待ち伏せ
俺達はその日、地下迷宮の探索を行っていた。
いつも地下に潜るのでは息が詰まるということでずっとということではないのだが、盗賊職のフィルがいるということで金銭的に効率が良く、さらに変なトラップにも引っかかりにくいことから、ここでレべリングをする時間が多かったりする。
そんな中ではここ数週、プレイヤーの姿を全然見かけなくなっていた。
おそらくこれはパーティー単位で動かなくなったことの弊害だろう。
人数が少なくないと狭い迷宮内部での戦闘はやりにくい場合が多いからな。
だが今日は違った。
ユグドラシル地下19階層に到達した俺達はそこで奇妙な集団を発見した。
1年1組に所属するザイール達のパーティーだ。
「……久しぶりだな」
「……おう」
迷宮内部でこいつらと会ったのは初の事だ。
前にいざこざめいたやり取りをして以来、あまりこいつらとも会いたくなかったのだが、まあ偶然会ってしまうのは仕方が無い。
「先行かせてもらうぞ」
「勝手にしな」
やや広い空間内に腰を下ろして休憩しているザイール達を素通りし、俺達は迷宮の奥へと進んでいく。
「正面敵。リザードマン2匹」
「了解」
すると数分後、通路の先からフィルによる敵出現の報告がなされたので、俺は盾を構え直して戦闘準備に入った。
「『フレイムアロー』!」
「『ヒール』」
そして現れたリザードマンの内、俺から見て右側の方にサクヤの魔法が直撃する。
また、それを確認して俺は続けざまにヒールを当て、敵の視線をこちらに向けさせた。
「シッ」
「『パワースラッシュ』!」
更にフィルが負傷している方のMOBへ『スタンスラッシュ』を放ち、動きが一瞬止まったところへミナがトドメの一撃をぶち当てる。
これによって1匹のリザードマンは煙と化し、残る敵はあと1匹となった。
俺はそのMOBに視線を向ける。
……が、そこで予想外の攻撃が俺達に降り注いだ。
「……! きゃぁ!?」
「!?」
背後から悲鳴が聞こえてきたので振り返ると、そこには弓矢をくらって肩から血を流しているサクヤの姿があった。
この階層で弓矢を使ってくるMOBはいない。
もしいるとしたらそれは――
「……フィル、ミナ。目の前にいるMOBはお前達2人で頼む」
「わ、わかったわ!」
「……ん」
俺は目の前にいるリザードマンの振る剣を受け流し、今来た道へ向かって逆走する。
フィル、ミナ、クレールの隣を通り過ぎた俺は、矢を引き抜いて顔を歪ませるサクヤにヒールをかけた後、その先にいたとあるパーティーに向けて睨みを利かせた。
「これはどういうことだ! PKは明確な校則違反だぞ!」
俺はとあるパーティー……ザイール達へ向けて怒鳴り声を上げた。
PK、あるいはそれに順ずる行為は学校が禁止している。
これは俺達に死に戻りという概念が無く、地球における殺人とほぼ同義であるため、倫理的にも学校運営的にも好ましくないという理由から、たとえ未遂であっても正当な理由がなければ絶対犯してはならないとされる規則だ。
なのでザイール達の行為は当然許されるものではなく、俺達が証拠を持って訴えれば最悪、こいつらはアカウント処分に加えて退学という処置が下される。
「校則違反? 何それ?」
「お前ここがどこだかわかってんの? 外との連絡も不可能な地下迷宮だぜ?」
「ここで何しようが外にはばれない。目撃者さえ消しちまえば、な」
「な……」
俺はザイール達の言葉に絶句した。
こいつらは俺達を今ここで抹殺すると言っているに等しい。
「なんでそんなことをする! お前達の目的はなんだ!」
「目的? そんなの決まってるじゃねえか」
「単にお前らが気に入らないだけだよ。2組のくせに俺達よりレベル高いとか生意気なんだよ」
「俺らの後ろを歩けって前に言ったよな? 忠告無視しやがって。マジ死ねよ」
ザイール達は次々に自分勝手な理由を俺達に告げてくる。
それを聞いて俺は歯をギリッと噛み締めた。
「……そんなことのために俺達を……?」
「お前らさえいなければ俺らは1年のトップに上がる……そうすればきっと俺らの事も重宝してくれるはずだ……」
「…………?」
重宝?
一体どういう意味だろうか。
こんなことをしでかし、加えて校則等に反感を抱いているこいつらが学校側に重宝されたがっているとは思えない。
「おい、お前達の裏には誰がいる。答えろ」
「……ふん、誰が教えるかよ」
俺が問いかけるとザイール達は肩をすくめ、横にあった通路の方へと走っていった。
逃げたというわけではないのだろう。
おそらくあいつらは俺達が再びMOBと戦ってスキを見せるのを待っているんだ。
ここは地下19階層。
地上に出るには転移魔法陣のある地下10階層まで上がらなくてはならない。
その間あいつらは俺達を執拗に追い回す腹積もりか。
なら仕方が無い。
ここで一度あいつらを叩いておき、安全に地上へ戻ったら教員プレイヤーの誰かに引き取ってもらおう。
「サクヤ、その矢は証拠になるから捨てずに持っておけ」
「あ、うん、わかった」
ここで起きたPK未遂を証明する物的証拠としては少し弱いかもしれないが、ないよりはマシだろう。
俺はサクヤが血のついた矢をアイテムボックスに入れるのを確認し、クレールの方を向いた。
「クレール。少しの間パーティーメンバーを任せてもいいか?」
「? それは一体どういう事だ?」
「俺は今逃げた奴らを懲らしめにいってくる。すぐに終わらせるからそれまでここで待機していてほしいんだ」
「ふむ、そういうことか……あいわかった。任せろ」
そしてクレールにパーティーメンバーを任せると俺は一度装備を変更し、またアイテムボックスの中身の殆どをミナ達に渡してすぐさまザイール達を追いかけ始めた。
おそらくザイール達は俺達がスキを見せないと現れないだろう。
だから今回俺はあえて1人で行動するという愚を犯し、あいつらを釣る作戦にでた。
「……1人で俺らをどうにかできると思ってんのか? てめえ」
「ああ、まあな」
すると案の定と言うべきか、ザイール達がニヤケ面で俺の前に姿を現した。
そこはあいつらが休んでいた少し広めの空間。
戦うにはもってこいの場所だ。
「どうやらお前は僧侶でありながらタンクができるみたいだが……だからといってそれくらいじゃ5対1で勝てるわけないだろ、《ビルドエラー》」
「ホント……どこまで俺らを舐めれば気が済むんだろうねぇ」
「大したアビリティも持ってない奴が調子付きやがって」
ザイール達は1人で来た俺を見て口々にそう言い、持っている武器を構え始めた。
パーティー構成は戦士、剣士、弓兵、盗賊、僧侶。
弓兵が少し遠い位置にいるが、少し走れば射程圏内だな。
「1人で来た事を後悔させてやるぜえ!!!」
俺が距離を測っていると戦士、剣士、盗賊がこちらに向けて走り始めた。
それを見て俺も前に走り始める。
「!」
奥にいた弓兵が俺に向かって矢を打ってきた。
しかし俺は手に持った盾で軽く弾く。
「おらくらえ! 『パワースラッシュ』!」
「『ベノムスラッシュ』!」
また、剣士と盗賊がスキルを使用しながら斬りかかってくる。
だがそれは俺が毎日のように見ているスキルだ。
予備動作の段階からどのような軌道で刀身が振られるか予想がつく。
俺は目の前に迫った2人の攻撃を難なく避けきった。
そして俺はザイール達5人を射程に収め、1つの魔法スキルを唱えた。
「『ヒーリング』!」
「……ぐあっ!?」
「がっ……は!?」
「ど、どうし……て……」
範囲回復魔法『ヒーリング』。
俺の放つこの回復魔法もヒールと同じくダメージを受ける。
ゲームでならこんな事は無かったのだろうが、アース世界における範囲回復魔法の『ヒーリング』は敵味方関係なく周囲の生き物全てに『ヒール』がかかってしまう。
だが俺の場合、死霊装備をつけたミナ達や不死族であるクレール以外、つまり周囲にいる敵全員へダメージヒールをお見舞いする事ができるというかなり便利な魔法だ。
しかも攻撃魔法と違って回復魔法は魔法そのものを無効化する以外に防ぐ術が無い。
射程に入り、対象とする相手の位置を視認できさえすれば、問答無用で味方及び敵に当てる事ができる。
驚異的と言っていい性能だ。
そんな回復魔法を俺が放った結果、ザイール達は一撃で瀕死状態にまでHPを減らし、その場に倒れこんだ。
あいつらのレベルを予想しておおよそのHP量を割り出し、瀕死になるようMND数値を調整した結果ではあるが、ここまであっさり勝負が終わってしまうとはな。
「……さて、それじゃあそこの僧侶にはこれから俺のアイテムボックスに入ってもらう。反論は許さない」
だが目的は達成された。
なので俺は次にこいつらを地上まで連行するために人質を要求した。
俺達プレイヤーは全員『アイテムボックス』という空間魔法が使用できる。
これはMP消費0でいつでもどこでも空間の切れ目からアイテムを取り出せるという便利魔法だが、このアイテムボックスは人の運搬も可能だ。
ただし、人間の重量はかなりでかいため、俺のアイテムボックスでは精々1人しか入ることができなかったりする。
ちなみにアイテムボックスの中身はプレイヤーのHPが0になって300秒の猶予期間も過ぎると周囲にばら撒かれるらしい。
なのでアイテムボックスの中に入ったからといって永遠に閉じ込められるという事はないのだろう。
というわけで俺は唯一回復魔法を扱える僧侶の男の方を向き、そいつの挙動に十分注意しつつアイテムボックスに入るよう指示した。
僧侶さえいなければザイール達が外へ戻るためには俺達に頼るしかない。
勿論回復剤なんて飲ませないように手を拘束したうえでの話だ。
「ほら、早く入――」
そう思って俺は僧侶の男の前でアイテムボックスを開いたその瞬間、ちょっとした違和感を覚えた。
確か前にこいつらと会った時は戦士、剣士、盗賊、僧侶、それに魔術師というパーティー構成ではなかったか。
だとしたら今ここにいる弓兵は魔術師――【念動力】のアビリティを使う細身の男とメンバーチェンジした事になる。
俺達もちょくちょくパーティーメンバーが替わっていたりするが、こいつらもここ最近でなにかしらの理由からメンバーが替わったということなのだろう。
だから別に大した事ではない。
そう思い直して俺は再び僧侶の男へ命令を下す。
「聞こえないのか? 早くアイテムボ――ッ!?」
しかしそこで俺は目を見開く。
俺の体が宙に浮いていたからだ。
誰かの手によって無理矢理浮かされているというようなこの感覚は以前にも一度味わった事がある。
「ひ、ひひ……俺達を甘く見やがったな……」
「…………」
俺が後ろを振り向くと、そこには【念動力】を使う細身の男が立っていた。
どういうことだ。
さっきまでこいつがいた気配なんてまるで無かったというのに。
と、そこまで疑問を抱いた瞬間、俺は自分の想定していなかったとある可能性を頭に浮かべた。
「……お前、仲間のアイテムボックスに潜んでいやがったな?」
「ご名答……俺達は6人で行動していたのさ」
「へえ」
なんて無駄な事を。
それは今回のようにプレイヤーへ奇襲をかける以外はあまり意味のない行動だ。
こんな事をする位なら少しでも多くの回復剤をアイテムボックスに詰めた方が効率的と言える。
けれどそんな俺から見れば無駄な行動は予想外の罠となって降りかかってきた。
「おらよ!」
「……ふん」
だがどうした。
その程度の異能を使ったところでなんだという話だ。
俺は遠くの地面へ向けて飛ばされながらもそう思い、足が下になるよう体を動かして着地する。
「え?」
と、思っていたら――突然俺の足場が崩れた。
俺はそれにつられて地面の下へと落ちていく。
トラップ。
俺はこれが下の階へと強制的に落とされる『落とし穴トラップ』であると瞬時に理解した。
「死ねよ。ばーか」
細身の男が俺に向かってそう言った。
それを見つつも聞きつつも、俺は足場を失ってしまって為す術なく、大きな穴の中へと落ちていった。
――ふざけやがって。
おそらくあいつらは落とし穴トラップがあることを知っていて戦ったんだ。
もしもの保険として、俺を罠にはめるためにあえてあの場で戦っていたんだ。
ふざけやがってふざけやがってふざけやがって。
「ぐっ……!」
ザイール達にまんまとしてやられた俺は地下19階層の下、地下20階層の地面へ着地する。
落下の衝撃は相当なものだったが、VITの高い俺には大したダメージも無い。
自分のHPバーを見ながらそれを確認した後、上を見た。
「……ちっ」
俺が落ちてきた穴は役目を終えたと言わんばかりに縮小していき、ただの岩肌に変化した。
これで天井からは出られない、か。
それに加えて、視線を周囲に向けると俺の今いる大きな部屋には2つの扉があるのを把握できた。
また、部屋の中央になにやら馬鹿デカイ生き物が鎮座しているのも見えてしまう。
「レイドボス……か」
その生物――キングコボルトは、俺の方へ赤い目を向けると犬っぽい口からよだれを流して立ち上がる。
手には全長5メートルはありそうな大剣と大盾、体には黒い鎧が装着されており、明らかに通常のMOBとは違う雰囲気を醸し出していた。
「ふざけやがって……」
あれは間違いなくレイドボスだ。
階層から考えてみてもそれは確実。
つまり俺は今、たった1人でレイドボスの前に立っているという事になる。
あの10人の力を合わせてギリギリ倒せた地下10階層のレイドボスを上回るボスと俺は対峙している。
普通に考えれば詰みの状況。
レイドボスを単騎で撃破するなど夢のまた夢。
孤独なプレイヤーはレイドボスを前にして蹂躙されるのを待つ事しかできない。
しかし
しかしだ
そんな目の前の敵は俺にとってどうでもよかった。
「今はお前の相手をしている暇なんて無いんだよ!!! ふざけやがって!!!!!」
地下19階層に置き去り状態となってしまったミナ達とそのすぐ近くにいるであろうザイール達のところへ向かうため、俺は事態の収拾にとりかかった。
これはもはやゲームではない。
俺を否定し続けてきた、ただの現実だ。




