表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

52/308

誘い受け

 俺には幾つかの弱点がある。

 それはMNDを下げた事によって状態異常への耐性が低くなっているという点と魔法攻撃によるダメージ量が大きくなっているという点、アンデッド属性付与によって回復魔法や炎属性、聖属性攻撃で大ダメージを受けてしまう点等である。

 状態異常の耐性については早い段階から状態異常耐性スキルを取得して鍛え上げる事によってある程度克服しており、普通の回復魔法を受けてしまわないようにMNDの高い僧侶職の挙動には常に警戒をして間合いを計っていたりする。


 また、魔法攻撃が飛んできたら最優先で大盾によるガードを行って極力ダメージを貰わないよう努めてきた。

 けれどそれも完璧とは言い切れず、範囲魔法攻撃だったりする場合はある程度のダメージを覚悟しなければならない。


 そしてそんな中でも俺は炎魔法にかなり悩まされてきた。

 ただでさえ魔法攻撃には弱いのに、アンデッド属性によって俺は炎魔法によるダメージとそれによる継続的ダメージ、いわゆるDoT(Damage over Time)ダメージが倍加しているのだ。

 聖属性は今のところ使ってくるモンスターと出くわした事が無いのであまり気にはしていないが、炎属性の攻撃をしてくるのはそこそこ見かける。

 一応そういったモンスターの出る狩場へはあまり行かないようにしていたのだが、これからの旅路で聖属性や炎属性の攻撃をしてくるモンスターと出くわさないとも限らない。

 なのでできればその辺の耐性も付けられるなら付けておきたいと思っていた。


 だから今、目の前にある『死霊の鎧+』の性能は俺にとってかなり嬉しい。

 これからは炎属性の付いた攻撃を盾だけでなく鎧で受けてもそこそこ大丈夫になったんだから、これまでのように慎重になりすぎる必要も無くなる。

 まあ鎧以外の部分で炎攻撃を先に受けてしまうと普通にダメージを貰うからその辺は注意だが。


「ありがとうメリー。これで俺の懸念していた要素の一つが消えた」


 俺は鎧に手を置き、メリーに向かって感謝の言葉を述べた。


 炎耐性は炎属性の攻撃を全て無効化してくれるというわけではないが、それが付与された鎧に炎攻撃が当たると威力が半減するので十分に有用と言える。

 また、この炎耐性が装備にあると、DoTダメージが大きく減る上にすぐ消えるというようなメリットが存在する。


 かつて、迷宮で偶然炎耐性が付与されたレア装備を見つけたという知り合い(氷室とかいう馬鹿ヤロウ)からそんな話を聞いて非常に悔しかったというような過去が俺にはあった。

 あの時はその悔しさが顔に出ないよう、ただ「へー」「ほー」「ふーん」としか言わないよう努めていたが、これがあればもうあいつにデカイ面をさせることはないだろう。


「そりゃよかった。でもMNDが低くなってるから油断するんじゃないよ。MND以上にVITが上がってるからデメリットは十分相殺されてるだろうけどさ」


 デメリットは十分相殺されているという言葉を聞いて俺は僅かに顔を引きつらせた。


 確かにVITを上げればMND同様に状態異常耐性、魔法耐性が上がる。

 つまりMNDを下げるデメリットはVITを大きく上げることによって打ち消されているのだ。普通なら。


 だが俺にはマイナスのMND数値を4倍に跳ね上げる『死霊の大盾』に加え、MND数値とMP総量を倍加させるパッシブスキル『死霊王の加護』がある。

 これにより、たとえMND数値が10減少したのだとしても、実質的には80減少したという事になるのだ。


 80も数値が変化するというのは大きすぎる。

 おそらくはこれだけで、俺は更にもう一段階上の狩場でパワーレベリングが行えるようになってしまっただろう。

 この辺のモンスターならもう『ハイヒール』ではなく『ヒール』で確殺できるかもしれない。

 それはもうヌルゲーってレベルじゃないな。


 まあそれもしょうがない。

 今はフィルの身を守るため、強化をしないわけにはいかないんだから。

 始まりの町近辺にい続けられたのなら俺の我侭も通ったのだが、地球人≪プレイヤー≫の平均レベルが65というこの場においては、こちらもそれに負けない装備を整えなければならない。


 俺はなにも縛りプレイを楽しみたいというわけではなく、ただみんなと足並みを揃えるために適正のレベルと装備を求めていた。

 一応装備の方は死霊の大盾を戦闘で使っていなかった時のように使わなければ問題なかったりするが、一足跳びで強装備を手に入れてしまうというのはなんとなくミナ達に申し訳なく感じてしまう。


 というか、彼女達は今氷室達のレイドに所属していたりするのだろうか。

 その辺も時間が無くて聞いていなかったけど、多分そうしているはずだ。

 盾役も回復役もいなくなってしまい、攻撃職2人という有様ではそうするしかない。

 クレールも今頃は墓地で待機しているだろうし。


「なんか色々思い悩んでるって顔だね?」


 今の思考が顔に出てしまっていたらしく、メリーが俺を見ながらそんな事を言い出した。


「……まあな。悩みの多い年頃なのさ」

「そうかい」


 とりあえず俺はメリーに対し軽口を返して鎧を装着し始めた。


「……装着具合も以前と変わりはなさそうだな」

「だろうね。少し変色したぐらいしか見た目的にも変化していないはずだよ」


 俺はメリーの言葉を聞いて少しホッとした。


 装備を更新する事で一番気になるのは新しい装備の使い心地だからな。

 新装備が出回った際、性能は高くとも使い心地が悪いという理由から産廃扱いされるというのはVRゲームでも結構あったりする。


 かくいう俺も使い心地にはかなりうるさい性質だ。

 なので以前と同じ感覚で装備が使えるというのはとてもありがたい。


 こうして俺は強化された鎧を着込んでフィルと一緒に鍛冶屋を後にしたのだった。






 宿に戻って一旦ログアウトすると、そこではちょうどLSS(生命維持装置)の稼動準備が整っていたので、俺は服を脱いでその中に入り込んだ。

 今回は24時間ではなく120時間、つまりは5日間という少し長めの設定となっている。

 これは前回のCコース組が全員問題なかったという結果からの延長なのだろう。


 今の俺にとってこれは好都合だ。

 地球時間で5日、アース時間で120日もあれば、おそらくはウルズ大陸まで戻る事ができる。

 まあ不測の事態さえなければだけどな。


「それじゃあいってらっしゃい一之瀬君。色々大変だろうけど頑張って」

「ありがとうございます」


 もはやこの装置を使うのも目の前にいる研究員と会話するのも二度目であるので、俺はリラックスした状態でそんな会話をしつつ目を閉じた。


 そこから先はもはや馴染み深い感覚だ。

 俺は意識を遠くさせながらも、次の瞬間にはどこか別の世界で意識を覚醒させる感覚に陥った。


「…………」

「…………」


 瞼を開けるとフィルの顔が目に映った。

 彼女は昨日と同様に俺を抱き枕代わりにしていたようで体に抱きついている。

 そんな俺の胸あたりにいるフィルの顔はどこか赤くなっており、こちらをじっと見つめていた。


「フィル、これはどういうことかな?」

「…………」


 俺は別に怒っていない。

 フィルの安眠を促進させる道具として俺の体を活用したというのであれば許す所存だ。

 これがフィルではなく男であったとかなら俺も思うところがあっただろうが、相手は可愛い後輩の女の子。

 倫理的にどうなのかと問われかねない事態ではあるものの、俺の方から何かを言うつもりはない。


 だけどこれってどうなんだ。

 つい昨日俺達は今回と同じような事でギクシャクしたというのに、それを今日もまたしでかしてしまうというフィルの心境はなんなのだろうか。

 別に俺をおちょくってるとかそういう事ではないのだろうけど、彼女の真意をここで問いただすべきであるのは確かであろう。


「ごめんなさい。今日もシンさんの意識が無いのをいいことに、シンさんを抱き枕にしました」


 フィルは俺の問いにわりと軽い調子で答えてきた。


 その様子にはあまり悪い事をしたというような様子が感じられない。

 昨日はあんなに謝っていたのに今回はどうしてだろうか?


「……そうか。でも俺に無断でそういう事をするのはいただけないな」

「う、うん」

「…………」


 俺はベッドから起き上がり、傍にいるフィルに軽く説教を入れようとしたのだが、彼女はやはり悪びれた様子もなく俺のほうを見ていた。


「……とりあえず俺は今日から120日間ほどはログアウトしなくてもよくなった。あとお前も何日かしたら一旦ログアウトしろ。特別にLSSを使わせるそうだ」


 なんだかよくわからないが、俺はひとまずフィルに業務連絡的なものを行った。


 本来LSSは中学生に使わせる気なんてなかったようなのだが、今回は特例という事でフィルも使用する許可が下りた。

 LSSの使用によって後々フィルが体調不良を訴えたりしないかどうかが懸念材料であるものの、たかが数日程度の使用では死に至るような症状が出る事もまずありえないので使わしてくれるのだとか。


 だからフィルは一度ログアウトする必要がある。

 俺はその事を彼女に伝えた。


「そ、そう……ですか」

「ああ」


 するとフィルはどこかそわそわした様子で首元にマフラーを巻き始め、そしてこちらをチラチラ見ながらそっと呟き声を発した。


「で、でもこれじゃあシンさんが意識のないオレに何かをしても怒れないですね」

「? ああ、まあ俺は何もしたりしないけどな」


 これじゃあ、というのはさっきの抱き枕についての話だろう。


 せっかく話を逸らしたというのに何故蒸し返した。

 流せばいい話だろう。


「ほ、ホント、シンさんに何かされてもオレ全然怒れないなー」

「だから何もしないって。信じてくれとしか言えないけどさ」


 なんかフィルにしてはしつこいな。

 怒れないから一体何だっていうんだ。


「とりあえずこの話は終わりにして飯食いに行こうぜ」

「う……うん……」

「…………」


 なぜだろう。

 俺が飯を食いに行こうと言ったらフィルが若干落ち込んでしまったように見える。

 別に変な事を言ったつもりはないんだが。


「がるがる」

「っと、お前も起きてたか。すぐ身支度するな」


 こうして俺はフィルの謎挙動に気取られつつも、ガルディアの催促を受けて外へ出かける準備を整え始めたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ