魔族の将、再び
キィスたちと再会してから3日ほどが経過した。
その間、俺はルレイルの町で装備品の修繕や情報収集を行っていた。
一度ログアウトして、現在の状況を学校に報告しようかとも思ったが、それはひとまず保留にした。
元々、ミーミル大陸の地下迷宮探索を行うために、長期滞在する予定でLSS(生命維持装置)を使わせてもらっていたから、まだしばらくはログインし続けた状態でも問題ない。
であれば、わざわざ魔族の町中でログアウトすることもない。
ケンゴたちをヤキモキさせるかもしれないが、今は自分の身の安全を優先して考えよう。
装備品については、魔族の職人に預けることも躊躇われたので、ただの応急処置だ。
マグマに落ちたときに鎧がかなり傷んでいるが、しょうがない。
そして、情報収集の結果、魔王が崩御したという話が巷に流れていることがわかったが、いまだに葬式の類が行われる様子はない。
国葬とかをするものなんじゃないのかと思うんだが、どうなっているのだろうか。
また、そういった疑問とは別にして、他にも確かめなくてはならないことができた。
(……ふむ、やはり、あの城の内部からアース人避けの結界が張られている気配を感じるのう)
俺が視線を送る先には、魔王城がそびえている。
クロスのお願いを聞き入れて、ギリギリまで近づいてみたのたが、どうやら、ここにはなにか怪しいものがあるようだ。
「調べてみるべきか?」
(うむ。そうしたほうがよいかもしれん)
あまり危ないことに首を突っ込むようなことは控えたほうがいい。
だが、今回のは見て見ぬふりをすることもできない事態なのだろう。
(あの結界は、今ではもはや『ユグドラシル』にしかないものじゃと思っとったんじゃがのう……)
アース人避けの結界というのは、クロス曰く、張れる者は魔女以外にいないほどの術なのだと言う。
だとしたら、この魔王城に魔女が潜んでいる、あるいは潜んでいた、ということなのだろうか?
「城の内部にアース人避けの結界があるだなんて、変な話だな」
アース人のカテゴリーには、もちろん魔族も含まれる。
つまり、魔族はわざわざ自分たちに悪影響を及ぼすような結界を近くに置いていることになる。
あまりにもおかしすぎるな。
だからこそ、どうにかして、そんな結界がある意味を調査する必要があるだろう。
「そもそも、俺はこの世界で魔女と呼ばれている奴のことを全然知らないんだが。もう教えてくれてもいいんじゃないか?」
ふと、そこで俺は、魔女がどのような人物だったのかクロスに訊いてみた。
以前は回答をはぐらかされたが、今回はどうか。
魔女は異能機関の連中ともかかわりがあるようだし、いつまでも情報不足でい続けるのはよくないように思う。
(…………うむ、あいわかった。では、今夜にでも語ってしんぜよう)
「おっ、今回ははぐらかさないんだな」
(まあのう。正直、あまり気乗りはせんのじゃが、もしかすると、この城の内部にあやつが潜んでるかもしれぬからのう……)
あやつ、とは……魔女のことか?
やっぱり、魔女は今も存命している、とクロスは考えているのだろう。
歴史から抹消され、神であるクロスすらも口にするのをためらう魔女とは、いったい何者なのか。
聞くのがちょっと怖くなってきたな。
「って、あれは……」
クロスと話し込んでいたら、魔王の城から魔族の男が出てきた。
集団といっても、ほんの3人程度なんだが、もしも話しかけられてもしたらメンドウだ。
俺は近くの物陰に身を隠した。
そして、そういった心理の動きとは別にして、1つ驚くことがあった。
「……あいつ……確か、グリムっていう奴じゃなかったか?」
城から出てきた奴は、かつて俺も戦ったことがある魔族のグリムだった。
ニーズに続いてグリムか。
どっちも魔族としてはかなり重要なポジションにいるみたいだから、魔王城にいてもおかしくはないんだが……。
見た目的に結構老けた感じがするな。
いろいろと苦労が絶えない日々を送っていたのだろうか。
にしても、随分と慌てている様子だ。
なにか急ぐようなことでもあったのだろうか。
「………………ムムッ! こっちか!」
「!?」
突然、グリムが俺のいる方角を向いて走り出した。
え?
もしかして、俺、見つかったのか?
そんな馬鹿な。
隠れ方が甘かっただなんてことはないはずなのに、一瞬でバレるとか、おかしいだろ。
「くっ!」
ひとまず、俺は逃げることにした。
ここでグリムに捕まるのはマズイ。
俺の身が危なくなるだけでなく、キィスたちにも迷惑がかかるかもしれないからな。
しかし、今から逃げたのでは、もう遅い。
振り切ることはできるだろうが、魔族が徒党を組んで俺を探そうと躍起になったら、町中にいたのでは高確率で詰む。
それでも最悪、キィスたちに迷惑がかからないよう、魔族連中を引きつけながら1人で逃げることにしよう。
こんなことで町から出なきゃいけなくなるだなんて……。
でも、しょうがないか――。
「ま、待ってくれ! 私は貴様に危害を加えるつもりなどない! 話を聞いてくれ!」
「…………?」
背後からグリムの必死な声が聞こえてくる。
それが、どうにも気にかかったので、俺はひとまず走るのをやめ、後ろを振り返った。
こいつなら、わざわざ『危害を加えない』とか、そんなことを襲う相手に言わない気がする。
襲うなら襲うで、正面から堂々と『いざ尋常に勝負せよ!』とか言ってくるような奴だったはずだ。
「き、貴様は……いや、貴殿は、もしや《ビルドエラー》ではないか?」
俺の目の前まで走ってきたグリムは、恐る恐るといった様子で問いかけてきた。
どうも、敵意めいたものを感じないな。
いったいどうしたもんか。
「……だとしたら、どうだっていうんだ?」
ひとまず俺は、回答をはぐらかした。
まずは相手の出方を見よう。
町から逃げるのは、それからでも遅くない。
「……貴殿を一流の戦士と見込んで、頼みたいことがある!」
「…………」
グリムが突然、土下座をしだした。
いったいどういうことだ……。
とりあえず、ここで騒動になりそうなことをするつもりじゃないのはわかった。
でも、いきなり地面に頭をこすりつけられても困るな。
「魔族の町に、俺みたいな奴が紛れてるのは問題なんじゃないのか?」
「今はそんなことなど、どうでもいい! 我々に手を貸してくれるなら、不問にするよう私が取り計らおう!」
「……ふむ」
なんかよくわからないが、町を追い出されなくて済むのなら、こいつの話を聞いてみるのも悪くない……か?
クロス。
お前はどう思う?
(わしに訊かれても困るのう。こういったことは、お主自身で決めるがよい)
ですよねー。
……はぁ。
それじゃあ、自分の直感を信じてみるか。
「……話だけは聞いてやる」
そうして俺は、グリムの言葉に耳を傾けることにした。
「……なあ、俺をいったいどこに連れて行くつもりなんだ?」
頼みたいことがあると言ったグリムは、俺を連れて、町中にある廃墟じみたエリアを早足で歩いていた。
人気(魔族気か?)が少なくて、ちょっと不気味なところだ。
もしかして、俺をここで奇襲するつもりなんじゃないだろうな?
「そう警戒するな。あと少しで目的地に到着する」
警戒するなって言われましても。
ここまでノコノコとついてきた俺が思うのもなんだが、かなり怪しい行動をしてるぞ。
「そういえば……さっきは、よくあの距離から俺がいるって気づいたな」
黙々と歩き続けるというのもアレなので、俺はグリムに疑問をぶつけてみた。
グリムは遠くにいる俺を一発で見つけた。
あれは結構びっくりする事態だった。
「私くらいの者になれば、一度戦った者の気配など、多少離れていたとしてもすぐに察知できる」
「……一応、俺なりに気配は消してたはずなんだけどな」
そういえば昔、ヴァルハラでこいつと偶然出くわしたときも、あっさり俺のことを見つけてきたんだよな。
あのあとも、ずっと俺たちのことを追い回してきてたし、こいつの言っていることは、案外本当のことなのかもしれない。
「まあ……実のところを言えば、私は貴殿の『姿』ではなく『温度』を感じ取ったのだ」
「は? 温度?」
「我々魔族の中には、周囲の温度を感じ取る器官が鋭い者もいる、ということだ」
なんだそりゃ。
それって、もしかして蛇とかが持つピット器官みたいなものか?
便利な器官を持ってるなぁ。
俺も欲しいぞ。
「おっと……話しをしているうちに到着したぞ」
「やっとか」
魔族の特殊な身体能力を羨ましがっていたら、グリムが一軒のさびれた教会前で立ち止まった。
どうやら、ここがこいつの目的地であるようだな。
こんなところに俺を連れてきて、いったいどうしようっていうんだか。
「……教会の内部に足を踏み入れたら、その瞬間、私と貴殿は一蓮托生の身となる。覚悟はいいか?」
「いや、覚悟って言われても……まだなんにも説明してもらってないからな……」
「そうだったな……だが、これは貴殿にもメリットのある話だから、安心するがいい」
メリットねえ……。
こいつのことをどこまで信用していいものやら。
一応、どこから奇襲を受けてもいいようにはしておくか。
「中に入るぞ」
俺は、周囲の物音に気を配りつつ、グリムに連れられて教会の内部に足を踏み入れた。
教会内もまた、荒れ果てていた。
外からの様子からだいたい予想はついてたけど、こんなんじゃあ神様も怒っちゃうだろうに。
ここでなにを信仰していたのかまでは知らないが。
「それで? 俺をここに連れてきた理由は?」
「うむ……」
俺が視線を向けると、グリムは教会の奥で隠されるような位置に置かれていた大きい木箱の前に立った。
「貴殿に頼みたいことというのは……このお方に関係したことなのだ……」
そして、グリムは慎重そうな手つきで、木箱の蓋をそっと開けた。
木箱の中には……グリムよりも大柄な魔族の男が眠っていた。
いや……死んでいるのか?
あんまり生気を感じないように見えるんだが……。
俺は訝しむような視線でグリムのほうを向いた。
「このお方は、魔族の頂点して、初代魔王様の正統なる血筋を引く第127代目魔王、ニドルク・フィヨルド様であらせられる」
「えっ」