もしもの可能性と一つの決意
「昨夜、仙道君と倉橋君、それに松田君の3人パーティーが全滅してアースから退場した」
とある石造りの建物の一室に集まった俺達の前で早川先生は静かにそんな事を俺達に伝えてきた。
アースから退場した、とはつまりHPが0になった状態で300秒の猶予時間も過ぎてしまったという事になる。
また、それは早川先生の言った3人がもう二度とアースには来られなくなったと意味している内容だ。
「なので今日のところは一旦全員ログアウトする。私はこの後すぐに彼らの様子を見にいかなくてはならないからな。まあおそらく元気だろうが」
当然の判断だな。
クラスメイトの内3人が退場したんだ。
担任がそいつらの様子を見るためにログアウトしなくてはならないのだから俺達も一緒にログアウトする必要がある。
普段は別々に行動している俺達だが、早川先生が不在の状態で俺達だけが居残るわけにもいかない。
「それで……仙道達のパーティーが全滅した理由はなんでしょうか?」
と、そこで氷室が手を挙げ、早川先生に質問をしていた。
確かに何が原因で全滅したのかがわかるのならば知っておくべきだ。
もしかしたら初見殺しのMOBや罠にかかったのかもしれないからな。
「……彼らは昨夜、夜7時までバハラク荒野で狩りを行っていたところを別のクラスのパーティーが目撃している。なのでおそらくモンスターによる全滅だ」
バハラク荒野。
そこは俺達も以前にレべリングの場として通っていたフィールドだ。
足の早い狼型MOBが複数匹で常に固まって現れるため、難易度は若干高めと言える。
だが仙道達もそれなりにレベルは高く、安全マージンもたっぷり取れていたはずだ。
メンバーが欠けていたのが原因か?
3人で行動していたというところから察するに、その日は何らかの事情でうまくパーティーが組めなかったのだろう。
そしてもしかしたら……
「しかしこれはただの事故死ではなく、何者かが組織的にMPKを仕掛けてきている可能性がある」
早川先生はクラスメイトの前でそのもしかしたらを口にした。
これは薄々思っていた事だ。
俺とミナも以前MPKをされた事があったが、それ以来にも数件MPKらしきものをくらったという生徒がおり、教師陣は警戒を強めていたからな。
それらに共通するのは1人~3人で行動していた中高生プレイヤーという事だけだ。
この事を考えると、今回の件はもしかしたら仙道達の油断が招いた事態であると言えるのかもしれない。
とはいえ、「なるべくフルパーティーの5人で行動すれば襲われないんじゃ?」とも思えるのだが、多分それであっさり解決するほど生易しい問題ではないのだろう。
また、このMPK未遂が原因となって、アース内での活動時間を減らそうとする者や狩場へ行く事を拒否する者もいたりする。
アースで死ぬリスクを考えたら、そういう安全思考に流れていってしまうのも仕方が無いとは思っていたが、遂に犠牲者が出始めたとあってはその傾向もさらに増していくだろう。
「なのでこれからは常にフルメンバーのパーティーで行動する事を心がけ、できることなら狩り場へは2パーティー以上で赴いてもらいたい」
できる限りフルメンバーである5人パーティーで行動するのはまあ当然だが、他のパーティーと一緒に狩り場へ行くと経験値獲得や金策の効率が落ちてしまう。
だが早川先生がこう言うのも仕方がない。
俺達は安全第一でレべリングをしないといけないんだから。
「ではアース時間で今より1時間後、ウルズの泉にてログアウトを行う。それまで一時解散」
こうして早川先生の指示を受け、各々地球へ戻る準備を整えた後、俺達はログアウトエリアであるウルズの泉にてログアウトした。
仙道達は多少混乱している様子ではあったが、早川先生の言った通り元気だった。
そのことが俺達にとってかなりの恐怖心を煽る事となった。
一応事前に知っていた事とはいえ、実際にそうなった奴らを見るのは心がえぐられる。
「……やはり地球では死なないからといってもアースで死ぬ事は躊躇われるな。君達も簡単に死ぬんじゃないぞ」
「ああ、わかってるさ」
「僕達の方も気をつけるよ」
夕食をとるべく食堂へとやってきた俺は、氷室や弦義と一緒に卓を囲んでいた。
「しかしパーティーで動いていてもまだ安全とは言えない。だからここは1つ、俺達とレイドを組んでしばらく一緒に動いてはみないかい?」
2人が俺のところにやってきた理由は察しがついていた。
こいつらは早川先生の言う通り、複数のパーティーで行動して安全に狩りを進めるべく話をしにきたようだな。
現在、1年2組の生徒の中で積極的に狩りをしているのは俺、氷室、弦義が所属するパーティーだ。
仙道達もそれなりに頑張っていたのだが、今回の件でリタイアとなったため、俺達3パーティー以外の生徒の殆どはレべリングに消極的な姿勢を見せている。
「レべリングの効率は下がると思うけど、まあ他のクラスや学年の人達もレイドを組むだろうからそこまでマイナスにはならないと思うよ」
「だろうな」
弦義の説明を聞いて俺達は頷き声を上げる。
確かにこれからはパーティーを束ねたレイドで行動する傾向が強くなると予想され、その結果、狩りにおける1人あたりに回る経験値量は下がるはずだ。
だがそれは学校生徒全員に当てはまる。
なので、俺達がレイドを組んで行動しても周りからレベル的に置いていかれるという事はないだろう。
「俺のパーティーメンバーは全員レイドを組む事に賛成している。君達はどうだい?」
「僕達の方も賛成だ。ここで無理をして仙道君達の二の舞になっちゃ元も子もないからね」
どうやら氷室と弦義のパーティーはレイドで行動するのに賛成のようだ。
「……ミナ、お前はどうする?」
「私も皆と一緒にいた方が安全だと思うけど……こういう事は私の判断よりあなたの判断の方が正しそうだからあなたが決めて」
「日影は?」
「私もシン様の判断に任せるよ」
「そうか」
2人とも俺に判断を委ねてきたか。
今は自分のクラスメイトと一緒にいるだろうフィルも俺達とパーティーを組み続けるとしたら、多分この2人と同じ事を言うだろうな。
それに今はアースの墓地でしょんぼり待機しているクレールも。
なら結果的に俺達のパーティーは俺の決定でレイドを組むか今までどおり動くかが決まるという事になるのだが……
「……フィルにも了解をとらないといけないからこれは絶対というわけじゃないんだが……俺としてはこのままパーティー単位で動きたい」
「一之瀬……」
俺はパーティーで行動したい。
皆の前でそう言うと、氷室が呆れたという様子で首を振り、その後俺の方を向いて口を開いた。
「君は今の状況がわかっているのかい? さっき見た仙道君達の様子をちゃんと見たのかい? 俺達はアースで死んではいけない。もし死んでしまったら――」
「わかってるさそんな事は。だが俺はそれでもレべリングの効率を重視する」
これは何も意地になっているわけではない。
実際のところ、そうするべきなんだろうという予感が俺の中にはあるからだ。
今回の件で俺達は安全思考に陥り、レベリングの効率が悪くなる。
それによって迷宮攻略やアース世界の探求も遅れていく事になるだろう。
けれどもしかしたらこれが敵の目的なんじゃないだろうかと考えずにはいられない。
どのような理由でそんな事をしているのかはわからないが、何者かは確実に俺達へ妨害工作をしかけている。
ならばそんな何者かの目論見通りに動くのはマズイのではないかと俺は思う。
「……本当にそれでいいのかい? それは朝比奈さんや日影さんを危険に晒しかねない判断だ。彼女達に何かあったらどうするというんだい?」
「その時は……俺がなんとかする」
「なんとかって……」
氷室が俺達を心配するような言葉をかけてきたが、俺はそれをつっぱねた。
確かにこれはパーティーメンバー全員にリスクを負わせてしまう判断である事には間違いない。
だからこんな判断をした俺は、もしも彼女達が危険に晒される事があれば全力で守る。
それが中学生時代に立てた俺の主義に反することであると理解しつつ、俺はこの場で決意した。
「ミナや日影……パーティーメンバーは俺が絶対に守る。これはお前達全員に約束する」
相手が誰であろうと容赦はしない。
俺の仲間に手を出す奴がいたら全力で排除しよう。
この場にいる全員の前で俺はそう誓いを立てた。
「キャー! シン様カッコイイー! 抱いてー!」
「……シン様はアースの中だけにしろって言ってるだろ。あと抱かねえよバカヤロウ」
俺の宣言を聞いた連中が静まりかえる中、日影がトチ狂った事を言い始めたので俺は冷静に対処する。
この様子だとこいつは俺の決定に賛成という事でよさそうだな。
「っま、私はあなたに守られる以前に自分の身くらい守れる自信はあるけど? でもそう言った以上は他の子をちゃんと守りなさいよ、真君」
「ああ、わかってるさ」
そしてミナも俺の決定を支持してくれるような発言を寄越してくれた。
「……はぁ、それじゃあ俺の方からはこれ以上何も言わないけど、そう言ったからには彼女らを絶対守るんだよ?」
「特に朝比奈さんを守りきれなかったら男子生徒のほとんどを敵に回しかねないから注意してね」
「あ、ああ、わかった」
なんか弦義の言葉が恐ろしく聞こえたが、まあそうならないように気をつけよう。
こうして俺達は夕食兼会合を終え、寮に戻って睡眠をとるのだった。
「おおおぉぉー! シン殿ー! 会いたかったぞぉぉぉぉ!」
「お、おう。待たせたな」
アースへとログインし、クレールを向かいに墓地へ足を踏み入れると、彼女は物凄い勢いで俺達の前に姿を現した。
その光景を見た俺は、ご主人様の姿を見つけた犬が喜びのあまり尻尾を振る姿を幻視した。
まあこれを見るのも二度目なんだが。
「……前も思ったが、随分嬉しそうだな」
「そ、そんなことはないぞ。ただ2週間もほったらかしにされるのはちょっと寂しいが」
一度地球に戻るとどうしても10時間以上は間が空いてしまい、その結果こちらでは10日以上経過してしまうのはしょうがない事なんだがな。
しかしそのことはクレールも了承済みだし、既に700年も生きているんだから2週間程度なんてあっという間だと思うんだけど。
「だがもしも貴様が我に申し訳ないと思う気持ちがあるのであれば、その気持ちを形にして受け取る準備が我にはあるぞ」
「あーはいはい。『ヒール』」
多分催促されるんじゃないかと思って今の俺は全身死霊装備だ。
何かを期待している様子で見つめてくるクレールに向かって俺はヒールを唱える。
「んっ…………やはり貴様のデスヒールは最高だな」
「そりゃどうも」
クレールは俺のヒールを受け、恍惚とした表情をしながら賛辞の声をあげていた。
俺はそんなクレールに2週間待たせてしまった分、ありったけのヒールをかけていく。
「ふぅ……それじゃあそろそろ一旦町に戻るぞ」
それなりの量のヒールをクレールにかけた俺は、MP回復ポッドを飲んで墓地を出るべく歩き始める。
するとミナ達も続くようにして歩き始め、クレールは俺の隣についてきた。
「……ああ……そうだ、お前に1つ頼みがある」
そこで俺は他のメンバーが少し離れたところにいる事を確認し、クレールに小声でそう言った。
「頼み? 一体なんだ?」
「……これはもしもの話なんだが……もしも俺に何かあった場合、ミナ達を安全なところにいくまで守ってやってくれないか?」
「何か……とはなんだ?」
「何かは何かだ。たとえば俺がお前達とはぐれたり……死んだりした時の話だ」
はぐれるという可能性は非常に低い。
俺は常に味方との距離を考えて動いているんだからな。
また、俺が死ぬということもまずありえない。
自惚れかもしれないけれど、余程の不意打ちでない限り俺は死なず、そして正面から戦って負ける可能性がある人間は世界で10人にも満たないだろう。
それがたとえアースであってもだ。
「……その何かとやらは起こりうる事なのか?」
「まず無いだろうが念のためだ。俺もお前になら安心して預けると思ったからこそのお願いだ」
「そ、そうか、ならばしょうがない。他でもない貴様からの願いだ。我に任せるといい」
「ありがとうな」
俺がクレールをおだてるようにして頼みこむと、彼女は満更でもないというようなドヤ顔をして了承の声をあげた。
こう思うのもなんだがこいつチョロいな。
褒めれば大抵の事はやってくれそうなチョロさがある。
将来が心配になる子だ。
既に700年も生きているんだから将来も何もないだろうという感じだが。
「ただ場合にもよるんだが、俺達に危害を加えようとしてきた人間はできるだけ生け捕りにする方向でいきたい」
「わかっている。そもそも我は無闇な殺生を好まん。それに地球人の都合としてもあまり我が出しゃばるのは良くないだろう」
そうして俺はミナ達に向けるものとは別の意味でクレールを心配しつつ、もしもの可能性が起きた場合についてを軽く話していつも通りのレベリングを開始するのだった。




