クレール先生
今日からは盗賊であるフィルがいるから迷宮内の探索の方を進めようと思い、俺達は地下迷宮11階層にやってきた。
ちなみに地下迷宮10階層のボス部屋前は岩の撤去作業中(俺達も1日だけ駆り出された)で、そこが通れるようになるにはもう少し時間がかかる。
今回は地上から一瞬で地下10階層にいける魔法陣を踏んで来たから問題は無いんだけどな。
また、これは迷宮に入る時に気づいたことだが、どうやらパーティーメンバーに入っていさえすればアース人たるクレールも迷宮には入れるようだ。
本来迷宮にはプレイヤーしか入れないという話だったはずなんだが、これってもしかして新発見じゃないか?
後で早川先生のところへ尋ねてみよう。
「フィルのレベル上げとしても丁度良いから探索はじっくりやっていくぞ」
「わかったわ」
「了解!」
「……ども」
「れべる?」
そんなことを思いながら俺はパーティーリーダーとしてこれからの行動方針を告げると、レベルという概念が無いクレール以外のメンバーから了承する声が上がった。
「フィルは俺達より若干弱いからこいつを育てながら進んでいこうという事だ」
フィルのレベルは8。
俺、ミナ、サクヤのレベルは現在16だから8レベルほどの差がある。
まあだからといってステータス的にそこまで大きな違いが出ているわけではない。
流石に30、40といった差があれば話は別だが、プラマイ10以内のレベル差なら十分パーティーを組む事はできる。
そう思ったから俺はフィルをパーティーに誘い、迷宮に隠されたお宝を探しつつ彼女の経験値を増やしていこうと考えたわけだ。
「なんだ、れべるとはつまり魔素を吸い上げて強くなる事を言っていたのか。それならわかった」
「…………?」
俺の説明を聞くと、クレールは顎に指を添えて知らない単語を口にし始めた。
なんとなく意味は察せるし納得してくれたようだからそれで良いけど。
「クレール、魔素ってなんだ?」
だが一応聞いておこう。
この世界について見聞を広めて学校に報告するのも俺達の課題だからな。
「む? 異世界人は魔素という概念が無いのか?」
「無いというかただ名称が違うだけなのかもしれないが、とりあえず魔素だけではよくわからないから説明してくれないか」
「ほほう……ふむ、いいだろう! 長らく封印されていた迷宮に連れてきてくれた礼という事で教えてやろう! しょうがないやつめ!」
「…………」
俺が魔素について教えてくれと頼むと、クレールはドヤ顔をしながらオーケーを出してきた。
なんかこいつのドヤ顔はクソ可愛くてうざい。
ぶっちゃけ好みの容姿なのに、元が骨だったのだと思うと腹が立つ。
昨日(というか深夜)の記憶さえなければと思わずにはいられないくらい可愛い。
……まあそんなことはどうでもいいな。
今は死霊王たるクレール先生から知識を賜ろう。
「ごっほん……魔素とは魔物や強い生物が持つ力の源だ」
「力の源?」
「そうだ。我らは魔素を得る事によって体組織を変化させて強くなるのだ」
「へえ」
ということはやはり魔素=経験値というような考え方で合ってそうだな。
俺が薄々思っていた事と合っていて良かった。
「魔素はそれを保有する生物が死んだ直後に空気中へとばら撒かれ、近くの魔素を持つ生物へ取り込まれていく性質がある」
「魔素同士が惹かれ合っているということか?」
「そういうことだ」
「なるほど」
何気に経験値獲得のプロセスにもちゃんとした理由があったんだな。
しかしそうなると別にパーティーを組まなくてもその場にいさえすれば経験値は獲得できるのか?
ならわざわざユミ達と別れなくても問題は無かったように思える。
けど学校側がそういった説明をしていないところを考えるに、多分地球人とアース人ではステータスやメニュー画面同様、これもまたルールが違うのだろう。
それに魔素の概念だと生産をする連中が経験値を稼いでいる説明がつかない。
戦闘よりも大分効率は劣るが、一応生産においても経験値は貯められるのだ。
俺達まだこの世界の仕組みを全然わかっていないということか。
とはいえ、俺達が戦闘でガンガン強くなっていく仕組みについては理解できた。
クレールには感謝しておこう。
「なんとなくわかった。ありがとうな、クレール」
「! ふ、ふふふ、これくらいどうってことはない! これからも聞きたい事があればなんでも我に聞くがいい! フッハッハッハッハ!」
俺が礼を言うとクレールは再びドヤ顔を作って高笑いを始めた。
……まあ調子に乗りやすいタイプなのだと思って軽くスルーするか。
笑うのは別に悪い事でも無いからな。
「……! シン様がクレールさんにデレを見せ始めている……!」
俺達のやり取りを見ていたサクヤが唐突にそんな事を言い始めた。
「デレてねえよ。あとローブを手で掴むな。もうお前のパンツは見慣れてんだよ」
「私飽きられてる!?」
「見慣れてるとか……あなたも言うようになったわね……」
だがそれに対し俺が冷たい態度を取ると、サクヤは驚き、ミナは呆れ混じりの声を上げた。
飽きるというかなんというか。
確かにパンツは清楚な白派だが、いつも白では代わり映えしないとも思う。
一応サクヤなりに、日によって可愛いパンツだったりちょっとセクシーなパンツだったりで趣向を凝らしているみたいだがな。
しかも彼女はいつもユミには見えず、俺だけが見るようなタイミングを見計らってパンツを見せていたような節がある。
これについてはちょっと評価せざるを得ない。
いくら気の無いそぶりをしていても、サクヤが他の男にパンツを見せたら嫌だと俺は思うはずだ。
別にサクヤは俺の女でも何でもないのだが、いつも好き好きオーラを発している彼女が他の男に似たような事をすれば俺は寝取られ感のようなものを味わうことになる。
同じパーティーメンバーであるユミと喋ることもあまりしていなかったみたいだし、彼女は俺の心理をわかった上でそんな行動をとっているのだろう。
彼女の行動はぶっとんでいるが、こういった変なところで俺への配慮みたいなものが感じられる。
サクヤにとって俺は特別だからパンツを見せるのだと言ってくれているようで、行動としては変態的であるものの、少し嬉しいと思ってしまう。
けれどパンツに関しては微妙に残念だ。
俺はパンモロ派ではなくパンチラ派である。
サクヤはその辺調査不足だったな。
これ以上俺の性癖を知られたくはないからそんな事は言わないけど。
それに彼女がそういったテクニックを使い始めたら本気で落とされかねない。
チェリーボーイたる俺がサクヤの猛攻にいつまでも耐えられるかというと怪しいものがある。
いずれ俺はサクヤに攻略されてしまったりするんじゃないだろうか。
「……見慣れてる?」
「何でもない。さあお喋りはそこまでにしろ。いつ敵が襲ってくるかわからないんだからな」
と、そこで更にフィルが反応を示してきた。
ただでさえ彼女には俺とサクヤの関係を訝しい目で見られているんだからこれ以上変な情報を与えたくはない。
なので俺はここで迷宮内での私語を止めるよう言い、斥候役としてパーティーの最前列にいるフィルの背中を押して先を急がせた。
「ほう……、シン殿は僧侶としての才は無いが戦士としての才はあったのだな」
「ああ、まあな」
俺達が口を閉じ、本格的に迷宮探索を始めてから10分経過した辺りでMOBとエンカウント(遭遇)した。
そして本日初のMOB狩りを行い、それが無事終了するとクレールから感嘆の声が漏れてきた。
僧侶の才が無くて戦士の才があるというか、元々俺は他のゲームでもタンクだし戦士職につく予定だったんだからそれが上手くても当然だ。
「一度に3体の魔物を相手取って一歩も引かず、かつダメージを受けないとは……規格外だとしか言いようが無い」
規格外というかただの設定ミスなんだがな。
しかしそんな恥かしい事を言うのも気が引けるので、俺はクレールの賞賛をそのまま受け取る。
「僅かにでもデスヒールを扱える僧侶の大半は戦士の真似事をする。しかしそれは1人の例外も無く上手くいかず、結局は並以下の僧侶として終わるのだが……おそらく貴様はその中でも唯一の成功例であり、デスヒーラーとしての完成系だ。最強の座を狙える存在と言っても良いかもしれん」
「最強ねえ……」
俺としてはただの器用貧乏にしか思えないんだが。
攻撃役としてはレイドボス以外なら純粋なアタッカーに劣るし、防御力もVITに極振りして重装備を着込んでいるとはいえ、タンク職の持つ防御力アップスキルを使われたら負けるしHP量も段違いだ。
回復にいたっては死霊装備をつけた仲間にしかできないという欠陥品だ。
威力の方は『死霊王の加護』でブーストされているが、それによる弱点も目立ってきている。
最強と言うには程遠い。
にしてもダメージヒールを使えた僧侶はタンクをするやつが多かったのか。
やはり俺と同様、ヒールをタウントスキルの代用として使えると思ったからその発想が生まれたんだろうな。
「そんなに褒めても私のシン様はあげないよ」
「だから俺はお前のものじゃないって言ってんだろ」
サクヤからフィルに聞かれたら誤解を生む表現が出てきたので、俺はすかさずそれを否定した。
地道な活動だが、こうでもしないとあらぬ誤解を持たれてしまいかねない。
同級生であるミナやユミ達なら冗談で流してくれるだろうが、後輩であるフィルは先輩であるサクヤの言葉を鵜呑みにする恐れがあるからな。
「しかしこれでは我の出番も無さそうだ。その方が貴様達としても良い事と言えるが」
そしてこの話の最後にクレールはそう呟いた。
一応クレールは俺達と同じパーティーを組んでいる状態だが戦闘には参加していない。
なぜなら彼女が参加するとバランスブレイクを引き起こすからだ。
色々残念な部分が見え隠れする彼女ではあるけれど、死霊王などという大げさな名に恥じない力を持っている。
迷宮に入る前に外で数体のMOBを相手に戦いを見せてもらったが、ミナが剣を使って数度斬りつけなければ倒せない敵をクレールは手刀による一撃で葬り去っていた。
しかもそれで全然本気を出していないと言うし、まだ全快には程遠いというのだから俺達とは次元が違う。
多分俺もなりふり構わず戦わないと彼女は止められない。
そういうことなのでクレールには俺達の戦闘中に手出しをしないよう厳命した。
結果、5人パーティーなのに4人で戦わなくてはいけなくなってしまっているが、それは俺の手に入れてしまった『死霊王の加護』によって帳消しということで俺達は納得している。
元々俺がタンクとヒーラーを兼任しているから、実質的に1人多く攻撃に集中できるような構成だったしな。
まあだからといって、彼女はただずっと俺達の戦いを傍観しているだけというわけではない。
もしも俺達が危機に晒された場合、「先生よろしくお願いします」というような用心棒的ポジションになってもらっている。
こういった意味でも先生だ。
とはいえ、そんな危機的状況になったら俺が何とかするつもりだから彼女の出番なんて無いだろうけど。
でもクレールという保険があると思うと心強く感じる。
彼女はダメージヒール使いである俺を裏切らないだろうしな。
「それはそうとシン殿。そろそろデスヒールの時間だ」
「あーはいはい」
しかし最低1時間に1回はヒールをかけてやらないといけないというのはメンドウだな。
それにクレールが力を使うとその分更にヒールをかけてやらなくちゃいけなくなる。
燃費的に見ると物凄く悪い。
「『ヒール』」
「はぁ……ふぅ…………んっ……」
「…………」
それに加え、クレールが女の子形態になってからというもの、ヒールをかけるとなんか艶かしい声を上げてウットリとした表情まで見せ始めている。
俺達も回復魔法が自分にかかると心地良さを感じるが、彼女の場合はそれ以外のものを感じているような気がしてならない。
「……よし、それじゃあそろそろ迷宮探索を再開するぞ」
けれどそんなクレールの様子を俺はあえて無視して歩き始めた。
今の俺にはアンデッド属性が付与されているが、アンデッドフェチではない。
可愛ければなんでも良いというわけではないのだ。絶対にないのだ。
こうして俺達は迷宮探索を続け、地下12階層へと続く階段を発見したところで町へと引き返したのだった。