出来心
街の中でオールバックのいかつい男、バンに出会った。
「どうしたんだよメリー。オメーは客が全然こなくったって平然と店開く女だろーが」
「うっさいな。アタシの店を開くかどうかはアタシの勝手だろ」
そして声をかけてくるバンを見て、メリーは鬱陶しいものを追い払うかのように手でシッシとしている。
お前一応そいつ彼氏なんだろ。
そんな邪険な扱いしてやるなよ。
「今日はこの子らのレべリングに付き合ってたんだよ」
「は? レべリング?」
「そうだよ。アンタだって知ってんだろ? この子らのレベルがかなり低いって事は」
「まあそれは知ってっけどよ……」
メリーの説明を聞いたバンは俺達に視線を向けながらも頭をガリガリ掻き始めた。
「一応パワーレべリングはアース人との軋轢を生む可能性があるから慎むようにって開発局から言われてなかったか?」
「そうなんだけどさ、ちょっとこの子らの場合は事情が違うんだよ」
「事情だぁ?」
パワーレベリングは原則禁止ということになっているというのは俺達も知っていた。
けれど俺達の場合は始まりの町に戻る事ができないので、どうしてもこの町周辺のモンスターに負けないだけのレベルが必要になってくる。
俺だけだったら異能をフル活用して低レベルのまま帰還するという事もできるかもしれないけれど、今回はフィルも一緒に行動しているためそれは不可能。
フィルを俺のアイテムボックスに入れ続けたまま移動するというような強行案も出せなくは無いが、そうすると俺のアイテムボックスの容量が圧迫されて旅に必要な物資が揃えられなくなるし、ずっとアイテムボックスに押し込んだままにしてしまうのはフィルが可哀想だ。
だから俺達は学校の決まりに目を瞑ってレべリングをする必要があるのだが……
「…………」
……それを目の前にいる男に喋っていいものだろうか。
早川先生からも、あまり俺達の事情をあまり他者に教えるなと言われているし。
「シン。コイツには喋っちゃってもいいかな? もしそれで何かマズイ事があったらアタシが絶対何とかするからさ」
「でもなあ……」
「コイツはこんなナリしてるけど結構口は堅いよ。それにここでアタシらの話に引き込んじまえばこれからのレべリングがより安定すると思うんだ」
ふむ。
なるほど。
確かに今の状況的に俺達のレべリングを手伝ってくれる人間がいれば、それは頼もしいことこの上ない。
この辺のモンスターが俺のダメージヒールで一撃必殺だからといっても、それで100パーセント安全な狩りというわけではなかった。
単体相手なら問題ないが、複数を相手するとどうしても粗が出る。
俺だって四六時中異能を使い続けられるわけじゃないしな。
それに口が堅いっていうなら少しだけ俺達の事情を話してもいいかもしれない。
少なくとも俺達がこの街を離れるまでに喋らなければ特に何か問題が起こる事も無いだろう。
また、メリーは俺達の恩人と言っていい奴だ。
だから彼女の提案ならある程度は受け入れていきたい。
「そうだな。レべリングを手伝ってくれそうなら話してもいい」
なので俺は首を縦に振った。
そして彼女は俺達の置かれた状況を掻い摘んでバンに説明した。
するとバンは眉間に皺をよせて唸り声を上げる。
「うーん……つまりこいつらはセンコー共に見捨てられたと?」
「簡単に言えばそうなるんじゃないの?」
まあそうなんだけどさ。
でもその解釈はちょっとダイレクト過ぎやしないか。
「ちっ……腹立つ話だな。何考えてんだ開発局は……」
「というわけだからアンタもこの子達のレべリングに付き合いな」
「は? なんで俺が?」
と、そこでバンはキョトンとした顔になってメリーを見始めた。
どうやらこいつにとってこの流れは想定できていなかったようだな。
「ここでアンタはこの子らを見捨てるって言うのかい? そんな奴の女になった覚えは無いよ」
「ぐ……わ、わかったっつの。レべリングの手伝いでもなんでもやってやるっつの」
「それでこそアタシの男だよ」
「…………」
なんだこれ。
俺達は今惚気を見せられているのだろうか。
そういうことは他所いってやってくれませんかね。
リア充見ると呪いかけたくなるんでやめていただけませんかね。
「なんかイマイチ納得いかねーけど……困ってるっつーなら少しの間だけ手ぇ貸してやるよ」
でもバンはわりといい奴みたいだ。
ただ単に彼女の頼み事だから断れなかっただけかもしれないけど、昨日今日会ったばかりの俺達に手を貸してくれるというのは中々できることじゃない。
メリーはかなりのお人よしだと思っていたが、こっちの男もお人よしの部類か。
思ってみれば昨日の決闘も俺達の身を案じての事だったし。
口は悪いが俺達はバンに感謝せねばなるまい。
「ありがとうな、バン」
「よせやい。あとオメー年上に向かってタメ口聞いてんじゃねーぞコラ」
「別にいいだろそれくらい」
俺はこのアースにおいて地球人とはできるだけ対等でありたい。
まあ先生だったりしたらその限りではないけど。
こうして俺達のレべリングにバンが加わることとなった。
「そ、それじゃあログアウト……しますね」
「ああ、いってらっしゃい」
宿の一階で夕食を取った俺達は自分達が借りている部屋まで戻ってきた。
そしてフィルが地球でLSS(生命維持装置)を使うために一度ログアウトしようとしていた。
「多分初めてだから時間かかると思うけど、8時間過ぎてもその後は2時間おきにアイテムボックスから出して様子を見るから、あんまり焦らなくてもいいぞ」
「う、うん……」
俺が初めてLSSを使った時はログインするまでにトータルで30分くらい時間がかかった。
それにここから一度ログアウトしたら色々下準備もしたいことだろう。
なので俺はアース時間軸においてフィルが半日、もしかすると丸一日はアースにログインできないかもしれないと考えていた。
そのため明日の狩りはお休みだ。
別にフィル抜きで狩りに出かけても問題は無いのだが、それをするとフィルが俺にとって邪魔であると思われかねないからな。
今でさえ微妙に足を引っ張っていると心配しているフィルにはあまり思いつめてほしくない。
だから明日は俺にとって休暇的な日となる。
「シンさんもゆっくり羽を伸ばして……くださいね」
「ああ、わかってる」
一人で休暇を取るというのは久しぶりの事だ。
それに休み自体もかなり久々であり、これまで神経を尖らせていたので睡眠もあまり取れていなかったりする。
昨日もメリーの店を出た後は情報収集等をしていたし、体を休める機会は無かった。
また、俺が四六時中禄に休めていなかったのは察しのいいフィルなら気づいているんだろう。
彼女は俺が一日ゆっくりしていると言う話を聞くと露骨にホッとしていたしな。
「それと……オレの体はシンさんに預けますので……よろしくお願いします」
「任せておけ」
「……あー、でもこの前オレ、シンさんにいたずらしちゃったからシンさんに何されても文句は言えないなー」
「…………」
と、そこでフィルはこの前俺達の間にあったちょっとしたトラブルを再び口にし始めた。
そういうことをここで思い出させないでくれよ。
少し意識しちゃうじゃねえか。
「フィル、俺はお前が寝ている間にやましい事は絶対しない。口約束で申し訳ないが信じてくれ」
「う、うん……勿論シンさんの事は信じてる……信じてるけど……もし何かしてもオレは全然怒ったりしないから」
「いや、怒らなくっても嫌だとは思うだろ? 俺はフィルが嫌がる事なんてしたくない」
「うぅ……」
俺がフィルにやましい事はしないと誓うと、彼女はなぜか難しい顔をし始めた。
しかしそれも数秒の事で、フィルは俯いていた顔を上げて口を開く。
「! で、でもそれだと不公平だから。オレだけ触ってシンさんだけ触らないのは不公平だから」
「……フィル。それじゃあお前の体を俺が触っていいっていう風に聞こえるぞ?」
「そ、そういうわけじゃないけど……」
ふむ。
もしかしたらフィルは俺に罪悪感めいたものを抱いているのかもしれない。
また、俺に何をされようが、羽目を外しすぎなければフィルに害とはならない。
だとしたらここできっぱりとそういう事をしないと断言するよりも、少し含みのある言葉を告げる方がフィルとしては気が楽なのかもだ。
どうせログアウト中の事など覚えていないのだから、口からのデマカセでもそう言っておいて損は無いか。
「あ、えっと……勿論シンさんがオレを触っても楽しくなったりしないって言うなら話は別だけど……どうせオレはあんまり胸とかないし……」
「……いや、そんなことはないぞ。フィルはまだ成長途中でこれからだと思うが、今でも十分魅力的だと俺は思う」
「え……? そ、それじゃあ……」
「まあさっきまで絶対しないって言ってたけど、フィルが俺を抱き枕扱いした程度の事はログアウト中するかもしれないな」
「! そ、そっか。うん、それくらいならオレも許しますよ、うん」
なので俺はフィルがログアウト中に少し触るかもしれないというニュアンスの言葉に切り替えた。
するとフィルは朱に染まった顔を俯かせ、俺にそれを許すと告げてきた。
本当にいいのかよと思わざるを得ないが、フィルがそうしてほしい感じなので俺はこれ以上の訂正をしない。
というか俺達随分変態の域に届きそうな事やってんな。
普通の先輩後輩という間柄から若干はみ出てるぞこれ。
「じゃ、じゃあログアウトします。後の事はよろしくお願いしますね、シンさん」
「あ、ああ」
そうしてフィルはベッドの上に寝転がり、ログアウトボタンを押したのか、そのままスゥっと目を閉じていった。
「…………」
部屋の中が静寂に包まれる。
俺はスヤスヤと寝息をたてているフィルを見て「はぁ」とため息をこぼした。
「……なんでそんな無防備な寝方をするかね」
フィルは仰向けに寝ている。
横向きでもうつ伏せでもなく仰向けだ。
彼女が呼吸をするたびに小さな胸が上下しているのが確認できてしまう。
寝たら状況的に殆ど一緒とはいえ、わざわざこんな姿を密室内で男と二人っきりという状況で見せるなよ。
後でフィルにはその辺りを少し話し合う必要があるかもしれないな。
いくら俺を信頼しているからといってこんな……
「……触ってもいいんだよな」
しかしそこで俺はさっきまでしていたフィルとの会話を思い出す。
彼女が俺の体をどこまで触ったかなど知る由も無いが、少なくとも足を絡めて抱き枕にするくらいの事はしていた。
ということは俺も彼女を抱き枕代わりにするくらいの接触を試みてもいいという事になる。
つまりはかなりの接触がオーケーということになるのではあるまいか。
他人から見たらフィルはまだ幼いと見られると思うが、俺からすれば彼女も十分女性としての魅力があるように感じる。
いや俺は別にロリコンってわけじゃないんだが。
妹キャラとかは好きだけどさ。
でもこうして、白いTシャツとホットパンツのみという薄着で浅く呼吸をしているフィルの胸の辺りに視線を向けると、重力に逆らってほんの僅かではあるが女性らしさを主張するモノが見える。
膨らみとしては小さいものの、まだ中学生である事を考えたらフィルはそれなりに大きい方なのではないだろうか。
そしてそんな膨らみが無防備な様子で目の前にあり、否が応でも俺の煩悩を揺さぶってくる。
「……少しだけならいいんだよな」
俺はその膨らみに向けてゆっくりと手を伸ばした。
既に俺は以前あの感触を顔で確かめた事がある。
だったら今それをまた確認しても大した事は無いのではないか。
そんな思考を抱いてしまった俺は、とうとうフィルの胸に右手で触れてしまった。
手の平から伝わる感触は顔で感じた時よりも鋭敏に俺を刺激する。
「…………」
自然と呼吸が乱れてきた。
顔が熱く、心臓の鼓動も早くなってくる。
俺は今、フィルの柔らかくて温かな胸に触れている。
この事実が俺の体を熱くさせた。
女の子の胸に触れているという事で満足感を得たのか、眠った状態の後輩へこんなことをしたために背徳感が生じたのか、今の俺はちょっとした興奮状態に陥っていた。
そして俺は、息を僅かに荒げつつもフィルの胸を撫で――
「がるがる」
「……………………」
冷や水を浴びせられた気がした。
部屋の中で見つめてくるガルディアの視線を受けて、俺の思考は急速に冷めていった。
「……何をやっているんだ俺は」
俺はフィルの胸から手を離した。
すると途方も無い罪悪感が俺の心を押し潰しにかかってきた。
ヤバイ。
冷静に考えると超ヤバイ。
何普通に彼女でもない女の子の胸を触ってんだよ。
しかも後輩の、眠った状態の女の子のをだ。
とてつもなく犯罪の臭いがする。
これはやっちゃいけないことだ。
俺はフィルに何といって謝ればいいのか。
彼女は煩悩に負けた俺を許してくれるだろうか。
いや、このまま黙っておくべきか。
幸いにも彼女はログアウト中であり、今の出来事を知るのは俺とガルディアのみ。
またガルディアは人語を解さない。
つまり俺だけが黙っていれば何も問題は無い。
「それは……駄目だろう……」
でも俺はこの罪悪感に堪えられなかった。
フィルの胸は以前に偶然頬ずりしたことがあったが、100パー自分の意思で触った今回に関しては申し開きも無い。
これは俺の心が弱いために起きた出来事である。
それを彼女に懺悔し、許しを乞おう。
「ありがとうな……ガルディア……」
「がるがる」
寸でのところで暗黒面に落ちるところを救ってくれたガルディアに俺は感謝した。
そして俺はガルディアの頭や背を撫で、感謝を言葉だけでなく行動で示したのだった
「……お? おー……よしよし」
するとガルディアは床にゴロンと寝転がり、俺に向けて腹を見せてきた。
多分腹を撫でてほしいのだろう。
そう思った俺はガルディアの腹を優しく撫でつけ、獣とのコミュニケーションで荒んだ心を癒していく。
「……ん? お前、メスだったのか?」
と、そこでふとガルディアの下半身部分に男の象徴的なものが無いのに気づいた俺はそんな事を呟いた。
「がるがるっ」
「そうかそうか。ごめんな、今までオスだと思ってたよ」
なんとなく怒っていそうな感じがしたので俺はガルディアに謝罪の言葉を口にした。
ガルディアは見た目かなりカッコいいため、俺はこいつを勝手にオスだと思い込んでいた。
しかし本当はメスであったガルディアにとって、それはとても失礼な勘違いと言える。
たとえ生き物として大きく違っていても、今後はガルディアの事もレディーとして扱わねばなるまい。
まあ移動の際には普通に乗っけてもらうけど。
そうして俺はその日をガルディアと戯れる事で悪しき心を浄化していった。
また、およそ半日後に目を覚ましたフィルに対して俺は土下座による謝罪を行い、彼女に自らが犯した罪を涙声で告白した。
すると彼女は顔を若干赤らめながらも慈愛に満ちた微笑を浮かべ、「うんうん、これでおあいこだからシンさんは何も悪くないですよ」と、今回の件を軽く流すかのような相槌を打って、俺のしでかした事を許してくれた。
俺はフィルの寛大な心に感激し、涙を流す俺の頭をそっと撫でてくれる彼女の優しさに感謝するのであった。