反逆者
今からおよそ11ヶ月前。
トウマは、アースという異世界の中で自由奔放に遊びまわっていた。
「そこの地球人! 俺と一緒に遊ぼうぜ!」
「え? て……君、誰?」
「こんな奴いたかな……」
「まあまあ! そんな細かいことは気にしないでさ、一緒に近場の狩場へ行こう!」
『クロスクロニクルオンライン』に初ログインした日に、異能機関によって拉致紛いの連行をされてから、トウマはアースへ自由に行き来することを条件として、異能機関のメンバーとなることを許諾した。
トウマにとって、アースという世界は、自分の遊び場として非常に好ましかったからである。
リアルなモンスター。
モンスターと戦えるだけの、自由自在に動く丈夫な体。
魔法の存在や、人によく似た別種族との交流。
どれもこれもが、トウマの好奇心をくすぐった。
今までの生活も、それなりに楽しんできたトウマだったが、アースは別格だった。
ゆえに、異能機関からの突然の勧誘をあっさりと受け入れたのだった。
アースに行きたいのであれば、異能開発局に所属して志願すれば、トウマならまず間違いなく受理されたはずだった。
けれど、そうはならずに異能機関所属となったのは、ひとえに巡り合わせが悪かったからであると言える。
だが、異能開発局と異能機関、どちらに所属しようが、トウマの行動は変わらない。
遊んで遊んで遊びつくすだけである。
今日もまた、トウマは身元を隠して、異能開発局員と狩りに出かけた。
当時の異能開発局員からしてみたら、アースに自分たち以外の地球人がログインしているだなんて思ってもみなかった。
そのため、トウマとパーティーを組むことにも、それほど抵抗感はなかった。
「君、強いですね……」
「ビッグフロッグの群れのヘイトを一手に担うなんて……無茶しやがる……」
「へっへーん! 俺にかかれば朝飯前さ! もう昼だけど!」
「こんなに強いなら、局のほうでも有名になってるはずなんだけどなぁ……」
「あ! あんなところにモンスターが! 行こーぜみんなー!」
「ちょ、おま! もうちょっと休ませろよ……ったく」
どこの誰かもわからない人物であっても、その陽気な性格と確かな実力は、周囲に溶け込むのに効果的な作用を及ぼした。
その結果、トウマの存在はあらゆる地球人に認められ、『素性がよくわからなくて滅茶苦茶な奴だけど、一緒にパーティーを組んでくれると頼もしい』と評価されるようになっていった。
しかし、トウマはいつまでも素性を明かさないでいられると思っていなかった。
いずれ、自分が異能機関のメンバーであることもばれる。
そうなったとき、自分はいったいどうすればいいだろうか、と考えた日もないではなかった。
「そこの冒険者! ちょっと待ったぁ!」
また、トウマは地球人だけでなく、アース人にも積極的にちょっかいをかけていた。
「お前、強いんだってな! 俺と勝負しようぜい!」
「ほう……人族風情が俺に勝負を挑んでくるとは、良い度胸だ!」
かつてのフヴェル大陸では、少数であるとはいえ、人族も活動していた。
そのため、異世界からやってきたという地球人の存在も、ある程度受け入れられていた。
なので、トウマは地球人相手と同様に、魔族や人族と混じってパーティーを組んだり、強い相手に決闘を申し込んだりもした。
そして、最後には笑い合いながら酒を酌み交わして別れるのだった。
この、あまりにも自由な行動は、周囲の目を引きつけた。
大抵は好意的な目であったが、中にはそれを好ましくないと感じる者も、少なからずいた。
「なんかお前、アース人だけじゃなくて、開発局の連中とも仲良いみたいじゃん。あいつらは俺たちにとって敵なんじゃねえのかよ?」
「あれ? カルアったら、もしかしてヤキモチ焼いちゃってる?」
「……ちげえよ、誰がヤキモチなんか焼くか。死ね死ね死ね死ね」
異能機関所属の友人にもツッコまれるほど、トウマの行動は浮いていた。
もともと、誰かにの指示に従って動くことが苦手な性分であったというのも、彼の奔放さに拍車をかける原因となっていた。
また、トウマは周囲の目を気にしなかった。
誰がなんと言おうと、自分の行動を改めることもなかったのである。
「トウマ。あなたは来週から、しばらくアースにログインするのを禁じます。その間、自室で待機していなさい」
「そ、そんなぁ」
だからなのか、トウマはある日、自分の上司にあたるルヴィに謹慎処分めいた通告を受けることとなった。
これにはトウマも落ち込んだ。
もちろん、怒られたことにではなく、アースにしばらくログインするなと言われたことにである。
「この前、カル君がちゃんと忠告してくれてたんでしょ? ちゃんと聞かないとメッだよ、トウマさん」
異能機関所属の友人その2である女の子にも、トウマは地球で説教を受ける羽目となった。
「あー……この前のアレって、そういうことだったんだ」
「その様子だと、本当にちゃんと聞いてなかったんだね……」
「いやぁ、俺はあいつがヤキモチを焼いてるのだとばかり」
「はぁ……私、トウマさんのそういうとこ、たまに羨ましく思うよ……」
友人の女の子は、トウマを正座させながら、大きくため息をついた。
「……でも、しばらくアースにログインしないほうがいいっていうのは、守っておいたほうがいいよ。なんか、今日から向こうで大規模な作戦を決行するらしいから」
「へ? 大規模な作戦って?」
「知らない。ルヴィさんたちがそんな感じの話をしてるのを盗み聞きしただけだし」
「ふーん」
大規模な作戦と聞いて、またもトウマの好奇心が騒ぎ出した。
「……よし、見回りの少ない深夜にでも、ログインルームに忍び込んでみるか」
友人からの説教を適当に流したトウマは、自室に戻りながら、ルヴィたちに内緒でアースにログインすることを決めた。
『押すなよと言われたら連打をかますのが俺という男だ!』
かつて、トウマは友人たちに、自分のことをそう評したことがある。
猪突猛進。
怖いもの知らず。
無鉄砲。
ありとあらゆる無茶をしでかすその姿勢は、呆れられもすることもあるが、彼の最大の長所でもあった。
「はっはっはー! ログイン成功!」
その日の夜。
トウマはルヴィたちの目を盗み、こっそりとアースへログインした。
「さーてと、ルヴィちゃんたちは俺を差し置いて、いったいなにをしてるのかなー………………と…………」
その先で彼が見たものは――地獄だった。
「え…………」
フヴェル大陸にある町『ルレイル』内部では、激しい戦いが起こっていた。
それも、人族が魔族に襲われているという、種族間の争いであった。
この争いには、地球人も巻き込まれていた。
当時はまだレベルも高くなかった地球人は、魔族の手によって次々に倒されていく。
「ここにも人族がいたぞ!」
「魔王様の命により、死んでもらうぞ! 人族の者よ!」
「!?」
そんな戦場に現れたトウマもまた襲われることとなり、慌ててその場から走り出した。
ログアウトして地球に戻ってもよかったのだが、それはしなかった。
この騒動には、異能機関が絡んでいるかもしれない。
ルヴィたちの不可解な動きからそう考えたトウマは、すぐに帰ることを拒んだのである。
さらに、トウマは人族と地球人を守るべく、魔族と矛を交した。
「や、やめろおおおおおおおおおおおお!」
1人でも多く助けたい。
こんな戦いは望んじゃいない。
どうしてこんな戦いが起こった。
トウマは胸の内から湧き上がる感情を抑えつけながら、必死になって戦った。
それも、敵とする魔族を誰一人として殺さないやり方で。
だが、フヴェル大陸において、魔族という勢力は強大だった。
それに打ち勝つ力は、人族にも、地球人にも、トウマにも、持ち合わせていなかった。
人族は皆殺しにされ、ログアウトできなかった地球人も、大半が殺された。
これにより、フヴェル大陸に住む種族は、魔族に統一されることとなった。
「う……ぐ……どうして……こんなことに……」
そうした争いの中、トウマは生き抜いた。
人族と地球人が虐殺されたその土地で、トウマだけは生き残った。
持ち前の生存能力が高く、また運も良かったからこそ、生き延びられたと言える。
しかし、その死地をかいくぐったトウマの表情は暗かった。
「これは、魔女様の決定です」
後日、トウマはこの騒動について、ルヴィに問い質した。
「……魔女様の決定……だって?」
「ええ、そうです」
「魔女様の決定なら……なにをしたっていいっていうのか?」
「それは……」
「魔女様の決定なら……どんな非道もしたっていいっていうのか?」
「…………」
「人族がいったいなにをしたっていうんだ? 地球人がいったいなにをしたっていうんだ? お前たちにとっては邪魔な奴らだったのかもしれないけど……みんな、良い奴ばっかだったんだぞ? なにも、殺すことはなかっただろ?」
「…………」
ルヴィの答えは、トウマにとって、納得できるものではなかった。
トウマは、異能機関と魔族以外の知人をすべて失った。
守ろうとしても守りきれず、自分の目の前で次々に殺されていった。
それに、人族と地球人を虐殺した魔族との間にも、言いようのない大きな溝ができてしまった。
悲しかった。
実際、トウマはしばらくの間、ただ1人で泣き続けた。
そして、こんなことになった原因を、絶対に許すつもりはなかった。
「……トウマ、わかってください。私たちは、もう魔女様に従うしかないのです」
「…………うん、そうだったね。ごめんねルヴィちゃん、責めるようなことを言っちゃって」
「…………」
だから、トウマは心に決めた。
もし、この惨劇を引き起こした張本人が目の前に現れたら――。
「――俺は、お前を殺すことにするよ。魔女さん」
トウマは、クレールという器に入った魔女、アースの心臓に――槍を突き刺した。