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頼み事

 さびれた教会の片隅で、俺はグリムと一緒に1人の魔族を見下ろしていた。


 木箱の中にいた魔族の名はニドルク・フィヨルド。

 キィスたち曰く、最近崩御したという、魔族の王様だった。


「あ、あの……グリムさん? 俺を魔王様の亡骸と面会させて、なにをしようっていうんですかね……?」


 ひとまず俺は、グリムに事情の説明をしてもらうよう促した。


 今の状況は、もしかしたら非常にマズイかもしれない。

 いや、だって魔王の死体ですよ?

 魔王の死体を俺に見せてきたわけですよ?

 怪しすぎるにもほどがあるじゃないですか。


 そういえば、魔王はニーズに暗殺されたとかいう噂もあったな。

 まさか……その暗殺騒動の罪を俺になすりつけるつもりじゃないだろうな!?


「待て、誤解をするな。仮死状態となってはいるが、魔王様は存命していらっしゃる」

「あ、そうなのか……?」


 冷や汗を浮かべる俺に、グリムは淡々と補足説明を入れてきた。


「しかし、この仮死化の術も、そう長くないうちに解けてしまうことだろう」

「?」


 仮死化とやらが解けると、なにか不都合でもあるのだろうか。

 もう少し詳しい話を訊いてみよう。


「グリム。お前たちは俺にこの魔王をどうさせたいんだ?」


 俺をここに連れてきたということは、つまりはそういうことなんだろう。

 いったい、どのようなことを頼まれるのか。


「うむ……貴殿には、魔王様をどこか安全なところに匿ってほしいのだ」

「匿ってって……もしかして、暗殺でもされるかもしれないからか?」


 おいおい。

 勘弁してくれよ。

 暗殺は現在進行形の話だったのか?


「いや、そうではない」


 グリムはスッパリと否定してきた。


 なんだ……。

 驚かせやがって……。

 でも、だったらどんな理由で俺に魔王を匿ってほしいだなんて言うんだ?


「貴殿は、魔族が現在、戦争の準備を進めていることを知っているか?」

「まあ……それらしい話は耳にしてるが……」

「では、その戦争が、貴殿の働きによっては回避されるとするならば、どうする?」

「…………!」


 今、グリムがなにを考えているのか、少しだけわかったような気がする。


「つまり、お前は戦争を回避するために魔王を仮死化させた……ってことか?」

「察しがよくて助かる」


 どうやら当たりだったようだ。

 俺はグリムを見ながら、口元をニヤリとさせた。


 ニドルク・フィヨルドは、戦争賛成派の筆頭であるらしい。

 これは、以前キィスたちが言っていた通りなのだろう。


「まあ、魔王様を仮死化させたのは、私ではなくニーズ様だがな」

「ニーズか」


 そして、ニドルクの息子であるニーズもこの件に絡んでくるか。

 ということは、ニーズは戦争反対派と見て、まず間違いないだろう。


「ニーズ様は、ニドルク様の暴挙を止めるために、私と一緒に暗殺計画を立てたのだ……しかし……ニーズ様はニドルク様を仮死化させるだけにとどめたのだ」

「……そうか」

「唯一の肉親を手にかけることに……躊躇(ためら)いの感情を抱かれたのだろうな」


 あのニーズが躊躇ったのか……。


 ただの戦闘狂かと思ってたけど、あいつにも家族を思いやるような情があったんだな。

 ちょっと意外だ。


「仮死状態にしただけでも、それを見破れる者たちさえ丸め込んでしまえば、臣下を騙すことができる。そして、ニドルク様のご遺体の偽者を棺に入れ、本物は私がここに運びこんだのだ。その間、ニーズ様は魔王に即位するための準備を着々と進めておられた。明日頃には、正式なニドルク様の御葬儀とニーズ様の即位式の日程が発表されるだろう」

「でも、ここで死んだはずの先代魔王が生きていると知られたら、ニーズの計画は崩れることになる……ってわけか」

「その通りだ。だから、貴殿の力を借りたいのだ」

「事情はだいたいわかった」


 本当なら、魔王であるニドルクを殺してしまうのが、戦争回避の最善手なのだろう。

 しかし、ニーズにはそれができなかった。

 そこでニースは、ニドルクを仮死状態にし、臣下を騙すことにした。

 苦肉の策だったんだろうが、それは今のところ上手くいっているようで、巷の民衆にも魔王が崩御したという噂が流れるまでになった。


 今の話をまとめると、こんなところか。


「それで、その匿うっていうのは、具体的にどれだけの期間を指しているんだ?」

「ニドルク様が存命であるということは、正直に言ってしまえば、私にとっては不足の事態だ。貴殿の質問には、申し訳ないが今は答えられぬ……」


 まあ……本来はニーズが魔王を暗殺する予定だったらしいからな。

 グリムが答えられないのも、仕方がないと言えば仕方がないか。


「だが、近いうちに必ず答えは出す。それまでは、ニドルク様には魔族の息がかかっていない場所でお過ごしいただきたいと考えている」

「つまり、魔王を俺たちの手で町の外に連れ出すってことか?」

「そうなるな」


 普通だったら『無茶言うな』とツッコミを入れるところだが、俺にはアイテムボックスがある。

 実際に入れてみないと確信は持てないが、多分魔王1人くらいならギリギリ容量も足りるだろう。

 だから、仮死状態の魔王を町の外に連れ出すというのは、それほど難しいことではない。


 それに、どうしてもグリムたちの結論が長く出そうにないならば、魔王をアイテムボックスの中に入れたままにしておけばいい。

 これはあくまで最終手段だが、そういうこともできるのだと考えておけば、幾分か匿うことに対する気持ちのハードルも下がる。


「この件については、むやみやたらと魔族内に協力者を作るわけにもいかん。それに、私も自由に行動できる範囲には限りがあって困り果てていたのだ。どうか、引き受けてはくれぬか?」


 グリムが俺に頭を下げてきた。


(シンよ。今回の一件、わしもこやつに賛同するぞ)


 クロスもか。

 まあ、お前が戦争回避に加担したい派だろうっていうのは、聞くまでもないと思っていたが。


 ……ったく。

 しょうがないな。


「そういうことなら、俺も手を貸してやる」

「ほ、本当か!」

「ああ、俺も戦争はさせたくないからな」

「おお……やはり、私の目に狂いはなかった……!」

「うおっと……」


 グリムは俺の両手を掴み、ブンブンと振り出した。


 喜んでいるのだろうが、痛いからさっさと手を離してほしい。

 結構年もとっているようなのに、凄い馬鹿力だ。


「だけど、ニーズにはなんて言うつもりなんだ? 多分あいつ、俺のことを敵だと思ってるんじゃないか?」


 ニーズには、俺と戦って負けた過去がある。

 あのことを根に持っていたら、俺に親を預けるなんて選択は取らないかもしれない。


「ニーズ様には、私のほうから伝えておく。それでもし大事があったならば、私は己の首をニーズ様に差し出す所存だ」

「おおぅ……」


 責任重大じゃん、俺。

 グリムの首が物理的に飛ぼうが飛ぶまいがどうでもいいと言うこともできるけど、俺のせいでそうなるというのは、寝覚めが悪くなりそうだ。

 少し、安請け合いしすぎたかもしれないな……。


「……そんなこと言って、本当にいいのか? 一応、俺はお前の敵だったはずなのに」

「私は、貴殿を信用している。かつては敵として拳を交えたこともあったが、貴殿はいかなるときも戦争回避のために尽力していたからな」

「そうか……わかった」


 どうしてグリムが俺を信用してくれるのかについては、なんとなく理解できた。


 メンドウではあるが、引き受けてやるか。

 けれど、その前に、キィスたちにも話を通しておかないとだな。


「この件については、俺の仲間にも知らせて協力を仰ぐことになるが、それでもかまわないか?」

「いいだろう。だが、魔族にはくれぐれも内密に頼むぞ」


 俺はグリムの許可を貰い、宿に戻ってキィスたちをここに呼ぶことにした。






 そうして、俺はキィスたちに事情を説明した。

 すると、キィスたちは初めこそ驚いていたが、これで戦争が回避されるのだと理解してくれて、快く協力するという意思を示してくれた。


 その後、俺たちはひとまず、魔王の体が入った木箱を宿屋まで移動させた。

 アイテムボックスでの持ち運びは可能だったので、わりと楽な作業だった。

 その代わり、俺のアイテムボックス内は木箱と魔王だけでほぼ満杯となったが、それはまあ一時的なものだからいいだろう。


 これによって、キィスたちが借りている宿の一室に、魔王様がやってきた。

 いったいいつまで匿う必要があるのかわからないが、まあ、なんとかなるだろう。

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