神の汚点
宿屋に魔王を匿ったその日の夜。
俺は、夢の中でクロスと顔を合わせていた。
「さて、それじゃあ約束通り、魔女について知っていることを教えてもらおうか」
クロスとこうして話をする機会を設けたのは、魔女のことを詳しく聞くためだ。
グリムと会ったせいで忘れかけていたものの、この件についてもかなり重要と言えるだろう。
「うむ、いいじゃろう。では心して聞くのじゃよ」
「わかった」
俺はあぐらをかきつつも、真面目な表情でクロスを見つめた。
すると、クロスはコホンと可愛らしい咳を1つ挟んで、若干申し訳なさそうに眉根を下げながら話を始めた。
「この世界で魔女と呼ばれている者はな……実のところを言うと、わしら神々の眷属に当たるのじゃ」
「眷属……というと?」
「龍王と呼ばれている火焔や、精霊王と呼ばれているアリアスと同じ立場にいた者だということじゃ」
「…………」
俺はクロスの説明を聞き、眉間にシワを寄せた。
つまり、魔女はクロスたちの親戚みたいな関係だったってことか?
もう少し、黙って話を聞いてみよう。
「今では伝承も少なくなり、魔女とだけ呼称されることが一般的となったようじゃが……かつて、あやつは『アース』と呼ばれていたのじゃ」
「……は? アースって……この星の名前だろ?」
「うむ。この星の名を取って、わしらがそう名付けたのじゃよ」
星の名を取ってって……。
ずいぶんと壮大な名前を付けられたもんだな。
俺たちで言えば『地球』と名付ける感覚か。
キラキラネームと言っていいだろう。
「魔女と呼ばれている者の正体は、わしらの代わりとなってこの星を統治させるために創り出した、女型の人族なのじゃよ」
「そうなのか……」
龍王である火焔や、精霊王であるアリアス・ファーラーも、もともとはクロスたちの代行者として生み出された存在だ。
そんな感じの話は、以前にも聞いたことがある。
今は魔女とだけ呼ばれるようになった奴も、本当だったら火焔たちみたいなことをしていたはずだったわけだな。
「でも、なにか問題があって、魔女はお前たちと敵対するようになったんだよな?」
「うむ……」
俺の問いに対し、とても言いづらそうにではあったものの、クロスは答えた。
「魔女と呼ばれるようになったアースは、最初のころはわしらの言うことにも素直に耳を傾けていたのじゃが……時を重ねるにつれて傲慢になり、民を虐げることに愉悦を覚えていったのじゃ」
……なんか、だいぶ性格が悪そうな奴だな。
実際にどんなことをしたのかまでは聞かないが、人を虐げて悦に浸るような奴はロクなもんじゃないはずだ。
「それに、支配欲も強かったのじゃろうな……あやつは神の代行者という立場では満足せず、自分が神として君臨するために、わしらに反旗を翻して、戦争を始めたのじゃ」
「神様相手に戦争か……それって魔女側に勝ち目はあったのか?」
「ない……と言いたいところじゃが、その戦争の結果、わしらはこうして困った事態になっておるからのう……」
クロスは自嘲気味に苦笑いを浮かべて、『ふぅ』とため息をついた。
「正直、わしらはアースを舐めていた。わしらの眷属であるとはいえ、所詮は人の域を少々超えた程度の力しか持っていないと思っておったからのう」
「……魔女は強かったのか?」
「うむ。あやつはわしらが与えた力を基にして、それをさらに発展させるための努力を重ねていたのじゃ。今思えば、あやつは知識欲も旺盛じゃった」
魔女は欲の塊か。
もしくは、人族という存在は神と比べて欲が強いのかもしれないが。
どちらにせよ、困った奴だ。
「あやつがわしらに匹敵するまでの力を有しているということを知ってからは、こちらも必死じゃった。場合によっては、事はこの世界だけでなく、他の世界にも影響を及ぼすかもしれなかったのじゃ」
「他の世界というと……俺たちが住む地球とかもか?」
「その可能性はあったじゃろうな。アースと地球は、非常に近いところに存在しておるからのう」
あっぶないなぁ……。
もしも魔女がクロスたちを圧倒してたら、地球もどうなっていたかわからなかったってことじゃないか。
「まあ、実際はそうならなかったんじゃがの」
クロスたちと魔女の争いは、痛み分けみたいな形で終わったんだろう。
魔女の存在は過去話として語られるだけになったんだからな。
「長い戦いの末、わしらはアースを追い詰めていき、この世界の各地に作成された『魔女の庭』と呼ばれるあやつの拠点以外の領地を奪い返すことに成功したのじゃ」
『魔女の庭』といえば、俺たち地球人が探索している地下迷宮『ユグドラシル』の別称だったな。
今もなお残っていることから、クロスたちもそこだけは奪還できなかったというのは事実と言える。
「じゃが……そこまでしても、アースを斃すことはできんかった。あやつは自らの分身を生み出し、それを複数の庭に配置して、わしらを翻弄しだしたのじゃ」
そこで、クロスが腹を立てるように、声に苛立った色を乗せた。
「その分身が本体であるかは、庭に潜って直接対峙してみないことにはわからんかった。そして、分身のほうを掴まされたときには、あやつは別のところで新たな庭と分身を作成している、というイタチごっこが始まったのじゃ」
うわぁ……。
滅茶苦茶メンドウそうだな……。
というか、『魔女の庭』って、昔はもっとたくさんあったんだな。
全部にアース人避けの結界が張られてたんだと思うから、普通のアース人にとっては迷惑極まりなかっただろうな。
「しかし、それでもわしらは1つ1つコツコツと庭を潰して回り、魔女の本体がいるであろう庭を3つに絞り込んだのじゃ」
「それが、今も残っている地下迷宮ってわけか?」
「うむ、その通りじゃ」
どれだけの数の庭を潰して回ったのかは知らないが、クロスの様子からして、相当な数だったことが窺える。
たまに怒ったりすることはあるが、今の起こり方は、いつものとは次元が違うように見えるからな。
「その残された3つの庭は、他の物と比べて広大な作りとなっておった。じゃが、わしらは諦めることなく、3拠点を同時に攻めたのじゃ」
「なんで同時に攻めたんだ?」
「そうでもせんと、またイタチごっこの繰り返しとなるかもしれんと思ったからじゃ。1つの庭を攻めたならば、あやつの本体に当たる可能性は3分の1じゃが、3つ同時に攻めたならば、確実に当たるじゃろ?」
「なるほど……でも、それだと戦力を分散することになるだろ? 危なくないのか?」
「あやつがわしらから逃げるようになったのは、争いによって傷ついた我が身を癒すためじゃ。わしらは戦争の最中、あやつに回復魔法では癒せない傷を与えていったからのう」
「おぉぅ……」
回復魔法でも癒えない傷を与えることができるとは……。
さすがは神だな。
そんなことされたら僧侶職は泣くぞ。
「この3拠点同時進攻には、あやつに傷が癒える時間をこれ以上与えぬため、という理由もあったのじゃ」
「短期決戦を仕掛けたわけだな」
「そういうことになるのう」
クロスたちがなにを考えて3つの庭を同時に攻めたのかはわかった。
では、それをした後、どうなったかについてを教えてもらおう。
「それで、結果は?」
「わしはウルズ大陸、イデアはミーミル大陸、スキルはフヴェル大陸で、それぞれの大陸にある庭を攻めたわけじゃが……アースは庭の最深部に罠を張っていたのじゃ」
「罠?」
「わしら神さえも封じる非常に強力な大結界じゃ。今までになかった新しい術理によって作り出されていたその結界は、わしらを完全に閉じ込めるだけの力があったのじゃよ」
それが、今もなおクロスたちが地下迷宮の奥底に幽閉されている理由か。
実際に1000年以上破られていないのだから、その結界の効果は本物だったんだろう。
「わしらが全員揃っていたら、あるいは対抗できたやもしれんが……今さら悔いても仕方がないのう」
「だな」
俺とクロスはそこで苦笑を交し合った。
「でも、それだと魔女はどうしたんだ? 地下迷宮にはいなかったってことか?」
さらに俺は、クロスに追加で質問した。
これが今回の話で一番重要なところと言えるだろう。
クロスたちを封じることに成功した魔女は、はたしてどうなったのか。
「いや、あやつの本体はフヴェル大陸のほうの庭に潜んでいたそうじゃ。逃げようとしていたようじゃが、それをスキルが発見して屠ったという話を、わしは念話で耳にしておる」
「ああ……倒すことはできてたのか」
「そうらしいのじゃが……ううむ……」
クロスも又聞きだったせいか、魔女の死には確証を得ていない様子だ。
本当に魔女が死んでいたのだとしたら、魔王城にあるアース人避けの結界と、異能機関が言う『魔女』とは誰なのか、ということになる。
これらの答えは、俺自身が直接捜すしかないのだろう。
どうするか……。
せっかく知り合う機会があったんだから、グリムに結界のことを聞いてみるのも1つの手かもしれないな。
もしかしたら、直接魔王城の内部を調査させてくれるかもしれないし。
「お前たちと魔女の関係と、過去になにがあったのかは、だいたいわかった。長話させちゃって悪かったな、クロス」
「いやいや、いいのじゃよ。お主と会話をするのは、わしにとっては数少ない娯楽の1つじゃからな」
そんな年寄りみたいなこと言っちゃって。
まあ、本当に年寄りではあるんだが。
見た目が幼女だから、どうもギャップが生まれるんだよな。
「だけど、なんで今までこの話を言い渋ってたんだ? 聞いてみた感じ、別に言い渋るようなことなんてなかったように思うんだが」
そして俺は、最後にクロスへそんなことを訊ねた。
すると、クロスは途端に落ち込んだようにして、下を俯きだした。
「……己の失態と身内の恥を晒すのは、たとえ神であっても勇気のいることなのじゃよ」
「あ……うん、聞いた俺が悪かった」
妙に人間臭い部分を垣間見た気がした。
こうして俺は、それから夢が覚めるまで、シュンとしたクロスを持ち直させるために一緒に遊んだりして時間を潰したのだった。