助っ人
「ねえ、シン。本当にこれでよかったのかしら」
「よかったのかってなんの話だ?」
「……さっきの話についてよ」
ユミとマイがパーティーを抜けるという話が決まった後、俺はミナから訊ねられていた。
今この部屋には俺達2人しかいない。
彼女はユミがいなくなった部屋で俺が身支度をするところを見計らったのだろう。
「パーティーの中で一人抜けるとしたら……それは私だと思うのよね」
ミナは両手の指の腹を体の前で合わせ、若干心細そうな様子を見せつつ俺に言った。
「どうしてそう思うんだ?」
「だって……あなたやサクヤ、ユミにマイは全員VRMMOの知識だとか立ち回りだとかに精通しているじゃない? そんな中に私みたいな初心者が居座るのはどうなのかしら?」
まあレベルや装備といったステータス的なもので差がなくとも、PSで俺達と差を感じてしまうこともあるだろう。
そこから息苦しさのようなものが生まれてしまうことも十分ありえる。
ミナは元々ライトゲーマー層だ。
俺達とは気合の入り方が違う。
「前にも似たようなことを言ったと思うが、俺達といると息がつまるっていうなら他のパーティーに行ったほうがいいかもしれないな」
「べ、別にそういう意味で言ったわけじゃないわよ」
「そうなのか?」
「ええ」
俺が視線を向けるとミナはコクリと首を縦に振った。
「ただ……私達の中からどうしても一人抜ける必要があるなら私を外したほうが効率的じゃない?って話よ」
効率的。
確かに俺にとっては、あるいはサクヤ、ユミ、マイにとっては、それが一番効率的であっただろう。
でも効率的だからといってなんでもしていいというわけではない。
自分の利益だけを求める行為、例えば装備の借りパクや狩場の占領、それにパーティメンバーを蔑ろにする行為等が正当化されていいはずがない。
そういうことがゲームのルールとして明確に禁止されているわけではなくとも、暗黙のルールとしてあるのだ。
楽しく遊ぶためのマナーと言い換えてもいい。
「ミナ、お前は俺と組むときに効率を度外視したよな?」
「? ええ、まあそうね」
「なら俺もお前と組む時はそういうのを考えない。それで対等だ」
俺がゲームをしている際、一番に優先するもの。
それは楽しめるか否か、だ。
効率を考えて狩りをしたり仲間と上手く連携して戦ったりするというのは楽しいが、行動全てをシステマチックにしたり、下手な動きをする仲間を切り捨てたりするという事はあまり面白くない。
ゲームは人として大切なものを失ってまでするものでは無いと俺は思っている。
俺がVRMMOにはまった理由は人と対等な立場で遊べるからなんだからな。
「それにミナは確実に強くなっている。足手まといになんてなっていないし、そうならないように俺もフォローする。まあ今回はユミとマイにフォローされちゃったんだけどな」
しかしだからといって下手なプレイヤーとパーティーを組み続けるほど俺はお人よしじゃあない。
俺と同じパーティーにいる限り、ミナには俺の知識と経験を叩き込むつもりでいる。
これまでもそうしてきたことだし、これからもそうするつもりだ。
彼女が音を上げない限りはな。
「……そっか。うん、ありがと。ならこれからもパーティーを組ませてもらうわ」
「よろしく頼むぞ、ミナ」
「ええ」
こうしてミナはそれまで低くしていた調子を上げたようで、俺に向けて軽く微笑んだのだった。
「ふぅ……なんかちょっとスッキリしたわ」
「スッキリ?」
「もしかしたらあなたが私の事を邪魔だと感じてるんじゃないかって思ってたからかもしれないわね、多分」
ふむ。
ミナは俺が効率のために自分を切り捨てるんじゃないかと内心で不安に思っていたのかもしれないな。
だとしたら申し訳ない。
さっきの 話し合いでも変な様子だったし、切り捨てられるならいっそ自分から、とでもあの時に思っていたのだろう。
そんな事で気を煩わせなくてもいいのに。
彼女は俺の大切な仲間であり、切り捨てるなんて事をするはずがないのだから。
「ミナ。俺は何があってもお前を邪魔だなんて思わないからな」
「ええ、そうよね。だってあなたは優しい人だもの」
「別に優しくなんてねえよ」
ただ単に俺はミナが一緒でも特に問題は無いからパーティーを組んでいるのであって、そこに優しさなんてものは含まれていない。
慈善事業でパーティーを組んでいると思ってもらわれては困る。
「お前が怠けていたら俺はケツを蹴り上げてでも動かすからな。覚悟しておけ」
「あら怖い。ならこれからもお尻を蹴られないよう精一杯頑張らせてもらうわ」
「ああ、そうしてくれ。代わりに俺もできるだけの知識をお前に教えるからな」
「ふふっ、お手柔らかに」
そして俺達は微笑みあい、これからについて思考をめぐらせ始めた。
「でもユミとマイが抜けたら私達4人になっちゃうわよ? どうするの?」
「そうだなぁ、まあとりあえず――」
というわけで俺はパーティーメンバーを1人補充すべく知り合いに声をかけてみる事にした。
するとその連絡の一発目からオーケーが出たので、俺達はそいつと合流すべく宿の前に立っている。
「……おはよう……ございます、シンさん」
「おはようフィル。急なお願いで悪いな」
「ううん、シンさんのお願い……ですから」
俺が通話機能で誘いをかけた一発目はフィルだった。
フィルは俺達がパーティーメンバーを1人募集していると聞くと二つ返事で仲間になることを了承し、ここに駆けつけてくれた。
彼女が組んでいたキョウヤとかいう生意気な奴がいるパーティーのメンバー達とはそれなりに上手くいっていたらしいから、そこから引き抜く形になってしまったのではと内心思ったが、フィル曰く、そいつらはフィルが自分達よりも俺達と組んだ方が力を十二分に発揮できるだろうとして快く承諾してくれたらしい。
実際フィルのPSはかなり高いものの、それを生かすには他のパーティーメンバーによるアシストが必要になるのも事実だ。
なので俺達は気兼ねなくフィルと組む事に成功したのだった。
これによってパーティーが5人になったわけだが、俺としてはフィルが加わってくれたことによって再びアレ――状態異常耐性スキルのレベル上げが再開できる事にも喜んだ。
クレールから『死霊王の加護』を得て俺のMNDは更に大きくマイナスとなったわけだが、それによって幾つかの問題が発生することが懸念されている。
その問題の一つが状態異常耐性の低下だ。
一応俺はVITに全振りしているため、それによる状態異常耐性の上昇はかなりの物となっていると思う。
けれどMNDのマイナス分がそれを殆ど打ち消している可能性が高い。
俺はタンク兼ヒーラーとして状態異常には極力かからないようにしなければならないので、この問題はどうあっても解消すべきものだ。
そうなるとやはりフィルの持つ状態異常スキルが役に立つ。
彼女には今後、スキルレベルを上げる手伝いをしてもらおう。
「女の子……だと? もしかしてシン殿はハーレム属性を備えているのか……?」
「勝手に私達をハーレム扱いしないでくれない!?」
「そうだぞ、俺にそんな属性は無い」
俺がそう考えていると、新パーティーメンバーであるフィルの姿を見たクレールが引きつった笑みを浮かべていた。
多分こいつは俺以外のメンバーが全員女になるとは思っていなかったんだろうな。
しかしそれでもハーレムとか言うなよ。
フィルやミナに失礼だろ。
案の定ミナは怒ってるし。
「私はシン様がハーレム志向でもついていくよ! でもシン様の一番はいつまでも私だよ!」
「だからハーレムじゃねえよ。それとお前が俺の一番になった覚えもねえよ」
サクヤはハーレムだとか言われてもあまり気にしないだろうとは思っていたけど、だからといってハーレムを肯定するなよ。
彼女の言う事は話半分に聞いた方が良いというのは学習済みだが、ここでハーレム野郎という烙印を押されてしまうのは我慢ならない。
「……ハーレム?」
「フィル、こいつらの言う事に耳を貸すな。さあ行くぞ」
無垢で可愛い後輩にはハーレム野郎などというマイナスイメージを俺に持ってほしくない。
ハーレムと言う言葉に反応しているフィルの背を押し、俺はこの話を終わらすべく歩き出した。