強敵
アース人避けの結界がある部屋へと向かう俺たちの前に、トウマが立ちふさがった。
今回は初っ端から槍の神器『グングニル』を手にしている。
つまりは、こいつも本気で戦うつもりだということなんだろう。
「てめえは……城ん中でも、たまに見かけてた奴だなぁ」
「昔はよく手合せもしたよね。まあ、そのときは俺の全勝だったけど!」
「……ケッ」
どうやら、ニーズとトウマは知り合いみたいだな。
ニーズ相手に手合せで全勝とは、やっぱりこいつは強いな。
というか、こいつがここにいるということは、ケンゴの奴はどうなったんだ?
「この前、お前はケンゴと戦ってただろ。ケンゴはどうしたんだ」
「あいつは倒したよ。俺としては、ちょっと不満の残るやり方でだったけどね」
「……倒しただと?」
「ああ、でも殺しちゃいないよ。俺、力で相手を無理矢理排除するようなやり方は、あんま好きじゃないからね」
「…………」
なにやってんだよ、ケンゴの奴は。
お前はそんな簡単に負けちゃうようなタマじゃないだろ。
「それで、お前たちはこの先へ進みたいんだよな? この先へ進みたくば――」
「いや、もうそれは言わなくていいから……」
なんというか、こいつと話をすると、いろいろと狂わされるものがある。
ここからは戦うことだけを考えて、お喋りに乗らないようにしたほうがいいな。
「……はぁ。こんなことなら、別の通路を案内してもらうんだった」
これは今だからこそ言えることではあるが、そう思わずにはいられなかった。
結界のある部屋にたどり着くルートは、他にもあったはずだ。
でも、今回たまたまこの通路を通ったために、トウマとでくわした。
これが最短ルートだったのかもしれないから、敵もあえてここにトウマを配置したのかもしれないが。
「ああ、言っとくけど、他の通路にも俺みたいな足止め役がいるからね。まあ、俺と当たっちゃったのは、お前たちにとってアンラッキーだったかもしれないけど」
……そうだったか。
結局、結界のある部屋にたどり着くのに、戦闘は回避できない状況だったわけだ。
いったい、この先にはなにがあるんだ?
俺たちを足止めすることに、どんな意味があるっていうんだ?
……これもまた、戦闘には邪魔な疑問だな。
今はただ、目の前にいる敵に集中しよう。
「ここは俺が戦う。キィスたちは後ろで見ててくれ」
「え、でもシンにぃ……」
「場所をよく見ろ。ここで戦うなら、一対一でないと動きづらい」
「……確かに」
キィスが戦いたそうにしているが、今回は下がっていてもらおう。
広々とした空間でだったら、協力してもらうのも、やぶさかではない。
が、こんな狭い通路で戦うのでは、不都合のほうが大きい。
それに……相手は地球人なのだから、俺が相手をしたほうがいいだろう。
アース人の手を煩わせるまでもない。
「やっぱりお前が戦うのか。ええっと……シンって言ったっけ?」
「そのキャラネームで合ってるが、よく知ってたな」
異能機関は、俺のことをいつも《ビルドエラー》と呼んでいた。
だから、トウマはキャラネームのほうは把握してないんじゃないかと思ってた。
知られてたからといって、どうってこともないんだが、ちょっとだけ意外だ。
「ケンゴと前に戦ったとき、あいつは『シン』ってやつを俺と同じくらいに評価してたんでな。そいつがお前だって知ったのは、あとで仲間に訊いたからなんだけど」
「そうか……だったら、名乗りを上げる必要もないよな?」
「別にいいよ。お前も、俺のことはなんとなく知ってんでしょ?」
「もちろん」
トウマについては、俺もそこまで詳しいわけじゃない。
でも、こいつがケンゴに匹敵するプレイヤースキルを持っているということだけは、もはや疑いようがないと思っている。
加えて、俺と同じ、神器持ちということもある。
初めから全力で戦わないと、足元を掬われかねない。
「よし……それじゃあ行くぞ!」
俺はトウマに向かって駆け出した。
そして、回復魔法の射程範囲に入った瞬間、試しの『ヒール』を当ててみた。
「お前には一度、回復魔法でやられてるからな。カルアから対策方法はしっかりと聞かせてもらったぞ!」
「……チッ」
ダメージヒールを受けたトウマは、ドヤ顔で槍を構えた。
やっぱりダメージヒールは効かなかったか。
あの覆面ヤロウも対策をしてたから、もしかしたらこいつもとは思ってたんだが……。
嫌な予感が当たっちゃったな。
だが、それならそれで、純粋なプレイヤースキルで押し通すまでだ!
「ケンゴに勝ったっていうその腕前……見せてもらうからな!」
俺は右手に持った『クロス』でトウマに突きを放った。
「フッ!」
すると、トウマはそれを槍で弾き――後ろに後退した。
俺たちが戦っている場所は狭い通路であるため、トウマは槍を自由に振り回せない。
横に振り回すのは難しく、強烈な攻撃手段は突きと振りおろしに限定される。
ならば、今のタイミングで攻撃に転じることも厳しいため、一度後ろに下がった……ってわけか。
こっちは『クロス』の他に、死霊の大盾を左手に持っている。
大盾の防御を掻い潜って攻撃をすることが、はたしてこの男にできるだろうか。
「下がってばっかじゃ俺は倒せないぜ! トウマ!」
俺は防戦一方のトウマに怒涛の攻めを繰り出す。
地の利はこちらにある。
ここは、遠慮なく攻め続けるのが吉だろう。
それに……下手にトウマに余裕を持たせたら、神器の力を使われかねない。
トウマの持つ神器『グングニル』に秘められた特殊スキルについては、以前にクロスから聞いたことがある。
光速に匹敵する突きを実現するその攻撃を使われたら、いくら俺でも回避できないかもしれない。
だから、トウマがそれを使う前に、あるいは使う暇もないほどに攻めたてて、決着をつける!
「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
俺は突きを繰り返す。
その一つ一つが、並の相手なら避けきれないほどの速度と精度を備えている。
だというのに、トウマはその攻撃をすべてかわして、口元をニヤリとさせた。
「へへ……悪くない攻撃だ。確かにこれなら、ケンゴの高評価も頷ける」
「そりゃどうも」
ただの一撃すら入れられてないけどな。
現状では、お世辞にしか聞こえない。
こいつ、やっぱりかなり強いぞ。
技量はケンゴと同格だ。
……困ったな。
ワクワクしてきたぞ。
今は楽しんでる場合じゃないっていうのに。
「なんだよ、顔がニヤケてるよ?」
「それを言うなら、お前のほうもだ。むしろ、先にニヤケだしたのはお前のほうだろ」
「ありゃ、そうだった?」
俺たちは互いに頬を緩ませながら、再び戦闘に入った。
こいつも、俺との戦いが楽しいようだ。
敵だっていうのに、こういうところを見ると、どうも親近感が湧いてしまうな。
「うりゃあぁ!」
トウマが俺の顔面目がけて突きを放ってきた。
それを見て、すかさず俺は大盾で防ぐ。
これは、俺の視界を大盾で狭めるためのものだろう。
おそらく、次の一手こそが本当の攻撃だ。
さあ、どうくる?
正面からくるか?
それも上からか?
あるいは、足元を狙ってくるか?
どこからでもかかってこい。
「せゃぁ!」
「!」
トウマの攻撃は――横からだった。
通路の壁をものともせず、槍を横に大きく振って、俺の側頭部を狙ってきた。
ここまでで、トウマは一度も横からの攻撃をしてこなかった。
それは、通路が狭いせいで、槍を横に振ると壁に当たるからだろうと、俺は考えていた。
しかし、それは誤りだった。
この男の腕力と神器の耐久力があれば、たとえ石で作られた壁であろうと難なく破壊して、俺に攻撃を仕掛けられたんだ。
今までそれをしなかったのは、俺の意識をそっちに向けさせないためだったのだろう。
――悪くない一手だ。
「なに!?」
俺はその場でしゃがみ込み、トウマの攻撃を回避した。
トウマからすれば、俺が一瞬消えたように感じただろう。
大盾によって視界が悪くなったのは、俺だけでなく、至近距離にいたトウマも同じだったはずだからな。
だからこそ、トウマは大振りの攻撃を外した。
そして、そこには今までにない隙を見せるトウマがいる。
俺は大盾で、その先にいるトウマを壁側へと押し込みながら、『クロス』による突きを放った。
「まだまだぁ!」
「!?」
が、俺の攻撃もまた空振りに終わった。
トウマは大盾に背を預けて、目の前にある壁を蹴って真上に浮き、俺の攻撃を回避していた。
こいつ……結構フットワークが軽いな。
今のは完璧に攻撃を当てられたと思ったのに。
「うりゃ!」
「フッ!」
空中で振り向いたトウマは、その勢いを利用しながら槍を振り下ろしてくる。
対する俺は、大盾による防御が間に合わないと判断し、体を大きく反らしてその攻撃を避けた。
鎧に一筋の傷ができた。
だが、怪我と呼べるものは負わなかったので、ひとまずは良しとしよう。
「ふぅ……お前、なかなかやるな。横からの攻撃の段階で仕留められると思ってたんだけど、バレてたか」
「バレてたわけじゃないが、どこからでも攻撃がきてもいいように警戒してたからな。たとえ背後から攻撃してきたとしても、対応できてた」
「そっかぁ……うん、やっぱり強い。倒しがいがあるよ」
俺から数歩離れて槍を構え直したトウマは、口元に浮かばせる笑みをさらに深くした。
「んで……俺の後ろにいる奴らは、ここから戦闘に加わったりすんの?」
そして、トウマは俺を見据えながらそう訊ねた。
さっきまでの立ち回りで、俺とトウマの位置が入れ替わった。
結果、トウマは俺とキィスたちに挟まれるような形となった。
さっきまでは一対一でないと戦えなかったが、今なら二対一で戦うこともできるな。
俺たちの目的は、この通路の先に進むことだから、トウマの倒し方はなんでもいいんだが――。
「うふふ……では、私もこの戦いに参加すれば、ちょうどいい頭数になりますね……」
「!?」
背後から突然、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
驚いた俺は、その声の主を確かめるため、勢いよく後ろを振り向いた。
「…………え?」
通路の奥から歩いてくるその人物は――クレールだった。