親子対決
先代魔王、ニドルク・フィヨルドは、現魔王、ニーズ・フィヨルドを見据えながら、後悔の念にかられていた。
「ニーズよ……お前には今まで苦労をかけた……」
ニドルクは、つい先日まで、ニーズたちによって仮死状態に陥っていた。
そして、キィスたちはそんなニドルクをウルズ大陸の聖堂都市『クロス』に運び込んだ。
当時は、仮死化が解けるまで、まだ時間がかかるはずだった。
が、法王であるミハイルがニドルクの容体を見た瞬間、いくつかの問題が解決した。
ミハイルは自分の持っていた聖書――神器『アリア』をニドルク持たせた。
すると、ニドルクの仮死化はものの数秒で解け、目を覚ますこととなった。
神器『アリア』には、所有者のありとあらゆる状態異常を完全回復させるスキル『聖なる祝福』が備わっている。
この効果を利用することによって、ミハイルはニドルクに降りかかっていたすべての異常を取り除いた。
さらに、その取り除いた異常には――魔女がニドルクに与えた呪いすらも含まれていた。
「ど、どうして親父がここに……」
ニドルクがこの戦場に現れたことで、ニーズは動揺した。
人質として扱われたならば、まだ理解できる。
その場合は、人族を信じた自分が愚かだったのだと自省することもできる。
しかし、ニドルクは自分の意思でこの場に立っているように、ニーズは感じた。
これは、ニーズにとって非常に不可解なことであった。
「儂は……どうやらこの人族の男に救われてしまったようだ」
ニドルクはミハイルのほうへと視線を向ける。
それに対し、ニーズは苦笑いを顔に浮かべた。
「ハッ! 情けねぇったらありゃしねぇ。まさか、よりによって法王なんかに借りを作っちまうだなんてなぁ」
「まったくだ。だが……そのおかげで、儂は今、こうしてこの場に立つことができたのだ。それは、感謝せねばなるまい」
ニドルクは、さらに前へと歩いていき、両軍の中間地点で足を止めた。
「魔族の兵よ! 儂は第127代目魔王、ニドルク・フィヨルドだ!」
そして、この戦場に立つすべての者に聞こえるような大声で叫んだ。
「な……先代魔王様……だって……?」
「なぜこのようなところに……?」
「亡くなったはずではないのか……?」
魔族の兵のざわめきが大きくなる。
死んだとされる先代魔王が現れたことに、ほとんどの魔族は混乱していた。
そんな中、ニーズの傍に控えていたグリム・ハザードが一歩前に出た。
「あのお方は、ニドルク・フィヨルド様に間違いない! ニドルク様のお言葉を遮ることは私が許さぬ! 静粛にせよ!」
グリムが一喝する。
すると、魔族の兵は表情を引き締め直し、ニドルクの話を聞く姿勢を取り始めた。
「見ての通り、儂は健在だ! おそらくは儂の不在中に、我が息子のニーズが魔王となっただろうが、それは保留とする! なにしろ、儂はまだ魔王の座から降りてなどいないのだからな!」
ニドルクは静かになった魔族の兵に、自分こそが現魔王だと主張した。
「魔王、ニドルク・フィヨルドが命ずる! 兵よ、別大陸への侵攻を直ちに中止し、儂とともに祖国へ帰るのだ!」
さらに、ニドルクは命令した。
この場に集まったすべての魔族の全員に対して、撤退せよ、と。
「うふふふふ……そうはいきませんよ」
「…………!」
――そのとき、アースがニーズの背後に立った。
ニーズは後ろから聞こえてきた声を耳にし、一瞬だけ硬直した。
「今はあなたが魔王なのです……先代の魔王の命令など聞く必要はないと、兵に告げなさい……」
「ぐ……」
アースの言葉に、ニースは逆らえない。
一時的に無視することはできても、それを続ければ、いずれ死に至る。
かといって、ここでアースの命令を聞くことは、魔族を脅かすことに繋がる。
ニーズは冷や汗をかきながらも、自分の出した結論をアースに伝えるべく、すぅっと息を吸った。
「俺様は――」
「だが、どうしてもニーズが魔王の座を儂に返す気がないのであれば、致し方ない! ニーズよ! 今ここで、儂と決闘をするがいい!」
けれど、それはニドルクの大声で打ち消された。
「……は? け、決闘だと……? 俺と……親父が……?」
「そうだ! 決闘だ! 魔族の民も、より強いほうに魔王を名乗ってほしいだろうからな!」
八大王者という名は、元々、武に長けた者たちの総称である。
そのため、歴代の魔王も、例外なく強者であった。
初代魔王の血を引き、なおかつ武を極めた者こそが、魔王となりえたのである。
ゆえに、ニドルクが提案した決闘は、魔族の歴史の中でも何度か行われてきたことであった。
決闘をし、より強いと認められたほうが魔王を名乗る。
それは、1000年前から存在する、最もシンプルな王選抜方式だった。
「……ヒャハハハハ! いいねぇ! 悪くない案だぁ!」
ニーズはニドルクの提案を聞き、そこでやっといつもの調子を取り戻して笑いだした。
「いいぜいいぜぇ! そういうの、滅茶苦茶俺様好みだぜぇ!」
「フッフッフッ……そうであろうな。お前は頭で難しく考えるより、体を動かして解決する男だ」
「おぅおぅ! よくわかってんじゃねぇか!」
「これでも儂は、お前の父であるからな」
2人はそこで互いを見ながら、顔に深い笑みを浮かべ合う。
決闘で王を決めるというやり方は、ニーズにとっては受け入れやすかった。
また、それ以外にも思うところがあり、この決闘をなんとしても成立させるべく、後ろを向いた。
「っつーわけだから、俺様はあのクソ親父とヤリあってもいいよなぁ!」
ニーズは顔に狂笑を浮かべながら、アースにそう訊ねた。
「……まあ、よいでしょう……今のままでは、兵を動かすことなどできないようですからね」
するとアースは、渋々といった様子で、ニーズに許可を与えた。
魔族の兵は今、ニーズとニドルク、どちらの命令を聞くべきか迷っている。
なので、どちらが真の魔王であるか決める必要があった。
「おっしゃぁ! 腕が鳴るぜぇ!」
「フッ……お前はいくつになっても変わらんな」
はしゃぐニーズを見て、ニドルクが苦笑する。
「……さて、それではニーズよ。儂に倒される覚悟は、そろそろできたか?」
「はぁ? やられんのは親父のほうだろうがよぉ! 老いぼれがイキがってんじゃねぇぞぉ!」
「老いぼれか……流石にそれは否定できんな……だが――」
ニドルクとニーズは言葉を交わしながらも、戦闘を行う体勢を取り始めた。
「――まだまだ儂は現役だ。死ぬ気でかかってこい、ニーズよ」
「上等だオラァ!」
こうして、ニーズとニドルクは決闘をすることとなった。
「……本当に、あの者に決闘をさせてもよかったのだろうか」
ニーズとニドルクが対峙するのを見て、ミハイルは不安げな声を上げた。
いくら魔王と呼ばれる者であっても、肉体の老化には勝てない。
ミハイルは、高齢であるニドルクのほうが戦闘において劣勢になると予想していた。
「…………問題ねえ。アレは、ああ見えて中々ヤル男だ」
だが、そんなミハイルに対し、海王ことシャーク・ディーパーの意見は真逆のものだった。
シャークは精霊王の手助けにより、地上で活動する術を獲得したため、この場に居合わせることができた。
精霊王は『水棲の加護とは真逆の物を作れだなんて、火焔も無茶なことを言いだしたなぁって思ったけど……案外できるものなのねえ』と軽いノリであったものの、魚人族たちにとっては衝撃的な出来事だった。
また、そんな彼がニドルクを目にするのは、今回が初であった。
が、対峙した相手の力量を測る目の良さに、狂いは一切ない。
「…………戦闘においてなら、俺とゴカクといったとこだ」
「ほほう。であれば、余らは安心して、あやつの戦いを見守れるということか」
火焔の言葉に、シャークは眉間にシワを寄せ、唸り声をあげた。
「…………向こうにいる男も強い。安心できるかまでは、保障できねえ」
「なんだ、そうなのか……あやつには、なんとしても勝ってもらわなければ困るのだが」
シャークの見立てでは、ニーズとニドルクの力量に、それほどの差はない。
勝負の結果がどちらに転ぶのかまでは、流石にわからなかった。
「まあ、俺らはひとまず、静かに見てようぜ。これは、男と男の戦いなんだからよ」
ケンゴが火焔たちにそう言い、ニドルクたちのほうを注視した。
「つっても……勝負の結果は目に見えてるけどな」
「ヒャオゥ!!!」
決闘を受け、ニーズが勢いよく駆けだした。
常人では目で追うこともできないほどの速度で走る。
これは、ニーズが幼少の頃から鍛え続けてきた肉体と、魔族が有する優れた身体強化の魔法が合わさってこその芸当であった。
本気で走るニーズに手を出せる者は、ほとんどいない。
時間でも操作するか、あるいはアースのような規格外の存在でなければ、ニーズに触れることすらできない。
そう言えるだけの速度を、ニーズは有していた。
「…………」
対するニドルクは、その場で右拳を放とうとするような構えを維持したまま、微動だにしない。
激しく動き回るニーズとは真逆。
ニドルクの構えを一言で表すならば、それは『静』であった。
「いくぜぇ! 親父ぃ!」
ニーズがニドルク目がけて突進する。
ぶつかればタダでは済まないほどの速度で、フェイントもなにもなく、ただ真っ直ぐに。
「! ……これは!」
そのとき、アースはなにかに気づいたように、目を僅かに見開いた。
「…………カァッ!!!!!」
――ニーズがニドルクに接近した、その刹那。
ニドルクは静止していた構えを解き、右の拳を前に突き出した。
拳がニーズの顔面にめり込んだ。
「ガッハアアアアアアアアアアアアアアァァッ!?」
顔面を殴られたニーズは、勢いよく上空へ吹き飛ぶ。
そして、魔族の軍のはるか数百メートル後方に墜落することとなった。
これを見ていた魔族の兵たちは、ほぼ全員が呆気にとられたといった表情を顔に浮かべた。
「……やはり、まだお前に魔王の座をくれてやるわけにはいかんな、ニーズよ」
そんな中、ニドルクは不敵なを口元に浮かべ、自分の息子に向けてそう呟いたのだった。