フィルとのあれこれ
結局、俺達は5人のまま狩りを続けている。
ミナとサクヤは昨日俺に判断を任せると言ってくれたし、フィルも今日聞いたらミナ達と同様の答えが返ってきた。
なので俺はいつも以上に周囲を警戒しつつも、これまで通りのレべリングを実行した。
この判断が吉と出るか凶と出るかはわからない。
しかし少なくとも彼女達が死ぬ事はないよう動き続けるつもりだ。
俺はそう思いながら狩りをし続け、夕日も落ちて夜の時間帯になった辺りで町へと戻ってきた。
そして俺とフィルはアース世界での日課をこなすべく、宿の個室で2人っきりとなった。
「そ、それじゃあいく……ます」
「ああ、どんとこい」
俺とフィルの日課といえば勿論状態異常スキルのレベル上げだ。
彼女は俺に『ベノムスラッシュ』、『スリープスラッシュ』、『スタンスラッシュ』、『コンフュスラッシュ』、『サイレントスラッシュ』、『ブラインドスラッシュ』を使用してくる。
また、『コンフュスラッシュ』をくらうと俺は一時的に何をしでかすかわからない状態となるので、ちゃんと俺の手足は縛った上での行為だ
これにより俺は各種の状態異常に陥って非常に無防備な状態となるが、この部屋の中には俺とフィルしかいないので安全である。
部屋には鍵もちゃんとかかっているし、何も問題はないな。
「えいっえいっ」
フィルは手に持ったナイフで上半身裸となっている俺の二の腕目掛けて何度も軽く刺してくる。
服を着ていないのはフィルが俺を刺しやすくするためと血が付着するのを懸念しての判断だ。
前に服を着たまましたら混乱状態の俺が血で汚してしまって以来こういうスタイルになった。
ただ、フィルはどうも俺の裸を見るのが恥ずかしいらしく、顔をマフラーで隠している。
男の上半身なんて海かプールに行ったら嫌でも目に付くというのに。
俺達の行為は何もやましいところなどなく、恥ずかしいところも一切ないのだ。
「う……」
そんな事を考えていたらフィルの『スリープスラッシュ』が効いて、俺は自分の意識を手放していった。
「……………………?」
気がつくと、俺は何か柔らかいものの上に顔が乗っていた。
また、俺の頭を何かが優しく撫でているような感触がある。
一体なんだこれは。
確かめようにも体は思うように動かないし目も見えない。
おまけに声も出せないという状態異常のオンパレードだ。
だが今の俺が今倒れた姿勢になっているというのはなんとなくわかる。
それに加えて、俺の顔に限らず、下に何か柔らかいものがあるというのも感じた。
「~~♪」
「……?」
と、そうして今の状況に混乱している俺の頭上からフィルの声が聞こえてきた。
フィルは子守唄のように優しい鼻歌を奏でていて、どこか上機嫌そうな気配を感じる。
どうやら俺はフィルに覆いかぶさった状態となっているようだ。
さっきまで椅子に座っていたはずなんだが、ふとした衝撃で床に転げ落ちそうになったのをフィルが庇ったとかそんなところか。
しかしこの状況はマズイな。
誰かに見られたら誤解されかねない。
今の俺は上半身裸でフィルを押し倒しているというような事になっているんだろう。
そして俺の頭はフィルの腕に包まれて――――
……あれ?
もしかして俺の顔に当たってる柔らかいのってフィルの胸じゃね?
そう思って頬の感覚に集中してみるとなんかそれっぽく思えてきた。
小さいながらも確かな膨らみがある。
直接触った経験はないけど、この柔らかさは間違いなくささやかなソレだ。
更にソレの奥からフィルの心臓の鼓動も感じられる。
しかも何かいい匂いがするような気がしてきた。
あ、ヤバイ。
「……シンさん。もしかして起きてる?」
「…………」
……俺が若干鼻息を荒くしたのがいけなかったのか、フィルはそう言って俺の頭を撫でる手を止めた。
なんかちょっと気まずい。
どうしてこんな状況になったのかよくわからないが、なるべく迅速にフィルから離れて先輩としての威厳を取り戻すべきだろう。
「ひぁ……やっ……だめっ……」
けれど俺の体は未だ動きが悪く、離れようとした動作はフィルの胸を頬ずりするだけとなってしまった。
すると普段聞く事などないフィルの艶かしい声が俺の耳に届き、ますますマズイ状況を作り上げてしまう。
どうすんだこれ。
俺からは下手に動かない方がいいのか。
でもこのままだと俺の頬にはフィルのささやかな胸の感触があるわけで。
そんな俺をなぜかフィルは離そうとしないわけで。
だったらもう俺、このまま頬ずりしててもいいかな。
今まで大きいのこそ正義だと思ってたけど小さいのもなかなか――
……って何考えてんだよ、俺。
そういえばフィルが俺に与えた状態異常に『混乱』があったな。
思考が若干変なのはそのせいか。
多分きっとそうだな、うん。
俺が悪いわけじゃないんだ。
「…………」
しかし本当どうすればいいんだろう。
フィルは黙ったままだし。
寝たふりをしていたと思われてやしないだろうか。
というかフィルは俺の顔が胸に当たって嫌だと感じないのだろうか。
なんか起きるの怖いな。
ああ……でもほんと柔らかいな。
何も言わないならもう少しこのままでいても――
「……き、貴様ら……随分マニアックなプレイをしているな……」
「…………!」
クレールの声が聞こえてきた。
また、それと同時にフィルは驚いたのか、俺の頭を床へと落としてしまう。
「ぐ……」
後頭部に鈍痛が走る。
床に頭をぶつけた衝撃は結構痛かったが、でもこれなら痛みで起きたということにしておけるだろう。
それに今声が出たという事は沈黙の状態異常も切れてるっぽいな(スキル封じの状態異常なんだが無詠唱でのスキル発動さえできなくなるというのはなんか納得いかない)。
俺は若干演技混じりにクレールへ問いかけた。
「あーいててー……クレール……そこにいるのか?」
「まあな……しかし……これはどう言っていいか……」
「誤解するなよ」
クレールの声に若干のためらいを感じたので、俺はそこで事情を簡潔に話した。
俺達はスキルレベル向上のためにこんな行為をしていたのであって、それ以外の理由があってこんな事をしていたわけではない。
傍から見たら俺は上半身裸で手足も縛っている状態でフィルの上に圧し掛かっているようなシチュエーションだが、それには何の下心もないのだとクレールに主張した。
これはマニアックなプレイなどでは断じてないのである。
「ほう……つまりシン殿はフィルと倒錯的な情事に耽っていたというわけではないのだな?」
「ああそうだ。俺達は至極真面目に鍛錬を行っていたんだ」
「ふむ……まあそういうことにしといてやろう」
微妙に納得がいってないような感じだが、クレールは一応納得してくれたようで、俺へと向ける厳しい視線を和らげた。
俺はそんな彼女の様子を見てホッと息をつく。
「……というかお前、また俺の部屋に無断で入ってきたな?」
「部屋の中から怪しい声が聞こえてきたのでな。様子を見にきたのだ」
「う……」
そしてクレールに俺の部屋へ勝手に入ってきた事を糾弾すると、彼女は室内の声を耳にして入ってきたのだと答え、それに合わせて若干たじろぐようなフィルの声が聞こえてきた。
クレールが聞いたというのはおそらくフィルの声だろう。
それもおそらく可愛らしく鳴いたあの声を。
だとしたらこいつが様子を見に入ってきたというのもおかしくはないか。
「ちなみにサクヤも扉の前で聞き耳を立てているぞ」
「…………」
クレールがそう言うと、廊下の方から誰かが逃げていくような足音が聞こえてきた。
部屋に入らなければ何してもいいってわけじゃないぞこら。
「……まあ、とにかくだ。俺達は引き続き状態異常耐性アップの鍛錬を続けるからクレールは部屋から出ていってくれ」
「我がこの場にいてはいかんのか?」
「いや、いけないわけじゃないが……」
しかしこんな場面をあまり多くの人に見られるのもよくないだろう。
俺とフィルは2人であれこれ試行錯誤しながらいきついた結果なのであまり気にしないが、知らない人が俺達を見たら何かよからぬ行為をしていると思われても仕方の無い事をしている。
実際さっきまでのクレールもそう思っていたようだしな。
「なんだったら我が状態異常をかけてやるぞ。それも高威力のをな。フィルのものよりよほど効果があると思うぞ」
「何? そうなのか?」
状態異常耐性スキルは状態異常の攻撃を受けるか、その状態を維持しないと成長しない。
コスパ的には後者のほうが良いため、俺は長い時間状態異常に悩まされるという苦行を行っているのだが、これはかなりしんどい作業と言える。
しかしその時間を短くできるというのなら、それはとても良い話だ。
状態異常耐性スキルはより高位の状態異常を受けたほうが早く成長するからな。
「それに我は『魅了』や『石化』といったレアな状態異常付与の技能を持ち合わせているぞ」
「マジか」
『魅了』と『石化』の状態異常はフィルだと引き起こせない。
だがこれらもかかってしまうと非常に危険な状況になりうる状態異常なので、できる事なら耐性強化をしておきたいとは思っていた。
なのでクレールがその状態異常スキルを使えるのなら是非使って欲しい。
「それならちょっと今ここで俺を『魅了』状態にしてくれないか。『石化』は準備を万全にした上で鍛える作業を行いたいが、『魅了』なら特には問題はないだろうからな」
『石化』はかかると味方が治してくれない限りずっと石の状態が続く最も危険な状態異常だ。
これに対する耐性もいずれ上げておきたい。
しかし石化の状態異常耐性を上げようとするなら治療役のヒーラーか石化治療薬が必要になる。
というわけで『石化』はまた今度だ。
また、『魅了』の方もかかると非常に厄介だが、これは時間経過で治る状態異常なので『石化』ほどにはスキルを鍛え上げる際に気をつけなくてもいいだろう。
そう思って俺はパッシブスキル『魅了耐性』を取得し、クレールに魅了を頼んだ。
「ふ、ふむ……ま、まあ貴様がそこまでいうのならやってやらんこともない」
「ああ、たの――むぅっ!?」
「!?」
すると突然、俺の唇に暖かな感触が伝わってきた。
それとほぼ時を同じくして俺にかかっていた『暗闇』の状態異常も消える。
目の前には俺の唇から唇を離すクレールの姿があった。
そして彼女は頬を赤く染め、俺を上目づかいで見つめてくる。
あれ、なんかドキドキしてきた。
クレールが凄く可愛く思える。
今までも可愛いと思っていたけど、今はその比ではなく、世界一可愛いとさえ思える。
彼女を見ていると胸が痛いくらいに高鳴っていく。
けれど彼女から目を離せない。
いや、離したくない。
むしろ今ここで彼女を抱き締めたい。
彼女の言うことならなんでも聞き入れたい。
こんな事を思うのはファーストキスを奪われたから?
彼女の恥らうかのような仕草が俺のツボだったから?
いや、違う。
そうじゃない。
俺は今『魅了』の状態異常にかかったんだ。
『魅了』は一定時間、それをかけた相手の虜と化して傀儡となる状態異常。
つまり俺は今、クレールに惚れた状態となっているのだろう。
「ふーっ、ふーっ、ふーっ……」
だがなんか効果が凄い。
クレールを見ているだけで興奮してくる。
でも彼女から目を離せないからその興奮を止められない。
「おおお……これは……凄い効き目だな。これほどの威力があったとは我もビックリだ」
「し、シンさん……大丈夫……?」
クレールとフィルが俺に声をかけてくる。
しかし今の俺にとってクレールの言葉こそが至極の幸福。
フィルの言葉は聞こえはしても、その意味がよく理解できなかった。
「はぁ……はぁ……クレール……もっと……もっと喋ってくれ……」
「え、えっと……いきなりそんな事を言われても――」
「あぁっ! ……いぃ……凄くいいよ……クレール……」
「し、シンさん!?」
ヤバイ。
クレールヤバイ。
シャベッテルクレールチョウヤバイ。
「もっと……もっと俺にクレールの言葉を……その声で俺に何か命令を――」
「『スリープスラッシュ』!」
「え……あ……」
俺の肩に軽く何かが刺さった。
それと同時に俺の意識は朦朧とし始め、床へと寝転んでそのまま気を失ってしまった。
『魅了耐性』を上げる訓練は絶対にクレールと2人っきりではしないこと。
俺が目を覚ました後、その場にいたフィルからそんな忠告、というか厳命がなされた。
よくわからないが、魅了状態にかかった俺はかなり異常だったらしい。
魅了にかかった時の記憶は曖昧だと告げると、フィルは俺を気遣うようにしながらその時の事を説明した。
フィルには恥ずかしいところを見られてしまったな。
まあ状態異常だったのだから仕方がない。
また、そんなフィルとのやりとりを終えた後にクレールへ「魅了をかけるのにはどうしてもキスしないといけないのか?」と訊ねると「これが最も効果があるという話は知っていたが、魅了をかけること自体は目を見るだけでもできる」と返答された。
ついでに「先程のは我にとって初めての接吻だった」と恥らい混じりの告白もされてしまった。
そんなことを言われた俺はどうすればいいのかと。
俺だって初めてだったんだぞコノヤロウ。
でもちょっと嬉しいとか思ってる俺はまだ魅了状態が抜け切っていないんだろう。
状態異常だったらこんな事を思うのも仕方がない。
仕方がないったら仕方がないんだ。
そうだろう? 俺。
こうしてその日以降、俺はフィルとクレールに状態異常をかけてもらう毎日となったのだった。
また、それによってミナから向けられる視線がいっそう厳しくなった。
ミナはクレールから俺達のスキルレベル上げ風景を教えてもらったらしい。
小さな女の子2人(片方は見た目だけなんだが)と俺は密室で何をしているのかを具体的に知った彼女がそんな目で見てくるのも頷ける。
ぶっちゃけ変態行為だよ。何か悪いかコンチキショウめ。




