世界を統べる者
トウマと戦っている最中。
なぜかその場に、クレールが現れた。
「く、クレール? なんでお前がここに?」
突然のことに、俺は混乱しながらもクレールに訊ねた。
クレールは気配を消すのが上手い。
意表を突かれたことなんて、今までにも何度かある。
だから、声をかけられるまで、そこにいることに気づかなくても驚かない。
しかし……ここはフヴェル大陸の魔王城だ。
なのに、ミーミル大陸にいるはずのクレールが目の前にいる。
これは、いったいどういうことだ。
もしかして、俺を探しに来てくれた、とかだろうか。
火焔の『空間接続』でなら、時間をかけずにここに来ることも、できなくはない。
でも、俺の居場所をどうやって突き止めたんだ?
やっぱり、クレール本人から事情を聞かないことには、この状況の意味がわからないな。
「うふふふふ……」
だというのに、クレールは薄ら笑いを浮かべながら俺に近づいてくるだけで、説明してくれるそぶりが一切ない。
……?
なんか、いつものクレールと様子が違うような……。
人違い、あるいは偽物……には見えないし、本人だと思うんだが……なにかが違うような……。
とにかく、まずは説明を求めてみよう。
「……おい、クレール、ちゃんとせつめ――むぐっ!?」
俺の傍までやってきたクレールは……いきなりキスをしてきた。
「!」
しかも、それと同時に、クレールは俺の口の中に、液体状のなにかを流し込んできた。
唾の類にしては、量が多すぎる。
それに、こんなところで突然キスをしてくるなんて、おかしすぎる。
いろいろと非常識な奴ではあるが、クレールだって時と場合を考えるくらいのことはできるはずなのに。
「――っ……く、クレール! 一旦離れろ! いったいどうしたっていうんだ! お前は!」
俺は不可解な行動をしてくるクレールを引きはがし、彼女の目をジッと見つめる。
彼女の瞳の色は、普段よりもいっそう赤く染まっていたように感じた。
「別に良いではありませんか……私とあなたの仲でしょう……うふふ……」
「……!」
クレールの返答を聞いて、俺は確信した。
こいつは……クレールじゃない。
「……お前は……誰だ?」
「誰ですって? おかしな問いをしますね……私は見ての通り……あなたのクレールですよ?」
「……クレールは自分のことを『私』だなんて呼ばない。それに……お前みたいに陰気な雰囲気を漂わせる奴じゃねえんだよ!」
俺はクレールの偽物に怒鳴り声をあげた。
どういう目論見で、こんなことをしたんだ。
よりにもよってクレールの姿で俺に近づいて……キスをしてくるなんて。
胸糞悪い。
吐き気がする。
体ではなく、心が目の前にいるクレールを受け付けない。
……でも、目の前にいる人物は、どう見てもクレールそのものだ。
偽物にしても、あまりに似過ぎている。
もしや、目の前にいるクレールは本物で、何者かに操られている?
あいつに限って洗脳なんてものにかかるとは思えないが……その可能性も頭の片隅に残しておくべきか。
「答えろ。お前はいったい何者だ」
再び、俺はクレールもどきに問いかけた。
今度は声にありったけの敵意を込めた。
返答次第では、ただでは済まさない。
「うふふ……私を陰気だなんて言ったのは……あなたが初めてですよ……」
「……!?」
すると、俺の体は急激に冷え込み、立ち続けることすらままならなくなった。
な、なんだ……?
いったい、どうしたっていうんだ……?
「私をそんな目で見るからいけないんですよ……うふふふふ……」
クレールもどきは、膝をつく俺の頬に手を添え、不気味な笑い声をあげた。
言動は、明らかにクレールじゃない。
だからといって、完全な偽物と断言することもできない。
それに、この体調不良はなんだ……?
これは……こいつが引き起こしたのか……?
く……。
どんなバッドステータスなのかわからない。
HPにも、状態欄にも、変化らしい変化が見当たらない。
これじゃあ、対処のしようがないじゃないか。
「さて……それでは、先ほどの質問の答えです……」
「ぐ……」
、クレールもどきは、心の中で悪態をつく俺の顎を、指でクッと上げさせてきた。
いまだに体の不調が収まらない俺は、それを止めさせることもできない。
「先ほど、あなたは私に『何者だ』と問いましたね……今度は本当のことを喋ってあげましょう……」
そしてクレールもどきは、俺の瞳を覗き込みながら、ゆっくりとその名を呟いた。
「私の名はアース。1000年の時を超えて復活した――この世界を統べる者です」
……アース……だって……?
その名前を持つ人物は…………1人しかいない……。
つまり……こいつは……。
「魔女……」
「うふふ……そう呼ばれていたこともありましたね……そうです……私は魔女ですよ……」
「な……」
そんな馬鹿な……。
魔女だって……?
しかも、なぜか魔女はクレールの体を操っている……?
おい、クロス。
お前も見ているんだろ?
この状況、いったいどういうことなんだ。
「……く、クロス?」
お、おい、返事しろよ。
クロスってば。
…………。
ぐ……。
あいつ……こんなときに寝てるのか……?
今日は結界のある場所に行く予定だったんだから、起きているものとばかり思っていたのに――。
「うふふ……あなたとクロス・ミレイユとのリンクは切らせていただきました……余計なことを吹きこまれても嫌ですからね……」
焦る俺に、アースはそんなことを口にした。
「え……?」
「わからないとでも思いましたか……? ほんの一部とはいえ、あなたの中に私の母の魂が宿っていることは……見た瞬間にわかりましたよ……」
「ぐ……」
……どうやら、本当にこいつは魔女であるようだ。
クロスのことについて、ここまで言えるということは……魔女であると考えないわけにはいかない。
「……おい、お前。どうして魔女なんかがクレールの体を使っているんだ?」
俺は、冷や汗をかきながらもアースから離れ、そう訊ねた。
こいつが魔女であることはわかった。
であるならば、他に訊きたいことは山ほどある。
訊いたところで、答えてくれるかどうか、わからない。
だが、この疑問にだけは答えてもらわなければならないだろう。
「うふふ……私が完全な復活を果たすのにふさわしい器が……この子だったというだけの話です」
アースはそう言うと、自分として動かしているクレールの体にそっと手を這わせた。
それは、とても慈しむような動作にも見え、俺の神経を逆なですることとなった。
「つまり、俺たち異能機関は、この魔女が新しい器での復活を果たすために行動していたってわけだ」
「……!」
俺が歯を噛みしめていると、アース側にある通路の奥から、カルアがやってきた。
カルアの後ろには、ルヴィと、(覆面をしていないが)いつもの覆面ヤロウもいる。
どうやら、この城に異能機関の連中が集まっていたみたいだな。
「本来なら、魔王を操って戦争を起こし、器にとって理想的な状況にしてから、という予定だったのですけどね」
「僕たちの予定がいろいろと狂ったのは《ビルドエラー》、君の存在が大きい。君の行動によって戦争は回避され……また、魔女様の器の力を増幅させることができたのだから」
ルヴィと覆面ヤロウがそんな補足をしてきた。
……へえ。
そういうことか。
クレールは、生命体が朽ちていく土地に居座るか、俺のダメージヒールを受けることによって回復し、力を増す。
こいつらの言っていることが本当なら、異能機関はクレールに力を取り戻させるために、戦争を起こそうとしていた、ということになる。
そして、おそらくはもう、クレールは俺のダメージヒールで全盛期に匹敵、あるいはそれを凌駕するほどにまで力が蓄えられていたのだろう。
余裕があるとき、俺は彼女にずっとヒールをかけ続けていたんだからな。
クレールが魔女の器になる時期は、俺の行動によって遅れもして、早まったりもしていた、というわけだ。
「……おい、ルヴィ。てめえ……よく俺の前にその面見せられたなぁ?」
怒気の籠ったニーズの声が通路に響いた。
こいつも、さっきの話を聞いて、怒っているんだろう。
魔族としては、異能機関に良いように利用されてたってわけなんだからな。
まあ、怒っているのは、ニーズだけじゃない。
俺は体調不良を無視して、戦闘の構えを取った。
「お前たちの思惑なんて、どうでもいい……クレールを返せ」
なにがどうなって、こうなったのか。
それがわかろうがわかるまいが、俺のやることは変わらない。
この頭のおかしい連中から、クレールを取り戻す。
そして、みんなのところに帰るんだ。
「――それで、さっきまでの話をまとめると、そこにいるお嬢ちゃんが魔女の本体になったってことで、いいんだよね?」
俺の背後から、今まで静かにしていたトウマの声が聞こえてきた。
……そうだった。
トウマがいたんだった。
クレールをどうにかして取り返したいところだが、それをするには、まずこの男をなんとかしないと――。
「……え?」
トウマは、俺を素通りして、アースたちのいるほうへと歩いていった。
なんで、俺に攻撃を仕掛けてこなかったんだ?
「もし、それで合ってるなら……」
「!」
そしてトウマは――アースに矛先を向けた。