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魔女の騎士たち

 アースに隙ができるのを見計らって、俺はキィスたちを逃がした。

 それにより、この場には俺、ニーズ、グリム、アース、カルアの5人が残ることとなった。


 キィスたちと一緒に俺も逃げる。

 そういう選択肢も、なくはなかった。

 でも、アースがキィスたちを易々と見逃がしてくれるかわからなかったので、俺が近くで目を光らせておく必要があった。

 逃げるキィスたちの背後に攻撃を仕掛けようとしても、まあ、今の俺でも盾くらいにはなってやれるからな。


 そもそも、俺はクレールを置いて逃げるつもりなんてなかった。

 アースがクレールの体を使ってなにをしでかすか、わからない。

 せめて、俺がアースをけん制しないとだろう。


「ぐ……ゲホッゲホッ……クソッ……変なもん飲ませやがって……」


 床に倒れ込んでいたニーズが、アースから距離を取りつつ悪態をついた。


 ニーズは今、俺と同じく、魔女の呪いを受けた。

 おそらく、これでニーズも、アースには逆らえなくなってしまったことだろう。


「に、ニーズ様……」

「……心配すんじゃねぇ。俺様はまだピンピンしてらぁ」


 ニーズの見た目に変化はない。

 俺もそうではあるのだが、だからといって、大丈夫だなんてことはない。


「うふふ……これであなたも私の忠実な配下です……(ひざまず)きなさい……ニーズ……」


 アースがニーズに命令を下した。


「だ……誰がてめえなんかに…………ぐぅっ!?」


 命令を無視していると、ニーズは途端に苦しそうな息を吐き始めた。


 ……やっぱりか。

 この呪いは相当厄介だ。


「この程度の命令に背いたところで、トウマのようなことにはなりませんが……我慢が過ぎると、あなたのお兄さんのような結果になるかもしれませんよ……」

「!? ……て、てめえ!」

「うふふふふ……まあ、ゆっくりと考えなさい……私に従うか、無意味な死を選ぶか……」


 アースはニーズに睨まれながらも、愉快そうに不気味な笑みを浮かべ――。


「……な」



 ――体つきを少女の姿から大人の女性の姿へと変貌させた。



「さあ……戦争の準備を再開しましょう……そこでは、あなたたちにも戦ってもらいますよ……」


 クレールが大人の姿になったら、こうなるであろうという姿へとなったアースは、俺のほうを向いて言葉を紡ぐ。


「ああ……そうそう……シンはこれから、地球に戻ることを禁じます……私から逃げてはいけませんよ……」


 ……言われずとも、俺は逃げるつもりなんてないさ。

 お前を監視しなくちゃいけないんだからな。


 しかし……これでは誰かに助けを求めることすらできない。

 これは、本格的にマズイ事態だ。


「そう怖い顔しないで……みんな仲良くしましょうね。あなたたちは、私の可愛いナイトさんなんですから……うふふふふ……」


 俺が歯を噛みしめていると、アースは通路の奥の暗闇へと歩いていき、姿を消したのだった。


 なにが、私の可愛いナイトさん、だ。

 ふざけるのも大概にしろ。


 しかし、そうは思っていても、今の俺にアースをどうにかする力はない。

 そんな力があったとしても、クレールの身を危険に晒させることができない以上、俺は詰んでいる。


 どうすればいいんだ。

 クロスとの繋がりは切れ、仲間との連絡もできない。

 『龍王の宝玉』も、さっきキィスたちに渡した。

 俺は、本当になにもできないのか……。


「……ニーズ、大丈夫か?」


 ひとまず俺は、ニーズに声をかけた。


「てめえも、俺様を心配してんじゃねぇ……これくらい、どうってことねぇよ」


 アースがこの場を去ったことで、さっきの命令が無効になったのか、ニーズの苦しそうな様子が収まりを見せている。

 これなら、命に別状はなさそうだな。


「くぬぅ……結局私は、ニーズ様の危機に対し、なにもすることができなかった……」


 ニーズは大丈夫そうだが、代わりにグリムの表情が歪みだしていた。


 まあ、臣下の立場として、魔王候補を守れなかったのは失態と言っていいだろう。

 相手が悪すぎたという点は十分考慮されるべきところかとも思うが。


「……顔を上げろや、グリム。てめえはもう現役過ぎてんだから、こんなのは別に気にすることじゃねぇよ」

「し、しかし……」

「はぁ……そういうお堅いところが、てめえの長所なのかもしれねぇけどよぉ……ここで悔やまれてもウザってぇだけだからやめろ」


 なんか、昔と比べて今のニーズにはトゲがないな。

 相変わらず荒っぽい口調だが、グリムのことを気遣っているようなそぶりだ。


「……ああ、そういえば、さっき魔女が変なことを言ってたな」

「変なことだとぉ?」

「お兄さんがどうのとか言ってたことだよ。あれ、いったいなんだったんだ?」

「それか……」


 ふと、俺はさっきアースが口にしたことが気になり、ニーズに訊ねた。


「……あれは多分、俺がまだちいせぇガキのころに急死した兄貴のことを言ってたんだろぅよ」

「お前には兄貴がいたのか?」

「あぁ……俺と違って優秀なヤロウだったんだが……そうか……兄貴は今の俺みてぇな目に遭って、それでも魔女に逆らい続けたから死んじまったんだろうな……」

「…………」


 あまり、興味本位で訊ねるべきことじゃなかったかもしれないな。

 でも、どこか遠い目をしているニーズを見る限りでは、良い兄貴だったのだろう。


「……もしかして、親父も同じような目に遭ってたから、戦争を……?」

「その可能性は……十分考えられますな」


 どこか納得したというように、ニーズとグリムが頷き合っている。


 ニーズの親父というと、魔王のことか。

 多分、俺が昔関与した魔族と獣族の争いも、魔女が裏で手を引いていたってわけだな。


「クソッ! ふざけた話だ……あの女、絶対ぶっ殺してやらぁ……」


 忌々しいと言わんばかりに歯を噛みしめ、ニーズがそんな物騒なことを言いだした。


 俺も、アースについてはどうにかしないといけないと思っている。

 しかし、そのどうにかする方法が思いつかない。

 いったい、どうすりゃいいっていうんだ。


「よう、随分と悩んでる様子じゃんか。《ビルドエラー》さんよ」


 悩む俺に、突然カルアが声をかけてきた。

 魔女の前に、まずこいつをぶっ殺してやろうか。


「おっと、そんな目で睨むなよ。さっき魔女が言ってたろ? みんな仲良くしましょうねってさ」

「……だからお前は、俺と仲良くするってことか?」

「まさか。んな馴れ合いなんかしねえよ。ただ、ここで俺たちが争ったら共倒れになるってことを言いたかっただけだ」


 ……共倒れか。

 魔女の言葉がどれくらい俺たちを縛るのかわからないが、カルアに敵意を向けると体にジクジクと痛みが生じていることから、今は戦わないほうが無難なんだろう。

 こいつはいずれ俺が倒すが、相討ちになるような結果は望んじゃいないからな。


「というわけで、しばらくの間よろしくな」

「…………」


 カルアが俺に手を差し伸べてきた。


 これは……握手でもしようっていうのか?

 だとしたら、こいつはどこまでも俺を舐め腐ってるな。


「誰がお前なんかと握手なんてするか」

「ありゃ、そうかい。そりゃ残念だ」


 俺が握手を断ると、カルアは出した手を引っ込めようとした。


 …………!


「……おい、今、俺になにを触らせようとした?」


 何気なくカルアの手を注視していたら、手のひら部分が妙に濡れていることに気がついた。

 今、俺が握手をしていたら、その妙な濡れ方をしている手に触れてしまうところだった。


「ただの聖水だよ。まあ、お前にとっちゃ毒かもしれないけどな」


 こいつ……。

 やっぱり俺のことをからかってやがるな……。


 よく見たら、カルアの装備に死霊系の物がない。

 この悪質なジョークをするために、俺がニーズと話をしている隙を見て装備を外したんだろう。


 でも、解せない。

 こいつが俺にダメージを与えたら、魔女の命令に背くことになるはずだろ。


「おい、お前、魔女の命令を無視してもいいのか」

「はぁ? 俺はただ、握手をしようとしただけだぞ? 命令無視なんてしちゃいない」

「……この屁理屈ヤロウ」


 こいつとはいずれ絶対に決着をつけてやる。

 でも、今はただ、できるだけこいつに近づかないよう気をつけたほうがいいな。

 今後、どんな嫌がらせをしてくるか、わかったもんじゃない。


「にしても、俺への嫌がらせがただの聖水だなんてな。もっとシャレにならないものかと思った」


 聖水程度なら、今の俺に与えられるダメージ量なんて、大したものじゃない。

 俺のHPは地球人(プレイヤー)の中でもトップクラスだからな。


「シャレにならないものって……なんだよ?」


 と思っていたら、カルアが俺の言葉に反応し、そんな問いをしてきた。


「え? そりゃあ……精液とか?」

「……お前のその発想のほうがシャレにならねえよ」


 今日、俺は初めてカルアがドン引きする顔を見た。

 これも一矢報いたって言って良いのかね。


「……っと、そうだ」


 そこで俺は、床に落ちていた1本の槍を拾い上げた。


 神器『グングニル』だ。

 これは、トウマがアースにやられてから、ずっと床に転がりっぱなしだった。


「あ……それは……」

「なんだよ。味方の形見だから寄越せ、とでも言うつもりか?」

「……言わねえよ。欲しけりゃくれてやる。どうせ、お前には使えない代物だけどな」


 カルアは俺が持つ槍――グングニルから視線を外し、アースが消えていったほうの通路へと不機嫌そうに歩いていった。


 確かに、俺じゃあこの槍を使うことはできない。

 振り回す程度なら、できないこともないが、その場合は木の棒程度の性能しか出せないだろう。


 でも、これはもともと盗品だ。

 本来の持ち主がいるわけでもないんだが、異能機関の連中の手に渡ったままにしておくのも、よくはない。


 だからいずれ、お前が持っている『アルテミス』も返してもらうぞ、カルア。

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