酒癖
俺は、フヴェル大陸で再会したキィスたちから歓迎され、おもてなしを受けた。
といっても、出てくる食事は日持ちの利く物ばかりだったし、あまり大声で騒ぎすぎると魔族の宿主が文句を言いに来てしまうかもしれないから、ひっそりとしたものだった。
それでも俺は楽しかったし、キィスたちも同じ気持ちを抱いてくれていただろうと思う。
こんなところで久しぶりに再会できたんだ。
昔話をしてもいいし、今までどんなことをしていたのかを語り合うのもいい。
俺たちの間で交わされる話題は、尽きることがなかった。
でも、体力のほうは、そうもいかなかったようだ。
どうやら俺は、話をしている途中で眠りこけてしまったようだった。
いつのまにか寝てしまうだなんて。
疲れが溜まってたんだろうな。
あるいは、見知らぬ土地で心から気を許せる奴らに出会えて、緊張の糸が切れてしまったのか。
どちらにせよ、俺にとっては不覚だったと言える。
……それで、だ。
この、目の前にある柔らかな物体は……いったいなんなんでしょうね?
「……ふぐ……ん……ぷは……」
俺の顔は、柔らかなものに埋まるような形となっていた。
なので、ひとまず呼吸しやすいよう、顔を上げた。
……クーリと目が合った。
「シンさん可愛い……ぎゅぅ~」
「むぐ……!?」
俺の顔は、再び柔らかい物の中に埋まっていく。
……うん。
感触でなんとなくわかってはいたけど、この柔らかいのって……クーリの『ボーンッ』なアレだな。
なにやってんの、クーリさん。
男としては決してイヤな状況じゃないけど、ホントなにやってんの、クーリさん。
「むぐぅ…………あ、あの、クーリ?」
「ん~? なぁに~?」
顔が近いから、クーリの声もよく聞こえる。
部屋の中が静かだからっていうのもあるな。
多分、俺とクーリ以外はみんな寝ているんだろう。
「なんで俺、抱きしめられてるんでしょうか……?」
とりあえず俺は、クーリにそんな質問をしてみた。
「それはぁ……シンさんが可愛いから~」
すると、クーリからは、なんともむず痒い返事がなされた。
「可愛いって…………ぁ」
そのとき、俺はクーリの吐く息が酒臭いことに気がついた。
クーリよ……。
「お前……酔ってるだろ……」
「酔ってませ~ん」
いや、絶対酔ってるだろ!?
『酔ってませ~ん』とか、それ酔ってる人が言うことだろ!?
……そういえば、キィスとかはさっき、酒も飲んでたんだっけ。
クーリは飲んでなかったと思うんだけど、多分、俺が寝た後で飲んでたんだろう。
にしても、クーリって酔うとこんな奴になるのか。
迂闊に酒を飲むべきじゃないな。
女の子なんだから、いろいろと危なっかしい。
「と、とにかく、いったん離れよ? な? クーリ?」
「や~だ~……もっと、ぎゅぅってしたい~」
「いやいや……ホント駄目だって……こんなとこを誰かに見られたらマズイし……」
「誰かって~?」
「そ、そりゃあ……キィスとか?」
「キィス君はエマちゃんのだから大丈夫~」
「大丈夫じゃない大丈夫じゃない……」
いかん。
クーリのやつ、完全にベロンベロンだ。
どうする?
さすがに、このままというわけにはいかないだろうし……。
「クーリ……とりあえず離れてくれ」
「やぁだぁ」
「やだでも駄目なものは駄目なんです……ほら、手をどけて」
俺はクーリに離れるよう促した。
すると、彼女は『むぅ……』と不機嫌そうに頬を膨らまし、再び口を開いた。
「それじゃあ、離れる代わりに、1個訊いてもいい?」
「……なんだ? 言ってみろ」
「やっぱり、アースの人と地球の人とじゃ、結ばれても良い結果にはならないのかな?」
「へ!?」
なんで俺にそんなことを今訊く!?
「……私のお父さんはね、地球から来た人だったんだって」
「あ……ああ、そうなのか?」
「うん」
……ちょっとビックリする事実だな。
クーリの年齢的に、アース調査の初期段階で来た地球人の1人が彼女の父親なんだろう。
「もしかして、その人は俺も知ってる奴だったりするのか?」
「知らないんじゃないかな……お父さんは私が生まれてすぐの頃に死んじゃったらしいから」
「……そっか」
そういえば、クーリは孤児院の子だった。
であれば、両親はともに、なんらかの事情でいなくなったと考えることができる。
訊くべきじゃなかった。
「そのあと、お母さんも流行病で死んじゃって……私は1人になったんだぁ」
「…………クーリは自分の親を恨んでたりするか?」
「ううん。お父さんとお母さんがいたから、私は生まれてこれたんだもん。恨んでなんてないよ」
恨んでない、か。
幼い自分を置いて早くに死んでしまった親を、クーリはどう思っているかと考えての質問だったが、さっきのと同様、訊かなくてもよかったことだな。
愚問もいいところだ。
「でも……お父さんとお母さんが不幸な目に遭っちゃったのは、2人が結ばれたからなんじゃないのかなって、たまに思うときがあるんだぁ」
「…………」
それが、さっき俺に訊ねたことに繋がるわけか。
いや、なんであのタイミングで俺に訊いてきたのかは、いまだに不明なままなんだが。
「……互いを愛して結ばれることに、不幸はない。お前の両親が死んだこととは、まったく別の事柄だ」
ひとまず、俺はクーリの思い込みを否定することにした。
クーリの考えていることは、飛躍しすぎている。
関連性のない事柄同士を組み合わせて、あたかもそれらに密接な関わりがあったのでは、と錯覚しているにすぎない。
「……シンさんは、本当にそう思う?」
「ああ、もちろん」
「アースの人と地球の人が結ばれても、幸せになれることもあるって思う?」
「当然だ」
「そっかぁ…………むふふ」
「ちょっ!?」
俺の返答を聞いたクーリは、全身を使って俺に抱きついてきた。
おい!
離すどころか、逆に密着度が上がってるじゃねえか!
……これ、もしかして、クーリは俺のことが好きだったりするってことか?
さっきの話も、そう考えると腑に落ちるものがある。
「く、クーリ、ちょ、ホント離れて……」
気持ちは嬉しい。
でも……駄目なんだ……!
お、俺には心に決めた人(人たちとも言う)がいるんだ……!
だから、クーリの思いに答えることは――。
「不潔です」
「!?」
と、俺がそんなことを思っていたそのとき、背後からエマの声が聞こえてきた。
その瞬間、俺はその場で飛び起きて、その勢いのまま正座の態勢に移行した。
……あ。
案外、簡単にクーリの束縛から逃げられたのね。
「え、エマ……起きてたのか……?」
恐る恐る、俺はエマの声がした方向を見る。
すると、そこにはジト目で俺たちを見下ろすエマの姿があった。
「……ええ、はい。起きてたというより、シンさんたちの会話が耳に入って起きた、というのが正しいですが」
「そ、そうか……うるさくしてごめんな……ははは……」
俺は冷や汗をかきつつも、エマに謝罪した。
すると、エマはため息を1つ零して、クーリのほうへと目をやった。
「クーちゃんったら……いつの間にお酒なんて飲んじゃって……」
「あ……やっぱりクーリって、酒癖が悪かったりするのか?」
「悪いなんてもんじゃありませんよ。ちょっと飲んだだけで足取りもおぼつかなくなりますし、呂律も回らなくなります。おまけに、近くにいる人には抱きつくわ、言動は幼くなるわで……」
「そ、そうか……」
エマも結構大変だったようだ。
彼女にこれほど言わせるとは、クーリの酒癖はかなりのものと言えるだろう。
「だから、普段はこの子にお酒を飲ませるようなことはしなかったんですが……今回は羽目を外してしまったんでしょうね……」
なるほど……。
それを聞くと、なんか申し訳なくなる。
クーリが羽目を外したのって、まず間違いなく俺の歓迎会を開いたせいだからな。
「さあ、クーちゃん。寝るなら向こうのベッドで寝ましょうね。抱き枕なら私がなってあげますから」
「ん~エマちゃん大好き~」
「はいはい」
エマはクーリの肩を持ち、部屋の奥側にあるベッドのほうへと歩いていった。
手馴れてそうなのを見る限り、多分、これはよくあることなんだろう。
というか、エマはいつでも抱き枕にされてるな。
昔はキィスにされて、今はクーリにもか。
「……俺も、ちゃんとしたところで寝るか」
クーリとエマの件で若干目が覚めてしまったけど、時刻的にはまだ深夜帯のはずだ。
睡眠は十分取れたわけじゃないから、目を瞑ればすぐに寝られるだろう。
そう思った俺は、部屋に複数設置してあるベッドの1つに潜り込み、再び眠りについたのだった。
翌日の早朝。
俺はクーリに挨拶をしてみた。
「よ、よう、クーリ。おはよう」
「…………」
クーリは無言のまま会釈をしてきた。
その様子からは、昨日のアレコレについてを意識していなさそうに見えた。
「昨日の話の補足ですが、クーちゃんは、酔ったときの記憶は綺麗さっぱりなくします」
「あ……そうなんだ……」
どうりで。
なんというか、まずますお酒を飲ましちゃいけない子だって思うな。
飲ましたら、本当にいろいろと危ない。
「エマ……クーリのこと、これからも頼むぞ」
「はい……わかってますよ……」
そうして俺は、悩ましげな表情を浮かべるエマに、クーリの今後を託したのだった。