八大王者
「一之瀬君……やはり君は自分のパーティーをハーレムにするつもりか?」
迷宮から町へと戻ってきた俺達はその足で早川先生の下を訪ねた。
すると彼女は俺の背後に立つ4人の少女(1人だけ少女と言っていいものかどうか迷うが)に目を向けて顔を引きつらせた。
「だからそんなんじゃありませんって」
「……本当か? 私には君が美少女を優先してパーティーに加えているようにしか思えないのだが」
失礼な人だな。
俺は別に顔でパーティーメンバーを決めているわけじゃないぞ。
ミナは最初の頃に役立たずと揶揄された俺とパーティーを組んでくれた大事なメンバーだし、フィルも俺の大事な後輩で連携が上手くできる。
サクヤは強引な形でついてきたものの、彼女もフィル同様に俺との連携は抜群なプレイヤーの1人と言える。
クレールは知らん。
「それで、その金髪の少女は一体どこの子だ? 地球人ではないように見えるが」
「うむ、我は《八大王者》が1人、『死霊王』。クレール・ディス・カバリアだ」
クレールは早川先生の視線を受けて自己紹介をした。
八大王者ってなんだ。
そんな言葉は初めて聞いたぞ。
「死霊王……だと……?」
「ふっふっふっ、貴様は我の事を知っているようだな」
「まあ、知って――存じ上げてはおりますが……」
だが早川先生の方はどうやら知っているらしい。
しかも敬語まで使い始めている。
もしかしてクレールはアースだとかなりの有名人なのか?
「……確かにネームにもそう書いてあるな」
「ふむ? もしや貴様は我の事を疑っているのか?」
「いえそんな、滅相もございません」
「ならばいいのだが」
早川先生は今クレールを注視してネームを読み取ったのだろう。
俺達には人や物の名称を見る事ができる目が備わっているからな。
意図的に伏せるということをしなければ、初対面の人間でも顔を見れば名前が一発でわかる。
「……おい、一之瀬君。なんでこんな大物がここにいるんだ?」
「はぁ……えっとですね――」
クレールがここにいるという事実が上手く呑み込めないらしい早川先生は、俺に説明するよう要求してきた。
なので俺はこれまでの経緯をかいつまんで話した。
すると彼女は苦虫を噛み潰したかのような表情をし、何か納得したというように頷き始める。
「なるほど……力を失っていたから『死霊王』は今まで姿を消していたのか」
姿を消していた、とは死霊王が数百年間墓地の地下神殿にいた事を言っているのだろう。
早川先生の様子を見て何かを知っていると確信した俺は彼女に問いかけてみる。
「それで、早川先生は彼女の事を知っているんですか?」
「知っているも何も、神の次に有名であると言っても過言ではないぞ。ただし御伽噺に出てくるような話の中でだがな」
御伽噺か。
まあどんな有名人であっても数百年単位で世間から離れていればそういう扱いにもなるな。
「アースの歴史については後日授業でも触れるが、軽く説明しておこう」
「お願いします」
「ごほん……アースにおいて絶対的な存在であった神が姿を消した1000年前、三つの大陸から『我こそはこの大陸の王である』と名乗りを上げる者達が現れた。龍王、獣王、魔王の3人だ。それらの王達はそれぞれ一つずつ大陸を支配した後、世界の覇権を勝ち取るため、500年にわたる三つ巴の戦争、『三王戦役』を行った」
「三王戦役……」
3人の王が争ったから三王戦役か。
というか500年も戦争していたって凄いな。
ちょくちょく冷戦状態になったりとかでずっと戦争し続けていたわけじゃないだろうけどさ。
「そしてそんな戦争の最中で更に精霊王、海王、法王、剣王、死霊王が現れ、合計で八人となった王達はその後も100年間争いを続けたが、今より400年ほど前に停戦条約を結んで今に至るというのがアースの《八大王者》にまつわる大まかな歴史だ」
「へえ」
となると死霊王が現れたのは今から大体500年前か。
クレールは確か700年生きている(?)らしいから大体200歳頃に王となったということになるな。
「また、死霊王は停戦条約を結んだ後、どういうわけかその後の歴史から忽然と姿を消したのだ」
「……なるほど」
おそらくその頃は戦争によって今より死が溢れていたと考えられる。
ならクレールにとって必要な負の生命力は豊富にあったはずだ。
けれど停戦後はそうもいかず、徐々に力を失っていったというところか。
「にしてもその王って全員随分と長生きですね」
しかしながら、最初に説明された三王はクレール以上の長生きだ。
それ以外の王も少なくとも500年は生きているって事になる。
この世界の生物は長生きするのが多いのか?
「いや、全員が全員長生きというわけではない。龍王、精霊王、死霊王は未だ一代目だが、それら以外は次代の実力者に王位を継承する形を取っている。まあ剣王と死霊王以外の王は実際にある国の長を務めていたりもする関係で、今の時代の王位は必ずしも武力に秀でた者に継承されるというわけではないのだがな」
「へえ」
なんだ、そういうわけでもなかったか。
クレールのように一部例外はあれど、王も普通に寿命はあるようだ。
「ああ、そういえばつい最近も剣王が別の者に代わったらしいな。なんでもそやつは地球人で、元剣王を一騎打ちにて破ったのだとか」
と、そこでクレールが何気に重要な事を言いだしていた。
「よくご存知で」
「隠居生活こそ長いがそれなりに世の流れは把握していたつもりだ」
この情報はどうやら正しいようで、早川先生はそれを肯定するような素振りを見せていた。
現在の剣王は地球人。
おそらくそれは俺達より先に国から調査を依頼された人間の内の1人か。
剣王という事は、そのプレイヤーは死霊王たるクレール並の強さを持っているという事になるのだろう。
おっかないな。
「それで、そのプレイヤーってどんな人なんです?」
しかし俺は強いプレイヤーに興味がある。
なので早川先生にその人物とは誰かを訊ねてみた。
「それは君もいずれわかることだろう。私の口からは言わないでおく」
「?」
けれどその問いは早川先生にはぐらかされてしまい、結局この場で俺がそのプレイヤーを知る事は無かった。
なんだか含みのあるような言い方だが、そう言われてしまったら強く聞くというのも憚られる。
まあ無理に知る必要も無い情報だから別にいいんだが。
早川先生の言う「いずれ」がくる事を楽しみに待っていよう。
「我がここにいるという事は他言無用で頼むぞ。でないと他の王が我の寝首を掻くためにこの町を襲うやもしれんからな」
「ええ、わかっております。しかし地球側へは報告せざるを得ない事柄ですので、それにつきましてはどうかご容赦を」
「うむ、いいだろう。剣王は我と戦う気など無さそうだしな」
そうして早川先生はクレールにそんな許可を取って一礼した。
「ところで、貴様もシン殿のハーレムに加わっているという認識で良いのか?」
「だから俺はハーレムなんて作ってないっつの」
また、クレールは早川先生に向けてクソ失礼なことを訊ねていた。
早川先生はハーレムになんて入っていないし、そもそも俺はハーレムなんて作ってねえよ。
「……ああ、そうだ、早川先生。さっき迷宮にいってきたんですが――」
俺は話題を変えるべく、アース人でも迷宮に入れる方法を早川先生に伝えた。
結論としてそれは先行プレイヤーによって既に実証が済んでいる内容だった。
残念。
しかし目のつけどころは良いとしてそれなりの評価をしてくれるそうだ。
ならまあいいだろう。
「うわ……ハーレムパーティーだ……」
「だからハーレムじゃねえって言ってんだろ! ぶっ飛ばすぞ!」
「ええっ!?」
そんな報告の途中、宿へと戻ってきたらしき氷室とその仲間達が俺達を見てふざけた事を言い出していたので、俺はそいつらへ向けてキレ気味に怒鳴りつけたのだった。
なんでみんな俺のパーティーをハーレムって言いたがるんだよ。
いい加減にしろ。
俺のパーティーは絶対ハーレムになんてならないんだからな。