レベリングの日々
「シャーオラー! そんじゃあ俺があのザコ引き寄せてやっからその内に――」
「……『ヒール』」
「って、えええええええええええぇぇぇぇ!」
休日をはさんだ次の日、4人+1匹でレべリングをしに俺達は街の外までやってきた。
そこで狩りをするべく気合の入った様子のバンは、モンスターを引きつける前に一発でモンスターを倒してしまった俺を見て驚きの声を上げていた。
「くっそ……ホント俺このレべリングに必要だったのか?」
「そう言うな。複数匹相手だと流石に対処しきれないからその時頼む」
「おう……そういうことならまあいいんだけどよ」
俺が説明するとバンはしぶしぶといった表情をしつつも周囲にモンスターがいないか見回し始めた。
なんだかんだ言ってちゃんとレべリングを手伝ってくれるバンには感謝だな。
「つかレべリングの手伝いって言うからてっきりパーティー組んで俺がザコをガシガシ狩っていきゃあいいのかと思ってたぜ」
「アタシも最初はそうするつもりだったんだけどねえ……」
バンとメリーはそんなことを言いながら苦笑いを交わしていた。
パワーレベリングの仕方は大別すると2通りの方法がある。
強いプレイヤーと弱いプレイヤーがパーティーを組んで戦闘は強いプレイヤーだけが行い、そこで得られた経験値をパーティー全員で山分けする方法。
もしくは強いプレイヤーが弱いプレイヤーに強装備やアイテム、それに強力なバフ等を与え、弱いプレイヤーのみが高難度の狩場で狩りを行うといった方法だ。
前者はパーティーを組む際にレベル制限が無かったり経験値効率が落ちたりしない場合に使用され、後者は前者ができない場合によく用いられる手法だ。
また前者の場合は後者のように弱いプレイヤーを強化して狩に参加させるということもできるため、効率の面からすれば前者の方が良い場合が多い。
だが今回のように弱いプレイヤー(俺)が強力な攻撃手段を持っている場合は、強いプレイヤー(バンやメリー)とパーティーを組まずに狩りを行ったほうが経験値獲得の効率が良い。
けれどそのかわりバンやメリーには経験値やドロップアイテムが一切入らないというデメリットがある。
なので俺とフィルはこの二人に大きな借りを作っている事になる。
一応報酬はドロップアイテムを換金してから渡す事になっていたりするんだけどな。
諸経費を抜いた狩りによる収入の取り分は俺とフィルが合わせて1でバンが3、そして俺達の装備を融通してくれたメリーが6だ。
俺達の取り分がかなり少ないけれど、その分経験値を貰っているので妥当な線だろう。
一日狩りをした場合の稼ぎなら10パーセントでも問題なく宿代や食事代等は賄える。
「にしてもオメーのアビリティっていったい何なんだ? さっき見た感じだと微妙に黒い光がザコから出てたように見えたんだが」
「ああ、それか」
そういえばバンには俺のダメージヒールの概要を説明していなかった。
どうするか。
メリーと同じくバンにも説明するべきだろうか。
「あんま人様の手の内を根掘り葉掘り聞くもんじゃないよ、バン」
と、その時メリーからそんな助け舟が寄越された。
「つってもよお……」
「アンタに向かってはもう使ってこないだろうからそんな怖がるなって」
「ばっ! 俺は別に怖がってるわけじゃねーよ!」
そしてメリーは若干おちょくり混じりの声を出し、バンはそれに対して否定の声を上げて怒り出した。
もしかしたらこの前の決闘をちょっと引きずってるのかもしれないな。
あの時バンは自分の彼女が見ているにもかかわらず一発でやられちゃってたし。
そう考えると少し可哀想な事をしてしまった。
バンには優しく接しよう、うん。
「……ちっ、わかったよ。でもヘマこいたらフォローできないかもしれないかんな?」
「ああ、わかってる」
多分ここで説明しても秘密にしてくれと言えばバンは頷いてくるだろう。
それにバンの彼女であるメリーには既にダメージヒールの概要をある程度話してしまっているから、いずれ情報が伝わってしまうかもしれない。
だが聞かないでもらえるならこちらとしてはありがたい。
バンが回復役だったりしたら話しておくべきだったが、武道家であるならそんな心配しなくてもいいだろうからな。
もしかしたら上位職になって回復スキルを習得しているかもしれないが、MNDに大きく振っている僧侶職でないのならばそこまで気にする必要も無い。
「まあアタシは知ってんだけどね」
「!? おいコラそれじゃあ俺だけのけ者ってことじゃねーか! やっぱ教えろよ!」
どうやらメリーはバンをおちょくるのが楽しいらしい。
俺とフィルはバンに詰め寄られながらもニヤニヤするメリーを見て苦笑いを浮かべたのだった。
そうしてこんな俺達のレべリングが2週間程続いた。
これによって俺とフィルのレベルは50にまで上がり、装備の良さもあってアクラムの街周辺のモンスターを相手に肉弾戦を仕掛けても一応は問題ないという程にまでステータスを強化することができた。
俺のダメージヒールでかなり効率の良い狩りができていたし、バンとメリーがサポートしてくれるので安全性も高かった。
もう一つ付け加えておくなら、どうやらガルディアも結構強いみたいで、ハイオーク程度なら単体で倒すことができるだけの実力を持っている事が判明した。
それを知った俺は頭の良いガルディアにそれとなくフィルの護衛を任せ、益々安定した狩りができるようになったのだった。
メリーの提示した装備品+強化の費用もあともう少しで支払いきれるところまできたし、その時の俺達は全てが好調であった。
……しかしこの好調も長くは続かなかった。
「おや? 君達はシン君とフィルちゃんじゃないかな?」
ある日、狩りから戻ってきてメリー達と別れた俺とフィルは、宿への帰り道でとある男達と出会った。
「……ああ、誰かと思ったらオウギか」
「覚えてくれていたようだね」
その男達の一人は前にメリーの店へやってきた【フェンリル】のギルドマスターであるオウギだった。
今日はこの前と違う服装だし髪型も乱れているから誰なのか一瞬わからなかった。
オウギの後ろにいる連中も、よく見ると前にメリーの店で会ったことがあるな。
「こんなところで会うなんて奇遇だね。元気にしていたかい?」
「まあ、ボチボチだ」
オウギの世間話に俺は適当な相槌を行う。
「……なんだか疲れている様子だね?」
「まあな」
今の俺達は連日のハードな狩りで非常に疲れている。
話をするにしてもできれば手短に頼みたいのだ。
「さっきまでメリー達と狩りをしていたから疲れてるんだ」
「何? メリーと?」
俺が投げやりな態度で疲れている事とその理由を軽く説明すると、オウギは眉をピクッと動かして俺に聞き返してきた。
「あ、ああ、そうだが……バンからは聞いてたりしないのか?」
「いや、バンは最近何をしているのかと訊ねても『秘密だ』の一点張りで……そうか、彼もメリーと一緒に君達と毎日狩りをしていたんだね?」
「まあ、そうだ」
なるほど。
バンは俺達がレべリングをしている事を自分が所属しているギルドの奴らには秘密にしておいてくれていたのか。
知られたらまたパワーレベリングがどうのこうのっていう話になりかねないし、もしかしたら俺達を配慮しての事かもしれないな。
だとしたらバンには申し訳ない事をした。
黙っておいてくれたのに俺がバラしてしまったのではあいつの心配りも報われない。
「あー……そういうわけだから、もしギルドでバンの付き合いが悪くなったとかいう話が出てもあいつを責めないでやってくれないか? 今回の件は俺達が無理を言って手伝わせているんだ。文句は俺達の方にしてくれ」
なので俺はそう言ってバンをフォローする。
俺達のせいでギルドと疎遠になられたら嫌だからな。
「少しの間なら別に気にしないさ。この前は一発でやられちゃったけど彼もなかなか優秀だ。存分に使うといいよ」
が、オウギはそれについてあまり気にしていないようだった。
俺はそんな様子を見てホッと胸を撫で下ろしつつ、いくつかの雑談を交えた後に宿へと続く道を再び歩き始めた。
その後の三日間はまだ順調だった。
俺達は店に集まって、狩りをして、そしてその日の収穫を分けて解散するという日々が続いた。
しかしオウギ達とのやり取りのあった三日後、メリーの店にとある事件が発生した。
これによって俺とフィルは旅の準備が整いきっていない中、急遽アクラムを離れる必要ができてしまったのだった。




