とある少年の回想1
新作VRMMO『クロスクロニクルオンライン』の正式サービス開始日。
とある少年は、初ログインした先で驚きの表情を顔に張りつけた。
「なんだよ……ここは……」
現代のVR技術では到底再現できないほどのリアルな感覚と、目の前に広がる広大な景色。
少年は、フヴェル大陸の地に降りたって1分とかからず、ここがVR空間とはまったく異なる世界であることを理解した。
「おいおい……どういうことだよ……マジわけわかんねえ……」
自分は、ただ遊びたいだけだった。
なのに、ゲームだと思ってVR空間にログインしたら、地球ではない別の世界に迷いこんだ。
これは、いったいどういうことなのか。
荒野を歩き、周囲を注意深く観察しながら、少年は頭を悩ませていた。
「あれは……モンスター? いや、人間なのか……?」
遠くで人のような集団がモンスターと戦っていた。
その集団は全員皮膚が肌色以外の色をしていて、角などを頭に生やしている。
また、モンスターのほうは、地球では絶対にいないような大きさの芋虫であった。
夢でも見ているのだろうか。
これはまるで、ゲームの世界だ。
目の前に光景が信じられず、少年は益々混乱していく。
「だあああああああああああああああああああああ!?!?!?」
「!?」
と、そのとき、少年の背後から男の大声が響いてきた。
「なんであのタイミングでクシャミなんかしちゃってんの俺はああああああああ!!! うわあああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
「…………」
少年が振り返ると、そこには20歳ほどの青年が頭を抱えている姿があった。
「……よし、キャラを作り直そう。うん、そうしよう……でもその前に、騎士職ってのがどんなもんか試してみるのもありだな! うん、超アリだ!」
青年は地面をゴロゴロと転がった後、冷静さを取り戻して元気になった。
「なんだこいつ……」
そんな青年の浮き沈みを、少年は少しだけ離れたところから見ていた。
やっていることが子どもじみていて、とてもみっともない。
青年に対する少年の第一印象は最悪だった。
「おっ! そこのプレイヤー! 俺とパーティー組まない?」
「はっ!?」
だというのに、青年は少年の姿に気づいて、いきなりパーティー申請を飛ばしてきた。
「いきなりなんだお前は! 誰がお前みたいなのと組むかよ!」
少年は若干キレ気味にパーティー申請を断った。
すると、青年はへこたれることなく、笑顔で少年に詰め寄りだした。
「お前、見た感じ、弓兵職だな! 俺は騎士職だから、ワリと悪くない組み合わせだと思うんだけど!」
「組み合わせ云々以前の問題だ! つかお前、馴れ馴れしくてウザいんだよ!」
「俺、トウマっていうんだ。お前は?」
「人の話を聞けよ!」
フレンドリーな態度で接してくる青年――トウマに、少年は怒りの声をぶつける。
人と一歩距離を置くことが日常であった少年にとって、トウマの接し方は非常にしんどかった。
「ちょ、ちょっとちょっと君たち! こ、これ、どういうことなの!?」
「……あ?」
と、そのとき、2人のところに1人の少女がやってきた。
少女は周囲をキョロキョロと見回しながら、驚いた様子で目を見開いている。
「こ、ここ、ゲームの中だよね!? なんでこんなにリアルなの!? 今のVR技術って、こんなに発達してたの!?」
「うっせえ! 次から次へと、いったいなんなんだよ! 俺に話しかけてくんな!」
「あ、俺、トウマっていうんだ! パーティー組もうぜ!」
「だから、お前はいい加減人を話を聞けっつうんだよ!」
トウマ、それに少女と、立て続けに声をかけられたことで、少年は激怒した。
「……それと、俺たちは今の質問に答えられねえぞ。むしろ、俺も教えてほしいくらいだ」
が、少女の問いについては思うところがあったため、怒りをいったん引っ込めて思案しだした。
「ここがゲームの中だってことは、間違いないはずだ。お前たちも、『クロクロ』をやるためにログインしたんだろ?」
「それはそうなんだけど……やけにリアル過ぎない? それに、今の自分の姿、リアルのものと一緒だと思うし……」
「あ、言われてみればそうだ。うっは! ますます燃えてきた! 遊びがいがあるぜ!」
「燃えるのかよ……」
トウマの調子の良さにゲンナリしながら、少年は少女のほうを見る。
少女は綺麗な顔立ちをしていて、ショートの髪が可愛らしくもあったが、胸はなかった。
「……お前、ネカマとかじゃなくて、マジモンの女?」
「ネカマじゃないわよ! 本物の女に決まってるでしょ!」
「ふーん」
「……君、今私の胸見たでしょ? なにか言いたいことでもあるの?」
「別に」
指摘を受けて、少年は少女から視線を逸らした。
「…………うわっ!?」
すると、少年は突然その場で足を滑らせ、転倒した。
なにがなんだかわからず、立ち上がることすらままならなくなった少年の頭に疑問符が浮かぶ。
「あはは! 女の子の胸に失礼な視線を向けちゃあメッだよ!」
「……お前、俺にいったいなにをした?」
「大したことはしてないよ。君の足元の摩擦係数をゼロにしたってだけだから」
「…………!」
少女の返答を聞き、少年は驚いた。
また、少年はこの状況を切り返すために、自身が持つ異能を発動させる。
「お前も……異能者だったのか」
「へ? 『お前も』? …………っ!?」
少年は立ち上がった。
それを見て、今度は少女のほうが驚きの顔をした。
「お前の異能は、さしずめ『摩擦制御』ってところか?」
「……当たり。それで君のほうは、どんな異能を持ってるのかな?」
少女は少年が異能者であると看破し、警戒心を強めた。
「俺のは他の異能者から異能を借りる異能――『共有』だ。驚いただろ?」
「……うん。私の異能に対抗できた人は、君が初めてだよ」
『摩擦制御』を使えば、少女の前では立っていることすらできない。
だが、少年の異能『共有』は、『摩擦制御』の一部を少年でも使用可能にし、足元の摩擦係数を元通りにすることができた。
「『共有』……便利な異能だね。ちょっと驚いちゃったよ」
「それほど便利なものでもないけどな。1つの異能を借りたら、その前に借りてた異能は使えなくなっちまうし、オリジナルの異能を超えることもできないんだから」
器用貧乏。
少年にとって、自分の異能はそんな評価だった。
「うー……2人でばっかり喋ってズルい! 俺とも仲良くして!」
と、そこでトウマが癇癪を起こして、2人の間に割って入った。
「仲良くなんかしてねえよ……」
「私は失礼な男の子をしつけてただけなんだからね!」
「しつけとか……お前、多分俺とそんなに年変わらねえだろ……」
「え? 君って中学生くらいじゃないの? だったら私のほうが若干年上だよ? 私、高1だし」
「ぐ……ま、まあ確かに俺は中3だが……って、そんなことはどうでもいい! それに、1つ違いとかほぼ誤差じゃねえか!」
トウマの割り込みもむなしく、少年と少女の言いあいは続く。
「ぐぬぬ……このニュージェネレーションどもめ……大学生舐めんな! 俺を敬えチヤホヤしろー!」
「うるさい奴だな……俺たちより年上なら、もっと大人らしく振る舞えよ……」
「俺はいつだって童心さ!」
「はぁ……」
めげないトウマに、少年は大きくため息をつく。
「……わかったよ。ちょっとくらいなら遊んでやる」
「え!? 一緒にパーティー組んでくれんの!?」
「……まあ、すぐに運営のほうからなにかしらのアナウンスがあると思うけどな」
そして少年は、トウマのパーティー申請を許諾した。
リアル過ぎることは不可解であるものの、ここがゲームの中であることには違いない。
少年はそう結論を出し、しばらくの間、このトウマという男の相手でもしてやろうと考えたのだった。
「あ、メニュー画面は開けるんだ……だったら、やっぱりここはVR空間なんだね」
「どんだけリアルなVRだって思うけどな」
「そんなことより、君もパーティー組もうぜい! 一緒にモンスター狩りだ!」
「うーん……そうね。せっかくだから、私もパーティーに入れてもらっちゃおうかな」
「よっしゃあ! 2人目ゲットぉ!」
そうして3人はパーティーを組んだ。
「あ、自己紹介がまだだったね。私のキャラネームは『ハナ』っていうんだ。よろしくね」
「俺はトウマ! よろしく!」
「お前はさっき自己紹介してただろ……」
「まあまあ、それで、君のお名前は?」
「……俺は……『カルア』」
「うん、カルア君ね。よろしく、カルア君」
「よろしくぅ!」
「……はぁ」
テンションの高い大学生と、初対面なのに説教をしてくる高校生。
そんな2人とパーティーを組むことになり、中学生の少年であるカルアは、またも大きなため息をついた。
その後、3人はアースで日が暮れるまで遊んだ。
モンスターの狩りという物騒な遊びではあったが、タンク役のトウマがすべての攻撃を受け流していたため、ハナとカルアは怖いと思わなかった。
こうした接触があった3人は、無事に地球へと帰還した後、しばらくして再会することとなる。
異能機関という宗教団体兼異能者保護団体に拉致される形で。