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夜這い

「はぁ……はぁ……どうか……逃げないでくださいませ……シンさま……」

「いや逃げるよ!? いきなりすぎてちょっとわけわかんないよ!? だからちょっと落ち着いて話をしよう! な!」


 俺は村長宅のとある一室で美女エルフのエレナに全裸で詰め寄られていた。


 この状況は一体なんなんだ。

 男としてとてもおいしい展開だが突然すぎて何がなにやらだ。


「シンさまへ差し上げられるものは私の身くらいしかございません……なので存分に私を……」

「!?」


 けれどエレナはお構い無しといった様子で、俺の体に指を這わせる。

 彼女の指は俺の肩から胸、腹と下の方へと進んでいく。


「で、でも俺そういうつもりで助けたわけじゃないし! 体で支払ってもらおうだとか全然考えて無かったし!」

「……もしかしてシンさまは私がお気に召しませんか?」

「うぐ……」


 しかしエレナの指はそこで止まる。

 言動から察するに、どうやら彼女は俺の許可を待っているようだ。


 お気に召しませんか、か。

 正直なところ、エレナは俺の趣味とは微妙に違う。

 けれど抱けるか抱けないか、と問われたならば「余裕で抱ける」と答えるだろう。

 まあ今まで女性を抱いた事なんて無いんだけど……


 ……そんなことをはどうでもいいとして、彼女はエルフ族という種族に恥じないだけの容姿をしている。

 抱けるなら抱かせていただきたいです。

 むしろ抱いてくださいと言いたいです。


「一応私は村一番の美女などと持て囃されていたのですが……やはり所詮はただの村娘……シンさまのような世界を旅するお方からすればそれほど魅力的ではないのでしょう……」

「いやそんなことは……エレナ……さんはとても美し――」

「エレナ……と呼んでくださいまし……」

「……エレナはとても美しいと思う。だけどちょっと待ってくれ」


 俺はエレナの華奢な肩に触れて彼女を離す。

 そんなことをしながら焦っている俺とは裏腹に、エレナは両手を朱に染まった顔の頬へ添えた。


「う、美しいだなんてそんな……」

「…………」


 村一番の美女として持て囃されていたわりに初心な反応をするな……

 そういう反応は俺の中でポイント高いからあんまりしないでくれるとありがたいんだが。


「でしたら何も問題はございませんね……」

「いやいや……でもやっぱりどうなんだそれは?」


 俺はこの報酬をそんな簡単に受け入れていいものかと頭を悩ませた。


 抱けるのであれば抱きたい。

 卒業できるのであれば卒業したい。

 でもそのお相手はできれば仕事等で嫌々ではなくラブラブでお願いしたいのだ。


「俺は報酬でそういう事をしたくない」

「では他の理由があればそういう事も?」

「へ? あ、まあそれはそうなんだけど」


 他の理由ってなんだ。

 エレナの言葉を受けた俺の脳内にクエスチョンマークが発生した。


「実のところ今回の襲撃によって村の男性が少なくなってしまったのです」

「何? 村の男が?」

「はい。私達女性はシンさまに全員無事助けていただきましたが……オークの群れと戦った男性は死に……村の男女比率は女性寄りに大きく傾いたのです」

「へえ……」


 まあオークは殆どがオスで他種族を孕ませる事ができるというその性質上、男は殺して女は犯すモンスターだ。

 だからエレナが言ったような事態になる事は容易に想像できる。


 けれどなぜそんなことを今説明するんだ。

 そう思っていた俺にエレナは爆弾を投下してきた。


「なので村の外から子種を貰っても特に問題はないのです」

「ぶっ!」

「ですからシンさま、どうか私めに子宝を……」

「ちょ……おぉ……」


 つまりこのエロいエルフさんはわりとガチな理由……子供を作るために俺のところへ来たということか。

 それはいくらなんでも唐突過ぎて思考が回らない。


 俺は一体どうすればいいんだ。

 この年で子持ちになるというのは如何なものか。


「ご安心を……私はシンさまに責任を取らせるような事はいたしません……それに村で生まれた子は全て村の子として育てられますので……」

「そ、そうは言ってもだな……」

「これは私達の事情とシンさまへの報酬、その両方を満たす良案であると私は思うのですが……やはり私ではお嫌でしょうか……?」

「いや、そんなことはないけど……」


 エレナは美女だ。

 それにナイスバディである。

 抱けるものであれば是非とも抱きたい。


「私は村を救った勇者さま……私を救ったシンさまの子でしたら……是非とも産みたいと思っております……」

「…………」


 しかもどうやら向こうもわりと嫌がっておらず、おそらくは俺の望む初体験となるだろう。

 更にそんな行為をしても責任は取らなくていいと言う。


 ……ならここで彼女の言う報酬を受け取ってもいいんじゃないだろうか。

 ここだけの良い思い出とするなら別に構わないのではないだろうか。

 エレナもそれを望んでいる。


 だから俺は――



「だ、だめっ! シンさん!」

「「……………………」」



 ……と、そこで突然フィルが扉を勢いよく開けて部屋の中に入り込んできた。


 彼女は非常に焦った様子で近づいてきて、俺とエレナの間に体を割り込ませる。


「ふぃ、フィル……これはだな――」

「ごめんなさい……出ていってもらえる……ますか……?」

「え……」

「シンさんから離れて……部屋から出て行ってくれませんか!」


 そしてフィルは震えた声でエレナに部屋を出て行くよう言った。


「……はい、それでは、この件につきましてはまた明日お話しましょう」


 エレナは今にも泣きそうなフィルの様子を見てそう囁き、自分が脱ぎ散らかした服を手に持ってそそくさと部屋の外へと出て行った。


「…………」

「…………」


 結果、部屋の中には俺とフィルだけが取り残された。


 なんというか、非常に気まずい。

 このタイミングで部屋の中に入ってきたということは、フィルは扉の前で聞き耳を立てていたという事なのだろうか。

 いや、それともこの部屋の壁が薄いせいで隣の部屋にいたフィルにまで話が漏れてしまっていたのか。


 どちらにせよ、あまりフィルには聞かれたくない内容だった。

 けれどここへ来た理由はその内容を彼女が聞いたからに他ならないわけで。


 どうする?

 これはエレナが勝手に話を進めていたことであって俺は乗り気じゃなかったと誤魔化すか?

 ちょっとその場の雰囲気に流されそうになってたけど、あの場での俺はまだイエスとは言っていなかった。

 だからフィルにそう誤魔化すことも不可能ではないはず……


 ……というかフィルを除け者にして何やってんだ俺は。

 今回の報酬は俺とフィルが2人で貰うのが筋ってもんだろ。


 オークの殆どは俺が倒したとはいえ、パーティーの収益はパーティーメンバーで均等に分配するのが基本だ。

 なのに俺は今一人で報酬を受け取ろうとしてしまっていた。


 その報酬は結果的に今無かったものとなったが、このままではフィルに申し訳が立たない。

 俺はそう思ってフィルに謝罪し、彼女の機嫌が治るまで盛大に甘やかすことを決めた。


「フィル、その、ごめ――」

「シンさん……」

「…………」


 しかし俺が口を開いた直後、フィルが俺の腰に手をまわしてギュッと抱きついてきた。

 彼女が何を思ってそうしたのかわからず、俺は首をかしげながらもゆっくりと訊ねる。


「どうしたんだ、フィル?」

「…………」

「抱きつかれると動けないんだが、できれば一旦離れてくれないか?」

「…………」

「…………」


 フィルは俺の言葉に反応してか、腰辺りに巻き付かせた腕の力が増した。

 これでは離れるどころか逆に密着度合いが高まってる。


「シンさんは……オレのこと……どう思って……ますか?」

「へ? どうって……?」


 俺が戸惑っているのを他所にして、フィルは問いかけをしてきた。

 だがその問いの意味するところがわからず、俺は若干間抜けな声を出してしまっていた。


「……シンさんはオレの事……嫌い?」

「そんなわけないだろ。俺がフィルを嫌っているわけなんてない」

「じゃあシンさんはオレの事……好き?」

「ああ、フィルは俺の可愛い後輩で大事な友達だ。勿論好きだぞ」

「…………」


 俺はフィルの質問に答えていく。

 するとフィルは抱きつくのを止め、ほんの少し距離を取りつつも俺の右手を取った。


「ならシンさんは俺の事……異性としては好きになれない……?」

「え……い、異性としてってそれは……」

「オレはシンさんのこと……異性として見てる……」


 フィルはそう言うと……俺の右手を自分の左胸に押し付けてきた。


 手の平に柔らかい感触が伝わり、それと同時に物凄いスピードでバクンバクンと鼓動する心臓の音が感じられる。


「シンさん……オレの心臓……すごくドキドキしてるけど……聞こえる……?」

「あ、ああ……聞こえるな……」

「これはシンさんを思ってドキドキして……るんです」

「そ、そうか……」


 フィルの鼓動が右手越しに伝わるたびに俺の心臓の鼓動も早くなっているような気がした。

 また、手の平で押しつぶしているフィルの胸の感触が俺の理性を溶かしていく。


 この状況はとてもマズイ。

 フィルの胸を触っている手がもっと感触を確かめようとして勝手に動きそうになる。


「シンさん……」

「な、なんだ……?」


 しかし俺は煩悩をなけなしの理性で抑えつけ、大粒の汗を掻きながらもフィルの言葉を待つ。


 カラカラになった喉を潤すために俺は唾を飲み込む。

 そんな様子の俺を見てフィルは深呼吸を一回はさんだ後、ゆっくりと口を開いた。



「オレ……は……シンさんのこと……男の人として好き……です……だから……知らない人を抱くくらいならオレを抱いてください……!」



 そしてフィルは赤面しながらも俺の目を見つめ、震える声でそう言い放ったのだった。

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