殲滅戦
6月1日投稿2回目。
俺達が村に駆けつけると、そこはオークの群れに蹂躙されていた。
田畑は荒れ、家は燃え、人は殺される。
村に住む人々は大量に押し寄せるオークに成すすべないといった状況であった。
「くっ! 『ハイヒール』!」
それを見た俺は、ガルディアから飛び降りて村に中に入っていき、近くにいたハイオークに向けてハイヒールをかける。
するとそのハイオークは煙と化し、他のオーク共も俺の方を注視し始めた。
本当はハイオークなら『ヒール』でも倒せるのだが、今回はよりヘイトを稼げる『ハイヒール』を使用した。
結果としてそれは成功のようで、俺に向かってハイオーク共は一斉に駆け寄ってくる。
「『ヒーリング』!」
俺の方へと群がってきたハイオーク共を『ヒーリング』で一網打尽にし、そのまま村の中央方面へと走っていく。
そして再び群がるそいつらにも『ヒーリング』をかけていき、俺は効率的にハイオーク共を排除していった。
「シッ!」
また、そんな俺の背後では『ヒーリング』の有効範囲に入らず倒し損ねてしまったハイオークをフィルが一匹ずつ状態異常にしていっている。
フィルも俺も、この辺りを狩場とするプレイヤーのレベルから10以上低いのであまり無茶はできない。
だがそれでも彼女はゴスロリスカートの中から取り出したメリー作のクナイを一本ずつ両手に持ち、回避に重点を置いて、隙あらば状態異常のスキルを振るという堅実な戦いを行っていた。
できればここに遠距離攻撃ができる奴がいてくれれば遠くにいるオークを効率良くひきつける事もできたのだが、まあこれは無いものねだりか。
「フィル! 取りこぼしと奥にいるオークシャーマンは任せたぞ!」
「了解!」
ヒーリングの範囲に入らず孤立したハイオークと、無理に近づいてこない魔法を使うオークシャーマンの処理をフィルに指示した。
強力な範囲攻撃が可能な俺はとにかく一匹でも多くのオークを殲滅する事に専念した方がいいだろう。
「加勢する! 早くオークを倒しきるぞ!」
「あ、ああ!」
「感謝する!」
俺は村の住民らしき屈強な男達に声をかけた後、ハイオークの群がる場所へと飛び込んでいく。
そうして俺達はオーク共を駆逐していき、数十分という長い時間が過ぎたころになってやっと村の中からモンスターを一掃するに至った。
「はぁ……はぁ……手伝ってくれてありがとうな、ボウズ、嬢ちゃん」
「俺達だけだったら全滅してたかもしれねえぜ……」
斧や剣を振り回し続けてヘトヘトになったという様子の村の住民は俺達に感謝の言葉を述べてきた。
「おめえら強いな、特にボウズ。どうやって倒したのかはよくわからなかったが、あのハイオークを一瞬で倒すなんてなかなかできることじゃねえよ」
「……どうも」
まあハイオークが相手ならこれくらいのことはできる。
数が尋常じゃなかったせいで駆除するのに時間がかかったけど。
「それに倒した瞬間にハイオークが煙になったところを見るに、おめえらは地球人ってやつだな?」
「ああ、そうだ」
モンスターが倒れると煙と化すというのはこの世界の法則というわけではなく、俺達|地球人≪プレイヤー≫のみに適用された仕様のようなものだ。
なので村人が倒したハイオークの亡骸はそのままの状態で村のあちこちに転がっている。
……無論、村人の亡骸もだ。
「にしてもなんでこんな大量のオークが村に?」
俺は骸となった人々から眼を背け、今もなお生きている村人達へ向けてそんな疑問の声を発した。
「それは多分南のじょうせいが変わったからだと思うよー……」
「南の?」
すると村人の中でもかなり小さい、というよりも小人と言っていい身長30センチ程の羽の生えた男の子が俺にその答えを出してきた。
そいつは体を発光させ、空を飛んでいる。
もしかしてこれは……精霊族か。
「オークのナワバリはここからずっと南にあるんだけど……どうもそこは今魔軍がいるらしいのー……」
「ああ……ということはそこにいたオークがこっちに流れてるんだな?」
「そうなんだよー……ボク達もがんばったんだけど、数が多すぎてたいしょし切れなかったんだよー……」
「へえ……」
つまりこの村を攻めてきたオークの群れは魔族の軍に縄張りを追い出されたからここへやってきたという事になる。
獣族との戦からそこそこ時間も経っているが、魔族は一旦この辺まで戻ってきて軍を整えているのだろう。
「今はそんなこと話してる場合じゃねえよ」
「なあ地球人のダンナ……村を助けてくれた直後でこんな頼みをするのもなんなんだけどよ……もう一度俺らに力を貸しちゃあくれねえか?」
「力を?」
と、そこで他の村人が俺に力を貸してくれと頼みこみ始めた。
「一応さっきの戦いでこの辺にいるハイオークは大体倒せたと思うんだけどよ……まだ森の奥には数十匹以上のオークが潜んでるはずだ」
「そいつらは俺らが戦っている間に村の若い女を殆ど連れ去っちまったんだよ……」
「何……?」
村の若い女を……か。
アースにおけるオーク種は異種族とも交配が可能らしいから、多分苗床にするために連れ去ったんだろうな。
早川先生も「オークにだけは絶対捕まるな」と言っていた。
早く助けに行かないとマズイだろう。
「だから俺達に手を貸してくれと?」
「ああ、今は急がなきゃなんで報酬とかの話は後回しにしてほしいんだけどよ……頼めねえか?」
「…………」
しかしこの場合はどうするか。
俺達はできるだけアース人と友好関係を築くよう学校から言われている。
だから命にかかわる事で無いのなら困っているアース人を助けることもやぶさかではない。
けれど今回は万が一の事があれば死ぬ可能性もありうる手伝いだ。
俺が一人で請け負うなら、もし失敗してもそれは自業自得で済む。
だが俺の傍にはフィルがいる。
なので俺は安易な判断で命を落としかねない行為はできるだけ慎む必要がある。
ここで素直にハイと頷いていいものか。
「……ん? どうした、フィル」
俺がそんなことを考えていると、フィルが突然俺の手を握ってきた。
それを受けてフィルの方を見ると、彼女は決意のようなものが篭った眼差しを俺に向けていた。
「シンさん……助けよう」
「いいのか、フィル? 一応俺達は強いが、万が一って事もありうるんだぞ?」
「万が一なんてない……です。だって、俺とシンさんは強いん……ですから」
「…………そっか」
ここで万が一に怯えて戦えないようじゃ何のために俺達は強くなったんだって話だよな。
勝てそうに無い戦いなら引く事も考える。
だがここで助けられる人がいるのを無視する程、切羽詰った相手ではない。
敵は所詮オークの集団。
ここ数週間で俺達も大分見慣れることとなり、対処法も十分知り尽くしていると言っていいモンスターだ。
そんな奴らを相手にして及び腰では一体何のための力と知識だという事になってしまう。
力も知識もこういう時に使ってこそだろ。
勿論後で村にはそれなりの報酬を貰うつもりだがな。
報酬を最大のものにするなら、俺達が返答を渋ってこの場で貰える物を決めるのが一番良いんだが、まあそこまでのことをする必要はないだろう。
「わかった、手を貸す。その代わり報酬はきっちり貰うからな」
フィルの後押しを受けた俺は村人の方へと目をやり、この依頼を受けると告げた。
村人救出の依頼を受けた俺とフィルは村の男達と一緒に森の中を進んだ。
オークがどこに潜んでいるかはわからなかったが、若い女性を連れ去ったというオーク共を追跡するのはそこまで困難ではなかった。
奴らの残した足跡や小枝の折れたところを見ればいいんだからな。
「あそこがオーク共の新しい棲み処か……」
そうして俺達は森の中でとある洞穴を発見し、遠くから見つめていた。
「まあ十中八九そうだろうな。なんか見張り役っぽい奴も立ってるし」
洞窟の前にはハイオークが2匹立ち、その周囲にも数匹ほどうろついている。
そこを警戒しているのはすぐにわかった。
「どうする? このまま正面から挑むか?」
「相手が知能の高い人であったらそれは下策だったでしょうが……ハイオークが相手ならむしろ正攻法で挑んだほうがいいでしょうね」
「だな、早く助けに行かないと女達の身が危ねえし」
「うおー! せんめつだー!」
どうやら村の男達は真っ向勝負を挑む気らしい。
まあ確かにその方がいいだろうな。
ここで何か作戦を立てる猶予があるわけでもない。
洞窟の前で暴れれば、中にいるオーク共も外へと出てくるだろうし、そうなったほうが連れ去られた人達にとっては安全だろう。
「よし……それじゃあ行くぞ!」
方針が決まったのを確認した俺は先陣を切って草むらから飛び出し、洞窟へ向けて走り出した。
すると外にいたハイオークが一斉にこちらを向き、手に持った武器を構え始める。
正直なところ、集団戦をするなら死霊装備を身につけていない味方はいないほうが俺は動きやすい。
俺は背後にいるフィル以外の味方が範囲にはいっていない事を確認しつつ、無詠唱で『ヒーリング』を発動する。
十分にひきつけていた外にいるハイオーク共はそれでほぼ全滅した。
「……俺らってもしかして必要なかったりするか?」
「倒し損ねた奴の処理を頼む!」
殲滅が早い俺を見て村の男が顔を引きつらせている。
まあ言いたい事はわかるけど俺一人に任せようとはしないでくれよ。
「俺は洞窟内に行く! 盛大に暴れてくるから外に出てきたハイオークの処理も任せたぞ!」
「お、おう! わかった!」
多分漏れる事なんて無いと思うが、俺は村の男達に指示を飛ばしてその場に待機させた。
そして俺とフィルが洞窟内に入ると、すぐさまハイオークがわらわらと姿を現してきた。
「『ヒーリング』!」
……だがここは狭い洞窟内。
俺は走りつつも、前方からしかやってこないハイオークをヒーリングで殲滅していった。
もはやこれは俺にとってボーナスステージとしか思えない。
数十匹単位のハイオークとオークシャーマンをこんな安全に狩れる機会なんてそうそう無いからな。
フィルが一応背後に控えているが、この分では彼女の出番もなさそうだ。
しかし物足りない。
まあヒーリングを唱えるだけの簡単な仕事ですっていうんじゃ楽しいも何も無いか。
それに今回は人命のかかったお仕事だ。
効率最優先でいこう。
「ふぅ……」
こうして俺は洞窟の最深部らしき、松明の炎で僅かに照らされている薄暗いエリアにたどり着いた。
そこには一匹のオークモンスターと、村から連れ去られてきたのであろう女性達がいた。
何人か服を無理やり剥ぎ取られて震えた様子だが、どうやら間に合ったようだな。
ちょっと目のやり場に困るが。
「オークロード、か」
さっきまではハイオークとオークシャーマンしか見かけなかったが、洞窟の最奥で待ち構えていた最後の一匹は少し違った。
とはいっても、ハイオークと比べて体が一回りほど大きく、身につけている装備も若干よさそうだなという程度の違いしかないように見えるのだが。
ここまでの道のりで葬ったモンスターの数は見当がつかない。
レベルも途中で上がったりしてるし、もうアイテムボックスの中身もパンパンだ。
MPはまだ残っているものの、もうそろそろ打ち止めでもいいだろうと思っていたので、今の状況はとてもありがたい。
「お前でラストだ。いくぞ!」
俺は異能を使用してオークロードに一瞬で近づき、全力の『ハイヒール』をぶちかます。
「ブモオオオォォォ!!!!!」
「ちっ」
が、やはりハイオークよりもかなり強いようで、オークロードは俺の攻撃に耐えた。
「でも無駄だ……『エクスヒール』」
「ブモォッ!?」
しかしHPゲージは半分近く削れている。
それを見た俺はハイヒールではなく『エクスヒール』を発動した。
『エクスヒール』は僧侶職がレベル50になった際に取得可能となる回復魔法で、その効果は『ヒール』のおよそ5倍だ。
この辺のモンスター相手にだとオーバーキル過ぎて使う機会自体が無かったんだが、今回は相手が強いのでやっと試すことができた。
やはりこれも『ハイヒール』同様、『ヒール』から発展したスキルとしてそのままダメージヒールに転用できるようだな。
俺の放った『エクスヒール』は圧倒的な威力を秘めており、これには流石のオークロードも耐え切れず、HPを0にして煙と化していった。
本来ならオークロードも相当強いモンスターだったんだろうが、MNDを極限まで落としたダメージヒールの前では他のモンスターとそう変わらないらしい。
俺はそれを再確認し、戦いとは本当にこういうものだっただろうかと若干頭を悩ませながらも、洞窟の奥にいた女性陣へと近づいていった。