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作戦会議

 魔族が戦争の準備を進めている頃。

 ウルズ大陸にある一大都市『クロス』では、それを迎え撃つ算段を立てる者たちがいた。


 その中心にいたのは、法王、ミハイル・ディ・カーライル

 人族の中で最も聖魔法に長けた者である。

 かつては『若き法王』と呼ばれた彼も、年齢が30を過ぎた今では、立派な聖職者として民衆から支持を得ていた。


「……魔族が攻めてくる……か。まさか、私の代で二度もこのようなことが起きようとはな」


 ミハイルは端整な顔の額に悩ましげなシワを作り、この状況を悲観していた。


 魔族との戦争は、龍王がいる限りありえない、と思い込んでいた。

 しかし、その期待は見事に裏切られ、こうして作戦会議を行う羽目になっている。


 人が無残に死にゆく戦争を何度も仕掛けてくる。

 そんな行為を、ミハイルは聖職者として到底許せそうになかった。


「起きちまいそうなのは仕方ねえよ。今はそれに腹を立てるより、これからのことを話し合おうぜ」


 ミハイルを落ち着かせるように、1人の男性がそう言った。


 男性の名はケンゴ。

 剣王と呼ばれ、地球人(プレイヤー)の中でも一位二位を争う実力者と囁かれる剣士である。

 最近は海王に一対一の決闘で勝ったとも噂され、その強さに磨きがかかっていると、もっぱらの評判であった。


「攻めてくるというのであれば、致し方ない。余がすべてを灰塵に帰すゆえ、そなたたちの出番はないぞ」


 そして、ミハイルから見てケンゴとは逆側にいた女性が、不愉快そうに口を開いた。


 女性の名は火焔。

 龍人族の長であり、この世界で最も強いと評される龍王という地位に座る者である。

 1000年という時間を生きた彼女の言葉は、他の誰よりも重いものであった。


「でもよ、魔族の奴らも、好きでこんなことをしてるわけじゃねえだろ。こいつらの話によるとさ」

「……この者らが真実を語っていれば、であるがな」


 ケンゴと火焔は、部屋の入口付近にいる冒険者たちに視線を向ける。

 そこには、キィス、エマ、クーリ、リアナの4人が立っていた。


「俺らは嘘なんてついてない! それより、早くシンにぃを助けてくれ!」

「き、キィス君! 落ち着いて! 今暴れても、なんにもならないでしょ!」

「そうですわよ……冷静になりなさい……みんな、こっち見てますわ……」

「……っ……」


 キィスたち4人は、シンから渡された『龍王の宝玉』によって、この都市へと簡単に帰還することができた。

 また、彼らが宝玉を持ち帰ったことで、シンがフヴェル大陸にいるという証拠にもなり、今回の会議で発言をする機会を得るに至った。


「そうなんだよなぁ……シンの奴も、どうにかしないといけないんだよなぁ……」

「シンにぃを助け出すのに金が必要だっていうなら、俺が払うから! 俺ができることなら、なんでもするから! だから、頼むよ……」

「いや、金とかは別にいいんだけどよ……まいったな……」


 ケンゴはキィスが深く頭を下げるのを見て、どうしたものかとボリボリ頭をかく。


「……俺も、シンを助けに行きてえところなんだが、状況がマズイ」

「申し訳ないが……1人の命を救うために、無茶な作戦を立てることはできない」

「うぐ……」


 キィスはケンゴとミハイルの説明を聞いて、歯をギリッと噛みしめる。


 戦争が始まるかもしれないというこのときに、敵の本陣へ特攻を仕掛けるような真似は躊躇われた。

 敵は神すらも手を焼く魔女、それに、身体能力と魔法の扱いに優れた種族である魔族の軍団。

 たとえ、シンを救出に向かうのだとしても、それを達成するのは非常に難しいであろう、とケンゴたちは思った。


「安心しろ。シンはそんな簡単に死んじまうようなタマじゃねえ。それは、てめえらもよく知ってんだろ?」

「そ、それは……」


 シンとキィスたちの間柄については、簡単にではあるものの、ケンゴたちへ説明を済ませている。

 ゆえに、ケンゴたちもキィスたちがどんな気持ちでこの場にいるかくらい、察することができた。


「だから、くれぐれも先走ったことはするんじゃねえぞ。てめえらだけでできることなんざ、たかが知れてるんだからな」 

「……わ、わか……りました」


 そして、ケンゴはキィスに鋭い視線を向けて威圧した。


 内心では、こんなことしか言えないことに、ケンゴは申し訳なさを抱いていた。

 けれど、シンが簡単に死ぬとは思えないというのも、本心からの言葉であった。


 シンは、必ず生きて自分たちのところに戻ってくる。

 ケンゴはそう信じ、シンについての話はここまでとすることにした。


「……わりいな、不甲斐ないところを見せちまってよ」


 そして、ケンゴは謝罪の言葉を口にした。


「そ、そんなことは……俺、剣王様をそんなふうには――」

「ケンゴでいい。昔は、てめえもそう呼んでたろ?」

「! 俺のこと、覚えててくれたんだ……」

「まあな」


 ケンゴは昔、キィスと会ったことがあった。

 キィスもまた、そのことをおぼろげながらも覚えており、ケンゴと再び会えるのを密かに夢見ていた。


「久しぶりに会った俺がこんなんで、幻滅してやしねえか?」

「……正直、シンにぃを助けにいってくれないのはガッカリした。でも、助けに行くのは無謀だってことくらい、俺にもわかる」


 感情的には、ケンゴに失望めいたものを感じた。

 けれど、キィスも今や立派なAランク冒険者だった。

 私情で大局を見失うほど子どもではなく、冷静に状況を分析することだってできたのである。


「それに……シンにぃを置いて逃げ帰った俺に、ケンゴさんを責める資格なんてないしさ……」


 キィスはそこで、自嘲気味に笑みを零した。


「いや、てめえらは無事に帰ってきて、俺らに重要な情報を教えてくれた。これは、誇っていいことだぜ、キィス」

「ケンゴさん……」

「おまけに、向こうからすげえ客人を連れてきたしよ……って」


 と、そこでケンゴは、ミハイルたちのほうへと向き直った。


「そういやあ、こいつらが連れてきたニドルク・フィヨルドはどうなったんだ?」


 キィスたちは、自分たち4人の他に、今や前魔王となったニドルクを連れてウルズ大陸に帰還していた。

 魔族と人族は敵対関係が続いている。

 が、今回は緊急事態であるということで、ミハイルは部下に、眠ったままのニドルクを手厚く看護するようにと指示を出していた。


「……ふむ、そうか…………まだ意識は戻らないそうだ。この会議が終わり次第、私もニドルク氏のもとを訪れよう」


 部下の1人から耳打ちされたミハイルは、ニドルクの状態をこの場にいる全員へ向けて簡潔に説明した。


「そいつなんだけどよ。なんとかして魔族側の交渉に使えねえかな。一応、魔王なんだろ?」


 すると、ケンゴがそんな提案を出してきた。


「検討の余地はあるかもしれないが……おそらく、今はもう魔王の座にニーズ・フィヨルド氏が就いただろうから、前魔王を取引材料とすることに、どれだけの効果があるか……」

「それ以前に、魔王を裏で操っているのは魔女だ。そなたの案が、あやつに効くと思えん」


 ミハイルと火焔は、渋い顔で意見を出した。


 現役の魔王を人質にできたならば、魔族に対して強力なカードとして機能しうる。

 しかし、ニーズが魔王となって、魔女が彼を操るのであれば、前魔王を犠牲にする選択を魔族に強いることすらできてしまう。


 状況的に、ニドルクの存在は魔族の抑止力となりえない、というのが今回の会議で出た結論の1つだった。


「……それじゃあ、やっぱ戦争を回避する手段はねえってことか」

「魔女をどうにかしない限り、無理であろう」

「ふむ……」


 ケンゴ、火焔、ミハイルの3人は、そこで唸るような声をあげた。


「戦争になる場合は……俺らは絶対に負けられねえ」

「相手の出方にもよるが、一度でも軍同士が矛を交えたならば、あとはもう泥沼だ。龍王の警告すらも効かないとあっては、かつての三王戦役か、それ以上の争いとなるだろう」

「どうなるにせよ、戦力が必要か……余はこれから各地を回り、この地にあらゆる強者を集めることにする」

「ああ、頼むぜ、火焔。俺は地球人の奴らにも、今回の戦いに参加してもらうよう掛け合うからよ」


 戦争を回避する手段が思いつかなかった3人は、魔女と魔王率いる魔族軍に対抗するために、ひとまず戦力を集めることにした。


「シンにぃ……無事でいてくれよ……」


 そして、キィスは魔王城に取り残してしまったシンのことを思い、彼の無事を神に祈るのだった。

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