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致命的凡ミスとロリ神

 新作VRMMOゲーム『クロスクロニクルオンライン』には種族やジョブに関係なく完全任意で決められる7つのステータスが存在する。

 物理的な攻撃力を上げる『STR』、防御力を上げる『VIT』、移動速度を早める『AGI』、魔法による攻撃力を高める『INT』、回復魔法による回復量を上げる『MND』、器用さや一部の武器の威力を高める『DEX』、運の良さを高める『LUK』。

 また、その7種以外にも『HP』と『MP』というステータスがあり、この2つはジョブ事に違う成長率を持ち、レベルアップとともに増大していく。


 他にもVIT、MNDを上げれば状態異常にかかりにくくなったり、HPはVIT、MPはINTやMNDの素の数値によって増大する等々があるが、まあある程度は他のMMOと似たり寄ったりだ。


 初期のステータスポイントは50ポイント。

 これ以外でも、レベル上げるごとに手に入る2ポイントを消費する事でステータスを上昇させられる。

 加えてレベルアップ時に貰えるポイントは規定のレベルへ到達するごとに増加していく。


 そんなことを俺は12月24日のクロスクロニクルオンライン正式サービス開始直後にログインした際、頭の中で再確認していた。


「……よし」


 俺はこの日を今か今かと待ち構えていた。

 趣味がネトゲである俺にとって新作VRMMOをチェックするのは当然の事だ。

 今日のために俺は抽選で1万名にのみ与えられるアカウントを取得し、サービス開始の30分前にはもういつでもログインできるようにスタンバイしていた。


 そして当然ここから先の予定も組んである。

 俺はクロスクロニクルで『戦士』のジョブを取り、VITに極振りをして4人の廃人仲間とパーティーを組むために合流する。

 この4人はクロクロと仕様が近いとあるMMOゲーム内で共に戦ってきた精鋭どうるいだ。


 STRやINTに大きく振って狩りの効率を高める等の目的で無ければ、ステータスの極振りを行う際はパーティープレイが基本である。

 防御特化や回復特化がソロで戦っても微妙だからな。


 己の役割が完全に決まっている極振りプレイヤーは多人数協力プレイでこそ光る。

 だからこそ俺はHP成長率が全ジョブ中で最も高く、防御スキルや挑発スキル等を持つ戦士職を選び、更にVIT極振りでパーティーのタンク(盾役)を務めようと思ったわけだ。


 これはプレイする時間帯が重なる4人の仲間がいるからこその選択と言えよう。

 また、この極振りがクロクロで通用するかの試金石にもなる。


 MMOは基本的に多人数で遊ぶ事を前提としているためパーティーで動いたほうが効率的な設計がなされている場合が多い。

 しかしパーティープレイ前提の極振りが効率的かどうかは実際にゲームをプレイしてみないとわからない。

 初日からこんな事をするのは挑戦的と言わざるを得ないが、これも仲間と一緒に楽しめるからこそやろうと思えたことだ。


 これで極振りが役に立たないと判明したらキャラを作り直さなくちゃいけなくなる分スタートダッシュが遅れてしまうことになるけれど、それはまあ運が悪かったとして諦めよう。


 そんなことを思いながら俺は初期設定を決める無人フィールドに立ち、目の前にあるやや透明な青い画面に手を触れて操作している。


 NAME シン


 STR 0

 VIT 50

 AGI 0

 INT 0

 MND 0

 DEX 0

 LUK 0



 初期ステータスポイント50は全てVITに振った。

 ゲーム難易度的に対応しきれないと感じたらAGIやDEXといったステータスに振ることも検討するけれど、今のところはこれでいいだろう。

 クロクロは対人戦もそれなりにできるという話だし、なら俺にとってVIT以外は極力振らない方が望ましい。


 後はジョブを選ぶのとキャラメイクだけだ。

 俺は画面を下へとスクロールする。



 『剣士』、『魔術師』、『戦士』、『僧侶』、『騎士』、『調教師』、『武道家』、『弓兵』、『盗賊』、『趣味人』



 クロクロの基本10職が画面にずらりと並んだ。

 それらの中で左から3番目の項目にあった『戦士』に俺は指を近づけていく。


「お主、ちょっといいかのう」

「!?」


 しかしそこで俺の背後から女の子っぽい人の声が聞こえてきた。


 今このフィールドにいるのは俺だけのはず。

 そう思って俺は驚きながらも振り返る。


「驚かせてしまってすまんの」

「…………」


 そこには一人の少女がいた。

 年はおそらく十才そこそこで真っ白な長い髪がどこか幻想的な、和服を着たとても可愛らしい女の子が俺の背後に立っていた。


「……誰だ? もしかして何かのイベントか?」


 けれどその少女に見覚えは無い。

 それにここがゲーム内である事を考えると、目の前にいる少女はNPCノンプレイヤーキャラクターである可能性が高いと思い、俺はこれがゲームのイベントなのではないかと予想した。


「わしの名前はクロスと申す。一応アースで神をしておる者じゃ」

「クロス……アース……神……」


 俺は少女、クロスの説明に耳を傾けつつ頭の中で情報を整理する。


 そういえば事前に調べたクロクロの世界観の中にそんな神がいた。

 クロス・ミレイユはクロスクロニクルオンラインの舞台である世界『アース』に存在する三神の一柱であり、その神は悪しき魔女によって大迷宮『ユグドラシル』の最深部に1000年もの間閉じ込められてしまっているのだとか。


 でもそんな神がなんで今ここにいるんだ。


 そう思った俺は少女に対して問いかける。


「……それで、アースの神が俺に何の用だ?」

「うむ……実はの……異世界から来たお主にお願いがあってな……」

「異世界、か」


 確か俺達プレイヤーは転生神の力によってアース世界へと転生し、創造神の作り出された器に入り、そして技能神からアースで生き抜く力を受け取るのだと公式サイトに記述されていたような気がする。

 なので転生した俺達プレイヤーは異世界人と言えるのだろう。


「で、そのお願いというのは?」


 そんなことを思い出しつつ、俺は少女に話を続けさせた。


「……こんなことをお願いするのは非常に差し出がましいと思っているのじゃが…………どうか『ユグドラシル』最深部に封印されたわしを助けに来てはもらえないじゃろうか?」


 するとクロスは俺に向かって申し訳なさそうな顔をしつつ頭を下げてきた。


 だがそれはさっき俺が頭の中で整理した内容とほぼ同じだな。


「今お主の前にいるわしはただの幻影……そしてわしがいなくなってしまった事でアースは今混沌の時代へと陥っておるのじゃ」

「へえ」


 なるほど。

 つまりこの少女はプレイヤーにゲームのクリア条件を提示しているのか。

 この説明でプレイヤーはユグドラシル攻略のために動き出すわけだな。


「もしもわしを無事に救い出してくれたならば、転生神クロス・ミレイユの名においてお主の望みをなんでも一つ叶えよう」

「なんでも?」

「そうじゃ。まあわしにできる事限定、という但し書きがつくがの」

「本当になんでもする?」

「う、うむ、わしにできることならなんでも」

「へえ……」


 なんでも願いを叶える、ねえ。

 だったら今日はちょうど24日だし「君と聖夜を過ごしたいな、ゲヘへ」とか言ってみたいところだ。

 クリア報酬だからそれは来年以降にならないと無理だろうし、というかそもそも10歳程であろう容姿の子にそんな変態的な事を言うわけないけど。


 とはいえ、「なんでもする」は可愛い女の子に言わせたい言葉ベストテンに入る台詞だ。

 こんなところでそういった意地悪をする気もないけど、本当になんでもするのかちょっと試してみたくなったりする。


 まあそんな冗談はさておき、何でもと言いつつプレイヤーが叶えられる望みは選択式になっていて、強力な武器やスキルが手に入ったりするっていうパターンだろうな。ゲーム的に考えて。


 けど……何かおかしいな。


「なあ……お前ってNPCじゃないよな?」

「え? えぬ……ぴーしー?」

「…………」


 目の前にいる少女からはNPC特有の『嘘臭さ』が無い。

 所詮人間の手でプログラミングされただけの挙動しかできないはずのNPCは特定の会話や一定の動作しかする事ができない。

 なのにクロスという名の少女は本物の人間と同じような振る舞いを見せている。

 それはNPCではありえないことだ。


 だから俺は彼女を人間が操っているのだと判断した。


「……もしかしてGMゲームマスターか?」

「え? じ、じーえむ? なんじゃそれは……?」

「…………」


 俺が訊ねてみるも少女は首を傾げ、困ったというような表情をしている。

 NPCでなければゲーム開発の関係者かと思ったんだが、この様子だと違うようだ。


 でもそうだとするととてもおかしい事になる。

 NPCでもなくGMでもない。

 だとしたらこの少女は本当にアース世界の神だとでもいうのか。


「……ちなみにお前はここに来た奴全員に今の話をリアルタイムで言い回っているのか?」

「へ? いや、そういうわけではないのじゃが……」

「そうなのか? それじゃあなんで俺のところに?」

「それはお主が一番最初にアースへやってきたからじゃ」

「ああ……」


 そういうことか。

 確かに俺はサービス開始直後にログインしたからな。

 それも電波時計を使って一秒の狂いも無いスタートだった。

 俺がプレイヤーとして一番最初にクロスクロニクルを始められたのだとしてもそれは不思議な事ではない。


 だがそれなら一応言っておこう。


「なら他の奴に同じ話を持ちかけるのは止めておけ。どうせお前のお願いは大抵の奴が知っている」


 NPCでもGMでも無い少女からそんなことを言われても混乱するだけだ。

 流石にこの子の言葉全てを信じるわけでもなく、俺は軽くスルーできるが、他のプレイヤーはどうだかわからないからな。

 中には「アースは実際にあるんだ!」とか突拍子も無い発想を持ってしまう奴もいるだろう。


「そんな忠告などせんでもよい。今のわしでは1人の魂に繋がるのが精一杯じゃ」

「? ふーん」


 俺の忠告を聞いた少女はなんだかよくわからない事を言いだした。

 つまりどういうことだよ。


 というか本当にこの少女はなんなんだ。

 もしかして俺はGMにからかわれているんじゃないのか?

 だとしたら悪質すぎるぞ。


「はぁ……もういい。とりあえず俺は作業に戻る。ちゃんと迷宮攻略はするから邪魔するなよ」

「う、うむ。それならよいのじゃが」


 俺は少女に向けて嘆息しつつ、初期設定を決める画面の方に向き直る。

 そこには『OK』ボタンが表示されていた。


 今はジョブを戦士に決めたところだったな。

 俺は背後にいる少女を気にしつつもさっきまでの作業を思い出してOKを押す。


 すると『初期設定完了。転生システム起動』という表示が画面に現れた。


 ……キャラメイクはまだだった気がするんだが。


「では旅立つがいい、異世界より招かれし者よ。わしはお主が助けに来てくれると信じておるぞ」

「――うっ!」


 俺が初期設定はまだ済んでいないと思っていると、少女の言葉と共に突然周りから光が溢れだした。

 光の眩しさに負け、俺は右腕で顔を隠しながら目を瞑る。


「…………」


 そして光が収まったのを感じて俺はゆっくりと目を開くと、のどかな草原が目に映った。


「おいおい……もしかしてもうゲームはスタートしているのか?」


 キャラメイクを行っていない以上、俺の体はクロクロの初期アバターということになるのだろうが、これは酷いバグだと言わざるを得ない。


 MMOにおいてキャラメイクはかなり重要だ。

 誰だってゲームの世界でくらいはカッコよくなりたい、可愛くなりたいと思っているのだから。

 特にVRゲームではキャラクターと自分が一体化しているために「なりきり要素」の比重がかなり大きい。

 だからアバターのキャラメイクができないなんてVRMMOは殆ど無い。


 また、それはクロクロにおいても例外ではなく、最初からでもそれなりに自由度の高いキャラメイクができる……はずだった。

 つまりこれはいわゆるバグの一種で多分少し時間が経てば修正されるだろう。


「……GMコール……ないな」


 しかし俺がおそらく一番乗りだろうから人任せにするわけにもいかないと思い、メニュー画面を開いてGMへ連絡をしようとした。

 が、メニュー画面のどこにもそれらしき項目は無く、俺はクロクロの運営会社への疑念を強めていく。


「早くもクソゲーの予感……だな」


 ゲームのバグをすぐさま報告できない仕様は初めて見るが、これはいくらなんでもおかしすぎる。


 あえて12月24日にゲーム配信をする挑戦的な愛すべき馬鹿運営として俺の中ではわりと好感触だったんだけど……ちょっと残念だな。

 せっかく「このゲームを最初に始めた廃人連中は24日から1週間以上予定がなかったんだよプークスクス」という悲しみのレッテルを貼られることさえ受け入れて、顔も知らないネトゲ仲間達と徹夜で盛大に遊ぼうとしていたのに。


 プレイヤーへの配慮がされていない企業の作るゲームなんてまともであるはずが無かったということだろうか。


「でもリアリティは凄いな……」


 けれど全身から伝わってくるリアルと遜色ない感覚に対し驚きを禁じ得ない。

 こんな感覚は現在のVR技術では不可能だ。


 さっきの少女といいこのリアルすぎる感覚といい、もしかしてここは本当にゲームではなかったりしてしまうんじゃないだろうか。


「……ありえないな」


 ありえない。

 俺はこう思うしかなかった。


 いくらゲームの中がリアルすぎても、いくら不可解な少女が現れたとしても、それでここがゲームでないなどと思える訳がない。


「めんどくさい事は考えないに限る……」


 だから俺はひとまず移動を始めることにした。

 よく見ると少し進んだところに西洋風の町がある。

 一先ずそこへ向けて歩くとしよう。


「……………………ん?」


 が、俺は最初の一歩を歩いたところでちょっとした疑問を抱いた。

 それは今の俺の服装についてだ。


「ローブ……?」


 俺は白いローブを着ていた。


 魔法が主体のゲームであるなら初期装備がローブであっても違和感は無い。

 クロクロでもローブを着るとしたら魔術師か僧侶のジョブだろう。


 しかし俺のジョブは魔術師でもなく僧侶でもなく、鎧で身を包む戦士である。

 戦士の俺がなんでこんな服を着ているんだ。


 そう思った俺は嫌な予感を感じ、すぐさまステータス画面を表示させる。




 NAME シン

  JOB 僧侶

  Lv 1


  HP 150/150

  MP 120/120


 STR 0(1)

 VIT 50(51)

 AGI 0

 INT 0

 MND 0(2)

 DEX 0

 LUK 0


 ステータスポイント残り0


 装備[見習い僧侶の杖、白のローブ]


スキル[]



 俺は僧侶になっていた。

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