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ビルドエラー

 村の入り口付近で行われた決闘はシンの勝利という形で決着し、その後のアクアの取り計らいによって、仲直りの意味を込めて三人で一緒に食事をする事となった。ライの奢りで。


「俺、本名は峰岸雷太みねぎしらいたって言うんだ。んでこいつが双子の妹で峰岸水野みねぎしみずの。どっちも年は12で小6な」

「へえ……」


 シンはハンバーガーをもしゃもしゃと食べつつ、MPKについての謝罪を行ってから妙に口調が砕け始めたライの説明に耳を傾けていた。


(水野って苗字じゃなかったんだな……)


 紛らわしいと言わざるを得ない、とシンは思いつつも、それによって早とちりし、余計な事を口走ったさっきの自分を殴りたくなる衝動に駆られていた。


「んで兄ちゃんの本名は何ていうんだ?」

「…………」


 ここで本名を告げるというのはどうなのだろうか。

 アースでは、というより、ゲームではなるべく自分というものを出さないでおくのが美徳であるとシンは考えている。


 しかし相手の方は自分の名を告げたのにこちらは言わないというのも据わりが悪い。

 シンは自らの本名を告げるべく口を開いた。


一之瀬真いちのせまことだ」

「へー、真だからシンっていうんだ。安直だな」


 お前には言われたくない。

 シンはライこと雷太に内心でそうツッコミを入れた。


「でもシンってキャラネームにはどっかで聞いたような気がするんだよな。もしかして兄ちゃんってアースでは何かで有名だったりしないか?」

「……さあ? 俺は他人にどう思われてるかなんて気にしないからな」


 そしてライは『シン』という名前にどこかひっかかりのようなものを感じたので問いかけると、シンは一瞬動作を止めつつもすぐに再起動し、ハンバーガーを食べつつそれに答えた。


 実際のところ今の返答は嘘であった。

 シンは自分が他人にどう思われているかというのに対し敏感で、どのような蔑称で呼ばれているのかも正確に把握している。

 けれどそれは口にするまでのこともないとの理由から、シンは自らの素性を伏せて兄妹に接していた。


「それで兄ちゃんは今何レベルなんだ? さっきの決闘だけじゃあんまよくわかんなかったけど、俺らより相当高いだろ?」

「115だ」

「うっそ100越え!? しかも115って高校超えて大学生とか先生とかのトッププレイヤーレベルじゃん!」


 アース世界にいる地球人プレイヤーは4つのグループに分ける事ができる。


 1つ目はクロスクロニクルオンラインがネットより切り離され、アース世界を調査するという名目で国が雇った調査員。

 現在ではその大半が教師として若い後続プレイヤーを指導する立場にいる。


 2つ目は国が数年前に設立した国立異能開発大学に通う異能者アビリティストの中でクロクロアカウントを所持している大学生。

 調査員だけでは広大なアースを調査することに限界を感じた異能開発局が人員を増やすために起用し始めた事が始まりであり、そこで一定の成果が得られたため、この流れは高等部、中等部に在籍するクロクロプレイヤーの起用へと繋がっていく事となる。


 3つ目は国立異能開発大学付属の高等、中等学校に通う生徒達。アース調査および学校で定められた教育課程カリキュラムを半々でこなしている彼らは最も異世界アースに馴染めている世代とされている。

 高等部と中等部にも差はあるものの、同時期にアースへとやってきたためそこまで大きな開きはない。

 しかし高等部の方が長く滞在しているために平均レベルも中等部より高く、アース世界の探求や地下迷宮『ユグドラシル』の探索も一歩リードしている


 そして4つ目が国立異能開発大学付属の初等部。

 他3グループよりも遅くアースへ来た上に、地球時間で1日3時間のみ滞在できるコースしか選べないため、他3グループとは大きな隔たりが存在する。

 また、初等部に在籍するクロクロプレイヤーの数も少なく、学校側も彼らにアースの調査をさせる気は無い。

 地球とアースの時間の進みが違うことを利用した教育過程の拡張程度にしか考えていないのだ。


 だがそんな初等部の中にも例外は存在する。

 それがアクアやライといった、アース世界で死ぬリスクを呑んで強くなる道を選んだ子供達である。


「初等部のプレイヤーは平均レベルが10にも満たないって聞いたが、お前達はそれより30レベルも高いな」

「まあな! なんてったって俺らは1組だし! 他の奴らより有利に狩りができるからな!」

「1組……か」


 高等部、中等部、初等部における1組とは、クロクロアカウントを持つプレイヤーの中でも異能やMMO知識等が優秀であると学校側から認められた、いわばエリートである。

 優秀な人材は一つに纏めたほうが管理しやすいという事情からそんな組み分けがなされているのだが、中にはその格付けによって傲慢な振る舞いを取る者も少なからずおり、余り物と揶揄される2組やこれからアカウントを取得する余地がある3組以降のクラスからあまり良い目では見られていない。


 4月から国立異能開発大学付属第二高等学校の1年2組に進学したシンもまた、これまでに1組といざこざを起こすことが間々あり、良い記憶を持ち合わせていない。

 とは言え、それを目の前にいる兄妹にまで当てはめるのはどうかと思い直し、シンはちょっとした疑問を口にして話題をずらす。


「それじゃあさっきの決闘ではどうしてアビリティ(異能)無しだなんて言ったんだ?」

「アビリティは人に向けて使っちゃダメだって言われてるからよね、ライ君」

「まあな。それにアビリティってスキルとは違うものじゃん? だからそれを人に向けて使うのはフェアじゃないかなって思ってさ」

「へえ」


 アース世界における異能使用については『他者への迷惑行為に使用する事を禁ずる』という制限以外なされていない。

 地球と同様、常時発動型以外の異能使用は原則禁止にすべきではないかという主張もあって未だ議論は尽きないものの、アース世界へ足を踏み入れられるプレイヤーは全て異能者アビリティストであるため規制派も少数派となっているのだ。

 また、強力なアビリティを所有する1組勢はアビリティ使用制限の反対派が大多数を占めている。


 こういった背景がある中で掲げたライの主張はかつての自分を思い起こさせ、シンに好感を持たせた。


「でもモンスター相手なら俺は容赦しないぜ! じゃないと生き残れないからな!」

「なるほどな」


 生き残るために自分の持つ力を全て使う事は当然であると言える。

 けれどこの部分では微妙に意見が分かれるか、とシンは思ってフッと笑う。


「ところで兄ちゃんのアビリティって何なんだ?」

「…………」


 しかしそこでライに異能を訊ねられたところでシンは再び体を硬直させた。


 自分の異能はできることなら人に知られたくない。

 もし知られてしまったら今のように和やかな会話ができなくなる恐れがある。


 かつて自身の持つ力のせいで他者との繋がりを無くした。

 故にライの問いかけに答える事にシンは躊躇いを覚える。


 なのでシンは自身の持つアビリティを誤魔化すべく口を開いた。



「キャアアアアアア!!!!!」

「「「!!!」」」



 が、その時、村の中央広場の方面から甲高い女性の悲鳴が響いてきた。

 それを聞いたアクアやライ、周囲にいた人々は驚きながらも声の上がった店の外へと視線をやる。


「やっぱりここか!」


 だがその中でシンだけは驚かず、勢いよく席を立って走り始めた。


 シンの走りには迷いが無い。

 今回のようなとある可能性を考慮して、村へとやってきたためだ。



 とある可能性。

 それは、この地域に自分の探す敵が潜んでいる、というものである。

 彼はこれまでずっと、敵の足取りを追っていたのだ。


 そして今日、ついに敵が尻尾を出した。


 既にいくつかの町で被害を出しながらも、倒すことが困難ゆえに今まで捕まらなかったテロリストが。


「お前だな? よりにもよってレイドボスをテイムしやがったイカレ野郎は」

「…………」


 シンが中央広場にたどり着くと、逃げ惑う人々の中に茶色いフードを被った1人の男が立っているのを目にした。

 また、男の横には3メートルを超し、口から火を吹いているモンスターが周囲へ鋭い眼光を飛ばしている。


 モンスターの名は『イフリート』。

 本来なら『ユグドラシル』の地下90階層にいるはずのレイドボスだった。


 けれどシン達が地下90階層のボス部屋へ足を踏み入れた際には既にもぬけの殻となっており、それに加えて地下91階層への道も閉ざされたままとなってしまっていたのだ。


「お前のせいでこっちは攻略が遅れてるんだよ。そのレイドボスは今ここで倒させてもらうぞ」


 レイドボスを倒さない限りは次の層へと降りる事ができない。

 故に迷宮攻略を専門に行っている地球人プレイヤー達は躍起になってレイドボスを捜索していたのだ。

 この過程によって地下90階層へと足を踏み入れた『マスターテイマー』である男を割り出し、あろうことかレイドボスをテイム――飼い慣らしたという馬鹿げた推測を基にしてウルズ大陸の各地を探し回る事となった。


 そんな捜索の果てに見つけ出した調教師職の男は、シンを見て口元を歪ませる。


「ふっ……面白い冗談を言うな。ガキ」

「何?」


 この村に自分を探しにきたプレイヤーがいるのは予想外だった。

 しかしそれがたったの1人であるのなら問題は無い、とテイマーの男は判断した。


「見たところお前は1人。それなのに地下90階層のレイドボスを倒す? 不可能だ」


 レイドボスはクロクロプレイヤーが団結して戦うことでなんとか倒せるモンスターである。

 それを1人で倒すというのは狂気の沙汰としか言いようが無い。


 一応適正レベルを圧倒的に超えるレベルや高品質な装備を着こんで戦えばその限りではないと言えるが、地下90階層のレイドボスを単騎で撃破しようとなると、少なくともレベルは140以上、下手をすればレベル190以上必要となってくる。


 地下迷宮は自分のレベルと同じ数字の階層を目安に攻略することが望ましいと、かつてクロスクロニクルオンラインの特設ホームページには記載されていた。

 なので地下90階層の攻略適正レベルは90と推察されている。


 しかしそれはあくまでゲームであればという但し書きがつく。

 死んだら終わりという状況の中、死に覚えができない初見でレイドボスを安全に倒すにはレイドパーティー30人の平均レベルは最低でも階層数+20ほどが求められる。

 それを更に30人ではなく1人で倒そうとするなら最低でも+50以上は必須と言えるだろう。


「お前、俺の事を知らないな?」


 しかしそんな事はどうでもいいと言わんばかりにシンは男へ言い返す。


 そして少年は面前の空間を歪ませ、禍々しい装飾の施された赤黒い大盾と、豪奢な装飾が施された純白の巨大な十字架を取り出してイフリートへ突撃した。






 アクアにはわからなかった。

 目の前で起きている現象の全てが理解できなかった。


「え……?」


 村の中央広場では自分を助けてくれた少年と大型ボスモンスターが戦闘を繰り広げている。

 その大型ボスモンスター『イフリート』はHPバーが9本表示されており、それがこのモンスターの規格外っぷりを少女に知らしめていた。


 あれは自分の敵うレベルではない。

 自分達の進む道の遥か先に待ち構えているレイドボスだとアクアは察した。


 また、周囲の人間はその戦いに入り込むこともできずに見守っている事しかできない。

 アクアもまたその1人である。


 しかしそんな驚異的なレイドモンスターであるイフリートの燃える拳をシンは盾で受け流し、逆の手に持った十字架を敵の腕に突き刺している。

 その動作には危なげな様子など全く無い。

 完璧なカウンターが決まっていた。


 これは相手の動作を正確に読み、また巨大な火の玉を軽く受け流せるだけの圧倒的な技量を持ち、尚且つその技量に絶対の自信を持って行わなければ成立しない所業と言える。

 でなければこれほど鮮やかに防御と攻撃をこなす事などできない。


 しかしその攻撃でイフリートがダメージを受けている様子はない。

 もしかしたら僅かにでもダメージが入っているのかもしれないが、HPを見ても今の突きではゲージが減っていないように見える。 

 けれどなぜかイフリートはその攻撃に苦しんでいた。

 アクアにはそれが不可解だとしか思えない。


「っ!」


 が、次の現象の方が今の現象より尚不可解だと少女は思わざるを得なかった。


 シンという少年と戦闘を行っているイフリート。

 この大型ボスモンスターは時折体から黒い光を放つ。



 そしてその光が見えた瞬間――――イフリートのHPゲージが大きく削れるのである。



 ありえない、とアクアは思った。


 おそらくその黒い光はシンの攻撃によるものだという推測はできた。

 だがそれが一体何の攻撃なのか全く予想が立てられない。

 あんな攻撃を少女は今まで見た事がないからである。


 また、その攻撃でボスモンスターのHPがごっそり減るというのもありえないと感じた。

 アクアは数回ほど弱いボスモンスターと戦った経験があるが、その戦闘時間は数十分から数時間という長丁場であった。

 どれほど強力な攻撃でもHPゲージが数ドット減るだけのダメージしか与えられないからである。


 適正レベルを超える安全な戦闘を行ってでさえそうなのに、今イフリートにシンが与えているダメージは明らかにおかしい。

 戦闘を始めてからまだ10分程度であるというのに、少年はイフリートのHPバーを8本消失させている。

 僅か1分そこそこでHPバー1本分のダメージを与えている少年の攻撃力は尋常ではない。


 防御能力が高い上にそんな攻撃能力まで備えているシンの存在をアクアは益々謎に思うのだった。


「そんな……そんな馬鹿な……」


 こうしてレイドボス、イフリートはたった1人のプレイヤーを相手にしてHPを全損させた。

 その瞬間、イフリートの体は煙と化して散っていく。


 後に残ったのは驚愕という表情を顔に貼り付けている調教師職の男と、左手に持った十字架をアイテムボックスに収納するシンだけだった。


「とりあえずこれで俺の目的は達成したが、お前は今までの罪状から賞金がかけられているな? 命まではとらないでおいてやるから俺のアイテムボックスの中に入れ」

「く……うぅぅ……俺のイフリートが……」


 シンはその場に両膝を突いた男を持ち上げ、空間のゆがみへと無理矢理押し込んだ。

 これによって今回の騒動を引き起こした首謀者は完全に無力化されたと周囲にいた人々は判断し、喜びの声を口にし始める。


 そしてそんな中、何人かのクロクロプレイヤーがシンを見て小さな呟き声を上げた。


「おい……あれ……もしかして《ビルドエラー》なんじゃないか?」

「え……まさか……そんな大物がこんなところに……?」

「でもレイドボス単独撃破できる大盾使いとか……《ビルドエラー》くらいしかいないだろ……」


 《ビルドエラー》

 その単語はアクアも噂としてだけ聞いた事があった。


 曰く、《ビルドエラー》は僧侶職ながらも普段は二枚の盾を持ってタンクをしている。

 曰く、《ビルドエラー》はこれまでに二度、地下迷宮のレイドボスを単独撃破している。

 曰く、《ビルドエラー》は残忍であり、何人ものクロクロプレイヤーを強制退場させている。

 曰く、《ビルドエラー》はロリコンである。


 等々、本当なのか疑ってしまうような情報が《ビルドエラー》という二つ名には含まれていた。

 その内容が真実なのかは不明であり、どうして《ビルドエラー》などと呼ばれているのかも不明。

 一種の都市伝説のような物だろうと少女は思っていた。


 しかしそんな《ビルドエラー》は実在した。

 本来ならありえないレイドボス単独撃破という偉業を成し遂げた人物が目の前にいる。


「すっげえ……」


 アクアは隣にいるライの口から漏れた言葉を耳に入れ、それを肯定するようにコクリと頷く。

 今目の前で起きた戦闘はMMO経験者にとって衝撃的――ファンタスティックとさえ言って良いとアクア達は思った。


「…………」


 けれどシンの横顔はどこか憂いを浮かばせているようにアクアは感じた。


 それはまるで、心地よい夢を見ていたのに目覚まし時計で突然リアルに引き戻されて不貞腐れたような、親にゲームを取り上げられて悲しむような、そんな子供の横顔だった。

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