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別れと次なる波乱

6月1日投稿1回目。

 俺とフィルは今、アクラムの街の出入り口である大門の前に立っている。


 今回俺達がこんなところにいる理由は外へ狩りをしに行くためではなく、この街を出て行く必要に迫られたからだ。

 なぜなら俺が起こしたメリーの店での一件によって、街に居づらくなったためである。


「ごめんな、フィル。俺のせいで急な出発になっちゃって」

「ううん、シンさんのせいじゃない……です」


 空き巣容疑で【フェンリル】のギルドメンバーは教員プレイヤーからペナルティを貰った。

 それによってオウギ達はこの街を去ったわけなのだが、それと同時に俺のしでかした強引な証拠のあげ方も明るみになってしまったのだ。


 俺は犯人を捕まえるためなら人殺しをも厭わない残虐非道な地球人≪プレイヤー≫。

 そんな噂がクロクロプレイヤーのみならず、アース人にまで広まってしまった。


 結果、俺がここにい続けるとメリーやバンにも迷惑がかかるだろうという結論に達して、街を出る事に決めた。


「……にしても遅いな。何やってんだあいつらは」


 けれど俺達が街を出ることにした事を告げると、メリーは一つの提案をしてきた。


 それは俺の装備品、未だメリーには触らせていなかった死霊の大盾の強化について。

 餞別代りにメリーは大盾にとある強化を施してくれるというのを聞いた俺は喜んで首を縦に振った。


 メリーに大盾を触らせなかったのは彼女を信用していなかったからという理由であったが、もう今となってはそんな疑心も無い。

 彼女は死霊の大盾に備わった性能を知って驚いていたが、ちゃんと強化を施して俺達のところへ来てくれるはずだ。


「……と、やっときたか」


 そんなことを考えていると、予定より5分ほど遅れてメリーとバンがやってきた。


「ちょっと待たせちゃったね。ごめんよ」

「強化に手間取ったか?」

「まあそんなところさ。はら、受け取りな」


 メリーは遅れてきた事を軽く謝罪しながら大盾を俺に手渡してきた。



 死霊の大盾  呪 (0>MND数値時装備可) スキル『炎無効』 耐久値-(自動修復) 重量10


 STR+4 VIT+44 AGI-4 MND×4



 死霊の大盾に『炎無効』というパッシブスキルが備わった。

 これにより、もし炎魔法やブレス等がきてもこの盾で防ぐことが間に合えばそれを完全に打ち消すことができるようになったというわけだ。

 俺の鎧には既に『炎耐性』が備わっているが、それだけだと顔や手等は防ぎきれないため、大盾に『炎無効』が備わっているのは使い勝手がとても良い。

 盾は鎧と違って守る箇所を自在に決められるからな。


 だが、この『炎無効』は当然の事ながら『炎耐性』の比ではなく、レア度がとんでもなく高い。


「前にアタシが偶然手に入れた秘蔵の素材を使って付与したんだ。大事に扱いなよ?」

「ああ、わかってる。ありがとうな、メリー」


 俺はメリーに向けて礼を言いながら頭を下げた。


 この強化は俺達が街を出て行く事への餞別の他に、空き巣逮捕の礼という事でしてもらったのだが、やはりメリーには感謝の念しか浮かばない。

 彼女は困っていた俺達の装備品を安値で見繕い、強化し、レべリングにさえ付き合ってくれたのだから。

 空き巣の件に関しても――ちょっとやり過ぎではあったものの――メリーの恩に報いるためにしたことだ。


 昨日、あの場でフェンリルメンバーが証拠品を持っている可能性は微妙であった。

 メリーの店から盗んだ物は売りさばくことを前提にして、どこか安全な場所に全部隠していたという可能性も決して低くは無かったのだ。


 けれど俺は賭けに勝った。

 俺だったらゲームで新しく手に入った装備は売りさばく前にまず自分が使ってその性能を確かめるだろうという根拠から、盗みが行われた翌日であるならまだアイテムボックスの中に隠し持っていても不思議ではないと思い、あのような暴挙に出た。

 こんなのは何の根拠にもなっていないと言われればそれまでだけどな。

 ただ俺ならそうするというだけの話なんだから。


「俺からは餞別なんてやらねーかんな」

「ああ、わかってるさ」


 と、そこでメリーの隣にいたバンが俺に話しかけてきた。

 

 実際のところ、バンにとって今回の事件は虚しかっただろう。

 自分の彼女が空き巣の被害に遭い、それを行った犯人がギルドの仲間達であっただなんていうのは腹を立てていいのか泣いていいのかよくわからない事態だ。

 やりきれない気持ちを抱えたとしてもそれは自然と思える。


「……でもメリーの店のモンが全部取り返せたのには感謝してる。サンキューな」

「どういたしまして」


 しかし盗まれた物が戻ってきたという事に関しては素直に喜べるらしい。

 バンは俺に向けてニカッと笑うと右の拳を突き出してきた。


「また会おうぜ。そん時は負けねーから覚悟しやがれ」

「決闘すること前提か……まあ機会があればな」

「おう!」


 そして俺も腕を上げ、バンの拳に自分の拳をコツンと当てた。



 こうして俺とフィルはアクラムを去った。

 ガルディアに乗る俺達は背後から聞こえる別れの言葉を聞きつつ前を向き、ウルズ大陸への帰路を進むのだった。






「……本当にこれで良かったのかな」


 街から離れてそろそろスルスの森に着くかというところまで来た頃、俺はガルディアの上に跨っての移動をしながらメリー達の事を思ってふとそんなことを口走っていた。


「? なにか問題でも……?」

「ああ、まあちょっとな」


 するとすぐ目の前にいるフィルから疑問の声が上がったので、俺は今回の件で気にしている事を話すことにした。


「メリーの店でフェンリルの連中がやった事を暴露したのはもしかしたら悪いことだったんじゃないかなって思ってな」

「悪い事?」


 俺があんなことをしなければ、メリーはフェンリルのギルドメンバーに加わっていたかもしれない。

 それはフェンリルが裏工作をした結果であるが、それ自体は別に悪い話じゃないはずだ。


 メリーは自分の店が持ちたいからギルドに加入しなかったみたいだが、これからもレべリングを続けるならギルドに入って同レベル帯の奴らとつるんだ方がいい。

 また、ギルドに入ったらギルメンが装備作成や強化に使う用の素材などを融通してくれるはずだ。

 加えて、メリーがギルドに入った場合はそのギルド専属の鍛冶師となるだろうから、他の連中とのいざこざも減っただろう。

 ギルドが貴重な生産職を囲い込むのは他の連中からしたら良い気分にならないが、生産職プレイヤー自身はギルドの庇護下に入って守られるわけだから別に悪い話では無いのだ。


 なのでメリーはギルドに入った方がメリットは多いと言える。


「あの時何も言わず、メリーがギルドに加入したほうが良かったんじゃないか?」


 ギルドに入るとメリットが多い。

 俺はそう思うと同時にもう一つの懸念を口にした。


「それにあいつらはもしかしたらリアルで会ったら気まずい思いをするんじゃないか?」


 アースというこの世界での出来事は地球における俺達の人間関係へと波及する。

 今回の一件を受けて、メリー達とフェンリルのメンバーは互いに顔を合わせずらい状況になったことだろう。


「だから俺があの時犯人を見つけたのは、もしかしたらしない方がよかったのかなぁって思うんだ」

「…………」


 俺の説明を聞くと、フィルは「うーん……」と唸りだした。


「それはシンさんが考えることじゃなくて……あの人たちが考える事だ……と思います」

「……そっか」


 まあ、そうだな。

 人間関係だとか、誰がどんな行動をすれば良かっただのとか、そんなものは当人が考えるべき事柄であって俺みたいな他人が考える事ではない、か。


 しかしそれでもまだ一つの事柄が俺を悩ませている。


「だけど俺がメリー達にレべリングを手伝わせなければこんな事にはならなかったんじゃないかなって思ったりもするんだ」


 メリーは俺達のレべリングに付き合いさえしなければ店を空ける事もなく、今回のように空き巣に入られる事もなかったんじゃないだろうか。

 そう考えてしまうとあの事件を引き起こした原因の一つとして、俺はメリーに申し訳ないと思ってしまう。


「レべリングと空き巣は関係ない……です」

「……そう思うか?」

「うん。ただタイミングが悪かっただけ……」


 確かにフィルの言うとおりだ。

 メリーが俺達のレべリングに付き合ったことが空き巣の主な原因となったわけではない。

 きっかけにはなってしまったが、フェンリルのメンバーは遅かれ早かれメリーの店を潰す気だったのだろうから、あまり悩みすぎてもしょうがないか。


「でもシンさんが苦しいって思うなら……オレにその苦しみを半分分けて……ください。レべリングはシンさんだけじゃなくてオレのためでもあったん……ですから」


 と、そこでフィルは俺にそう言って微笑んできた。


 レべリングは俺とフィル二人のためだったのだから、それで何か問題が起きても責任は二人で半分こってことか。

 そう言ってくれると気が楽になるな。

 一人で悩まなくても良かったのか。


「シンさんは一人で考えすぎ……それにもうちょっと気楽に考えてもいいとオレは思……います」

「ああ、わかった。変な事を言っちまったな。悪い、フィル」

「謝らなくてもいい……です」

「んじゃありがとう。フィルがいてくれて本当に良かった」

「そ、そんなことは……」


 俺が感謝の言葉を告げるとフィルは顔を赤くしていつも通りそれをマフラーで隠し始めた。


 フィルは俺が沈んだ気持ちになっているところをいつも掬い上げてくれる。

 本当、彼女は優しい子だ


「がるがる」

「ん? どうした、ガルディア」


 と、そんなところへガルディアが鳴き声を上げてきた。


 コイツが鳴き声を上げる時というのは大抵注意を呼びかける時だ。

 なので俺とフィルは周囲を見回して警戒し始める。


「…………!」


 すると俺達の進行方向、スルスの森の方から煙のようなものが空に上がっている様子が目に映った。


 アクラムで調べた情報によると、スルスの森の入り口付近には小さな村があるらしい。

 それを鑑みると……もしかしたらマズイ事態が起きているのかもしれない。


「ここはスルーすべきなのかもしれないが……行ってくれ、ガルディア」

「がるがるっ!」


 結局そこで起きている非常事態を見なかった事にすることができず、俺はガルディアに向けて指示を飛ばした。






 一難去ってまた一難という感じだ。

 どうしてこうも進む先々でトラブルが続くかね。


 俺はスルスの森近辺の村にたどり着き、そこで起きている惨状を見て、そう思わずにはいられなかった。


 村は大量のモンスターに襲われている真っ最中だった。

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