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旅芸人

 夢でクロスと会った、次の日。

 俺は、魔王城に張られているアース人避けの結界について、グリムに訊いてみた。


「それを知りたいのは、むしろ私のほうだ。城の警備に隙を作るわけにはいかぬのに、あれではどうしようもない」


 魔王城から少し離れた区画にある酒場で密会したグリムは、露骨に大きなため息をついていた。


 よくわからないのか。

 一応、魔族の中でも、それなりに高い地位にいる奴なのに。


「お前もアース人だから、近づくことはできないのか」

「一度、結界の発生源であるとおぼしき部屋が通路側から見えるところまでは行けたのだが……私にはそれが限界だった」

「そっか」


 あんま無理するなよ。

 見た感じ、お前もそんな若くないんだから。


「それで、その結界はいつごろにできたんだ?」

「つい5日前くらいからだ」

「へえ……結構最近だったんだな」

「それでも、我らにとっては迷惑極まりない。あれのせいで内政担当の者どもが城に近寄りたがらなくなり、行政が滞っているのだ。一刻も早い事態の解決を望んでいる」


 グリムたちも、だいぶ困ってるみたいだな。

 であれば、俺が今から頼むことにも、首を縦に振ってくれやすいかもしれないな。


「だったら、その結界の元凶がなんなのか、俺が調べてもいいか?」

「なに? 貴殿がか?」

「あの結界は、俺たち地球人には効果がない。だから、お前が入れなかったっていう部屋の内部も調べられるぞ」

「ふむ……なるほど」


 グリムは俺の提案を聞くと、顎に手を添えて考え込むような仕草をした。


「城に部外者が無断で侵入することは見過ごせん」

「つまり……駄目ってことか?」

「いや、そうとは言っていない……そうだな、貴殿らは旅芸人の一座として、ニーズ様への謁見を求めるといい。私が書いた推薦状を門番に渡せば、すんなりと城の内部へ入れるはずだ」


 旅芸人って……。

 そんなことをする必要なんてあるのか?


「不服そうな顔だな」

「そりゃそうだ」


 入れるのなら、素直に入らせろよ。

 俺にできることなんて、戦うことくらいしかないんだから。


「別に、本当に芸を披露しろとは言わぬ。ニーズ様の傍には私が控えているから、そこで結界のある部屋の近くへと案内をしてやる」

「……まあ、そういうことなら」


 俺たちに変なことをさせたらボロが出かねないということは、グリムもちゃんとわかってたか。

 

「これは、身元が怪しく、かつ顔を隠していているような部外者を城に入れるのに、最も自然な手段だ」



 魔族に俺たちの素顔を晒すのはマズイ。

 グリムはそこまでちゃんと考えて提案してくれたわけだな。


「この手以外では、夜更けにでもコッソリ忍び込むくらいしかない。我慢してくれ」

「ああ、わかった」


 こうして俺は、旅芸人の一座を演じて、魔王城に乗り込むことになった。






 グリムと密会してから1日経過した。

 その1日の間に、俺はキィスたちに話をつけて、旅芸人っぽい服装を仕入れた。


 話し合った結果、城には俺だけでなく、キィス、リアナ、クーリの3人がついてくることとなった。

 旅芸人の一座を名乗るにも、1人だけではかえって怪しまれるから、という理由だ。


「ちょっと! クーリは踊り子なのに、なんで私はピエロなんですの!?」 


 旅芸人の服に着替えてみたはいいが、どうやらリアナは自分がピエロ役の服を着ることに不服があるようだ。


 だったら、着る前にそうツッコめよと。

 渡された服をよく見ずにホイホイと着るなと、そう言いたくなる。


「え? 結構似合ってると思うぜ?」

「うがあああああああああああああああああああああ!」

「ぎゃああああああああああああああああああああああああ!?」


 服を渡した張本人であるキィスが不用意な発言をすると、リアナに襲われてボコボコに殴られだした。


 お前たちは、いつでも仲が良いな。

 妬けちゃうぜっ。


「リアナ、そのへんにしとけ。キィスが死ぬ」

「ふーっ! ふーっ! ふーっ…………ふぅ……そうですわね。今日はこの辺にしといてやりますわ」

「…………」


 キィスが床の上に横たわりながらピクピクと痙攣している。


 まあ、今のはこいつの失言が悪いと思うから、しばらくこのままにしておいてやろう。

 下手に介抱すると、リアナのヘイトがこっちに向いちゃいそうだし。


「クーリのほうは、なかなか雰囲気が出てていいな」


 リアナに関する感想はしないでおいて、俺はクーリのほうの恰好を見て、率直な感想を述べた。


「……ありがと」


 クーリは布面積の少ない踊り子服でモジモジとしながらも、はにかむような笑顔を見せてきた。


 俺たちが素肌を見せると、すぐに人族だとばれてしまう危険性がある。

 なので、青色の塗料を肌に塗って、パッと見は魔族であるかのように偽装することにした。


 これは、グリムが考案した策だ。

 青色の肌を持つ魔族は、特徴的に人族と似た部分が多いから、これで誤魔化せるだろうとのことだ。


 まあ、こうしたカモフラージュは、あくまで素肌を晒す奴にだけだ。

 仮面を被ったミステリアスな座長役の俺は使わない。


「みんな、気をつけてね。私、みんなの帰りを待ってるから」


 エマはお留守番だ。

 全員で城に行くと、この部屋で匿っている魔王を見張れなくなるからな。

 魔王も俺のアイテムボックスに入れて行こうかと思ったんだが、そうすると容量の関係で、俺の装備品とかをここに置いていかなくてはならなくなる。

 なので、迷った末に装備品を選んだ。


 城で戦いにならないという保証はない。

 今はグリムという協力者がいる状況だが、それでもここが敵地であるという認識は捨てないほうがいいだろう。






「貴様たち、魔王城に何用だ?」


 早速城にやってきた俺、キィス、リアナ、クーリは、入り口付近で門番に話しかけられた。


「私たちは、町から町へとさすらう、流浪の旅芸人でございます」


 すると俺は、あらかじめ決めておいた口上を述べながら、懐から書状を取り出した。


 この書状はグリムから貰った推薦状だ。

 今日の朝のうちに用意して、所定の隠し場所に置いてもらっていた。

 仕事が的確かつ迅速で、非常に助かる。


「こちらの書状は、以前、私たちの芸を大変気に入られたお方からいただいた物でございます。お納めください」

「…………! こ、これは……グリム様の……!?」


 門番は、一目でそれがグリムの推薦状であると理解したようで、中身を真剣なまなざしで確認しだした。


 したっぱにとっては、グリムは様付けで呼ばれるほどの魔族なのか。

 まあ、中将とか呼ばれていた奴だから、偉いのは当然なんだが。


「なんと……! まさか、堅物で有名なグリム様が、ニーズ様に旅芸人をご紹介なさるとは……!」


 門番はだいぶ驚いているようで、目を大きく見開いている。


 グリムの評価は、やっぱり堅物だったか。

 昨日の酒場でも、酒の類は一切頼まなかったしな。

 俺も頼まなかったせいで、店の従業員から微妙な顔をされちゃったんだが、それはどうでもいい。


「印も筆跡も、グリム様のもので間違いないな……!」

「では、通していただけますね?」

「あ、ああ……いいだろう」


 どうやら、無事にここを通してくれるようだ。

 俺たちを、ちゃんと魔族だと勘違いしてくれているようだし、完璧だな。


「だが、念のために、武器となりうるものは我々のほうに預けてもらうぞ」

「はい、わかりました」


 武器を没収されることは、想定内だ。


 俺は、とりあえず形として腰にぶら下げていた剣を門番に渡す。

 もちろん、本当の武器はアイテムボックス内にある。

 だが、俺がアイテムボックスを持っていると知らない門番にとっては、これで十分な仕事をしたと思ってくれることだろう。


「それでは、私たちはこれで――」

「待て、そこの女のマントの中身を見せろ」


 俺が城に入ろうとすると、門番が突然クーリのほうを向いて命令した。


 クーリは踊り子の服を着ているが、町中を歩く際、体をマントで隠していた。

 門番は、もしかしたらマントの下に凶器を隠し持っているんじゃないかと考えたのか。


「…………」


 あまり近くでジロジロと見られると、塗料で肌の色を誤魔化しているのがばれてしまう可能性がある。

 マントを羽織っていたのは失敗だったか。


「? どうした、早く見せろ」

「…………」


 ここは賭けだ。

 近くで見られてもばれないことを祈ろう。


 俺がそう思っていると、クーリはおずおずとマントの前側を開いた。


「おぉ……」


 ……門番の目が、クーリの胸の谷間に釘付けとなった。


 キィスたちが仕入れた踊り子の服は、胸元が大きく開いている。

 クーリの恥ずかしがるような表情と、マントの開き方もあいまって、そこはかとなくエロい。


 鼻の下を伸ばして見ているこの魔族の門番を見る限り、種族は違えども、男が喜ぶようなポイントは同じだったというわけか。


「あの……もういいですか?」

「へ? あ、ああ……ゴッホン、も、もういいぞ。通ってよし」


 門番の男はわざとらしく咳を出しつつも、門の横へとずれて、俺たちに道を譲った。


 どうやら、ばれなかったようだな。

 これで一安心だ。


「男って、どうしてこんなにも馬鹿なんですの?」

「さあ? 俺にもわかんね」

「馬鹿でごめんなさい」


 そうして俺たちは、なぜかご機嫌ナナメになったリアナをあやしつつ、魔王城へと足を踏み入れたのだった。

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