とある少年の回想2
「……あれが開発局所属の高校生連中か」
異能機関に拉致されてから4ヵ月ほどが経過したある日。
カルアは切り立った崖の上から、10人ほどで動いている少年少女たちの様子を、遠くから観察していた。
「彼らは、君と同じ高校1年生なのだそうだよ。巡り合わせによっては、君もあの集団の中にいたかもしれないね」
2パーティーで戦っている10人の少年少女たちは、迫りくるモンスターの群れを競うようにして撃退していく。
カルアの隣にいたカミカゼは、それを見ながら連れの2人に説明した。
「だってさ、カル君。同じ年の子とああして遊べなくて、ちょっと寂しかったりする?」
連れの1人であるハナは、意地悪気な口調でカルアに訊ねた。
それに対し、カルアは口をへの字に曲げる。
「そんなわけあるかよ……つうか、今日はあいつらを潰すために遠路はるばるウルズ大陸へ来たんじゃねえのかよ、カミカゼ」
「まあ、そうだったんだけどね。彼らは思いのほか強いみたいだ。早めに脱落してくれたほうが、彼らの将来にとってもプラスだと思うのだけどね」
「強い……ねえ」
カルアは再び視線を高校生たちに向ける。
レベルはまだ10程度。
まだまだひよっこの域を超えない。
なのに、どこをどう見たら、そんな感想が出てくるのか。
そう思ったカルアは、大きくため息をつく。
「……あんな奴ら、俺なら一捻りできるっつの」
「えー? 本当かなぁ?」
カルアの呟きに、ハナが反応した。
「私、もしかしたらカル君でも負けちゃうかもしれないなぁって思ったんだけど」
「おい、どういうことだよ、ハナ。俺があんな奴らに負けるかもだと?」
「うん。だって、あのパーティーの中に黒い鎧を着たタンクの子がいるじゃない? あの子、多分カル君じゃ攻撃を通せないくらい固いよ」
「黒い奴……? ……ああ、あれか」
カルアとハナは、高校生パーティーの前衛にいる二枚盾の少年に視線を注ぐ。
その少年は、モンスターの大群に襲われて、なお無傷だった。
「……だからどうしたっつうんだよ。あの程度の防御くらい、レベル差でゴリ押しできるっつの」
「それ……プレイヤースキルでは勝てませんって白旗振ってるような発言じゃない?」
「プレイヤースキルでも俺が上だ! 馬鹿にすんじゃねえ!」
「あー、はいはい。なら、そのプレイヤースキルで、まず先にトウマさんに勝ってみようね」
「うぐ……お前、ホント性格悪いな」
カルアはトウマに模擬戦で一度も勝ったことがなかった。
それは、ひとえにトウマのプレイヤースキルが群を抜いて高かったためであるが、負け続けているカルアにとっては目の上のタンコブだった。
「……というか、あいつはもう、俺とそういうことをする暇なんかないだろ。今日も『修業だ』とか言って、単独行動してるみたいだしよ」
「ああ……うん、そうだね。トウマさんはトウマさんなりの考えがあるんだろうけど、もうちょっと肩の力を抜いてほしいよね」
トウマは、ある日を境にして、1人で鍛練を積むようになった。
その姿は、自分自身を追い詰めているようにも見え、ハナはそれを気にかけていた。
「……やはり、MPKであの子たちを倒すのは難しそうか」
カルアとハナが話し込んでいる間も、カミカゼは高校生パーティーの戦いぶりをじっくりと観察していた。
「……カミカゼ」
「ん? なんだい、カルア君」
「あいつらを倒したいんだったら、どうして直接PKしないんだよ。そっちのほうが確実だろ?」
いつもの柔和な笑みを浮かべるカミカゼに、カルアはそう訊ねた。
「彼らを直接攻撃したら、怖い連中が仕返しにくるかもしれないからだよ」
「怖い連中?」
「未来を知る化け物や、人の心を読む化け物のことだよ。僕たちが目立つような動きをしようものなら、そいつらが黙ってない。だから、僕たちはコソコソと隠れて行動するのさ」
「ふぅん。俺はてっきり、お前があいつらに手心を加えているんじゃないかと思ったぞ」
「ははは……そんなまさか」
カミカゼは、そこで微笑を浮かべた。
そんな様子を見て、カルアは訝しむような視線を向ける。
「さて、社会見学はこれでもういいだろう。そろそろ帰るよ、2人とも」
すると、カミカゼは話題を切り替え、フヴェル大陸に戻る提案をしだした。
「えー! せっかく別大陸まで来たんですから、町とかで、もうちょっと観光らしいことさせてくださいよー!」
「……ハナさん。僕たちは遊びにきたわけじゃないんだよ?」
「いいじゃんかよ、カミカゼ。俺もハナと同意見だ」
「カルア君まで……」
ハナとカルアが帰るのを渋り、カミカゼは困ったというふうに眉を下げる。
「……しょうがない。今回だけだよ?」
「わ! やった!」
「それと、万が一開発局の人間を見かけても、僕たちの素性を悟られないよう、十分気をつけて行動すること。いいね?」
「はーい! わかりました! カミカゼ先生!」
「先生はよしなさい」
「てへへ」
カミカゼが折れて観光を許可すると、ハナは嬉しそうに飛び跳ねた。
「それじゃあカルア君。ハナさんの護衛は任せたよ」
「……は? 護衛?」
「男の子なんだから、女の子を守るのは当然じゃないか」
「んだよそれ……時代錯誤も甚だしい考えだな」
「まあまあ、いいじゃないカル君」
カルアをなだめながら、ハナは近くにあった町のほうを向いた。
「競争しよ、カル君! 早く町についたほうが敗者にデザートを奢ってもらうってことで!」
「は? なんで俺がそんなこと――」
「いいからいいから! それじゃあ、よーいドン!」
「な!? こ、こら待て!」
元気にはしゃぐハナは、カルアの足元を『摩擦制御』で滑りやすくし、自分は勢いよくスタートダッシュを決めた。
「くそっ! お前、そればっかだな!」
「わわっ!? カル君、また勝手に私の異能を共有したでしょ! それやられるとモニャモニャするからイヤなのに!」
「モニャモニャってなんだよ! それより、さっきの勝負、覚えとけよ! お前には負ける気しないからな!」
こうして2人は、町のほうへと走っていった。
「…………というか、僕の異能を共有すれば簡単に勝てたのに」
それを見ながら、カミカゼはそっと呟く。
口元に微笑を浮かべながら。
「まあいっか……楽しそうだしね」
あの子たちには、今まで子どもらしいことをさせてあげられていなかった。
異能機関の同士にするため、魔女の命令で無理やり仲間にしたものの、2人とも、まだ高校生といった年頃だ。
だから、今日くらいは羽を伸ばして、目一杯遊ばせてあげよう。
カミカゼはそう思いながら、2人の後を追った。
――しかし、そんなカミカゼの思いやりは、悪い結果をもたらした。
その日の夜。
地球における異能機関の本部内にて、アースから帰還してきたカルアは、血相を変えて走っていた。
そして、彼は本部にある医療室前に到着し、呆然と立ち尽くすカミカゼと出会った。
「は、ハナはどうした!」
「…………」
「答えろよ! カミカゼ!」
「……彼女はこの部屋の中にいる。元気な様子だったよ」
カルアの問い詰めに、カミカゼはいつもの柔和な笑みを曇らせながら答えた。
「それは……つまり、それ以外のところで問題があるってことか?」
「……君も、直接彼女に会ってみるといい。答えはそれでわかる」
「っ」
カミカゼの返答を聞き、カルアは声を詰まらせる。
そうしながらも、彼は医療室のほうへと歩いていき、扉をゆっくりと開けた。
扉の先には、医者と対面しながら椅子に座るハナの姿があった。
「な……き、君。まだ診察中――」
「うるせえ! …………おい、ハナ……俺だ」
医者の制止も聞かず、カルアはハナに声をかけ、肩に手を振れる。
「え……ええっと……すいません。どなたでしょうか……?」
困惑した表情で、ハナはカルアに疑問の声をあげた。
「…………」
「あ、あの……?」
「……ふざけんなよ! お前!」
「!?」
カルアはそこで大声を出し、ハナの両肩に手を乗せて前後に振った。
「なんだよそのジョークは! 全然笑えねえよ! ほら! よく思い出せ! 俺のことを思い出してみろよ!」
「きゃっ!? や、やめてください!」
「うっ……」
ハナの怯えた表情を見て、カルアはひるんだ。
そうしている間に、ハナは部屋の壁際まで移動して、医者とカルアに向けて叫ぶ。
「あなたたちは、いったいなんなんですか!? ここ、どこなんですか!? なんで私、こんなところにいるんですか!? 答えてください!」
「…………」
ハナの怒鳴り声に、カルアはなにも言い返すことができなかった。
医者に退室命令を下されて、カルアはカミカゼのところへと引き返してきた。
「……こうなってしまったのは、君のせいじゃない。これは、監督不行届きだった僕に非がある」
下を向くカルアに、カミカゼは慰めるようにしてそう言った。
アースにて、カルアとハナは町で観光をした。
そこでの2人は、できるだけ目立たないようにではあったものの、久しぶりに羽を伸ばせるということで楽しんでいた。
しかし、そこで運悪く、異能開発局の人間に声をかけられた。
焦った2人は、その場で取り繕うこともせず、咄嗟に逃げようとした。
だが、それで逃げ切れたのはカルアだけで、ハナは捕まることとなった。
ハナは自らを囮にして、カルアを逃がしたのである。
そのことにカルアが気づいたのは、逃げる際に二手に分かれて、しばらくした後だった。
「……はぁ? なに責任感じちゃってんの? ハナがやられたのは……あいつの逃げ方が下手だったからだろ?」
「カルア君……」
カルアはカミカゼに背を向け、小馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
「……開発局側にいる密偵の報告によると、ハナさんは調査員に捕まる寸前で自害したそうだ。多分、僕たちの情報が漏れないようにするためだろうね」
「馬鹿かよあいつ。自己犠牲がなんになるっていうんだっつの」
ハナを責めるような発言をするものの、カルアの声に覇気はなかった。
「それに……開発局側はなにやってんだよ。どうせなら僧侶職と一緒に追いかけろっつの……」
「…………」
その場に僧侶職がいたならば、ハナの蘇生も間に合った。
けれど、今回は運悪く、開発局側の追っ手に僧侶職はいなかった。
だからこそ、ハナは自害するという選択肢を取ったと言え、また、これは異能機関側にとって最善の一手とも言えた。
とはいえ、これまでそれなりに交流を持ってしまった仲間がいなくなることは、カミカゼにとってもつらかった。
最近では、仲間を駒のように扱わなければならない場合も増えている。
その度につらい思いをするのは、やってられない。
なので、カミカゼは数か月前から、1つの結論に至っていた。
「……もし、この状況がつらいと感じるときがあるのなら、これはただのゲームだとでも思うといい」
「は? ゲーム?」
「そう、ゲーム……僕のようにね」
カミカゼは、これをゲームだと思うことにした。
人を駒にした、異能開発局と異能機関のボードゲーム。
このように思っていれば、多少の負の感情も抑え込める。
そう信じての自己防衛だった。
「なんだよそれ、馬鹿馬鹿しい」
そんなカミカゼの提案にカルアは悪態をつく。
「くだらねえことを言うようなら……俺はもう行くからな。もう寝る時間だ」
「……うん。お休み、カルア君」
そして、カルアはカミカゼに背を向けたまま、その場を去った。
まるで、そこから逃げだすような足取りで。
こうして、異能機関から1人の少女の存在が消えた。
後日、その少女は数か月前に失踪した異能持ちの行方不明者の1人として警察に保護されたが、それから彼女がどうなったかは、カルアの耳に入ることはなかった。