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困惑する

「ふぅ……あー……つっかれたー……」


 今日も俺達は1日中レべリングを行った。

 そのため、夜になって宿の個室に入るとドッと疲れが押し寄せてきて、俺は鎧を脱いでボフッとベッドの上に体を倒していた。


 ここ最近はいつもこんな調子だ。

 根を詰めてレべリングをやりすぎている気もしなくはない。


 特に俺は他のメンバー以上に集中し続けなければいけないポジションにいるため、気の休まる暇がない。

 また、ユミ達と一緒にいた頃はマイがタンクとして機能していたが今は俺しかタンクがいないというのも、俺の負担を増加させている要因の1つと言える。


 とはいえ、皆が弱音を吐かないのに俺だけ吐いたら男の面目丸つぶれなので何も言わずこれまで戦ってきた。

 それに俺達が今行っているレべリングスケジュールは俺自身が立てたものだ。

 安易に変更するのも躊躇われる。


 もう少し前と今の違いを考慮しておくべきだった。

 男が俺1人だからといって少し気張りすぎたか。



 と、俺が内心で反省をしながら体の力を抜いてだらけているその時、扉の方からコンコンというノック音が聞こえてきた。


「はいはい、今開けますよー……っと」


 ノックだけでは扉の向こうに誰がいるのか判断がつきにくい。

 だが俺にはその先に誰がいるのか容易に想像できた。


「……ども」


 扉を開けた先にはフィルがチョコンと立っていた。


 ノックだけをして扉の前で待つというのは内気な彼女らしい挙動と言える。

 サクヤやクレールだったらこうはいかない。

 あいつらもこれくらいの慎みを持てると良いのに。


「とりあえず部屋の中入れよ」

「ん……失礼……します」


 そう思いつつ俺は廊下に佇むフィルを部屋の中に迎え入れた。


 本当は夜中に男である俺の個室へ年下の女子中学生であるフィルを入れるのは倫理的にどうなのかと毎回思っていたりするのだが、まあフィルなら大丈夫だろう。

 俺はフィルを襲ったりなんてしないし、フィルの方も俺にそういった感情があるわけも無いだろうからな。


「それじゃあ始めるか、フィル」

「……んっと……ぇと……」


 そして俺はベッドに腰掛けてフィルに状態異常耐性スキルのレベル上げをしようと声をかけると、彼女は両手の指を腹同士で合わせながら若干言いづらい事があるような様子でモジモジし始めた。


「シンさん……最近疲れて……ません?」

「ああ、まあ疲れてるっちゃ疲れてるが」

「だから……その……シンさんの疲れを取るためにマッサージでも……と。ど、どうでしょう……?」

「マッサージ?」

「うん……オレ、そういうの得意だから」


 へえ。

 フィルってマッサージが得意だったのか。


 そういえば彼女の異能は【精密動作】だったな。

 もしかしたらそれがマッサージの上達に上手く機能しているのかもしれない。


「で、でもシンさんがオレに体を触らせたくないって言うなら……無理にはしないけど……」

「いや、俺はフィルに触られても怒ったりなんてしないぞ。マッサージしてくれるっていうなら喜んで受ける。頼めるか?」

「! う、うん!」


 及び腰なフィルを見て、俺は是非マッサージしてくれと後押しをした。


 やっぱりこいつは気の利く奴だ。

 しかしもうちょっと自分を前に出したほうがいいと思うんだがなぁ。


「そ、それじゃあベッドの上でうつ伏せになってくれ……ますか?」

「わかった」


 そう思いながらも俺はフィルの言う通りベッドに横たわった。


「では……し、失礼します」

「おお……」


 すると彼女は俺の腰辺りに馬乗りの形で乗ってきた。

 だが体重が軽いのだろう。

 全然苦しいとは思わない。


「そ、それじゃあ肩の辺りから始め……ます」

「よろしく頼む」


 そしてフィルはそう断りを入れてから俺の肩に指を添えてきた。


「……シンさん、すごく固い」

「まあな」


 俺の肩を揉みほぐしているとフィルは少し驚き混じりの声をあげた。


 いつもクソ重い鎧を着て動いていたからな。

 肩がかなり凝っていても当然だ。


 また、鎧を着込んでもそれなりに動けるアースでの俺はちょっといい体をしている。

 自分で言うのも何なのだが、理想的な細マッチョ体型だ。


「ん…………ど、どう……ですか?」

「あぁ……凄く、気持ちいい……」

「そ、そっか」


 マッサージが得意というのはどうやら本当のようだ。

 俺はフィルのテクを前にして、気持ちいいと正直に答えた。


「フィル……俺は凄く気持ちいいんだが……もう少し力を抜け。じゃないとつらいだろう?」


 しかし少し指に力を入れすぎな気もする。

 今の俺にとってはこれぐらい力を入れてくれた方が気持ちいいのだが、これではフィルの指にかかる負担が大きいだろう。


「……ちょっと痛いけど……シンさんをもっと気持ちよくしたいから頑張る」

「そうか。はぁ……俺のために……嬉しいぞ……フィル」

「ん……」


 けれどフィルは俺の事を優先して頑張ってくれている。

 その事に俺は感動し、彼女へ向けて今の気持ちを素直に伝えていた。



「し、シン様!? 私というものがありながら後輩の女の子と大人の階段を――ってあれ?」

「「…………」」



 ……サクヤが慌てた様子で部屋の中に入ってきた。


 そういえばフィルが来た後扉の鍵は開けっ放しだったな。

 というか今お前何を口走ろうとした。


「サクヤ……俺の部屋に入る時はノックしろと口をすっぱくしていつも言っているだろ」

「だ、だってだって……部屋の中から声がすると思って聞き耳立ててたら中からシン様の喘ぐ声が聞こえたんだもん……フィルちゃんとセックスしてると思って焦っちゃったんだもん……」

「うん、もうちょい表現抑えろバカヤロウ」


 セックスとか言うなよ。

 フィルの前でそんなこと言うなよ。

 ちょっと意識しちゃうだろうがよ。

 あと俺は喘いでなんていねえよ。


「し、ししシンさんとセックス……」

「あー聞き流せ、フィル。サクヤの言葉には耳を傾けるなといつも言ってるだろ」


 サクヤは俺の可愛い後輩に不健全な影響を与えかねない有害指定人物だ。

 だから俺はなるべくサクヤにフィルを近づけさせないように注意を払っていたりする。


「でも危なかった……このまま2人っきりにしてたらフィルちゃんにシン様の童貞を奪われるところだった……」

「おい、フィルの前でこれ以上変な事を言うな。ぶっ飛ばすぞ」


 特にフィルの前で童貞とか暴露してんじゃねえよ。


「え……し、シンさんって……童貞?」


 俺がサクヤに睨みを利かせているとフィルが顔を赤くさせながらそんな事を呟いていた。


 やっぱサクヤの言った事全部聞かれちゃってたよ。

 俺が童貞だってフィルに疑われちゃったよ。


「い、いや、俺は童貞じゃないぞ。サクヤの言葉はデマだ」

「え!? シン様って童貞でしょ!? 二次元の女の子にしか興味ありませんって言ってたのに一体どこの女とヤったの!? ミナさん!? それともクレールさん!?」

「ちょっとお前ホント黙ってろよおおおおおお!!!」


 これ以上フィルに俺の赤裸々情報を与えるならサクヤをぶん殴りかねない。

 俺は若干涙目になりながらもサクヤへ向かって叫んだ。


「だ、大丈夫。オレは……シンさんが童貞でも態度を変えたりなんてしないから」

「う……あ、ありがとよ、フィル」


 するとフィルに気を使われてしまった。


 もう泣きてえよ。

 頼れる先輩の威厳皆無だよ。


「そ、それと……オレも……しょ、処女だから」

「ちょ……お前、いきなり何言い出してんだよ……」

「こ、これでおあいこ……シンさんだけ恥ずかしい思いするのは……不公平だから」

「フィル……」


 相変わらずフィルは優しい子だ。

 俺に恥をかかせたことの対価として自分も恥ずかしい告白をしてくるとは。

 別に中学生で処女なのは恥ずかしい事でもなんでもないし、高校生で童貞なのもそこまで恥ずかしいわけでもないと思うんだけどな。


「フィルちゃん! フラグ立っちゃうからそういうことシン様に言っちゃダメ! シン様は非処女に対して死ねと言い放つ生粋の処女厨なんだから!」

「だからお前ホント黙れよ!? あとそれ二次元のネタ話だからな!? 誤解すんなよ!?」


 もうやだ。

 サクヤがいる限り俺のイメージはガタ落ちだ。


 ここは手早く話を終わらせて部屋からご退場願おう。


「とにかくだ……俺はフィルからマッサージを受けていただけだ。やましい事なんかしていない」

「だったら私がシン様をマッサージするよ! 上も下も全身余すことなく――」

「いや、お前のマッサージはいらない」


 凄い邪な事を考えていそうでサクヤにマッサージは頼みたくない。

 というか今遮ったが、少し言葉に出ていた。

 サクヤには絶対頼めないな、うん。


「マッサージなんていいからお前も早く部屋に戻って休めよ。なんか今日はいつもより微妙に調子悪そうだし、お前も疲れてるんだろ」


 また、今日のサクヤは戦闘中、どことなく動きが悪かったように思えたので俺は言葉を付け足した。

 するとサクヤは俺の顔を見ながら、少し驚いたというような様子で僅かに目を見開く。


「あれ、シン様よく気づいたね。普段私の事なんて見てないと思ってたよ。あ、もしかして私が見てないところでシン様は私の事を――」

「……戦闘に関する事は別だ。別にお前の事を注視していたわけじゃない」


 変な誤解をされては困る。

 俺はサクヤだけを見ていたわけじゃない。

 ただ単に戦闘中は他のパーティーメンバーの挙動に敏感なだけなんだから。


「大丈夫だよシン様。ただ単に今日は生理だっただけだから。多分3日程で調子も治るよ」

「せ、せいっ……お前……そういう事を平然と俺に言うなよ」


 と思っていたらサクヤから自分が生理であることを知らされてしまった。


 アースでも普通に生理あるのかよ。

 ログインログアウトとかも挟んでるのにどんな周期で回ってるんだ。

 まあ俺達の体はVRではなく本物だし、俺だって射精や排泄ができるんだからあって当然なんだろうが。


 しかしそんなことを男である俺に言うなよ。

 そういうのって異性に知られるの恥ずかしいんじゃないのかよ。

 よくわかんないけど。


「でも言っとかないとシン様は察せられないでしょ。デリカシー無いからね、シン様は」

「お前にデリカシーが無いとか言われたくない」


 なんか今普通にディスられたな。

 サクヤにしては珍しい。


 だがそれは俺が相当デリカシーが無いと思ったからなのだろう。

 こいつに言われるのはシャクだが。


「それとシン様以外全員女の子なわけだし、これからもハードなレべリングを続けるならパーティーメンバーの生理周期くらい把握しておいてもいいと思うな。重かったりするとその日は動くのもつらいし」

「……マジか」


 女の子の日ってそんなキツイものなのか?

 こういった性知識はあんまり持ってないから判断がつかない。


「お、オレの生理は多分明日か明後日位にくると思う……います。周期は大体28――」

「いやいやいやいやいや、言わなくていい言わなくていい言わなくていい」


 俺がサクヤの言葉を受けて黙っていると、フィルからも生理情報を教えられてしまった。


 マフラーで顔を隠しながらじゃないと言えないくらい恥ずかしいなら言うなよ。


 というか今明日か明後日に生理が来ると言ったな。

 サクヤも3日ほど調子悪いらしいし、そうなるとレべリングも休んだ方がいいのだろうか。


「という事なので明日明後日あたりはレべリングをお休みするか、ある程度ソフトなコースでお願いします、シン様」

「うぇ? あ、ああ……まあ……わかった」


 するとサクヤからそんな提案がなされたので俺は困惑混じりに了承した。


 正直言ってサクヤが真っ当なことを言ったので少し面食らってしまった。

 周期の方はわからないが、サクヤとフィルの生理が大体重なりそうであるならここで休みを挟んだ方がいいのかもしれない。


 俺には生理のつらさなんてわからないから彼女達が休暇を要望したら今後も頷くしかないな。

 無理に戦わせて致命傷を負ったら目も当てられない。


 他プレイヤーとの競争や狩りにおけるゲームとリアルの違い等なら俺はこれまで考慮してきたが、こんな事で狩りの効率が悪くなるとは予想外だった。

 俺達はロボットではなく人間なんだから多少予定に狂いが生じるのは当たり前と言えば当たり前なのだけど。

 まあどこかしらで休みは入れるべきではあったのだから、ちょうど良いと言えばちょうど良いか。


「我は骨の状態が長かったせいでそういうのに悩まされることもしばらくは無かったが、ついこの前きて少し安心した」

「何食わぬ顔でさらっと俺達の赤裸々トークに参加してんじゃねえよクレール」


 俺が効率について考えていると突然背後からクレールの声がしてきた。

 こいつ神出鬼没だな。


「何をそんなに驚いている。不死族に生理がある事がそんなに不思議か? 我でもヤれば子を生む事ができるのだぞ?」

「驚いたのそっちじゃねえよ。あとヤればとか言ってんじゃねえよ死霊王」


 いやまあアンデッドもとい不死族にも生理があるというのは確かに驚きではあるが。

 


 こうして俺は唐突にパーティーメンバー3人の生理情報を知ってしまったのだった。





「シン、これ」

「? なんだこれ」

「……私達が休みを取りたいと思った日を纏めたメモ。誰がいつ休みたいかとかはわからないようにしてあるけど変な邪推はするんじゃないわよ」

「あ、ああ……了解……」


 翌日、俺はミナから1枚の紙を貰った。

 そこには近日で休みたい日という名目でカレンダー風に書かれた日付にいくつかの丸がされていた。


 ……しかし昨日他の3人と話した内容からそれがどんな意味を持つのか、そして誰がどの日にそうなのかがもうバレバレであった。


 俺は一週間後に休みをとったミナへ心の中で詫びた。






 だが結局、そのメモを活用する機会は殆どなかった。


 再び現れた1組連中に端を発した、とある出来事が原因で。

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