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ゲームとの決別

「この子の名はガルディアと言います」


 翌朝、俺とフィルはガイウスの連れてきた一匹の動物を見て驚いていた。

 俺より大きな体格を持ち、フサフサの茶色い体毛に覆われた、凛々しい目つきのライオンっぽい生物がそこにいた。


 なんか凄いカッコいい。


「でもいいんですか? こんな凄いのを借りちゃって」

「問題ありません。目的地に到着した際に放してくだされば勝手に帰ってきますので」

「へえ。随分お利口なんですね」

「フフッ、でもちゃんと可愛がってあげてくださいね」


 俺が本当に借りていいのか確認すると、ガイウスは首を縦に振ってガルディアと呼ばれた生物を俺の方へと歩かせた。


「お、おお……」


 そしてガルディアは俺の足に頬を擦り付けてきた。


 どうやら俺の事を主人と認めてくれるようだな。

 少しビビッたが、こうされると結構悪くないものだ。


「がるがるっ!」

「…………」


 ……だがなんだこの鳴き声は。


 がるがるって。

 思わずズッコケそうになったわ。


 いやまあそれでもカッコいいから許してやろう。


「あなた達なら2人乗っても問題は無いでしょう」


 ガイウスがそう言ったのを聞き、俺は恐る恐るガルディアの背に乗る。


 フワフワな体毛がクッションとなっていて、なかなか良い乗り心地だ。


「フィルもおいで」

「う、うん……」


 ガルディアに乗っても問題無いと判断した俺はフィルも乗るよう誘った。

 すると彼女は若干おどおどとした様子ではあったが、俺のすぐ前のところにチョコンと跨った。


 こうしてみるとガルディアの背中は結構大きいな。

 俺達2人が乗っても全然大丈夫だ。


「うおっ、……おお」

「おぉ……」


 そうして俺が乗りごこちを確かめていると、ガルディアはゆっくりと歩き始めた。

 いきなり動き出したので少し驚いたが、しばらくするとその軽快な揺れにも慣れてきて、俺達は感嘆の声を上げる。


「悪くないな……」

「うん……」


 上手く乗れるか不安だったが、この分なら問題なく足として使えそうだ。


「どうやら気に入ったようですね」

「ああ……なかなか良いですね」


 ガイウスの確認に俺は軽く答えた。


 実際乗り心地も悪くないし、2人いっぺんに乗れて楽に移動できる。

 文句なしだな。


「そうですか、では王にもそうお伝えしておきます」


 俺達がにやけ顔で乗り心地を確かめている中、ガイウスは事務的にそう言った。


 そんな獣族の男を見て、俺はふとこの人達がこれからどうなるのかについて思いをめぐらせてしまった。


「……これを聞くのは野暮かもしれませんが、次に魔族が攻めてきたらどうするおつもりで?」

「すぐにまた攻めてくるとは思えませんが……難しいですね。王の病も芳しくないですし、このままでは近いうちに我々は後退を余儀なくされるでしょう。なので私といたしましてはあなた達もこのまま我々と共に魔族と戦ってもらえると助かるのですが……王が何もおっしゃらない以上私も引きとめは致しません」

「そうですか……」


 聞かないほうがよかったな。

 昨日の戦いも劣勢だったって話だし、俺達が戦力となりそうならこのまま残って一緒に戦ってほしいと思うのは当然だろう。


 だが俺達は獣族ではなく、人族であるかも怪しい地球人だ。

 獣族と魔族の争いに大きく介入するのはマズイ。

 俺達が勝手に動いて地球人の印象を変化させるわけにはいかないからな。


 それに現在アースにおける地球人の立場は微妙なものだ。

 一応中立の立場ではあるが、身体的特徴から人族と同義であるとされている。

 そして人族もまた中立であり――ウルズ大陸にある三大大国の一つとして数えられているミッドガルドを拠点にしているものの――世界中に住んでいることから、地球人がどこにいてもとやかく言われる事はまず無い。

 だから俺達はやろうと思えば世界中を動き回れるはずなのだが……


 ……まあそんなことはどうでもいい。

 今は無事にミレイユへ帰る事だけ考えよう。


「それじゃあ俺達はそろそろいきます。ありがとうございました」

「あ、ありがとうございました」


 こうして俺達はガイウスに別れを告げ、ウルズ大陸へと向けてガルディアに乗りながら進み始めた。






「そういえば……シンさん。オレ達はどういうルートを通る……んですか?」


 ガルディアの軽快な歩みに身を任せて数十分程が経過した頃、フィルが俺にそんな事を訊ねてきた。


 昨日はフィルが学校側に報告をしている間、俺が一応の帰り道を決めるという役目を請け負っていたからな。

 ここでどういう道を辿るのか彼女にはまだ教えていなかった。


 ちなみにフィルがログアウトして職員と話したところによると、どうやら今すぐ俺達へ救援を寄越すのは難しいらしく、ひとまず最寄の街へ行って安全が確保でき次第再びログアウトをしてほしいと言われたそうだ。

 この内容から、どうやら俺達はほぼ自力でウルズ大陸に戻らないといけない状況であるように思える。


 いきなり別の大陸に飛ばされたわけだからな。

 学校側としても迅速な対応はできないだろう。


 ひとまず今はフィルに俺達が自力で帰るとした場合のルートを説明しよう。


「まずはここから北に進んだところにあるらしい人族が中心の街『アクラム』に向かう。そこで旅の物資を調達した後に東へ行き、『スルスの森』を抜けて三大陸が繋がる『ヴァルハラ』に行く。そしてそこを通過してウルズ大陸にあるヴァルハラ寄りの街『クロス』まで戻るっていうルートだ」


 俺はフィルの目の前で地図を開き、自分達が進む道を指でなぞりつつ説明した。


 このルートは俺が昨日ガイウスから貰った地図から導き出したものだ。

 もう少し距離を短くしようとすることもできるのだが、そのルートは険しい山脈を通る必要に迫られたり、魔族の軍が占拠していたりなので避けることにした。

 無理をして身を危険に晒す事もないだろう。


 山脈にはより強い魔物――MOBが現れるって言うし、魔族との接触も極力控えたい。


「……と思ってる傍からこれか」


 俺がMOBの事を考えていたのがいけなかったのか。

 進行方向に鎧を着た豚人間型のMOBであるハイオークが現れた。

 オークなんてアースに来てから初めて見た生き物だけど、名前からしてコイツはオークより上位のMOBなのだろう。


 だが相手は一匹のみ。

 これなら安全に確認作業を行えるだろう。


「シンさん……」

「俺が様子を見るからフィルはガルディアの上で待ってろ」

「うん……」


 俺達はまだこの辺りに生息するMOBと戦闘した事が無い。

 つまりどれだけ俺達の力が通用するか、どれほどの脅威度をMOBが持っているか一切わからない状態だ。


 そうなると下手したら俺達はMOBに一撃死させられる可能性さえありうる。

 なのでここは念には念を入れて行動すべきところだ。


 俺はガルディアから降りると走り寄ってきたオークに向けて全力のハイヒールをぶちかました。


「……問題はなさそうだな」


 するとオークは一撃でHPを0にし、その体を煙に変化させていった。


 どうやらここでも俺のダメージヒールは十分過ぎるほど機能するようだな。

 まあ機能してくれないとかなり困るわけだが。


「ぶっ!?」


 と、そんなことを考えていたらレベルが上がった。

 しかも一気に2レベルの上昇で、これにより俺はレベル27、フィルはレベル26となった。


 これは……ヤバイ。


「……あまり積極的には戦闘しないという方針でもいいか? フィル」

「う、うん……シンさんがそう言うなら」


 俺はこの結果を見て、ここでの戦闘は自重する事に決めた。


 やはりこのエリアは本来ならレベル20そこそこで来ちゃいけない難易度のようだ。

 今MOBを倒して莫大な経験地を得た事がその証明と言える。


 一応俺の放つダメージヒールはアホみたいな威力を秘めているため一発で倒せてしまうが、逆に俺達が敵から一発でも攻撃を食らったらひとたまりも無いだろう。

 集団戦や奇襲には十分注意しないといけないな。


 ……それにこんな調子でポンポンレベルを上げていくのはあまり好ましくない。

 ミレイユに戻った時、レベル帯が周囲と乖離してしまうと上手くパーティーが組めなくなる。

 PSを鍛えていく、MOBのアルゴリズム変化に少しずつ対応していくという面からしても駄目な行為だ。


 しかしながらここで簡単に死んでしまうわけにもいかない。

 レベルが上がる事はもう諦めるしか無いだろうな。


「意図せずしてパワーレベリングになっちまったな……」


 俺は頭を掻きつつガルディアの背に乗る。


 こうして俺達は再び荒野の中を突き進むのだった。






 その後、結局数回ほど戦闘を余儀なくされ、俺とフィルはレベル30にまで上昇した。

 つまり今日一日だけで5レベルほど上がってしまった事になる。

 いくらなんでも早すぎだ。


「……シンさん少し怒ってる?」

「まあちょっとな」


 夜となったため、いったん移動するのを止めて野宿する準備を整えてガルディアの胴体に背を預けていると、隣にいたフィルが心配そうに声をかけてきた。


「俺は普通にゲームをしたかったんだ。なのに今日一日でその夢はもう終わっちまった」


 迷宮地下20階層のレイドボスを倒すため、ザイール達を倒すため、獣族と魔族が争う戦場を切り抜けるために俺は異能を使用した。

 また、これまで順調かつ堅実に積み重ねてきたレベリングも今回の件で大幅に狂わされることとなる。


 こんな状況では楽しむも何も無い。

 俺の楽しみを奪ったあの覆面プレイヤーにはいずれ痛い目を見させなくちゃ気がすまないな。


「……ごめん、シンさん。オレがもっとちゃんとしていれば……」

「なんでそこでお前が謝るんだよ」

「だって……オレのせいでシンさんは力を使わないといけなくなったんだし……」

「…………」


 フィルは俺の異能アビリティが何なのかを知っている。

 前に俺はセレス、マーニャン、師匠、それにフィルの4人に話した事があるためだ。


 あの時は師匠が自分の持つ力を語り、続いてマーニャン、セレス、フィル、そして俺という順番で暴露したんだよな。

 それまではネットで知り合ったその仲間達が異能者アビリティストだったなんて夢にも思わず、戸惑い交じりでの告白大会となってしまったが、それ故に俺達はより強固な絆を築けたと言っても過言では無いだろう。


 また、そこで俺と師匠が掲げた『俺達はゲームで異能アビリティを絶対使わねえ』という主張をフィルは知っている。

 なので今回俺がその制約を破って戦った事をフィルは理解しているのだろう。


 そしてフィル達の身を案じてレイドボス、戦争に巻き込まれた際に異能を活用した事を彼女は気に病んでいるのかもしれない。

 心配をかけさせないほど強くあれたなら俺が異能を使う事も無かったのだろう、と。


 でも俺は後悔していない。

 なりふり構わず戦うと決めたのは仲間が危険に晒されると思ったからなんだからな。

 フィルや他のみんなが強かろうが、俺以上の強さでないなら今回起きた出来事の流れは大して変わらなかっただろう。


「これは俺の問題だから、フィルが気にすることじゃないぞ」

「うん……」


 しかしこの事でフィルに心配させてしまうのは忍びないな。


 俺は眉間に寄ったシワを取り除き、彼女へ向かって微笑んだ。


「心配してくれてありがとう、フィル。お前はいつでも優しいな」

「オレは別に……そんな事……」


 フィルは俺の言葉を聞くと顔をマフラーで隠し始めた。


 恥ずかしがり屋で自己主張がうまくできないけど、いつも人を気遣おうとする良い子だ。


「元々この世界がゲームじゃないなんて事はわかりきってたんだ。この世界はゲームではなくただのリアル。だから俺が今までこの世界で異能を使わなかったのは人生におけるただの舐めプだったんだ」

「シンさん……」

「だがこれからは本気でいかせてもらう。この土地を歩くのにレベルが適正でないと言うのならレベルを上げるし、少しでも命が危険に晒されるのであれば迷いなく異能を使う」


 俺はフィルに告げた。

 この先は全力で事に当たると、ゲームではなくリアルとして世界と接すると宣言した。


「がるがる」


 と、そこへガルディアの鳴き声が小さく響き渡ってきた。


「おっと、うるさくして悪かったな。もうそろそろ静かにするから許してくれ」

「がるぅ……」


 俺はガルディアに謝りながら顎の辺りをくすぐると、逆の手をフィルの頭に乗せる。


「ほら、フィルもそろそろ寝ろ」

「うん……わかった……」


 そうしてフィルは目を閉じ、しばらくするとスヤスヤと小さく寝息を立て始めた。


 ここまで碌に休めなかったからな。

 彼女も疲れていたんだろう。


「さて……と」


 しかしここで俺まで寝てしまうわけにはいかない。

 一応焚き火は起こしているものの、ガルディアが周囲を警戒している様子であるものの、それでこの土地に住むMOB――モンスターが近づいてこないなんて保証はないからな。


 俺は傍で眠るフィルから目を離し、周囲の音に気を配りながら停滞し始めたのだった。

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