装備強化
俺は武道家職の男、バンに向けて誰にも聞かれないような小声で『ハイヒール』を唱えた。
するとバンはその一回のハイヒールによってHPを全損させ、オートリザの効果で復活した。
「がぁ……はっ……」
だが流石にいきなりHPが0になった衝撃は大きく、蘇生したとはいえHPも3割ほどしか回復できていない。
バンは苦悶の声を上げながらその場にくずおれた。
「……だれか回復してやってくれ」
「あ、ああ……『ハイヒール』」
バンと一緒に店へやってきた男の1人がハイヒールを唱えた。
それによってバンのHPは回復し、呻くような声が上がるのも止んだ。
にしてもあっけなさすぎる。
俺のダメージヒールはレベルが高いプレイヤー相手でも十分通用するとは思っていたけど。
防御比例ダメージな上に、スキルを発動してから敵に当たるまでのタイムラグが武道家職のスキルより早いため回避もほぼ不可能というトンデモ性能だからな。
「クソ……まさか何もできずに負けちまうなんて……」
「これで納得してくれたか? 俺達がここにいる理由を」
とりあえずこの決闘によって俺の力は証明されたはずだ。
この男のレベルがいくつなのかは知らないが、それでもこの街周辺で通用する強さを持っているはずだから、俺に負けた以上はもうとやかく言ってくることも無いだろう。
「チッ……わかったよ。あんま納得してねーけど、オメーがこの辺のモンスターに遅れはとらないって事だけは認めてやるよ」
バンは舌打ちしながらも、若干足取りをふらつかせながら立ち上がって俺にそう言った。
この男からしたら俺が今何をしたのかよくわからなかっただろうからな。
からくりを知らないと納得もしにくいだろう。
教える気なんて無いけど。
「いやあ強いね君。僕も驚いたよ。どうだい? それだけの強さを持っているなら僕達のギルドに――」
「悪いけどそれは却下で」
バンの仲間である優男的なオウギは俺をギルドに勧誘し始めた。
しかし俺はその言葉を聞き終える前にすっぱりと断る。
大学生、調査員のプレイヤーがギルドを立ち上げていることは知っていたが、今のところそういったところに加入する気は無い。
というかそもそもこの人達はミーミル出身だ。
ウルズ出身の俺がミーミルのギルドに入る事は効率的じゃない。
「そうか……それは残念だ」
「でだ、そろそろ俺達はメリーとの取引を再開したいんだが」
「ああ、わかった。今日のところは出直すとしよう」
どうやら無理な勧誘はしないようだ。
オウギはバンの肩を叩き、他のメンバーと一緒にこの場から立ち去っていった。
「……あんたすげえ強いんだね。お姉さん驚いちまったよ」
そしてこの場に残っていたメリーが俺に受けてそんな事を呟いた。
この人も俺が今何をしたのかよくわかっていないだろうが、これで俺が強いという事だけはわかってもらえただろう。
「まあな。俺達はこの力のおかげで生き残れたんだ」
「だろうね。学校側があんたらに救援を送らないのも頷ける強さだよ」
「下手に力を持つと周りから助けてもらえなくなるんだけどな」
力を持つとそれ込みで俺という存在が再評価されてしまう。
それによって得る評価は高く、同時にとてつもない結果を求められる。
正直その流れはつらい。
手に入れた力が分不相応であれば尚更だ。
「でも防御面に関してかなり不安があるのは確かなことだ。今のを見た上で俺達に力を貸してくれないか、メリー」
「まあ、いいよ。アンタが強かったのはちょっと予想外だったけど、一度約束しちまったモンを反故にする程アタシもケチじゃないんでね」
「そっか。ありがとうな」
しかしメリーは俺に力がある事を知りながらも力を貸してくれるようだ。
なんか後出しじゃんけんみたいで心苦しいが、俺達に装備を融通してくれるというのは太っ腹なメリーに感謝だな。
「というかさっきの連中は一体なんだったんだ? メリーの知り合いなんだろ?」
「あー……アイツらは元仲間って間柄かね。アタシも前までは【フェンリル】のメンバーとパーティー組んでた時期があったんだよ」
「へえ」
俺の疑問にメリーはあっさりと答えてくれた。
元パーティーメンバーか。
趣味人から派生したジョブであるから戦闘では援護が主であっただろうけど、高レベルの鍛冶を行えるプレイヤーなら裏方としてかなり重宝されていただろう。
……だからこそパーティーから抜けたのかも知れないな。
生産職はプレイヤーの中でも少ない部類だから馬車馬のごとく働かされたとか、もしくはクレクレ厨の被害にでもあったんだろう。
俺達との接し方を見る限りではメリーは困っている奴を放っておけない性格みたいだし、仲間からいいように使われていたのかもだ。
「まあそんなことはどうでもいいっしょ。ほら、さっさと店ん中入りな」
メリーはそう言うと自分の店にそそくさと入っていき、俺達もそれに続いた。
「は? 更新じゃなくて強化をしてほしいだって?」
「ああ、そうだ。できれば鎧だけじゃなくてほぼ全部の装備を強化の方向で頼みたい」
店の中に戻り、メリーから重装備を勧められた俺は今自分が着ている装備類の強化を依頼した。
「まあそれもいいとは思うけど……それだと性能の上限もたかが知れてると思うよ?」
「うーん……とりあえずどれくらい強化できそうかだけでも教えてくれないか?」
装備の強化という案を聞いて若干渋い顔をするメリーに、俺は自分の身に着けていた死霊の首輪と死霊の腕輪を手渡す。
するとメリーは目を細め、それらの装備をじっくり観察し始めた。
多分『鑑定』に属するスキルを使っているんだろう。
俺やフィルには見えないが、鍛冶師は装備品に纏わる色々な情報を読み取ることができるらしいからな。
「……これってウルズ大陸でしか出回っていないとか言われてる『死霊シリーズ』じゃん。結構レアな装備らしいのによく持ってたね」
「まあな」
ウルズ大陸にしか無いレアな装備か。
死霊装備は死霊王たるクレールが高威力のダメージヒールを扱えるヒーラーを生み出すための一環として作ったとか前に説明してくれたことがあったのでウルズ大陸にしか出回っていないのは別に驚くことじゃないが、何気にレア装備だったのな。
そんな装備を融通してくれたマーニャンやセレスには感謝だ。
ただ単に用途不明だから俺に送ったっていう面もあるだろうが。
「実物は初めてみるけど……これ凄いね。初期値はそこそこでも強化上限はかなり高いよ。相当良い素材を使ってる」
「へえ」
何を素材にしたのかは知らないが、鍛冶師であるメリーがそう言うのであればこれは凄く良い物なんだろう。
「この装備なら強化すれば十分ここでも通用するね。でもこれ呪いがとんでもないデメリットのような気が……本当にこれ強化すんの?」
「ああ、呪いはそのままで構わない」
「? まあ装備する本人がそれでいいって言うなら私もこれ以上は何も言わないよ。それじゃあ強化の方針についてだけど――」
メリーの語る強化のパターンは三つ。
一つ目は装備品のプラス面を普通に上げていくパターン。
二つ目は装備品のマイナス面を取り除いていくパターン。
そして三つ目は装備品のマイナス面を大きくする代わりにプラス面をより大きくするパターン。
「三つ目で頼む、是非」
俺は三つ目即決だった。
当たり前だ。
死霊装備で共通している事項はMNDのマイナス補正。
このマイナス補正を上げるという事は俺のダメージヒールの威力を上げるということに等しい。
つまり三つ目のパターンを選んでも実質的に殆どプラスなのだ。
選ばないほうがおかしいというものだろう。
「MNDはいくら犠牲にしても構わないから他の性能、できればVITやAGIあたりを極限まで上げてくれ」
「いいのか? MNDを下げすぎると色々デメリットがありそう――」
「問題ない」
「……そうかい? ならMNDは完全に捨てる形で強化してみるよ」
本当はここでダメージヒールについて説明したほうが彼女もすんなり納得してくれるのだろうが、俺の弱点を握られかねないのでその辺は説明しない。
……しかし強化をしてくれる彼女にはやはり説明すべきだろうか。
わからない。
この辺りはもうちょっと考えるということで保留にしよう。
「とりあえず一日だけ装備をアタシに預けな。それでできる限りの強化を施してやる」
「頼んだ」
メリーが俺の注文を聞きいれたので、自分の装備している死霊の首輪、腕輪、ブーツ、鎧を彼女に預ける事にした。
大盾はどうしようか迷ったが、調べられてしまうとちょっとマズイ性能を持っているから出さなかった。
まあ強化とかする以前に性能は他の装備と比べてダンチだから特に問題は無いだろう。
性能が高すぎるところから見て、強化できないとかそういう可能性も十分ありうるし
「ああ、あと他に耐性付与なんかもできるよ。これはどうする?」
「耐性か……それなら――」
俺はメリーにとある耐性の付与をお願いした。
それは俺にとって大きな弱点の一つとして数えられていたものなので、ここでそれの対策ができるなら是非しておきたいと思っていたものだ。
「いいだろう。この街周辺で使っていても恥ずかしくないだけの装備に仕立て上げてやる」
「…………」
でも本当にいいのだろうか。
ここでどれだけのツケができてどれだけの額が請求されるのかわかったものではないが、ここで強化できるというなら強化しない手はない。
俺達のステータス強化は急務である以上、強化も絶対に依頼するつもりだった。
まあそれはフィルの装備が整ってからという話ではあったが、ツケであるのならその順序もあまり気にしなくて良い。
しかしもし本当に素材費だけしか請求されなかったとしたらメリーは人が良すぎる。
やっぱりさっきの連中ともそういった部分でいざこざがあったのかもしれないな。
「とりあえず鎧を最優先で頼む。それだけは宿に持って帰るから」
「あいよ。じゃあちょっと待ってな」
とはいえ、ここに俺の装備の殆どを置いていくというのは気が引ける。
いくら大盾があろうとも、死霊装備ではないMNDマイナス装備じゃダメージヒールも大した威力は出ないだろう。
こんな状態で外をうろつくのは、たとえ街中であったとしても控えたい。
装備があまり整っていない状態で戦闘もしたくはないし、今日は下準備だけして狩りはまた明日という事にしよう。
そういうわけで俺はフィルと一緒に装備が強化されるのを待ち続け、3時間程が経過した頃にメリーは死霊の鎧を持って店の奥から戻ってきた。
死霊の鎧は若干の赤みを宿していた。
「これが今のあたしができる最大限の強化だよ。受け取りな」
死霊の鎧+ 呪 スキル『炎耐性』 耐久値10000 重量30
VIT+30 AGI-3 INT-10 MND-20
俺は強化されたその鎧を見て口元をニヤリとさせたのだった。