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全損勝負

 俺はユグドラシル地下20階層のレイドボスを単独で撃破した。

 すると部屋に備え付けられた入り口の扉が開いた。


「シン!」

「シン様! 無事だったんだね!」


 そしてそこからミナ達が現れ、俺のところまで駆けつけてきた。

 戦闘中は鍵がかかっていてビクともしない強固な扉だったが、やはりここの親玉さえ倒せば開く仕組みになっていたようだな。


「怪我は……ない?」

「ん? ああ、俺は大丈夫だ」

「ふむ、その様子だと無事にこの部屋の主は倒したようだな」

「まあな」


 扉を開けるためにボスを倒す必要があったが、そこそこ時間がかかってしまった。

 その間にミナ達は地下20階層へと続く階段を見つけて扉の前まで来てくれていたのか。


「俺は大丈夫なんだがお前達の方は問題なかったのか?」

「私達を襲った奴らならクレールが追い払ったわ……まあちょっとびっくりしたけど」


 俺がザイール達はどうしたのか疑問に思っているとミナがそれに答えてくれた。

 どうやらクレールは俺との約束をちゃんと守ってくれたらしい。


「そっか……ありがとうな、クレール」

「よいよい。我はただ不躾な視線を向けてきた下郎を追い払ったに過ぎんのだからな」


 不躾な視線ねえ。

 もしかしてザイール達はミナ達を殺す以外にも何かしようと考えていたのだろうか。

 まあ今はそんなことを考えている時じゃない。


「……それじゃあ一旦地上に戻ろう。転移魔法陣も起動したみたいだしな」


 あいつらはおそらく上階に登っている最中だろう。

 ならここから魔法陣を使って一気に地上まで出れば追い抜ける。


「このまま終わらせたりなんてしない……」


 俺にゲームをさせなかった事。

 ミナ達に手をかけようとした事。


 それらの代償をあいつらには全て払わせてやる。


 俺は胸の内でそう決意し、転移魔法陣を踏んで地上へと帰還した。






 地上に戻ると通信機能も復活したので、俺は早川先生に連絡を取り、今回起こった事件をできるだけ簡潔に説明した。


 すると早川先生は「すぐそちらに向かう」と言って通信を切り、泉を使ったようでユグドラシル入り口に一瞬でやってきた。

 が、そこには早川先生だけではなく、進藤先生ことマーニャンも同行していた。


「へー、そんな事があったんだー」

「……ああ、そうだ」


 俺が2人に対してもう一度事情を話すとマーニャンはフムフムと相槌を打ってくる。


「そんで? シンはこのあと財津達をどうするつもりだ?」

「……ケジメをつけさせようと思う。これは学校側にとって不利益となるだろうが、今後も同じような事があっては俺達が困るからな」


 そしてマーニャンはザイール達について訊ねてきたので、俺は率直に答えを述べる。


 学校側はあまり俺達がアースで死ぬ事を望んでいない。

 なぜなら俺達が死ぬとこの世界の探求が遅れたり、異能者アビリティストのサンプルを失う事に繋がるからだ。


 しかしそれはあくまで学校側の事情であって俺達には何の関係も無い。

 あいつらが俺達を殺しにかかった以上、何かしらの罰は与えなければならないし、今後このようなことが起きないよう対処しなければならない。


 なので俺はあいつらに退場してもらいたいと思っている。

 この世界アースから、永久に。


「……一之瀬君、君の言いたい事はよく理解できる。しかし――」

「それじゃあとりま財津達はブッコロの方向でやっちゃっていいよー。あたしが許可する」

「!? し、進藤、お前……」


 マーニャンの言葉に早川先生は驚きの声を上げた。


 正直な話、俺もびっくりしている。

 もう少し反対されるものだと思っていたんだが。


「ぶっちゃけあいつらはやりすぎたんだよ。<異能機関>と接触してたみたいだからこのまま泳がせておく気だったけど、実際に生徒へ手を出したっていうなら上も黙っちゃいねー」

「……異能機関」


 また、マーニャンはとある組織の名前を出しつつ話を続けた。


「シンも薄々気づいてんだろ? アース世界であたしらと敵対する存在がいるって事は。それが<異能機関>。1万人はいるはずのクロクロプレイヤー中200名ほどが行方不明者扱いになってっけど、多分そいつらは全員そこに引き抜かれてんだよ」


 マーニャンはそう言うと「ふぅ……」とため息をついてポケットから取り出した飴を舐め始めた。


 異能機関。

 それは地球時間で今から2年ほど前に現れ始めた、異能者のみで組織された過激派集団の名である。

 なんでも、異能者はこの世を平和に導く力を神から授けられた使徒であるとかなんとか。

 そんなお近づきになりたくないヤバイ思考を持つ連中だ。


 しかしまさかそんな組織までプレイヤーとしてアースに潜んでいるだなんてな。

 まああの組織の構成員は全員異能者だって触れ回りだからクロクロプレイヤーがいてもおかしくはないんだけど。


 とはいっても今現在アースへのログインはネット上からでは不可能なはずなのに。

 国のセキュリティガバガバじゃねえか。

 どうなってんの。


「つーことでお前は遠慮なくやっちまいな」

「はぁ……まあそれでいいっていうなら遠慮なくそうさせてもらう」


 とはいえ、裏の事情など知った事ではない。

 俺は軽く承諾してきたマーニャンに頷く。


「そうそう、遠慮なく――本気・・でな。それがお前につけるあたしからの条件だ」

「…………」


 が、その後マーニャンからそんな条件を付け足された。

 それを聞いた俺は顔の表情を硬直させる。


「お前がいつも舐めプしてるってことはわかってんだよ。これを機会に自分の全力ってもんを計ってみ」

「……なんでそんな事をしなくちゃいけないんだ。俺はゲームでは使わないって決めてるんだよ」


 他人がどれだけ自分の力を有効活用していようとも、俺は自分のアビリティをあまり使う気になれない。

 ましてやゲームで使おうだなんて全く思わない。




 俺はこれまでゲームで異能を使った事など一度も無い。

 それはもはや俺にとって誇りのようなものであった。




「でも今回は流石に使ったっしょ? レイドボスを1人で倒したっていうなら相当レベルが高いなり装備が高性能だったりPSプレイヤースキルがずば抜けて高かったり……それ以外の何かしらが必要になってくるはずだからな」

「…………」

「装備はそこそこでPSは申し分ない。だけどレベルの方はレイドボスとタイマン張れるほど高くは無い。だったら他の要素が必要になってくる。違うか?」

「……違わないさ」


 だがさっきのレイドボス戦は使わざるを得なかった。


 早くミナ達のところへ戻るため、地下19階層へと続く扉を開けるため、俺は自らの全力を持って――異能を使用して戦闘を行った。

 これまで自分が貫いてきた信念を曲げ、俺が今まで憎んできた自分だけに許されたチート行為に手を染めてしまった。


 自分の異能が大した力でなければ、俺も使用するのを自重したりはしなかったのかもしれない。

 1組の連中程度・・の力であれば俺も積極的に使っていたかもしれない。


 けれど俺のアビリティは文字通り次元が違う。

 この力を本気で使用したら俺は世界から取り残されてしまう。


 そのせいで俺はかつて孤独となった。

 だからもう二度とそんな過ちを犯したくはない。


「でも財津達は今度こそ本気で立ちむかってくるだろうなー。それなのにお前は本気出さずに勝てるとか本気で思ってんの? 後ろにいる女の子達に手伝わせんの?」

「いや……ザイール達との決着は俺1人でつける」


 しかし確かに俺1人でザイール達6人を相手取るのは厳しいものがある。

 地下19階層では不意打ちのヒーリングが効いたが、次に戦う時はあいつらもそれなりに警戒するだろう。


 なので俺があいつらを確実に倒そうとするなら異能を使用するしかない。


「シン……もしあなたがやる気だっていうなら私もあいつらと戦うわよ?」

「シン様1人に重い役目はさせないよ!」

「これはオレ達みんなの問題だ……と思います」


 そう考えていると、ミナ、サクヤ、フィルの3人が一緒に戦うという意思表示をしてきた。


 1人で戦うよりもパーティーで戦った方が勝率は高まる。

 なので彼女達の提案を受け入れるのは俺にとってメリットが大きい。


「……ダメだ。ミナ達は戦闘に参加させない。今回ばかりはな」

「シン……」

「シン様……」

「…………」


 だが俺は彼女達をザイール達と戦わせる気は無い。


 これから行われるのはゲームではなく殺し合いに等しい。

 たとえ地球でのあいつらは死なないのだとしてもだ。

 そんな戦いで彼女達の手を汚させるわけにはいかない。


 また、そもそも今回の一件は俺の見通しの甘さが招いた事態だ。

 俺が素直に氷室達とレイドを組んでいればザイール達も手出しをしてこなかっただろう。

 故にこれは俺の責任であり、俺が決着をつける必要がある。


「マーニャン。お前の条件、呑んでやるよ」

「そうかー、じゃあ精々頑張んなー」


 俺はマーニャンに本気を出すと告げると地下10階層へと続く魔法陣を踏んで転移した。






 そして俺はザイール達と対峙している。


 俺は1人だが相手は6人。

 普通に考えれば俺に勝てる要素なんてものは無い。


「い……いくぞ! お前らあ!」

「お、おう!」

「俺達の実力を今度こそわからせてやる!」


 ザイール達はそう叫んで数十メートル離れた位置にいる俺へと手の平を向けてきた。


 どうやら今回は近づいてこないらしい。

 まあ俺の手の内は地下19階層での戦闘でもうバレてるからな。

 ダメージヒールのカラクリに気づいているかはわからないが、少なくとも俺の攻撃の射程が短いという事だけは理解しているはずだ。


 ザイール達の動きはスキルによる予備動作ではないので、おそらくは俺のヒールを警戒しての異能による遠距離攻撃をするための動作なのだろう。

 ヒールは射程内であれば盾で防ごうが鎧を着ていようが関係なく問答無用で当てる事ができるが、その射程そのものはそこまで広くない。

 だから俺の攻撃手段は近~中距離攻撃までで遠距離攻撃はできない。

 なのでザイール達の判断は正解と言える。



 ……だが無駄だ。



 異能を使う俺にそんな小手先は利かない。




「「「「「「!?」」」」」」

「『ヒーリング』」




 俺は異能を使おうとしているザイール達のすぐ傍で・・・・ヒーリングを唱えた。



 今度は威力調整などしていない、完全死霊装備での最大出力攻撃。

 これには精々レベル20そこそこのプレイヤーでは立ち打ちできない。


 結果、俺の周りにいるプレイヤー6人は全員その場に倒れこんだ。


「な……」

「ぐ……くそ……ど、どうして……」


 が、防御系のパッシブスキルによってか、HPが1ドットだけ残ったプレイヤーがいた。


 戦士職の男と盗賊職のザイール。

 その2人だけは今の攻撃で生き残っていた。


 だがもう詰みの状態だ。

 ザイール達二人はこの状況を受け入れ難いのか随分と驚いた様子だが、俺としてはこの結果に驚くべき要素など何一つ無い。



 俺が異能を使えば――『時間暴走』を任意で発動させたらこうなると普通に想像できたのだから。



 『時間暴走』

 それこそが俺の持つ、異能開発局から条件付きでSランクと認定された、最恐最悪の異能だ。


 この異能は時間という概念を俺が望む望まないに関わらず破壊する。

 入学式の日に自己紹介で口にした『瞬間認識』とは『時間暴走』による一つの側面に過ぎない。


「……ヒール」

「あぁぁ……」


 俺は戦士職の男にヒールをかけ、今度こそHPを0にさせる。

 また、俺はそこであえて意識速度と体速度を分離させ、あっという間にクールタイムを終了させたヒールをザイールに放つべく手を向けた。


「ぐ……この……チート野郎……」

「ああ、よく言われる」


 ザイールの最後の言葉を聞き、俺は薄く笑ってヒールを打ち込む。

 これによりザイールのHPバーは消滅した。



 わずか10秒にも満たない、戦いとも言えない戦いだったが、俺はザイール達と今度こそ決着をつけたのだった。



「……はぁ」


 そして俺は憂鬱な気持ちになりながらもミナ達の方を振り向く。


 彼女達は例外なく全員ポカンとした表情で俺を見ていた。

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