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パワーレベリングの是非について

「え……」

「聞こえなかったか? ならもう一度言う。『死霊王の加護』を外してくれないか?」


 俺は動きの止まったクレールに向かってそう言い放った。


「ど、どういう事だ? 一体何が不満だというのだ? 絶対的な力を得られるというのに貴様は一体何が不満なのだ……?」


 クレールは俺がこの力を拒否している事を理解して露骨にうろたえ始めていた。

 だが俺は死霊の王様がどう思おうかなど知った事ではない。


「なんかチート臭くて嫌なんだよ」

「ち、ちーと……?」


 クレールは骨の首を傾げている。


「多分このイベントは序盤で行われるものじゃなかったんだろう……でなきゃこの装備とスキルはおかしい……」

「な、何をぶつぶつ言っている? それにちーととは一体なんのことだ?」

「不正、いかさま、ずるって事だ。要するに今『死霊の加護』と死霊の大盾を使うのはフェアじゃないと言っているんだ。それにこんなものをここで手に入れても俺のためにはならない」


 チート、という言葉にピンとこなかったらしい。

 なので俺はクレールに説明した。 


 また、それに付随するマイナス的な側面も続けて話していく。


「これらがあれば確かに俺は強くなる。それも飛躍的に。しかしそれじゃダメなんだ」


 このスキルや装備は性能が高い、というか高すぎる。

 故にこれらがあれば俺は数十レベル上の狩場でレべリングをする事も可能になるだろう。


 が、それは俺の望むところではない。

 普段レべリングの効率を考えている俺であるが、こういった強装備や強スキル、人に頼ったパワーレべリングには否定的なのだ。


「適正のレベルと装備で狩りをしていく事にこそ意味がある。このスキルと装備は今の俺に見合うものじゃない」


 レベルが上がればステータスも上がって強くなる。

 これはRPGにおいて常識の理屈だ。

 だからゲームの中で強くなるには?と問うならばレベルやステータスを上げればいい、と回答しても間違ってはいない。


 しかしそう考えてMMOをやる奴は一人用ゲームだけやってろと言いたくなる。

 MMORPGでもレベルを上げれば強くなるという理屈は通るのだが、いくつかの要素が複雑に絡み合うため、単にレベルを上げればいい、装備を強くすればいいという思考には問題があるのだ。


 MMORPGは多人数で遊ぶゲームのため、強いキャラが弱いキャラをパーティーに入れ、強力なMOBを倒す手伝いをしてもらって経験値を稼ぐというパワーレべリング、俗に言う養殖が行える。

 パーティーを組めるレベル帯に制限を設けているゲームの場合はそこまで酷い事にはならないが、それでも強武器やスキル等で援護する事により似たような作業ができてしまうのが一人用ゲームとの大きな違いだ。



 そしてパワーレベリングをやってしまうと、初心者でもあっという間に高レベルのキャラが作れてしまう。

 すると本来プレイヤーが時間をかけて試行錯誤する楽しみを奪う事になり、それに加えてレベルは高くても碌なPSプレイヤースキルがないというNOOBヘタクソが量産される。

 この現象はプレイヤー人口の縮小に繋がり、運営にもダメージがいく。


 当たり前の話だ。

 NOOBが増える事は上級者プレイヤーからしたら迷惑以外の何者でもない。

 それに加え、純粋にゲームを楽しんでレベルをコツコツ上げている初心者達がパワーレベリングをする連中を見た時どう思うか。

 一言で言うと「萎える」である。


 効率のみを求めたパワーレベリングは上級者達と初心者達両方のやる気を奪いかねない行為だ。

 こういった理由からか、パワーレべリングが簡単にできてしまうゲームの寿命は短いなどとよく言われていたりする。

 レベルが上限に達していないとむしろ周りに迷惑というようなタイプのゲームもあるものの、大抵のMMORPGではパワーレベリングに対する論争が尽きない。


 教師達がパワーレベリングの類を俺達にしようとするそぶりが無いのもおそらくはこの辺が関わっているのだろう。

 今でさえ冒険者ギルドに行くと俺達は冷ややかな目で見られることになるが、これでもしパワーレベリングなんてしたらアース人から顰蹙を買うこと間違い無しだからな。



 また、パワーレベリング論争の一つに「上級者のPLパワーレベリングは別にいいのではないか」というのがある。

 傍から見るとあまりよく思われない行為であるものの、それなりのPSプレイヤースキルを持っているプレイヤーなら邪魔になることもないだろうという理屈だ。

 そのゲームをやりつくしたというプレイヤーであるなら俺もパワーレベリングをする事にとやかく言うつもりはない。

 だがアースにおける俺はクロクロプレイヤーとして未だひよっ子の身である。

 ひよっ子であるがゆえに考え、経験を積まなければならない。


 どういうことかというと、俺は今までただレベルを上げるためだけに狩りをしていたわけではないということだ。

 レベルを上げる過程で戦っていったMOBの処理手順アルゴリズムを分析したり、俺自身の動きや立ち回り、HPとMP管理、仲間との連携等々を洗練化させるといった作業も俺は同時に行っていた。

 これらは適切なレベル、装備をもっての戦いでこそ効率に学ぶことができる。


 逆にステータスで差がつき過ぎたMOB相手では、そういった事を考えずにゴリ押しができてしまう。

 適切な狩場でなければ駄目な意味での余裕が生まれてしまうのだ。

 この状態でPSを磨くなどという行為が上手くできるはずも無い。

 だから俺がアースでパワーレベリングをする事はまずありえないな。



 ならば俺自身が自分の力に見合う、より強いMOBが現れる狩場に行けばいいじゃないかという話のように思えるが、狩場の難易度をいきなり上げるのは危険が伴う。

 MOBの中には初見殺し的な行動をとる奴もいて、それを安全に狩るには事前の知識と今まで積み重ねてきた経験が必要だ。

 狩場の難易度は徐々に上げていくのが最も安全であると言える。

 ワンミスが命取りとなりかねない以上はこれくらいの慎重さが求められるだろう。



 そしてPSを磨きにくい云々以上に問題なのが、狩場の難易度を極端に上げるならパーティーメンバーも変えなければならなくなるという点だ。

 けれど高等部では俺達以上の結果を出している人間はおそらくいない。

 なので大学かそれ以上のプレイヤーと組む必要がある。


 とはいっても、俺は今のパーティーメンバーを置いていってまで上に行きたいとは考えていない。

 たまたま強くなったからこれで今までの仲間とハイサヨナラと言って別れられるほど俺は薄情者でもないと思っている。



 だからこんなポンと強スキル、強装備を渡されても萎えるだけなのだ。

 適切な速度で強くなっていく事こそがゲームを長く楽しく遊んでいられるコツなのだと俺の師匠も語っていた。


 俺からゲームの楽しみを奪うなよ。


「というわけで俺は帰る。邪魔したな」

「ま、待て! 貴様は異端な力を持っているのに何故我の力は拒もうとするのだ!?」

「俺のはただの仕様だがお前のくれるっていう代物は現状だとチートだからだ」


 もしその強スキルや強武器が課金であったならまだ俺も許せたのかもしれない。

 それなら俺のダメージヒールや装備同様にゲームの仕様として片付けられた。

 まあ例え課金であったとしても効果がチート過ぎると言っただろうが。


 しかし今回俺は神からのお告げというチートを使ってしまい、本来くるはずのなかったところへ足を運び、ゲーム序盤ではありえないような力を手に入れてしまった。

 死霊の大盾というからには俺が身につけている死霊装備と大して差はないだろうと甘く考えてしまっていたが実物はトンデモな性能で、更にトンデモなスキルも貰ってしまったのだ。


 これらを使ってしまっては俺の今までが変わってしまう。

 その変化によって俺は慢心し、思いがけない油断で命を落とす要因になりうるほどの驚異的な力である。


 バランスブレイカー。

 いくらMNDが逆成長しないからといってもこれは酷いと言わざるを得ない。

 少なくとも序盤で手に入れていいような代物じゃないことは確かと言える。


 だが力を手に入れられる機会を棒に振るというのは舐めプレイと称されても仕方の無い行為だ。

 それが益々俺の気力を萎えさせる。




 これ以上俺に舐めプをしているなどというレッテルを貼り付けさせるなよ。

 ふざけやがって。




「俺は過程を間違えた。フラグを回収し終えた時にでも改めてここに来る」


 けれどこれらは俺みたいに・・・・・正真正銘のチートではない。

 ちょっといくつかのイベントフラグを無視してやってきてしまったというだけの事だ。


 だから俺はいずれまたここへやってくる。

 正規のルートを通ってな。


 そうすれば俺の心も少しは晴れる。

 どういったルートを進めばここに来れるのかはわからないけど。


「……貴様の言っている事はさっぱりわからん。一体何が不満なのだ?」

「ただ単純に俺が嫌だと思ったっていう話だ。早くスキル外してくれ」


 なので俺はクレールにスキルを外してもらうよう頼んだ。


「……それは無理だな。何故なら既に我と貴様の契約は完了しているのだから」

「何?」


 が、クレールは首を振って俺の頼みを拒否した。

 契約だか何だか知らないが勝手にそんなものを結ばせるなよ。


「俺は契約なんて知らない」

「そ、そんなことを言うな。別に貴様の命を差し出せとかそういった契約ではないのだから」

「じゃあどんな契約なんだよ」


 どうでもいいけどなんかこいつ焦ってるのか随分口調が砕けてるな。

 最初からちょっと思ってたけど、こいつは死霊の王というわりに威厳も何もないような気がする。


「我と貴様の契約はな……我が貴様の力を高める代わりに貴様は我にデスヒールをかけるというものだ」

「へえ」


 そういえばこいつの目的は俺にヒールをかけてもらうことだったな。


 スキル『死霊の加護』と床に置いてある死霊の大盾があれば俺のダメージヒールは約10倍という効果が出る。

 さっき2回ほどかけてやったが、あれはただのお試しというやつで本番はこれからという事だったのか。


「その契約は解除できないのか?」

「無理だな。これは我か貴様が死ぬまで続く契約だ」

「マジか」


 なんでそんな契約を向こうが勝手に決めちゃってんの。


「じゃあ俺がヒールをかけたらこの契約を履行したと見なして終了させる事はできるか?」

「できぬな。先程も言ったようにこれは我か貴様が死ぬまで続く契約だ」

「マジか……」


 酷い契約だな。

 俺の実質的損失になるような契約ではないのが唯一の救いか。


「……加護の方はどうにもならんが、大盾の方は貴様が普段使わなければ良いだけではないか? それなら貴様の言う”ずる”もそこまで大きなものにはなるまい」

「そうするしかないのか……」


 あまり気に入らない力だが、加護だけならまだなんとか許容できなくもない。

 MPとMND2倍とか頭おかしいとしか思えないが。


「わかったよ。それじゃあスキルと大盾は貰っておく」


 そして俺はラージシールドをアイテムボックスにしまって、床に置いていた大盾を手にとった。


 後はこれをアイテムボックスにしまって帰れば俺の目的は達成されるが、それをする前にやっておかなければならない事がある。


「あとはヒールだな。お前にはどれくらいかけてやればいいんだ?」

「かけられるだけかけてくれ」

「了解」


 クレールの言葉を聞いた俺はそいつに向かって死霊の大盾を持ったままヒールをかけた。


「うおおおおおお! これだ! これぞまさしく我の求めていたデスヒールだ! もっと……もっとかけてくれ!」

「あーはいはい……」


 約10倍の効果があるヒールを受けて死霊の王は喜びの声を上げていた。

 俺はそんな声を聞き流しつつヒールを連発する。


 その後、俺のMPが尽きるまでヒールを唱えた結果、死霊の王は満足そうにスキップし始めた。


「体が軽い! 力が漲る! やはり我の見立て通り貴様のヒールは最高だな!」

「あ、そっすか」


 まるで子供のようにはしゃぐ骨を見て俺はやや呆れ顔で頭を掻いていた。


 ここにきてもう1時間は経つが、未だにクレールという存在が理解できない。

 王様だったら王様らしくしてろよ。


「じゃあ俺はこの辺で」


 とはいってもこいつと俺はここまでの縁。

 十分にヒールをかけてやって満足したのならもう俺がいる必要もない。


 そう思って俺は地上へと続く階段のある方へ歩き始めた。


「まて、我を置いていくな」


 が、そこで背後から俺を引き止めるかのような声がした。


「……ヒールはもう十分にかけてやっただろう?」


 なので俺はそう言いながら振り返ると、いつの間にかすぐ傍まで来ているクレールの姿が目に映った。


 近くで見るとこいつ俺より小さいな。

 骨である事を考慮してもフィルくらいの背丈しかないように思える。


「1人で出ていこうとするな。我も連れていけ」

「……なんでだよ?」

「我の目的を忘れたか?」

「目的?」

「旅をするという目的だ」

「ああ……」


 そういえば言っていたな。

 だが旅をしたいなら勝手にすればいいだろ。


「というわけで貴様には1時間につき最低でも1回、就寝時にはありったけのデスヒールをお願いするぞ」

「……は?」

「は? ではない。そうしないと我は墓地以外で活動できないのだから仕方あるまい」

「…………」


 ……つまりこういうことか?


「お前、俺についてくる気なのか?」

「当たり前だ。これからよろしく頼むぞ」

「いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや」


 わけわかんねーし。

 骨がついてくるとかわけわかんねーし。

 俺は死霊使いでもなんでもねーし。


「やめろついてくんな。お前がいると邪魔だ」

「む……何故我がいると邪魔になるのだ?」

「邪魔になるだろ。骨と一緒じゃ町も普通に歩けねえよ」


 いくらファンタジー色が強い世界とはいえ町中を骨が普通に歩ける程ファンタジーしてないぞ。

 一応調教師職ならMOBを使役する事もできるから町にも多少モンスターはいるが、今のところテイムできたなんて情報もないアンデッドが歩いてたら迷わず討伐される。


「おおっ、そういえばそうだったな、我とした事がうっかりしていた」


 しかし俺のそんな拒絶を全く意に介さない様子のクレールは骨の手をコンと打って何かを唱え始めた。


 すると周りから黒い光が溢れだし、クレールの姿を覆い隠していく。


「…………」

「……ふぅ、これでいいだろう?」



 そして黒い光がはじけ飛んだかと思うと、その中から1人の女性が姿を現した。


 目の色は赤く、輝くような黄金色の長い髪を靡かせ、凹凸がしっかりと現れている裸体を破れかけの黒いマントで3割ほど隠した美少女が俺の目の前に立っていた。



 また、それと共に俺の頭の中でポーンという音が鳴り響く。



 『パーティーが解散されました』

 『クレールがパーティーに加わりました』




 !?

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