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ダメージヒールの真髄

「ヒールをかけてほしい?」

「そうだ」


 隠し神殿に住み着く骨、クレール・ディス・カバリアは俺に向かってそんな頼みを言ってきた。


「本来ヒールとは対象者の生命力を活性化させる事によって身体を回復させる術だ」


 まあそうなんだろうな。

 俺はただ普通にヒールをゲーム仕様で考えているが、この世界はリアルな法則に支配されている。

 だからヒールという魔法も何かしらの理屈があって成立しているのだろう。


 そしてそれを考えるとまず考えられるのが目の前にいる骨が言うような理論だ。

 ようするにヒールは一時的に対象者の再生能力を高める魔法ということか。


 一週間、二週間とかかるような怪我を一瞬で治すような再生能力と思うとヘイフリック限界(細胞分裂回数限界)とか大丈夫なのかと心配になるが、この世界の住民が長い間使っても問題なかった魔法なんだからその辺は大丈夫なんだろう。


「その魔法は術者の精神力に大きく左右される。そのためか、精神力の弱い者は僧侶という天職を得る事もあまり無い」


 これはアース人に関わらず地球人にも同じ事が言えるな。


 僧侶職を選んだからには当然初期ステータスポイントもMNDに大きく振る。

 あまり多く振らないというパターンもあるにはあるが、全く振らないという奴はゲーム最初の説明も碌に聞かない馬鹿か何も考えてない馬鹿かジョブを間違えて選択する馬鹿しかいない。


 この馬鹿のうちの1人に俺も入るのだと思うとげんなりするから普段はあんまり考えないようにしてるけど。


「しかし稀にいるのだ。脆弱な精神力を持って生まれる僧侶が」

「……へえ」


 俺が現状の正しい認識をしていると、クレールはそんな事を言って骨だけの手で俺を指差してきた。


 なんかそう言われると俺が人並みを大きく外れるほどに心が弱いみたいで嫌だな。

 時々嫌な事があってへこむ時もあるけど俺のメンタルは普通だと思うのに。


 これまでの経験上から考えると、俺達の認識するステータスはあくまでゲーム的なステータスであって、プレイヤーそのものを表している数値では無いはずだ。

 じゃないと俺のメンタルはズタボロということになったりで色々納得いかない。

 って今はそんな事どうでもいいか。


「その者達の大半は僧侶として失格の烙印を押される事になるが、中にはデスヒールを用いて戦おうとする者も極々稀に存在するのだ」

「……俺もそんな極々稀に存在する1人ってわけか」


 ダメージヒールを使おうとした奴らがどれだけこの魔法の有用性に気づけたかは知らないが、ステ振りができない以上は俺より大変な道だっただろう。


「ちなみにそれってどれくらいの確率ですか?」

「最後にデスヒールを主要の魔法として扱う新米冒険者が現れたのは今からおよそ50年前、それ以前では300年前に1人いたな。しかしその2人も貴様ほどではなかった」


 少ないな。

 つまりダメージヒールの使い手は100年に1人出るか出ないかってレベルなのか。


 というか300年前の話を出すとかこいつ年いくつだよ。

 アンデッドだからそういう概念も無いんだろうか。


「貴様以上の逸材となると初めから負の精神を持った者しかいないのではないかと思うのだが、そんな者は神代にまで時を遡らなければ存在せんだろう。少なくとも我が今まで生きてきた中では会った事などないな」


 だからお前は生きてないだろ。

 ちょいちょいアンデッドジョークを混ぜてくるな。


 ……いや、別にアンデッドは死んでいるわけではないのか?

 その辺イマイチよく把握できないな。

 というかこれについてもどうでもいいわ。

 話を脱線するな俺。


「……それで、希少なデスヒールをかけてもらいたいっていうのはどうしてなんだ?」


 なんだかもう敬語で喋るのもばかばかしくなってきた俺は砕けた口調で死霊の王様に問いかけた。


 ここまではダメージヒール、もといデスヒールの使い手がどれだけ少ないかについての話だったが、俺はまだ肝心な部分を聞かされていない。

 デスヒールとはこいつにとって一体なんなんだという部分が、な。


「貴様も知っているだろうが、負の精神を持った術者が放つヒールは生者の生命力を削り、不死族アンデッドに癒しを与える魔法だ」

「そうだな」

「これは不死族アンデッドが活動するのに必要な負の生命力をデスヒールが活性化させるからこそ成り立つ理屈と言える」


 負の生命力、か。

 まあ普通の生命力とは対極に位置する力とでも考えておけばいいのだろう。


「そして本来、負の生命力を活性化させる手段は存在しない。不死族は死の濃度が高い場所に溜まる負の生命力を得ることでしか存在し続ける事ができないのだ。それに加えて一度に回復できる量も限られている。貴様達のように迅速な回復はできん」

「なるほどな」


 つまり不死族アンデッドは俺達で言うところの食事をする以外に負の生命力、HPを得られない。

 また、そんな唯一と言っていいHP回復手段の食事ができる場所も限られている。


 更にこの回復は瞬間的なインスタント方式ではなく時間をかけてのHoT(Heal over Time)方式である、と。


 こう考えると不死族アンデッドというのはこの世界でも結構不便な部類に入る種族だな。


「しかし貴様のようなデスヒーラーはその法則を覆す事ができる」


 クレールはそう言うと自分の体に向けて手の平を当てるようなジェスチャーをした。


 ここでその話に繋がるわけか。


「見た目ではわからぬだろうが今の我は相当に弱っている。長い年月をかけたおかげで少しは回復したが、全快にはまだ程遠い。これは我が強力な存在である故、この身を維持し続けるために必要な負の生命力も多いせいというのもある」

「それで俺に回復をしてくれと?」

「ああ、その通りだ」

「ふぅん」


 まあとりあえず俺がここに招かれた理由は理解できた。

 けれどまだそれだと疑問が残るな。


「それなら俺でなくてもよかったんじゃないか? どこか適当な駆け出し僧侶を捕まえて死霊装備で固めればデスヒール自体は使えるだろ」


 その場合俺以上のパフォーマンスは出ないだろうが。

 しかし長い間待ち続けるよりはそっちの方が手っ取り早いように思える。


「我が欲しているのは生半可なデスヒールではない。貴様の言うその案はかつて何度か試した事があるが、我が求める回復量を超えるものではなかったので早々に諦めて町へ帰した」

「…………?」


 なんかイマイチよくわからない理屈が出たな。


 確かに俺以上のデスヒーラーはアース人の中にはまず存在しないだろう。

 しかしそんなアース人の放つデスヒールでも、微量ではあるが回復しないこともない。

 だがこいつの求める回復量はその程度では足りないと言う。


 どういうことだ。

 ただ単に回復するだけがこいつの目的じゃないのか?


「……それで、お前は自分が回復したら一体何をするつもりなんだ? お前はその先にどんな目的を持っているんだ?」


 とはいえだ、こいつの目的が自分の回復にあるというのであれば、それが達成されたら一体どうするというのか。

 生者を滅ぼすために動き始めるとかだったら俺はここで手を貸すわけにはいかないぞ。


「その先の目的……か。強いて言うなら、我は自由に旅をしたいな」

「……は? 旅?」

「そうだ。500年前はそうでもなかったのだが、現在における我の活動領域はとても狭い。毎日膨大な負の生命力が体の維持に必要となるため、それなりの規模である墓地の近くにいないといかんのだ」


 毎日墓地の近くにか。

 それはつらいな。

 いやまあアンデッドの基準からしたらそうは思わないかもしれないが。


「それでお前は自分が万全な状態で長時間外をうろつきたいから回復してくれと?」

「ああ、頼めないか?」


 それくらいなら手を貸してやってもいいか?

 だがこいつが嘘をついているとも限らない。

 どうするか。


「勿論ただでとは言わん」


 俺がこの頼みを受けるか悩んでいると、クレールは空間を歪ませ、黒くて禍々しい装飾の施された大盾を取り出した。


 そういえばここに来たのは死霊の大盾が目的だったな。

 というか思ってみれば今回の件はこの世界の神であるクロスが持ちかけた話だ。

 一応クロスの紹介なら悪い事態にはないだろう。


 まあもし回復して暴れだすようなら俺が何とかして抑えれば良い話だし。


「よしわかった。お前の願いは俺が聞き届けた」

「おお! そうか! では早速デスヒールをかけてもらえるか!」

「いいだろう……『ヒール』」


 こうして俺はクレールにダメージヒールをかけた。


「……ぅおおおおお! これだ! これならいける!」

「…………?」

「ね、念のためもう一度かけてみてはくれないか!」

「念のため? 一体何を――」

「早く!」

「わ、わかった」


 なんだかよくわからない。

 こいつは何に対してそんなに興奮しているのだろうか。


 俺は謎のハイテンションを見せる死霊の王様に向けて更にダメージヒールをかけた。


「おおおお! ふぉぉ! ふぉおおおおおおお! よし! いける! 今我は確信したぞ!」

「なあ、さっきから1人で一体何を――」


 何をそんなに喜んでいるのかわからず俺は問おうとした瞬間、クレールは何か聞き慣れない言葉を喋って俺の方に手を向けてきた。

 そしてさらにクレールの手から眩い光が溢れ出たかと思うと、何か俺の体に漲るような力の感覚が宿った。


「契約完了だ! 我は今、貴様に加護を与えたぞ!」

「……加護?」


 どういうことだ?

 この沸き上がる力とそれは何か関係があるのか?


 わからない。

 わからないが、俺は今の状況を把握すべく、ひとまずメニュー画面を開いて自身のステータスを確認してみた。




 NAME シン

  JOB レイスプリースト

  Lv 16


  HP 342/342

  MP 576/576


 STR 0(6)

 VIT 80(100)

 AGI 0(-1)

 INT 0(-11)

 MND 0(-27)→-54

 DEX 0

 LUK 0(5)


 ステータスポイント残り0


 装備[愚者の盾、ラージシールド、死霊の首輪、死霊の鎧、死霊の腕輪、死霊のブーツ]


スキル[『死霊王の加護』、ヒールLv5、ヒーリングLv3、プロテクションLv3、キュアLv4、ブレッシングLv2、リザレクションLv3、MP量増加Lv2、戦闘時HP自動回復Lv3、戦闘時MP自動回復Lv3、毒耐性Lv3、麻痺耐性Lv1、混乱耐性Lv1]




 なんか見慣れないスキルがある上にMPとMNDの数値が2倍になっている。

 意味不明だ。


「貴様に『死霊王の加護』を授けた。それにより貴様の魔力総量と精神力に変化があったはずだ。また、デスヒールとして扱う回復魔法の性能が一段階上がる補正もつくぞ」

「…………」


 なるほど。

 つまりこれは全て『死霊王の加護』というスキルが原因か。


「それに加えてこの大盾を身につけるがいい。さすれば貴様は比類なきデスヒーラーとして君臨することになるだろう! フッハッハッハッハッ!」


 クレールはそう言うと大盾を浮かび上がらせ、俺に向けてそれを寄越した。




 死霊の大盾  呪 (0>MND数値時装備可) 耐久値-(自動修復) 重量10


 STR+4 VIT+44 AGI-4 MND×4




 おい。

 ×ってなんだよ。

 かけるって事かよ。

 MNDをそのままかけるって事かよ


 という事はあれか。

 『死霊王の加護』と合わせると8倍以上、へたをすれば10倍という威力でダメージヒールが使えるようになるという事か。


 なるほどなるほど。



「さあどうだ、嬉しいだろう? これで貴様は――」

「この加護外してくれないか」

「え……」



 俺は死霊の大盾を床に置いた。

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