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魔女の依り代

 魔女との遭遇から数日が経過した。

 俺は今、魔王城内部に張られた結界の発生地点にいる。


 呪いのせいで魔女の言うことに従うことしかできなくなったが、こうして魔王城を自由に歩くことはできた。

 だから、本来俺がここに来た目的である、アース人避けの結界が張られているこの場所にも、難なく入ることができた。


 ニーズたちでさえ近づくことができない部屋の中には……1人の少女がいた。


「…………」


 純白の髪の少女は、ベッドの上ですぅすぅと眠っている。

 そして、そのベッドを四角で囲むようにして、アース人避けの結界とは別の、透明な障壁らしきものが張られていた。


 ベッドのほうに手を伸ばしてみるも、その障壁が邪魔で、少女に触れることができない。

 それだけのことをする必要が、この少女にはあるのだろう。


 ちなみに、俺がこの部屋に来たのは、これで3回目だ。

 1回目も2回目も、少女は眠ったままだったことを考えると、これからもずっと眠ったままである可能性が高い。


「……確か、『スキル・ルレイル』って名前だったか?」


 俺は、この少女が技能神『スキル・ルレイル』であると予測した。

 魔女がここまでして隔離する存在といえば、それはもう神くらいのものだろうと思ったからだ。


「うふふ……その通り……彼女こそがこのフヴェル大陸の地に封印されていた技能神ですよ」

「!」


 突然声がしたので、俺は振り返った。

 背後には、クレールの体を乗っ取った魔女――アースがいた。


 アースの後ろにはカルアも控えている。

 俺の様子を見に来たか、あるいはこっちの少女のほうに用があったのか。

 どちらにしろ、こいつらとはあまり会いたくなかった。


「……そういえば、お前は1000年前、技能神によって倒されたってクロスから聞いたんだが?」


 アースに危害を加えられない俺は、ざわつく心を紛らわせるため、そんな疑問を口にした。


 クロス曰く、技能神がアースを倒した。

 なのに、アースはクレールの体を乗っ取り、今もこうして存命している。

 よくわからない状況だ。


「確かに、私は彼女……スキル母様の手によって、一度は身を滅ぼされました……ですが、魂だけは滅んでいなかったのですよ……」

「魂……?」

「ええ……私の魂はスキル母様の中に潜り込み……体を乗っ取る機会を窺っていたのです……」


 神の体を乗っ取ろうとか……凄いことを考えるもんだな。

 アース人から今も恐れられているだけのことはある。


「体の乗っ取りは、スキル母様が疲弊したタイミングを見計らって、なんとか実行に移せました……数百年単位の時間はかかりましたけどね……」


 アースは、俺に自分の過去をつらつらと語っていく。

 それは、一見楽しそうに見えることから、多分、自慢話なのだろう。


「ですが……流石は母様ですね……体を乗っ取られてなお、私を拒絶し続けました……私が編み出した結界から一歩でも外に出たら、すぐさま体の主導権を取り換えさせられかねないほどに……」

「……だから、お前はクレールの体を次の乗っ取り先にしようと?」

「うふふ……ええ、その通りですよ……」


 神の体の乗っ取りは不完全に終わったから、アースは別の体を欲した……ってわけだな。


「だが……どうしてクレールなんだ。お前にとって、クレールはいったいなんなんだ」


 俺はアースにクレールの体を乗っ取った理由を訊ねた。


 わざわざクレールの体である必要があったのか。

 それを知らなければ、俺の疑問は減らない。


「クレールは……私が体を乗っ取るにあたって、強さと美しさ……そして馴染み深さを持っていたのです……」

「馴染み深さって……なんのことだ」


 強さと美しさは、まあなんとなくわかる。

 でも、馴染み深さは意味不明だ。


 クレールとアースの間には、馴染み深いなにかがあるっていうのか?


「1000年前……私は魂の本元をスキル母様の中に宿しましたが……それ以外にも、魂の欠片と言うべきものを、私が作り出した分身体の1つに分けていたのですよ……」

「なに……?」

「クロス母様も、あなたに似たようなことをしていましたよね……理屈はそれと同じです……」

「…………」


 クロスは、俺の体に自分の魂の一部を定着させていた。

 アースも、それと同じことができるっていうのか?


「そして、欠片のほうの私は……いずれくる復活の時を考えて、1人の女の子を出産しました……」

「…………!!!」


 アースがそこまで言った瞬間、俺は嫌な予感を抱いた。


「まさか……その女の子っていうのは……」

「うふふ……ええ、そうですよ。その子こそがクレール……私の最高傑作です……」


 驚愕する俺に、アースは不気味な笑みを浮かべながら近づいてくる。


「クレールは……初めから私の依り代となるために生み出されたのですよ……私が神となり……この世界を支配するために……」

「…………」 


 俺は、アースが耳元で囁いてくるのを聞きながら、両の拳を固く握りしめた。


「……クレールは、お前の道具なんかじゃない」

「うふふ……そうですね……私の大事な大事な娘です……」

「だったら――」

「でも……だからどうしたというのです? クレールも……母である私の役に立てて光栄でしょう?」

「ふざけるな!」


 アースのあんまりな発言に、俺は声を荒げた。

 その瞬間、俺の体に激痛が走り、立っていることすらままならなくなった。


「ぐ……」

「あなたも学習しない人ですね……それではいずれ死んでしまいますよ……」

「う……うるさい!」


 くそ……。

 アースに敵意を向けただけでこのザマとはな……。

 情けなすぎて涙が出てきそうだ……。


「これでは、まだ私に回復魔法をかけてみる気にはならなさそうですね……」


 アースはため息を零しながら、俺に背を向けて、部屋の扉があるほうへと歩き出す。


 俺はこの数日、アースに回復魔法を一度もかけていない。

 回復魔法をかけることは、こいつが力を増すことと等価であるからだ。

 強要され、それを拒むことで激痛に苛まれても、これだけはしまいと心に決めている。


「別に、あなたの回復魔法でなければいけない、というわけではないのですよ……代わりなら、いくらでも見繕えるのですからね……うふふふふ……」

「…………」


 そしてアースはそう言い残し、部屋から出て行った。


 どうやら、アースは俺の様子を見に来ただけだったようだ。

 結果は、これまで通り平行線のままといった感じだったが、俺もいつまで体が持つかわからない。


「馬鹿な奴だな。さっさと諦めちまえば、楽になれるっていうのによ」


 と、そこで部屋に残っていたカルアが、俺に声をかけてきた。


 楽になれる……か。

 確かに、アースの言うことを素直に聞けば、俺はこんなに苦しまなくても済んだ。


 ……でも。


「俺は……諦めの悪い男なんでな」


 体の痛みに堪えつつも呼吸を落ち着かせて、俺はカルアにそう言った。


「…………やっぱり、俺はお前のことが大嫌いだ」


 すると、カルアは忌々しげにそう呟いて、俺のことを睨んできた。


「……ニーズ・フィヨルドの戴冠式(たいかんしき)が、さっき終わった。これから数日と経たず、ニーズ魔王率いる魔族軍がウルズ大陸に進軍する」


 睨みを利かせたまま、今度は業務連絡を淡々とこなすような口調で、俺にそう説明してきた。


「俺たちもその軍に同行する。もちろん、魔女も一緒だ」

「……戦争をするつもりか」

「ああそうだ。お前が回復魔法を使わない以上、民衆の死こそが魔女にとって唯一の糧だからな」

「…………」


 カルアは俺を責めるようにして、その言葉を吐き捨てた。


「お前のせいで、どれだけのアース人が死ぬか……じっくり見させてもらうぜ……」


 俺のせい……か。


 俺が回復魔法をかけるかけないにかかわらず、魔女はこの世界を手中に収めるため、戦争をするつもりだった。

 だから、カルアの言葉は的外れだ。


 かといって、ここでこいつに言い返すほどの気力は、俺にはない。

 戦争の始まりを阻止できない以上、俺がここでどんなに言いかえしても、それは俺の自己満足にしかならないからだ。


「……だんまりかよ。つまんねえ奴だな」

「…………」


 俺が無言のままでいると、カルアはフンと鼻を鳴らし、部屋から出て行った。


「どうすればいいっていうんだよ……俺は……」


 部屋の中が静かになったところで、俺は自分の無力さを心の中で嘆いた。


「なあ……みんな……俺は、どうすればいいんだ……」


 そして俺は、ミーミル大陸で別れたっきりになっているみんなのことを考えながら、泣きそうになる顔を上げたのだった。

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