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ムッツリスケベと空飛ぶ少女

 4月上旬。

 俺は今年新設された国立異能開発大学付属第二高等学校の校舎前にいる。

 今日からここが俺の学び舎だ。


 この学校に中学を卒業したばかりの俺が入学する事になったのは、3年ほど前に『アビリティ(異能)』を手に入れたからに他ならない。

 学校の名前からもわかる通り、ここはアビリティを持った人間を集めてその力を研究している。

 だから俺もいくつかの条件をつけてもらってこの学校にやって来た。


 しかし入学初日にして俺はこの学校では碌なことが起きないのだろうと理解した。


 上空から水色のパンツを履いた少女が降ってきたら誰だってそう思うだろう。






「うわっ!? ちょ! どいてどいて!!!」

「?」


 校舎に入るべく昇降口を通ろうとしたその時、頭上から誰かの声がしたので見上げてみると、俺の目に水色パンツが映った。


 厳密には違う。

 空から水色パンツを履いた少女が俺の顔に向かって落ちてきていた。


 それを見た瞬間避けようと思ったが、その光景があまりに衝撃的で、俺はついフリーズしてしまった。


 仕方の無いことだ。

 目の前に女の子のパンツが押し寄せてくるんだから。

 たとえそれが俺の命に関わりかねないような事態だったとしても誰が責められようか。


「んぎゅっ」


 そしてパンツ、もとい女の子の股間が俺の顔面に直撃する。


 マンガで言うところのラッキースケベみたいな事態だ。

 でもそれはマンガだからこそ成立する話であって、実際にそうなったら俺の首が曲がる。


 が、それは何故か痛くなかった。

 むしろ柔らかいとすら思える感触が俺の顔面に押し付けられていた。

 まあ女の子が落ちてくる最中から「なんかおかしいな」とは思っていたんだが。


 そんなことを俺は数秒足らずの出来事の中、至極真面目に考えていた。


「ひゃああぁぁぁ!? ちょ、ちょっと! どいてって言ったのに何でどかないのよ!」

「…………」


 しかしそんなわけのわからないこの事態を分析している俺とは違い、落ちてきたほうの少女はふわりと空に浮かび、顔を真っ赤にして怒っていた。


 空を飛んでいた。

 少女は空を飛んでいた。


「……なるほど、それがお前の力か」


 俺はそんな空に浮かぶ少女を見ても特に驚く事なく、少女の制服につけられているリボンが俺と同じ赤であるのを確認して同学年と判断する。


「そ、そうよ。これが私のアビリティ、『重力制御』よ。というかあなた随分余裕そうね……」


 どうやら俺が大した反応も見せなかったからか、彼女は怒りながらも段々と冷静さを取り戻していったようだ。


「ここはアビリティスト(異能者)が集まるところだからな。これくらいじゃ驚かない」


 なので俺は極めて冷静な風を装いつつ目の前にいる女の子にそう言った。

 すると彼女はゆっくりと地面に着地し、スカートを手で押さえながら俺を睨みつける。


「……で、なんであなたはさっき避けなかったのよ」

「何でって言われてもな」

「今のは避けられたでしょう! なんで避けてくれなかったのよ!」


 どうやら彼女は俺が避けてくれなかったことに腹を立てているようだ。


 だったらいきなり空から落ちてくるなと言いたい。

 ラ○ュタの○ータかと言いたい。


「咄嗟の事で避けられなかった。すまない」


 とはいえ、ここで口論する気にはなれないのでとりあえず謝ってみた。

 避けられなかったというのは嘘だが、まあそんな事を正直に言っても何か良い事でもあるわけじゃないしな。


「……ふん、あっそ。それじゃあ今のは全部忘れなさい。いいわね?」

「ああ、わかった」


 パンツを押し付けられるこの流れはそうそう忘れられるような展開でも光景でも感触でもなかった。

 この思い出は俺の心の中で一生語り継がれることになるだろう。


 正直感謝の言葉を述べても良いくらいの気持ちなんだが、でも忘れたということにしないと彼女は怒りそうだ。


 だが彼女からしてみればわざわざ股間から落ちてくる必要なんて無かったように思える。


「というか、今のは普通に俺を蹴れば良かったんじゃないか?」


 なので俺は「別に何とも思ってませんが?」という風を取り繕って彼女に問いかけた。


「……そうは言っても……初対面の人を蹴るなんてできないし」

「へえ」


 つまり彼女は校舎から飛び降りる豪快さを持ちつつも、人に暴力的なことをしてはいけないという常識もあるということか。


 しかしわからないな。

 俺は校舎を見上げながら彼女に訊ねる。


「ならなんで2階から飛び降りた……いや、窓が開いているのは3階か」


 3階だと結構な高さになるが、アビリティを駆使すればそれも大した事ではなかったのだろう。

 けれどどうしてそこから飛び降りてきたのかがよくわからない。


「えっと……それは……」


 俺の質問に対し、彼女は頬を掻いて何か言いづらそうな表情をしている。


 そんな時、昇降口の方から男子生徒の声が響いてきた。


「いたぞ! ミーナちゃんだ!」

「!?」


 ミーナちゃん。

 その言葉を聞いた彼女は肩をビクッとさせて走り去っていった。

 また、そんな彼女を男子生徒数人が追いかけていく。


 そして最後に俺一人だけが昇降口前で取り残された。


「…………」


 ……なんだったんだ、彼女は。

 男子生徒は「ミーナちゃん」と言っていたから多分ミーナが名前かあだ名なんだろうが。


 まあいいや。

 同じ一年生のようだし、いずれわかるだろう。


 俺は頭を掻きながらそう思いつつ、校舎の中へと入っていった。






「……朝比奈水無月あさひなみなづきと言います。アビリティは『重力制御』、Aランクです。よろしくお願いします」

「うわあああああ! ミーナちゃんだああああああ!」

「生ミーナちゃんだあああああああ!」

「…………」


 割と早く彼女が誰だったのかわかった。

 俺が在籍することになった1年2組の初ホームルームにてクラスメイトの自己紹介が行われ、そこで朝遭遇した彼女は出席番号1番として、やや小さな声で朝比奈水無月と名乗っていた。


 それに加え、どういうことか周りの男子生徒の数人が騒いでいる。

 もしかして彼女は有名人だったのだろうか。

 リアルの事には疎いから気づかなかったけど。


 美少女アニメに出てきそうな名前だなという感想くらいしか持てなかった俺はこの先クラスにちゃんと馴染めるのだろうか。

 ちょっと不安だ。


「あー……あと私は『クロクロ』でミナっていう名前を使ってますが……芸能活動はもう止めてますのでミーナと伸ばさないようお願いします」


 芸能活動ねえ。

 やっぱりアイドルか何かだったのか。

 まあ確かに彼女の見た目は結構美人だな。

 よくわかんないけど。


「それじゃあ次」


 と、そこで朝比奈の自己紹介が終了し、今度は出席番号2番である俺の番が回ってきた。

 教卓に立つ、切れ目で気の強そうな若い女性教師、早川先生の視線を受けて俺は椅子から立ち上がる。


一之瀬真いちのせまことです。アビリティは『瞬間認識』でDランク。趣味はゲーム。特技もゲーム。特にネットゲームが好きです。クロクロも正式サービス開始直後にはログインしてました。キャラネームはシンです。よろしくお願いします」


 俺はとりあえず無難な自己紹介を行った。


 ネトゲのキャラネームを言うのには若干抵抗があったが、アビリティと合わせてそれもちゃんと自己紹介で言う事と先程早川先生に釘を刺されてしまっていたのだから仕方がない。 

 この学校は異能を研究する場であると同時にクロクロプレイヤーを育成する場でもあるんだからな。


「よし、次」


 早川先生はそう言って3番の生徒の自己紹介を促したので俺は再び椅子に座る。


「……ゲーム好きなの?」


 そんなタイミングで、前の席に座っている朝比奈が俺に小声で訊ねてきた。

 なので俺は後ろの席から聞こえる自己紹介の邪魔にならない程度の音量で軽く答える。


「……そうだけど?」

「ふーん……そっか」


 彼女は俺がゲーム好きという事を確認してすぐにそっぽを向いた。


 なんだかよくわからない反応だな。

 俺がゲーム好きだと何かがあるのか。


「……あと瞬間認識って何?」

「…………」


 そんなことを思っていたら彼女は再び俺に話しかけてきた。

 一応今は静かにしておくべきなんだが。


「……目に映ったものを瞬時に分析して把握するアビリティだ。これを使用すると俺の視力……特に動体視力は常人と比べて数十倍の良さになる」


 ということになっている。

 学校の方もとりあえずそうしておくことに依存はないらしい。


「……さっき校舎前で会った時は?」


 そんな異能の説明をすると、朝比奈はジト目で俺を見てきた。


「……あの時は咄嗟の出来事だったから使えなかった」


 まあ嘘だけど。

 俺のアビリティは危険察知型という面もあるし。


 でもこう言っておかないとマズイ。

 じゃないとボロが出る。色々な意味で。


「そこ、入学早々仲良くするのは良いがTPOをわきまえろ」

「「……すみませんでした」」


 そんな俺達が会話しているところへ早川先生からお叱りの言葉が飛んできた。


 俺達は2人同時に謝罪の言葉を述べ、その後はクラスメイト達の自己紹介を静かに聞き続けたのだった。






「さて……これで自己紹介は全員済んだな?」


 数十分ほどかかったクラスメイト全員の自己紹介が終了したところで、早川先生がゆっくりと俺達を見回す。

 これからあと少ししたら入学式が始まる予定になっているはずだが、その前に何かを言おうとしているそぶりだ。


「私はあまり隠し事はしない性質だ。それに加え、君達もしばらくしたらなんとなくこの組分けの理由もわかってくるだろうと思うから、あえて私は言ってしまおうと思う」


 早川先生はそう言うと、一旦間を置いてからゆっくりと口を開いた。


「この学校の組分けは異能検定、MMO検定、それにクロスクロニクルオンライン稼動から警察の捜査が入るまでの僅か30分における行動等を参考にして、有能そうな人材を1組に集中させている」

「「「…………」」」


 俺達は静かに耳をそばだてる。

 その内容は俺達の現状に大きく関わってくるものであると理解できたために。


「つまり君達が所属する2組とは1組の余り物でしかない。異能が弱い。MMOに疎い。たった30分だけネットからアクセスできたクロクロ内で何かをやらかした・・・・・・・・。そんな人間が集まっているのがこのクラスだ」


 俺達の前で早川先生は語る。

 2組に所属する俺達は1組のついでであると。


 先程までの自己紹介で俺もなんとなくそうなんじゃないかという気はしていたが、教師という立場の人間から直接言われてしまうと僅かにだが気分も滅入る。


 このクラスにいる生徒の大半はあまり有用そうな異能を持ってはいなかった。

 そしてMMOゲームはほぼ初心者だと公言する生徒もいる。

 だから早川先生の言っていることは間違い無いのだろう。


「しかしそう落ち込む事ではない。異能が弱いというのもただ単に我々の基準ではというだけのことであり、決して無意味なものではないはずだ。また、MMO知識で遅れを取っている者も努力次第ですぐに挽回できるだろう」


 早川先生は更にそう言葉を付け加えて俺達を慰める。


 けれどクロクロ内でやらかした生徒へのフォローは無かった。

 まあそれも仕方が無いと言えなくもない事ではあるのだが。

 何をどうフォローすればいいという話だからな。



 そう。

 例えば防御力を上げるステータス『VIT』に初期ステータスポイントを全て振ったにもかかわらず……ジョブが回復職の僧侶という俺みたいなのにフォローする言葉なんて無い。


 12月下旬、突然目の前に現れたロリ神のせいで、俺はMMORPG配信初日のプレイにおける最重要事項――初期のステ振りを完全に間違えてしまったのだった。

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[一言] それなら間違えても仕方がな・・・い?
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