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ジョブチェンジと寝起きイベント

「盗賊職は海賊、山賊、暗殺者、忍者、ローグにジョブチェンジでき……ます」


 鍛冶屋でメリーと話をした後、そろそろ夕日も落ちて夜になるという時間帯になったので俺とフィルは一旦宿に戻ってきた。

 そしてこれまでずっと保留にしていたフィルのジョブについて俺達は考えることにした。


 俺の場合は既にジョブチェンジが済んでいるため選べないっぽいのだが、上位職へのジョブチェンジは通常、レベルが30を超えたところで可能となる。

 フィルのレベルは30を超えていたものの、落ち着けるところに移動するまで決めないでおこうという方針を取っていたのだ。


 急いでジョブチェンジしてフィルが後々悔やんだりしたら嫌だからな。

 ジョブチェンジ後のジョブは初期のジョブ同様に他の二次職への変更ができないらしい。

 他のジョブに変更できるとしたらレベル70になった際の三次職だ。


「海賊、山賊はそれぞれ海、山にいる時ステータスに大幅なプラス補正がかかるみたい……です」

「その2つはちょっと選びづらいな」


 これらのジョブは活動するフィールドが限られてくるので汎用性に乏しい印象を受ける。

 まあ絶対に海賊なら海、山賊なら山で戦う必要というのも無いのだが、他のフィールドで戦う気があるなら他のジョブを選んでおいたほうが無難というものだろう。


「暗殺者は攻撃スキルが豊富で……忍者は回避スキルと状態異常のスキルが充実している……ようです」


 メニュー画面を見ながらフィルは説明を続けている。


 暗殺者はアタッカーで忍者はサブアタッカー兼回避盾といったところか

 どちらもMMOではよくあるジョブで人気だが、はたしてアースではどうなのだろう。


「そしてローグはスティール(盗み)やピッキング、罠破壊、罠設置等のトリッキーなスキルが扱えるようになる……みたいです」


 ローグは盗賊の上位互換といった感じだな。

 迷宮では時々宝箱が落ちているが、稀に鍵がかかっているのか開かない物もあったりする。

 それらをローグは開くことができるのだろう。


 罠破壊と合わせて考えると迷宮向けのジョブと言えるな。


「現時点の状況を加味して考えるなら暗殺者か忍者の二択になるな」


 しばらくは迷宮に入らない以上、ローグを選択するのは躊躇われるし、山賊や海賊もしばらくは得意とするフィールドで戦うことが無いため、あえて選ぶ意味が無い。

 ならば消去法で暗殺者と忍者のどちらかということになる。

 攻撃力を取るか回避力を取るかというような選択だな。


 そうなると俺がお勧めするのは回避特化の忍者だ。

 現状では下手に攻撃力を上げるよりも身を守る術の方を彼女には持ってもらいたい。


「フィル、お前はどのジョブになりたい?」


 とはいえ、ここで俺の選択を押し付けるのはよくない。

 結局のところフィルが自分の意思で考えて選んだジョブの方がポテンシャルを最大限に引き出せるだろう。


「オレは……………………忍者になる」

「! そうか。うん、俺もそれが良いと思っていた」


 けれどフィルは俺が彼女に望んでいたジョブを口にした。

 俺はそれを聞いてホッと胸を撫で下ろす。


「……ん、それじゃあ選びます」


 そしてフィルは自分だけに見えるメニュー画面を操作するべく指を空中に走らせる。

 するとその数秒後、フィルのキャラネームの横にあった『盗賊』という文字が『忍者』に書き換わった。


 どうやらジョブチェンジは無事終了したようだな。


「ジョブチェンジおめでとう、フィル」

「……ども」


 俺がお祝いの言葉を投げかけると、フィルはコクリと頭を頷かせてそれに答えてきた。


 でもわりとあっさり決まったな。

 考える時間がそれなりにあったんだからすんなり決まっても不思議ではないのだが。


「フィルは前々から忍者になりたかったのか?」

「え? ……あ、う、うん、そう……です」

「…………?」


 フィルの返答は1テンポ遅れていた。

 今の問いかけはそんなに変なものだっただろうか?


 まあいいか。

 今のは別に重要な問いかけというわけでもないし。

 それよりこれからについてだ。


「とりあえず今日のところはこのへんにしておこう。それじゃあ予定通りこれから俺はログアウトする。後の事は頼んだぞ、フィル」

「ん……」


 俺達は無事にアクラムへ着いたため、その事を学校に報告する必要がある。


 宿の部屋内ならとりあえず安全だ。

 なので今回はフィルではなく俺が戻るということになった。


 ログアウト時間はアース時間で8時間、地球時間換算で20分といったところか。

 つまりアースにいる俺の体は8時間ほど無防備となるのだが、フィルがアイテムボックスの中にしまってしまえば問題は無い。

 その間部屋の中から絶対に出るなとも伝えてあるし、特筆すべき問題は何も無いはずだ。


「よし、いってくる」

「……いってらっしゃい」


 俺は最後にフィルと言葉を交わすと、メニュー画面からログアウトをクリックする。

 すると俺の意識はぼんやりとし始め、そのまま眠るようにしてベッドの上で目を瞑った。






「ん……ぅう……」

「シン様! 無事だった!?」

「うおぁ!? ごあっ!?」


 気がつくと目の前にはサクヤ――日陰の顔があった。

 俺はそれに驚いてベッドの上から転げ落ちる。


「が……くう……いってぇ……」

「大丈夫シン様!? 怪我は無い!?」

「うるせえ! 耳元で喋るな馬鹿!」


 後頭部を地面にぶつけた俺はその場で涙目になりながらも日陰に向かって抗議の声を上げた。


 俺達がいる場所は学校内に設置されたログイン用施設。

 数十人分のベッドと身体機能を測定するための機材が置かれている場所だ。


「はいはい落ち着きなさい……真君が話せないでしょ」

「あうぅぅ……シン様ぁ……」


 俺に縋りついてくる日影をミナが羽交い絞めにして遠ざけた。

 どうやら2人とも元気そうだ。


 クレールも元気かと訊ねたいところだが、今は時間が無い。


「目覚めの方は良くなさそうだな、一之瀬君」

「まあそうですね……」


 部屋の中で起きているのは数人の常駐スタッフ以外では俺と日影、ミナとそれに早川先生の4人だ。

 彼女ら3人は俺が起きるタイミングを見計らって起きていたようだな。


「ひとまずはこれでも食べながら現在の状況を説明してくれるか?」

「ああ、はい、わかりました」


 早川先生はゼリー飲料とスナックバーを手渡してきたので、俺はそれを食べつつフィルと辿ったこれまでの経緯を伝えた。


「……ふむ。君達がミーミル大陸に飛ばされたと聞いた瞬間には私も肝を冷やしたが、案外問題は無さそうだな」


 俺の説明が終わると早川先生は顎に指を添えてフムフムと頷いていた。


「そんな軽い感じで受け止めないでくださいよ」

「とはいってもな。君はレイドボスを1人で倒してしまうような規格外さを持っているから、我々もこの事態をそこまで深刻には考えていないのだ」

「……そうですか」


 あんまり納得いかないな。

 俺が強いという事は自分でも認めるから、俺を学校側が助けに来ないというのは百歩譲って受け入れられる。

 だが俺についているフィルまで助けないというのはどうなんだ。

 彼女は完全なとばっちりじゃないか。


「不満そうな顔だな」

「当たり前ですよ。職務怠慢の一種にしか見えませんもん」

「フッ、そうだな。とはいっても今現在下手に君達の元に救援を送る事ができないのも事実なのだ。ウルズ大陸まで戻ってきてくれさえすればその限りではないのだが」

「?」


 なんだか含みのある言い方だな。


「……それとこれはつい先ほど決まった事なのだが……ミーミル大陸では自分達がウルズ大陸の出身であるという事を可能な限り伏せて行動してくれ」

「は? なんでですかそれは」

「これは君達の身を案じての判断だ。敵が孤立した君達を狙うやもしれん」

「敵……」


 それはあのMPKヤロウとかの事を言っているのか。

 やはりアースには異能開発局、学校とは別の組織が関与しているという事なのだろう。


 とはいっても、俺達にとってこの人達の事情など知った事ではない。


 俺はベッドの上に腰掛けていた体を立たせて部屋の外へと歩いていく。


「ちょっとトイレ行ってきます。あと10分位したらまたログインしないとなので」

「ふむ、そうか……それならアース時間で16時間後にもう一度戻ってくるといい。それまでにはLSS(生命維持装置)の準備が完了するはずだからな」

「わかりました」


 まだしばらくは向こうにい続ける必要があるからな。

 こうやってちょくちょく起きなきゃいけないというのは面倒だ。

 LSSを使わせてくれるのであれば喜んで使わしてもらおう。


 そうして俺は十数分後、フィルの元へ戻るために再びログインを行った。






「…………」


 俺はアース世界に戻ってきた。


 窓から注がれる朝の日差しが眩しく、小鳥のさえずる音が聞こえる。

 どうやら俺はアイテムボックスの中ではなく、部屋に備え付けられたベッドの上に横たわっているようだ。

 時刻を見計らってフィルがアイテムボックスから出してくれたのだろうか。


「……ん?」


 そう思いながらベッドの上でぼんやりと手を彷徨わせていると、温かくて柔らかい感触の物体に指が触れた。

 俺はそれがなんなのかわからず、その物体のある方へと視線を向ける。


「すぅ……すぅ……」


 そこにはスヤスヤと寝息を立てるフィルの姿があった。


「…………」


 フィルは俺を抱き枕のようにして横から抱きついていて、かなり密着した姿勢を取っていた。


 足は絡んでいるし腕も俺の胴体に巻き付かせている。

 よくよく意識すれば薄い服越しに彼女の体温が伝わってくるし。

 この子がもし俺の彼女であったならここで襲い掛かってもやむ無しと言える状況だ。


 けれど残念ながら俺とフィルはそういう関係じゃない。

 というか何だこの状況は。


「……ん……ぅ……?」

「起きたか? フィル」


 俺がフィルの頬に触れた指で押したり摘んだりしていると彼女は薄く目を開き始めた。


「ふぇ……? ひゃ、ふあああああぁぁぁぁ!?」

「!?」


 そして彼女は俺と視線を合わせると突然奇声を上げて飛び起き、その勢いのままベッドの上で土下座の姿勢を作り出した。


「ご、ごめんなさい! ごめんなさい! オレ何もしてないから! シンさんの意識が無い間オレは何もしてないから!」

「あ、あーと……フィル? あのな――」

「これは昨日シンさんをアイテムボックスに入れるのはちょっと面倒だと思ったからで! でも部屋にはベッドが一つしかないなって思ったからで! だから、だからオレはシンさんにな、何か変な事をしたとか! そ、そういう事は本当ぜんぜん無いから!」


 俺が困惑しているのをよそにしてフィルは普段の気弱さが考えられないほどの勢いでこの状況を説明する言葉を吐き続けた。


「そ、それで昨日はちょっと肌寒いなって思って! だから、えっと、シンさんが温かくってつい、その――」 

「とりあえず落ち着け。あと土下座は止めてくれ、マジで」


 女子中学生が土下座する姿なんて初めて見た。


 そんな事を思いながら、俺は彼女の肩を掴んで頭を上げさせる。


「う……」


 よく見るとフィルの格好はかなりの薄着だった。

 上は白のティーシャツ一枚で下は可愛らしいリボンのついたピンク色のパンツ一枚のみ。

 ブラをしていないようで胸元からやや起伏のある肌が見え隠れしているし、更に視線を下ろすと白い太ももとピンクの布で構成されたデルタ地帯が目に映る。


 俺の目の前にあるこの光景は非常に刺激的だとしか言いようが無かった。

 というかこんな格好で肌寒いとか何言ってんだフィルは。


「ひ、ひっぐ……ほ……本当にごめんなさい……き、気持ち悪い……ですよね……何かされたんじゃないかって思い……ましたよね……」

「いや俺は別に気にして無いから、気持ち悪いとかそんな事全然思ってないから」


 だが薄着である事を指摘するような余裕はない。

 フィルは目元に涙を浮かべて俺に謝罪の言葉を告げてくるのだから、今は彼女をどうにかして泣かせないようにしないとだ。


「お前は俺を抱き枕にしただけで何もしてないんだろ? なら全然全く問題ないさ」

「…………」

「…………」


 おい。

 なぜそこで黙る。

 さっき何もしてないって言っただろ。


「……ごめんなさい……オレ……ちょっとだけ……嘘つきました」

「へ、へえ……どんな嘘をついたんだ……?」

「お、オレ……シンさんが寝てる時……シンさんのち――」

「ストップ」


 なんか聞かないほうが良い様な気がしてきた。


 本当に何してんだフィルは。

 普段のお前はそういう子じゃないだろ。

 いつの間にかサクヤに毒されてしまっていたのか。


「で、でもほんのちょっとだけ触っただけだから! それ以上の事は本当に何もしてないから! だから許してください!」

「お、おう……」


 フィルは涙目のまま俺に向かって再び頭を下げてきた。


 まあ、正直であるところは褒めておこう。

 そんな事は黙っていれば知られなかっただろうに。


 あえて何に触ったのかは聞かないでおくけど、つまりはフィルもお年頃ということか。

 異性の体に興味を持つこと自体は恥ずかしいことじゃない。

 けれどこれでは埒があかないな。


 相手の意思を確認しないで体を弄ったというのはいただけない行為だが、それもこうして謝る事ができるのであれば俺は許す。

 俺も前にフィルの胸に頬ずりした前科があるしな。

 あまり強く彼女に言うこともない。


 ……ああ、そういう手もあるか。


「フィル、お前は何も謝らなくて良いぞ」

「で、でも……でも……」

「俺も前にフィルの体をちょっと触っちまったしな」

「…………え?」


 俺は両手でフィルの顔を上げて曖昧な台詞を口にする。


 前に、という言葉は獣族の野営地に泊まった時のことを指しているわけではないのだが、話の流れ的にフィルはそう勘違いすることだろう。

 そしてそう勘違いしてくれたならフィルは俺に悪印象を持つかもしれないが、同時に今回の件を軽く受け止めるようになるはずだ。


「黙っててごめんな、フィル。気持ち悪いよな。本当ごめん」

「う、ううん! 全然! 俺はシンさんのことを気持ち悪いなんて思ってない!」


 な、なんか想像してたのよりかなり強い口調で否定されたが、まあいいか。


「じゃあこれはお互い様ということで、水に流さないか?」

「わ、わかった! シンさんがそれで良いって言うなら!」

「そ、そうか」


 本当にそれで良いのかとツッコミたいところだが、とりあえず泣かれるのだけは阻止できたから良しとしよう。


 ただ俺に変なイメージを持たれてしまっていないか不安だ。

 知らぬ間に自分の体を触られていたのだと伝えたあたりからフィルの顔はゆでダコのように真っ赤だし。

 普段なら顔をマフラーで隠したりするのに、今回は俺の顔から目をそらさないし。


「で、でも……シンさんはお、オレのか、体……どこまで触ったの……?」

「それは…………知らないほうがいいだろ、お互いに」

「! う、うん! そ、それでいいならそうする!」

「…………」


 でまかせであっても具体的にどこをどうしたとか言っておいたほうが良かっただろうか。

 無駄に想像させてしまってフィルの抱く俺のイメージ像に大きなヒビが生じる恐れが出てきた気がする。


 フィルの考えている俺が変態さんでない事を祈ろう。


「さて……それじゃあ朝飯にするか。フィルも早く着替えろ」

「ん! ……あ、わ! わ! わ!」


 と、そこでフィルは自分の服装がかなりの薄着であったのに気がついたのか、胸元や足の付け根などを手で必死に隠し始めた。


「あー……スマン。あんまり見ないようにしていたつもりなんだが」

「! だ、大丈夫! シンさんだから大丈夫!」


 俺だから何が大丈夫だというのか。

 そんなことを言うと「コイツ俺に気があるんじゃねえの?」って勘違いしそうになるわ。


 実際のところ、さっきのやり取りから察するにフィルは俺の体に興味を持っているみたいだが、それがラブなのか肉欲なのかは知らん。

 思春期の女の子が男の子の体に興味を持ったところで不自然ではなく、逆の場合も然りだ。


 だがもしもフィルとそういう関係になるのだとしたら、それはお互いに好き合った状態であったらにしてほしい。

 その場の勢いで友達を失いたくはないからな。

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