしかしたら俺はそのままエレナと一夜を過ごしていたかもしれない。
だがこれはフィルからしてみればとんでもないことだ。
たとえ友達であったとしても、身近にいる異性が恋人でもない人と普通に性交渉をしていると知ったら、あまり良くは思わないだろう。
それがフィルのような思春期真っ盛りの中学生であれば尚更だ。
印象として最悪と言える。
しかもどうやらこの場合、好きな人が適当な女と遊んでいる的な据わりの悪さをフィルは心に抱いたはずだ。
好きな人が自分以外の誰かと結ばれるのは100歩譲って許すこともできるだろうが、性に関してルーズ過ぎるとあらば傷つくだろう。
「も、勿論シンさんが他の女の人とそういう事をしちゃいけないだなんてオレが言えるわけないし……我慢しているのも知ってます……で、でも我慢しているからといって今日出会ったばかりの人にシンさんを取られるのは……嫌です」
「…………」
似たようなことが前にあったな。
クレールが俺達のパーティーに入った日。
俺がクレールの誘惑にホイホイと乗ってしまい、サクヤがそれに怒った。
あの時怒っていたサクヤと似た心情をフィルは今抱えているんだろう。
だとしたら本当に申し訳ない事をした。
「でも……シンさんからすれば辛いんですよね……?」
「な、何がだ?」
「男の人って定期的に……ぬ、抜かないと辛いんですよね? それにシンさんは毎日抜かないと落ち着かないんだって……前にサクヤさんが……」
「……………………」
……あのヤロウ。
フィルになんつー情報を吹き込んでんだよ。
「あー、なんだ、フィル。サクヤの言う事は話半分で聞き流せっていつも言ってただろ?」
「でもシンさんが何かを我慢してるのは本当……ですよね?」
「う…………」
まあ……確かにその通りではある。
フィルの目があるから最近の俺はそういう事を我慢しているのだ。
「だから……もし我慢できないなら……我慢しなくてもいい……ですよ?」
「へ?」
「……この事はウルズ大陸へ戻ってもミナさん達に絶対言わない……ですから」
フィルはそう言うと、俺の右手を掴む両手に力を入れてきた。
「なので村の女の人とするなら……オレとそういう事をして……くれませんか?」
「…………」
それは……夜のお誘いということか。
フィルは俺に好意を持っている。
更に俺とエレナがさっき何をしようとしていたかも彼女は十分理解しているはず。
ということはつまりフィルは俺を誘っているということで間違いないのだろう。
「シンさんはオレを異性として見れる……んですよね? 前にオレの胸を出来心で触ったって言って……ましたよね?」
「ああ、まあ、それはそうなんだけど……」
「だったら……オレをシンさんが満足するまで……してくれて……いいですよ?」
俺はフィルの言葉を受けて心臓を高鳴らせる。
フィルを嫌ってなんていないし、まだ幼いとはいえ女性としての魅力もそれなりに感じる。
だから抱こうと思えば抱ける。それも喜んで。
……けれどフィルは友達だ。
友達をそんな性欲の捌け口のように見たくはない。
異性として接するなら、それは彼氏彼女としてでありたい。
「フィル……お前とはミナ達に言えないような関係になりたくない」
「えっと……それは……どういう?」
「つまりお前は俺の大切な友達だ。だからお前を傷つけるような事はしたくないんだ」
「…………」
俺の説明を聞いたフィルは目下に涙を溜め、今にも泣きそうな表情へとなっていった。
もしかしたらフラれたとでも思っているのだろうか。
だとしたら少し訂正する必要があるな。
「フィル、こんなことを言うのもあれなんだが、俺からすればお前は無茶苦茶可愛いと思うぞ」
「え……?」
「それに少し人見知りするけど根は優しくて気も使えて……結婚するならフィルみたいな子とがいいなとかも思ってたりする」
「え、け、結婚だなんて……そんな」
俺が褒めるような言葉を紡ぐとフィルは恥ずかしがるように両手で顔を隠した。
それによって俺の右手が自由になったので、その手をフィルの頭の上にまで移動させる。
「正直言うと、さっきまでフィルの胸に触れててこっちもドキドキしっぱなしだったし、このままフィルを押し倒したいとかそんな事も考えてたりする」
そしてフィルの頭を撫でながら自分が今思った事を正直に告げた。
「俺は今までの人生で女の子の胸を触ったって経験はフィルのしかない。ああ、前は否定したけど今は認めるよ。俺は童貞だし女の子と付き合った経験もない。だからフィルみたいな可愛くて優しい女の子に好かれて、あまつさえ胸を触らせられたとあっちゃドキドキしないほうのが難しいさ」
フィルが正直に言った以上、俺も彼女に対して正直でありたい。
そう思った俺は、自分に恋愛経験がない事や性経験もない事なども話していた。
「だけどフィルは俺の大切な友達なんだ。だから俺は……中途半端な気持ちでお前とそういう事をしたくないんだよ」
「シンさん……」
下心もあるだろうが、皆には内緒でフィルは俺の性欲を解消するという案を提示した。
それは俺にとって、かつてクレールに誘われた時と同じかそれ以上に魅力的な提案だったが、だからといってここで流されるわけにはいかなかった。
「俺がフィルとそういう事をするなら、それは恋人同士になった時にしたい。そして俺はまだお前の事を本当に好きなのかよくわかってない」
「そ、そう……ですか……」
「ああ」
勿論フィルは好きか嫌いかで言えば好きな方になる。
けれどそれが友情によるものか、それ以外の感情によるものかは不明だ。
恋愛感情は肉欲とイコールであると考える人もいるだろう。
しかし俺はその二つを分けて考えたい。
なぜなら俺は童貞だから。
愛というものに少しくらい夢を見させてくれたっていいだろう?
「でもフィルの事はちゃんと考えるから」
「考える……?」
「そうだ。俺がフィルの事をどう思っているのかをさ。それでもし俺がフィルの事を好きだなって確信できたら、その時は俺の方からお前に告白させてもらうから」
「あ……はい……」
フィルは俺の言葉を聞き終えると、目元に溜まっていた涙を手で拭う。
「待ってる……シンさんがオレの事……好きになってくれるの……ずっと待ってるから……」
そしてフィルはそう言いながら、優しい笑みを俺に向けてきた。
どうやら俺の言いたい事をわかってくれたみたいだ。
ぶっちゃけここでフィルの誘いにOKを出して彼氏彼女な関係になってもよかったんだけどな。
でもそんな勢い任せができるのなら俺は既にサクヤ相手に陥落していただろう。
もしかしたら俺は恋愛に関して奥手なのかもしれない。
ただのヘタレとも言えるが。
「よし……それじゃあちょっと出かけてくる」
「え……? こんな夜更けに……ですか?」
「ああ」
エレナとの一件からさっきまでの展開で受けた刺激は強すぎた。
そのせいかどうもムラムラが止まらない。
「ちょっとオナニーしてくるぜ」
「へ!?」
俺はフィルに堂々とオナニーしてくると言い放った。
「だからフィルは自分の部屋に戻って早く寝ておけ」
「え、ええっと……」
そもそも今回の出来事が起きた理由は色々あるが、その一つには俺が我慢しているのをフィルが察したということが挙げられる。
やりたい盛りな年頃たる俺にとって性欲を抑える事は至難の業だ。
なのでこれからも時折フィルの傍から離れて発散する必要があるだろう。
ということで、俺はフィルに心配かけないよう自分の行動を包み隠さず告げる事にしたのだ。
女子中学生相手に何言ってんだ俺って思うけど、こう言っておいた方がフィルも俺が変に我慢していないと思ってくれることだろう。
「そ、それじゃあ……オレもします!」
「ぶっ!?」
が、そこで更にフィルからカウンターをくらった。
「し、しますから……! シンさんを思って……!」
「う、うん……ま、まあ、あまり夜更かしはしないように……」
俺はフィルのトンデモ発言返しにタジタジとなりつつ、そそくさと退室していった。
俺を思って何をするかは聞くまい。
でも俺がちょっとストレートに言いすぎたせいで彼女に気を使わせてしまったようだ。
前にも俺が童貞だと知って処女と告げてきた事があったが、今回もそれと同じ理論がフィルの頭の中では働いたのだろう。
そんな事を思いつつ俺は一旦村長宅から出て、納屋の方へと移動したのだった。
近くにガルディアがいるが俺は気にしない。
「……サクヤ、今だけはお前に頼らせてもらうぞ」
そして俺はアイテムボックスから、かつてサクヤがわざと置いていった――純白のパンツを取り出した。
アイテムボックスの中身は時間が停止しているらしく、入れた物は常に鮮度が保たれる。
このパンツにしても同様であり、未だサクヤのぬくもりが感じられそうなほどだ。
童貞たる俺に今のやりとりは刺激が強すぎたのか、さっきからずっとフィルの事で頭が一杯だ。
フィルの告白と胸の感触は記憶に新しく、このままでは作業中に彼女を思い起こしてしまう。
だが旅の間すぐ傍にいるフィルを汚してしまうような行為は躊躇われた。
フィルが俺を思って何かをするのは構わないが、男である俺の方から彼女を思って何かをするのは駄目なのだ。
なので俺は代わりに強烈な刺激となるもの、サクヤのパンツを取り出した。
サクヤは今俺達の傍にいないから、フィルよりは抵抗が薄い。
でもこんな事はサクヤに絶対言えないな。
再会したら多分俺はあいつを少し意識してしまうかもしれない。
まあでも時間が経てば俺も彼女を正面から見ることができるようになっているだろう。
俺はそう思いながらサクヤのパンツを握り締めたのだった。
後日、俺はオークの肉に精力増強の効果がある事と、村でそれを大量に食べていた俺達が全員ムラムラしていたという事実を知った。
旅人にそんな物を食べさせるなよ。
俺はエレナにそう文句を言いつつ、彼女と村長から代わりの報酬を貰うという話をつけた。
報酬はとある秘密の国へのご招待となった。




