狂気の探偵
「なあオウギ。この店の物を盗んだのはお前達なんじゃないか?」
「…………」
メリーの営んでいた鍛冶屋『正宗』の店内で、俺達はギルド【フェンリル】を胡乱な目つきで見つめていた。
「……ははは、いきなり何を言い出すかと思えば」
問いかけを受けた【フェンリル】のギルドマスター、オウギはヤレヤレといった様子で首を振り、俺達に向かって静かに聞き返す。
「いったいどうしてそんな言いがかりをつけるのかな?」
言いがかり。
つまりオウギ達は今回の事件とは無関係であるという態度を取る様子だ。
「……俺らの勘違いだったなら謝る。だけどもう一度聞くぜ。オメーらは本当に何もしていないんだな?」
「くどいな。俺達は何もしちゃいない。そんなことをして何になるって言うんだい?」
「それは――」
「お前達がメリーの店から装備品を盗むメリットならいくらでもあるだろ」
尚も否定するオウギに向かって説明しようとするバンの後を次ぎ、俺は【フェンリル】のメンバー全員に向けて言葉を紡ぐ。
「まずメリーの作る装備品はここら辺じゃ最高の品質だ。それだけでも盗む価値は十分にある」
街の住民からの評判は悪いが、メリーの持つ鍛冶スキルはアースの鍛冶師を凌駕している。
スキルに頼らない細かい部分で言えばアース人の鍛冶師に軍配が上がるものの、ステータス強化という面ではメリーの圧勝だ。
そのあたりは戦闘職における俺達とアース人の差と似たような理由だろう。
なのでメリーの作った装備品を身につければそれだけでステータスの強化に繋がるし、盗品という疑いの目を向けられそうであれば素性を隠して売りさばいてしまえばいい。
自分達で使った場合は狩りにおいて他の人間より優位に立てるし、売るにしても相当な金が懐に入ってくるだろう。
バレさえしなければ盗むことのメリットはとても大きい。
「でもそれだけで俺達を犯人呼ばわりだなんて酷すぎやしないかな?」
「そうだな。こんなメリットは誰にでも当てはまる」
とはいえ、これだけで犯人を特定する事などできるはずもない。
「だけどお前達の中には【迷彩】という周囲の景色と同化する異能を持った地球人がいるな?」
「…………」
確認するように俺が訊ねると、オウギ達は黙り込んでバンの方へ視線を向けた。
この情報は今日の昼にとある情報を持ってきた俺とフィルがバンに聞いた結果判明したことだ。
メリーの店近くに怪しい集団を見かけられなかった、というのなら犯人はなんらかの方法で自分達の姿を隠したことになる。
それができるなら装備品をアイテムボックスでなく直接運び事もできるだろうが、今回はバンに【迷彩】という異能で自分達の姿を周りから見えないようにする異能者の話を聞いてしまったので、アイテムボックスを使用したかどうかなど些事になった。
「【迷彩】を使えばお前達は姿を隠してメリーの店の中に侵入できたはずだ」
「……だからなんだっていうんだ? まさかそんな理由で俺達を犯人扱いしているのかな? だとしたら――」
「いや、お前達の疑わしい部分はまだある」
オウギが呆れたと言わんばかりに首を振りつつ犯人で無い事を主張しようとしたのを見た俺は更に言葉を続けた。
「お前達が盗みを働くメリットになりうる事柄はもう一つある。メリーを【フェンリル】に引き込むというメリットが」
「…………」
今回の件では【フェンリル】の行動がきな臭い。
俺はオウギ達に対して自分達が知りえた情報を並べていく。
「お前達はメリーを【フェンリル】に引き込みたい。違うか?」
「……違わないね。確かに俺達はメリーを勧誘していた。だけどそれが一体どうしたというんだい?」
「勧誘するだけなら俺だって何も言わなかったさ。だけどお前達は勧誘と同時にこの店への妨害工作を行っただろう?」
「な……」
街の住民に訊ねた際、メリーの店の評判はすこぶる悪かった。
つい最近できたばかりにしては悪すぎると言っていい程に、その話は大きく出回っていたのだ。
「実のところこれは今日になってわかったことなんだがな……メリーの店を悪く言い振らしている連中がこの街にはいるようなんだ」
「…………」
「それってお前達のことだよな? 【フェンリル】」
「……っ」
俺が厳しい視線を向けて訊ねると、オウギ達は眉間に皺を寄せて明らかに不快ですといった態度を取り始めた。
「……どうしてそんな根も葉もないことを言い出すかな。あまりふざけた事を言うと俺達も怒るよ?」
「根も葉もない、か。でもこれは一応ある程度の証言が取れてるんだよな」
怒気の篭ったオウギの言葉を聞いて俺は懐からいくつかの紙を取り出す。
その紙にはこの場にいる【フェンリル】のメンバーの似顔絵が描かれている。
フィルに今日の朝、メリー達の助言も交えてささっと描いてもらったものだ。
【精密機動】のおかげらしいが、こういうところで地味に凄い。
「これは見たとおりお前達の似顔絵なんだが……どうやらこの紙に描かれた人物達がメリーの店に不利益となる噂を流しているらしいんだ」
そしてこの似顔絵を街の住民に見せたところ、噂の出所はこいつらでまず間違いないという証言が取れた。
まあ服装やら髪型、目の色なんかを変えてうまく誤魔化そうとはしていたみたいなんだけどな。
この前会った時にこいつらの服装や髪型が違ったのは、そんな工作活動をし終えた帰り道だったからなのだろう。
あの時の服装もちゃんと覚えていたフィルがその姿での全体絵も描いて住民に見せた結果、「確かにこんな格好をしていた」という話まで出てきたからな。
「お前達はメリーの店が潰れる事を望んだ。その過程としてメリーの店に関する悪い噂を流し、更には最近店を空けているという情報を聞いて空き巣に入った。全てはメリーをギルドに引き入れるために」
「…………」
「店を畳んだ彼女がギルドに入るとするなら、それは彼氏がいる【フェンリル】の可能性が一番高いしな」
俺はオウギ達に断言した。
「お前達が犯人だ。素直にそれを認めろ」
「…………」
【フェンリル】が今回の事件の犯人であると言う俺を見るオウギ達の目は最早睨みつけていると言っていいようなレベルにまでなっている。
正直なところ、俺もまだこいつらが絶対犯人だという確証を持っているわけではない。
けれど俺はここで強気に出る。
そうしないといけない理由があるために。
「……随分とふざけたことを言ってくれるね。君は名探偵にでもなったつもりかい? そんな穴だらけとしか言いようがない憶測で俺達を犯人に仕立て上げて君は一体何をしたいのかな? バンとメリーもこの子の戯言に惑わされてはいけない。だって結局のところこの子が言ったのはただの推測でしかなく、俺達が盗みに入ったなどという物的証拠は何も――ッ!?!?!?」
俺は長々と喋り続けているオウギに向けて、無詠唱による『ハイヒール』をお見舞いした。
「な!?」
「ちょ、おい!?」
それによってオウギはHPゲージが0となってその場に倒れた。
すると周りにいた【フェンリル】のメンバーから驚きの声が出始める。
「お前! いきなり何をしている! これは立派なPK行為だぞ!」
「ああ、そうだろうな。あと290秒もすれば俺は立派なPKヤロウだ」
オウギの仲間が怒声を張り上げてくる。
けれど俺はそれを軽くいなした。
この方法はあまり使いたくなかったんだが、しょうがない。
物的証拠が無ければ今から作るしかないからな。
「でもその代わり280秒後にこの男は消滅し、アイテムボックスの中身が全てばら撒かれる。この意味がわかるか? 【フェンリル】」
「「「!!!」」」
俺は【フェンリル】に脅しをかけた。
死んだらアイテムボックスの中身が全てばら撒かれるという脅しを。
確かに100パーセントではない。
こいつらが盗みを働いたという可能性も、今も狩り用の武器としてアイテムボックス内にメリーの作った装備品を入れているという可能性も100パーセントではない。
けれど俺はどうしてもこいつらへの疑念を払拭できなかった。
【フェンリル】の態度であるなり言動であるなりが俺の猜疑心を揺らし、こうして一つの賭けに出ることを決めさせたのだ。
「ちっ! 『リザレ――」
「させねえよ」
「ガッ!?」
【フェンリル】のメンバーである僧侶職らしき男がオウギを蘇生させようとしてか腕を上げる動作をしていたので俺は異能を発動させ、そいつとの間合いを一瞬で詰めて腕をひねり上げる。
「他の奴らもそうだ。勝手にこの男を蘇生させようとするなら今度はHPが0になる事を覚悟してやるんだな」
「グ……」
俺の対処を見て他の【フェンリル】メンバーは歯軋りをし始めた。
最初から俺は僧侶職の奴の挙動だけは絶対に見逃さないよう視野に入れていた。
だからこうしてスキルを中断させる事なんてお茶の子さいさいというものだ。
「……あと200秒だな」
そして俺は頭の中でカウントをし続ける。
オウギが完全に死ぬまで後200秒。
この200秒の間に他の奴らがどう動くか。
「ふざけるなよこのPK野郎! お前こんな事をしてただで済むと思ってんのか!」
「思っちゃいないさ。これが終わったら俺は逃げるしか無いだろうな」
もしもここで完全にPKが成立したら俺は犯罪者の仲間入りだ。
今の状況でもかなりアウトに近いが、オウギが死んだら俺に言い逃れをする手立てはないだろう。
なのでその場合は逃げるしかない。
まあいくら逃げても学校で俺の体が管理されている以上はいずれ捕まるだろうけどな。
「ほら、あと150秒だ」
「く……お前は一体何がしたいんだ! こんな事をしてお前に何のメリットがある!」
「メリット……か」
俺のメリットなど決まっている。
「ただ楽しいからさ、犯人を見つけるというこのゲームが」
「げ、ゲームだと……?」
「ああそうさ」
驚愕する【フェンリル】のメンバー達に向けて俺は嗜虐的な笑みを見せた。
「俺の中ではもうお前達が犯人だって決まってんだよ。だからこうして物的証拠を出すためにこの男をPKする。なんの不思議も無いだろう?」
「く、狂ってやがる……」
俺の説明を聞いた【フェンリル】のメンバー達は顔を青くして一歩後ずさった。
だろうな。
証拠を見つけるために人を殺す探偵などあっていいはずがない。
もしそんな探偵がいるとしたら、それは奇抜さを狙ったB級アニメの中だけだ。
「あと100秒か……」
「!」
あと100秒。
俺がそう告げると周りにいる奴らのどよめき声が更に大きくなり始めた。
「おい! もしオウギのアイテムボックスの中に証拠がなかったらお前はどう責任をつけるつもりだ!」
「だから言ってるだろ。俺はもうお前達が犯人だって断定してんだよ」
「ぐ……」
結果がどうであろうと俺の行動は変わらない。
言葉と態度で俺はそう告げると、とうとう一人の男が手を挙げてきた。
「ま、参った……俺達の負けだ……」
「ばっ!? お前何を!」
男は仲間から非難の声を浴びせられつつも、小さな声で罪を認めた。
「そうだよ、俺達がやったんだよ……」
「証拠は?」
「くっ……これでどうだ……?」
男はアイテムボックスから一つの槍を取り出してきた。
するとそれを見たメリーの表情が変わる。
「……店で盗まれた武器の一つだね」
「確定か」
俺はメリーの言葉を聞き、オウギに向かって『リザレクション』をかけた。
「かっ……は……」
オウギはHPを1ドットだけ復活させ、その場で息を吹き返す。
そして周りにいる連中からホッとするような息が漏れ始めた。
「無茶しやがるぜ……」
「全くだよ……まあ事前に教えられてたからいいんだけどさ」
フェンリルメンバーに限らず、バンとメリーも冷や汗を掻いている。
あの二人とフィルには俺が何をするかを説明していた。
とはいえ、俺もまたここにいる連中と同じく心の中でホッとしている。
こんなブラフに屈しない態度をフェンリルメンバーが貫き通していたらヤバかった。
俺は盗み程度でPKをする気なんか全く無かったんだからな。
こうしてフェンリルメンバーの一人が物的証拠を出してくれなかったら詰んでいた。
まあ詰んだといってもその時はオウギにリザをかけて逃げるだけだったんだが。
未遂であっても何かしらのペナルティを貰うだろうが、今回のように無事に蘇生させればそこまで酷い罰にはならないだろうし。
だが一応それなりに分がいい賭けだったと俺は思う。
もしオウギ達が犯人であるなら、まだ日が経っていない今ならまず間違いなく自分用の武器なり防具を一つは確保していると俺は踏んでいた。
本当は盗品なんて足がつくからいつまでも持ち続けるモンじゃないんだが、それさえあれば狩りの効率がグンと上がるというのであればアイテムボックスにしまっておいても不思議ではない。
しかもアイテムボックスの中は使用者以外基本的に不可侵の領域だからな。
物を隠すのに最も最適な場所はアイテムボックスの中なのだ。
けれど数日後にはわからない。
今ならまだメリーの装備をいくつかアイテムボックスに潜ませているだろうと思えるが、数日経ってからでは使い心地が悪かったり、やはりこっそり狩りで使うのは難しいと判断し、全て売りさばいてしまうかもしれないからな。
今回みたいな強行手段が有効なのは、昨日空き巣に入ったオウギ達がメリーの装備をまだ自分達で保管していると思える今みたいなタイミングくらいだと言える。
……それにこんな狂った探偵役ができるのは部外者である俺だけだ。
もしこんなマネをバンかメリーがして、オウギ達から物的証拠を得られなかったら、こいつらの人間関係は最悪の状態に陥ってしまう。
こうなってしまったらバンもメリーも今後、肩身が狭い思いをすることとなっただろう。
「ま、なんにせよ一件落着だな」
俺は床に這いつくばったオウギへと目を向ける。
「悪いな。お前の言う物的証拠、出てきたぜ」
「ぐっ……」
そして俺はニヤリと笑い、オウギに勝利宣言を行ったのだった。