僧侶職vs武道家職
大盾を持った少年シンと大剣持った少女アクアは荒野の中にポツンとある木の柵でぐるりと覆われた村『テキサス』にたどり着いた。
村の入り口に二人が立つと丸太を組んでできた門が開き、開拓村というような雰囲気の漂う風景がシンの目に映る。
「……ここに来るのも久しぶりだな」
「そうなんですか?」
「ああ」
シンは続けて「最後に来たのは1年前だったか」と言うのを聞き、アクアはそれがアース時間での話だと推測した。
地球時間における1年前は丁度クロスクロニクルが配信された時期であるために、テキサスに訪れることは不可能だからである。
「それに来たといっても西の山脈に篭っていたから村については詳しくない」
「西というと……グアダルーペ山脈のことですか?」
「ああ。あそこには有用なアイテムが取得できるイベントがあったからな」
「そ、そうですか」
イベント。
シンがそう言った瞬間、アクアの表情は僅かに強張る。
それはまるでこの世界がゲームであるかのような台詞であるために起こったリアクションであった。
アースに来た地球人は、数日もしないうちにここがゲームではなくリアルなのだと理解する。
VR技術では再現不可能な現実感を肌で感じ、またアース人には思考能力が備わっており、更にここで起きる出来事はゲームのイベントではありえないほど多岐に渡るからだ。
けれど少年の口ぶりはまるでこの世界をゲームとして見ているようだと少女は感じた。
「ま、まあそういうことでしたら私が村の中をご案内しますよ。とりあえず私イチオシのハンバーガー屋さんのところへ行きましょうかっ」
「ああ、そうしてくれ」
だが特に気にする事でもないかと思い直したアクアはシンに向けて明るく声をかける。
そして二人は村の中に入るべく歩き始めた。
「よお水野! お前も来てたんだな!」
「!?」
しかし村へ入ってすぐといったところで突然1人の少年がシン達のところへ駆け寄ってきた。
「ちょ……ライ君……ここでは水野って呼ばないでっていつも言ってるでしょ……」
「まあ別にいいじゃねえか。俺とお前の仲だろ?」
「…………」
ライと呼ばれる少年はアクアから抗議の目を向けられても気にする事無く笑っている。
そんな様子を見てシンは眉をピクッと吊り上げ、少年に向けて注意するべく口を開く。
「ライ……と言ったな。本人が嫌がっているのにアースで地球の名を持ち出すというのはマナー違反だ。学校でもそう教わっただろう?」
「うん? 誰ですかあんた?」
「……俺はシン。お前と同じプレイヤーだ」
「へえ、そうですか。それでなんであんたは水野と一緒にいるんです?」
「…………」
こいつ俺の話をちゃんと聞いていたのか?と思い、シンは露骨に眉をひそめ始める。
そんな様子のシンを見てアクアは慌てて仲裁に入り込んだ。
「ちょ、ちょっとライ君。シンさんに失礼だよ。この人は私達の先輩なんだよ?」
「先輩? だからどうしたっていうんだ?」
ライという少年には先輩や後輩といった年功序列など気にしないといった様子だが、それでシンは気分を害する事は無かった。
ゲームの中で年の差など関係無いという思想を持っており、それをアース世界の自分達にも当てはめているからである。
「それで、あんたはどうして水野と一緒にいるんですか? もしかしてナンパですか? 先輩って立場を利用して上手い事言いくるめようとしてるんですか?」
「…………」
なんだかめんどくさくなってきた。
そう思ったシンは頭を掻きつつ、事態の収拾をしてもらおうとアクアの方へ顔を向ける。
「こ、この人は私の命の恩人で、さっきヘルハウンドの群れから私を助けてくれたんだよ」
するとアクアは焦った様子でライへ説明を行う。
けれどライはそれを聞き、シンを訝しむような目つきで見始めた。
「へえ……でもそれってもしかしてこの人の仕業なんじゃないか? 水野にモンスターをけしかけてピンチを作ってそこを救い出す、みたいなさ」
ライは疑っていた。
目の前にいる男が自作自演でアクアに接触を持とうとしているのではないか、と。
しかしそんな疑惑をかけられたシンは嫌悪感を隠すことなく表情に出し、ライへ向けて睨むような目つきをしながら言葉を紡ぐ。
「……つまりお前は俺が彼女に対してMPK紛いのことをしたと言いたいのか?」
MPK。
それはMMOゲームにおいてプレイヤーを殺すPK手段の一種である。
標的としたプレイヤーの近くまでわざとモンスターを呼び寄せ、自分は逃げる事により引き寄せたモンスターを標的に擦り付けて殺させるという方法だ。
このPKの利点は犯行におよんだプレイヤーには何のペナルティも負わないという点、PKであると糾弾されても「たまたまだ」と言い逃れができてしまうといった点が挙げられるため、MMOにおいて、特にPvP(プレイヤーvsプレイヤー)が行えるゲームでは卑怯なPKとして認知されている
「そ、そうだよ。その反応を見るともしかして図星だったんじゃないですか?」
突然怒りをあらわにしたシンの様子を見てライは冷や汗をかきつつたじろぐものの、手ごたえアリと感じてニヤリと口元を歪ませた。
「聞き捨てならないな。訂正しろ」
そしてシンはライへ言葉の訂正を求めた。
ゲーマーとして正道を歩まんとするシンにとって、MPKをしたと疑われるのは侮辱以外の何物でもなかった。
「訂正? はっ、そんなのするわけないじゃないですか。こんなヤツほっといて俺達とパーティー組もうぜ水野」
「いや! 離してライ君!」
けれどライはそんなシンを鼻で笑い、アクアの手を取ってパーティーに引き込もうとする。
だがアクアはそれを拒否し、ライの手を振りほどく。
また、シンは自分の真横に来たライの肩に手を置き、先程よりも低い声で一言呟いた。
「訂正しろ」
「っ!」
これにはライも軽く驚き、シンの顔に目を向ける。
するとシンは訴えるようにして更にもう一度言い放つ。
「俺はMPKなんてそんな汚い真似などしない。今の言葉は訂正しろ」
「…………っ」
その様子はライに恐怖を抱かせた。
背丈で負けている年上の人間に睨みつけられたら怖いと思うのは当然と言えるが、それ以外にも何か執念めいたものが見えてしまい、ライはひるんだ。
「な、なんですか……訂正しなければなんだっていうんですか? もしかしてやるっていうんですか?」
「……それでお前が納得するのならな」
やる、という言葉に反応したシンはライへ向けてコクリと頷く。
プレイヤー同士が揉め事を起こした際、一番手っ取り早く解決する方法に決闘というものがある。
二人はその短い言葉だけで自分達が決闘を行うことを了承し合い、互いを見合って火花を散らす。
「いいですよ。ただしルールはこちらで決めさせてもらいます」
その決闘内容はいくつか細かく設定する事ができ、この理由から当事者同士で命を奪い合うほどの事態にはまずならない。
今回もそこまでする事はないと判断し、また別の思惑を抱いたライはシンへ向けて決闘の詳細を告げる。
「ルールはアビリティ(異能)無しの一発勝負。どちらが先に相手へ攻撃をヒットさせたかで勝敗を決めましょう」
「わかった」
一発勝負。
それは決闘の際に最も使用されるルールとして知られている。
だがそれはお互いが同じ射程のジョブ同士であることと、決闘を行うプレイヤーのどちらか片方だけがとあるジョブの派生でないという前提でのみ両者の合意がなされるのが基本であった。
そのとあるジョブとは『武道家』。
クロスクロニクルオンラインにおいて最も速い攻撃スキルを持つ職種であり、ライのジョブ『ボクサー』もまた『武道家』からの派生であった。
決闘ルールが一発勝負で決定した瞬間、ライはほくそ笑みつつ間髪入れずに口を開く。
「それじゃあ決闘開始!」
互いの了承が得られた段階で決闘開始条件がクリアされた。
なのでライはシンが心変わりをしないうちに手早く決闘を開始させる。
「『スピードアップ』!」
そしてライは武道家が扱える移動速度上昇のアクティブ(任意発動型)スキルを発動し、シンとの距離を一瞬で詰めた後に続けて攻撃スキルも発動させた。
「『ソニックパンチ』!」
『ソニックパンチ』は出だしが早く、クールタイム(スキル再使用時間)が短いため連打が利くボクサーの基本スキルとして知られている。
ライは速攻で決闘に勝つため、未だ構えてすらいないシンに向けて最速の攻撃を放った。
しかしその攻撃はシンが左手に持つ小盾によってあっさりと防がれる。
「どうした。盾に攻撃を当てただけじゃ一発勝負は終了しないぞ」
「ぐっ……!」
予想外の反応速度を見せたシンを見てライは歯をギリッと噛み締め、続けざまに足技スキルを発動させる。
「『サマーソルトキック』!」
ライは宙返りをしながら蹴りを放つ『サマーソルトキック』を発動させてシンの顎へ向けて攻撃を加えた。
だがそれもシンの小盾によって受け流されるのみで、一向にダメージは入らない。
「チッ!」
宙返りをしながらシンとの距離を置いたライは攻撃が通っていない事に苛立って舌打ちしつつも、再び出だしの速いスキルの連打を行う。
『フラッシュステップ』、『ソニックパンチ』、『ブレイクフィスト』、『トルネードキック』。
武道家派生のジョブが覚えられるスキルをライは次々シンへと浴びせていく。
「……お前、PvPは初めてか?」
けれどそのスキルの悉くは小盾に防がれる。
また、そこまでの攻撃を冷静に捌きつつ分析していたシンは、ライをPvP初心者であると判断して訊ねた。
「対人戦はたまにしかやりませんが、それがなにか?」
「そうか……なら先輩としてお前に教えてやる」
PvPとしてあまりにお粗末な動きを見せるライを見てシンは軽くため息をつきつつも、学園の先輩として、クロクロプレイヤーの先輩として説明を始める。
「対人戦においてスキルの連打は悪手だ。それでゴリ押しが効くのはミドルプレイヤーまでだと覚えておけ」
スキルの連打が通用するのはミドルプレイヤー(中級者)まで。
それを聞いたライが首を傾げるのを見て、シンは更に補足説明を行う。
「スキルは一度発動すると特殊な動作を行わない限り常に同じモーションとなる。それに加えてスキル発動時には体勢に前兆が見えてしまう。つまり相手の予備動作のみでどのようなスキルが発動するのか大体読める上にその後の動きもわかってしまう。いくら出だしが速くともそれでは余裕で防御をする事ができる。さっきまでのようにな」
「な……」
シンはライに「お前の行動は完全に読めている」と告げた。
この事実を知りライは驚愕しつつも、先程の攻撃が全て防御されてしまった理由を理解し、顔に冷や汗をかき始める。
「それに加えてお前はスキルを発動する際にスキル名を叫んでいる。確かにスキルは言葉にしたほうが事故が起こりにくいため学校でも推奨されているが、PvPで勝とうとするなら無詠唱で即発動できるように練習しておけ。何をするか完全にバレバレだ」
通常、スキルは三つの方法で発動する事ができる。
一つ目はクロクロプレイヤーのみが持つメニュー画面から使用したいスキルをクリックして発動させる方法。
二つ目は発動する意思を乗せた状態で一定の予備動作を行いつつスキル名を詠唱する方法。
三つ目はスキルを使用するという意思と予備動作のみで発動させる方法、である。
一つ目は地球人なら誰でもスキルを発動させる事ができ、二つ目は多少アース世界に慣れた者であればほぼ全員できるようになる。
しかし三つ目は一つのスキルに対して幾度と無い反復練習を行う事によって習得できる方法であり、これを覚えても使えそうな場面はPvP時に限られるため学校では無駄な知識とされている。
また、味方への攻撃、フレンドリーファイア(FF)ができてしまうアースにおける無詠唱――特に遠距離攻撃スキル――は味方へ誤射する危険性があるため積極的に教える事も無い。
が、事PvPに限ってのみで言えば無詠唱は必須技能と言える。
スキルを発動する際、何のスキルを使うかが敵に知られてしまうためだ。
なので無詠唱ができるのとできないのではPvPにおいて雲泥の差が生まれることになる。
「くそっ! 武道家職が戦士職に負けてたまるか! 『ソニックパンチ』!」
こういった事実をシンに教えられながらも、ライはスキルを振る事を止められない。
今ここで無詠唱を覚えられるわけもなく、スキル無しでは大した戦闘もできないライにとって、今までの戦い方を続けるしか手段は無かった。
「……あと俺のジョブは戦士職じゃない。僧侶職だ」
そして闇雲に攻撃をし続けるライに向けてシンはそう言い、小盾でライの頭を小突いた。
盾は攻撃力が低いものの、武器としても使用する事ができる。
シンの攻撃は攻撃と判断され、ピピィー!という決闘終了の音が2人の耳に鳴り響いた。
「僧侶……職……?」
だがライにとって決闘の終了より、シンの言葉の方が大きく頭に残った。
僧侶職は戦士職や騎士職と同様に盾や重装備を使用する事ができる。
なので僧侶職がシンの持つ二盾や物々しく赤黒い色をした鎧装備をしていても問題は無い。
けれど僧侶職は回復、味方援護に特化したジョブである。
武道家と一対一で戦って勝てるような要素は無い。
なのにシンはライの決闘を受けた。
しかもルールは武道家職に圧倒的有利とされている一発勝負で。
それでも尚ここまで手玉に取られるということは、両者の力量が違い過ぎるからに他ならなかった。
「負けた……」
ライはその場に崩れ落ち、両手を地面につける。
スピードではライの方が上回っており、しかもシンはスキルを一切使用しなかった。
なのでレベルの差やジョブの違いなどではなく、本人の持つ実力で負けた事になる。
それを理解してライは悔し涙を流し始めた。
「……泣かないでくれよ」
「う、うるさい!」
これではまるで弱いものいじめをしているようだ。
シンはライの様子を見てそう思い、ボサボサ頭を掻きつつも用件を済ませることにした。
「それじゃあ約束どおりMPKしたなんていう発言は撤回しろ。それと彼女の事もアクアと呼べ」
決闘に勝ったシンはライにその二つを要求する。
約束したのはMPKについてのみであったが、これぐらいは誤差の範囲としてシンはアクアの名前についても付け加えた。
「あと……あまり女の子に付きまとうような真似はよせ」
また、それとは別にしてシンはライに対し忠告を行った。
先程のやりとりから、ライはどうやらアクアにパーティーを組む事を強要しているように見えたためだ。
これはシンにとって不快としか言いようが無かった。
おそらくアクアと同学年のプレイヤーで彼女に好意を持っているのかもしれないが、だからといって彼女に迷惑をかけていいわけではない。
「うるさい! 兄が妹を心配して何が悪い!」
しかしシンの発言に反応したライが怒鳴り声を上げた。
それを聞いたシンは数秒固まる。
「……すまん」
シンは自分が勘違いしていた事に赤面した。