スキル・ルレイル
今より、地球の時間軸でおよそ11ヶ月前。
地球人の調査員が、手さぐりでアースという世界との交流を深めていた頃。
フヴェル大陸では、本来ならばありえないような事態が進行していた。
ルヴィとカミカゼ。
異能機関に所属し、そのなかでも重要な役割を担っているこの2人は、ある日のアースにて、地下迷宮『ユグドラシル』の最深部手前である地下99階層にまでやってきていた。
「ああ……やっと神をこの目で見ることができるのですね、カミカゼ」
「ええ、そうですね、ルヴィさん」
2人とも、いまだレベルが10にも満たない。
にもかかわらず、アースでも最強クラスのモンスターがひしめく場へと足を踏み入れていた。
なぜそんなことができたかといえば、それは異能の力と、とある神託によるところが大きかった。
カミカゼの異能は、空間に作用し、離れた場所へとテレポートが可能となる『空間転移』。
ルヴィの異能は、触れた生物の生命力を活性化させ、体力と精神を回復させる『癒し手』。
この2つの異能が組み合わさった結果、2人はあらゆる場所への短期間連続転移が可能となった。
カミカゼはルヴィと一緒に、『空間転移』にて地下迷宮の奥へと潜る。
そして、ルヴィは異能を使用して疲弊するカミカゼを『癒し手』で回復し続けた。
通常であれば、『空間転移』は数回も使えば、使用者がバテてしまう。
だが、『癒し手』は異能の使用による疲労すらも癒すことができた。
加えて、ルヴィ本人も『癒し手』で回復することができるので、2人はさながら永久機関のごとく異能を使い続けることができた。
これにより、2人は地下迷宮を潜る最中、あらゆる危険を回避していった。
10階層ごとに配置されたレイドボスの部屋すらも、カミカゼの『空間転移』をもってすれば、スルーが可能であった。
さらに、そんな2人の道中をサポートしたのは、ルヴィが夢のなかで受け取った神託である。
自分のことをアースにおける三柱のうちの一柱であると告げたその神は、どのようなルートを辿れば最深部へ効率よく進めるか、ルヴィに詳しく教えた。
また、神の言葉は、2人の地下迷宮探索の効率を高めるだけでなく、異能機関にとって様々な利益をもたらしていた。
異能機関は、元はルヴィの祖父が営んでいた1つの小さな宗教団体であった。
けれど、神の導きにより、異能開発局の手が回っていない異能者を数多く勧誘することができた。
さらには、ルヴィや他のメンバーの異能を利用して、アースへ秘密裏にログインできるよう、政府の官僚、警察機関、異能開発局といった組織に内通者を作ることも助言された。
こうした諸々の手引きにより、異能機関は――主な行動範囲はフヴェル大陸のみに限定されていたが――敵対する異能開発局の目を盗んでアースを探索することができた。
そんな活動を進める異能機関の目的は、アースに存在する神をいち早く救済し、世界的に劣勢となっている異能者の立場を確固たるものにするためであった。
「これで、やっと開発局を出し抜けます。神の御威光を得た暁には、僕たちに対する異能者からの支持も、以前よりはるかに厚くなるでしょう」
国が立ち上げた異能開発局は、あくまで異能者を保護し、異能を研究するのみに留まっている。
これでは、異能者はただ一部の区域に隔離されたモルモットと同じである。
という主張が、異能機関にはあった。
異能者に、以前と変わらぬ自由を。
それが異能機関設立当初の理念であった。
――もっとも、それはルヴィが神の助言を受けるようになった2年前から、徐々に変質していったものではあったが。
現在の異能機関は、保守的な異能開発局との度重なる対立により、目的のためなら多少の犠牲は厭わないテロリスト集団として、世間では認知されている。
これは、ルヴィたちも遺憾に思っている評価ではあった。
が、実際に危険思想を持つ異能者を勧誘したり、一部のメンバーが度々暴走してニュースに取り上げられたりしていたので、あまり強く反論することもできなかった。
だからこそ、ルヴィたちはいち早く、今の状況を変える一手を欲した。
そして、その一手として、自分たちに異能を授けた神の救出という手柄をあげようとしていた。
「私たちこそが、最も早く神のご意向に沿った結果を出すのです。開発局ではなく、私たちが、です。なんと喜ばしいことでしょう」
「珍しいですね。ルヴィさんが本当に嬉しそうにしているだなんて。口元がニヤけてますよ?」
「それはあなたも同じでしょう? 普段の愛想笑いが、今は心の底から笑っているように見えますよ」
「あれ、そうですか?」
「ええ。今の表情のほうが、私は好ましく思います」
ルヴィはそこで、柔らかな笑みを浮かべた。
すると、カミカゼはため息をつき、ヤレヤレと軽く首を振った。
「はぁ……そうやって男を誘惑するのは、ルヴィさんの悪いところです」
「私は別に、誘惑なんてしていませんよ?」
「じゃあ天然ですか。ますます性質が悪いですね」
「まあ、人聞きの悪い。それではまるで私が悪女のようではありませんか……っと、つきましたよ、カミカゼ」
そうした軽口をたたき合っているうちに、2人は目的の場所にやってきた。
「この真下にある空間に転移すれば、地下100階層のボス部屋を回避することができるようです。やってくれますね?」
「はい、いいですよ。それじゃあ手を握ってください」
ルヴィはカミカゼの手を取った。
その瞬間、2人は『空間転移』により、地下99階層から真下にある地下100階層へと転移した。
「……上手くいきましたね。さすがはカミカゼです」
「お褒めいただき、ありがとうございます」
転移が無事成功したことで、ルヴィはカミカゼを褒め称えた。
それと同時に、異能使用の疲れを『癒し手』で取り除くのも忘れずに行う。
「さて……念のため回復しましたが、おそらくはこの先に神が囚われていると思いますので、気を引き締めてください」
「わかってますよ」
そしてルヴィとカミカゼは、前方にある扉のほうへと目を向けた。
「すぅ………………では、いきましょう」
ルヴィはその扉の前に立ち、両手でゆっくりと押した。
すると、扉は『ギィ……』という物音を立てながらも開いていった。
「……! どうやら、ここで合っていたようですね」
必要最低限の結晶光によって照らされた部屋の内部。
2人は、そこに1人の少女がいるのを目にした。
それは、純白の修道服に身を包み、輝くような白い髪と透き通るかのような白い肌の、幻想的な少女だった。
明らかに、普通の少女とは違うものを感じる。
また、いつも夢のなかで出てきた神の姿と同じであったため、ルヴィはその少女を神と断定した。
「うふふ……やっと来ましたね……待ちくたびれましたよ……」
少女はルヴィとカミカゼが部屋に入ってくると同時に目を開け、言葉を発した。
真紅色のその瞳は、2人を一瞬で虜にする。
「ああ……神よ……お会いできて光栄です……」
ルヴィはその場で膝をつき、目の前の少女に頭を垂れた。
それを見て、カミカゼも同様の動作を行い、畏敬の念を表した。
「確認のためにお訊ねしますが……あなた様がアースの三神に数えられている『スキル・ルレイル』様で間違いございませんでしょうか?」
そして、カミカゼは少女に問いかけた。
ルヴィが頭を垂れているということで、ほぼ確定している事柄ではあった。
しかし、カミカゼにとっては初対面の相手であるため、念のために訊くことにした。
「そうと言えばそうとも言えますし……そうでないと言えばそうでないとも言えますね……」
「……は? あの、それはいったい、どういう……」
思っていたのとは違う返答をされ、カミカゼは思わず顔を上げた。
すると、カミカゼの目には、薄ら笑いを顔に浮かべる少女の姿が映った。
「私が誰であろうと……あなたたちにはどうでもいいことでしょう……? 要は……私があなたたちにとって神となりうるか否かが重要なのです……」
少女はそう言うと、ルヴィとカミカゼの肩に手を置いた。
そして、手のひらから黒い液体がしみ出し、2人の皮膚に浸透していく。
「……な!?」
「こ、これは……!」
2人は、体内からあふれるような、膨大なエネルギーを感じ取った。
そのエネルギーは、普段は異能を使う際に感じるものに近いものであった。
「うふふ……ここへ来たご褒美です……あなたたちの持つ異能の力を限界まで高めました……これで、あなたたちは今までより遥かに高次元の力を行使することができるようになるでしょう……」
少女の説明を聞き、ルヴィとカミカゼは目を丸くした。
自分たちの身に起こった現象が、間違いなく少女の説明と合致すると確信したがゆえに。
「こんなことができるなんて……やはりあなた様は、神と呼ばれる存在に相違ございません」
どのような戯れか、少女は一度、自分が神であるのかという問いに濁した返答を行った。
だが、異能に干渉して、力の上限を引き上げることなど、それは技能神『スキル・ルレイル』以外にできる者がいるとは思えない。
カミカゼはそう判断し、再び深く頭を垂れた。
「うふふ……ところで……先ほどの『私が神であるのか?』という問いの、本当の答えですが――」
そして少女は、赤い瞳を怪しく輝かせて、顔に浮かぶ笑みをより深くした。
毎日投稿再開。